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当て馬にされた公爵令息は、今も隣国の王太子に愛されている
束の間の安息、迫りくる試練①
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焚き火の火が、オレンジ色の円を描いて夜を照らしていた。
兵たちのざわめき、鉄鍋の中で煮えるスープの音が聞こえていて、その中心のマクシミリアン殿下は当然のように僕の隣に腰を下ろしていた。
いつの間にか、みんな納得してるみたいだし。
「エリアス、これも食べておけ。遠征で痩せたな」
そう言って、殿下はためらいもなく木の皿を差し出す。
その手はいつもより近く、温かく、どこか誇らしげ。
「……ありがとうございます。でも、僕、自分で食べられますよ」
「そう言って、また半分残すつもりだろう?」
「そ、そんなこと——」
否定しかけた瞬間、マクシミリアン殿下の手が自然に伸びて、スプーンを持つ僕の指先に触れた。
僕は、驚いて肩がびくりと跳ねる。
周りの兵士たちが一瞬で静まり返った。
「……殿下」
背後から低い声。リュシアンだった。
「皆の食事中です。いちゃつくなら——せめてもう少し小声でお願いします」
「いちゃついてなどいない」
「では、殿下は“給餌”の最中と申される?」
「……ああ、そうだな。エリアスには栄養が必要だ」
兵士たちの間から、微妙な笑いがこぼれる。
僕は恥ずかしくて耳まで赤くなって、スプーンをぎゅっと握りしめた。
「もう、殿下……本当にやめてください。皆が見ています」
「構わない。皆、君の無事を喜んでいる」
「——でも、でも……」
マクシミリアン殿下の瞳が少し柔らかくなった。
まるで「やっと帰ってきた」と言っているように。
「……悪い。けど、離れたくないんだ」
囁かれた声は、焚き火の音にまぎれて、僕にだけ聞こえる声で、胸に染みた。
堪えていた涙が、ほんの少し滲む。
(ああ、殿下の声だ……)
リュシアンはため息をついて、木椀を置いた。
「……殿下。巡回、私が代わりましょうか?」
「いや、そうだな。エリアスが冷えるからな」
「……了解しました。では、私は“見て見ぬふり”をして、行って参ります」
その言葉に、兵士たちがまた笑いを堪える。
エリアスは俯いたまま、頬を赤らめながら小さく呟いた。
「……少しだけ、そばにいてください」
「もちろんだ。夜が明けるまででもいい」
「そんな……!」
焚き火がぱちりと弾けた。
笑いとぬくもりに包まれた夜は、久しぶりに穏やかで、柔らかく息をつける時間だった。
焚き火が小さくなり、夜風が森を撫でた。
兵たちが順に眠りについて、野営地に静けさが降りる。
その中で、マクシミリアン殿下はまだ焚き火のそばに残っていた。
僕も隣で毛布を肩にかけている。
ふたりだけの時間。
「……久しぶりだな、こうして隣に座るのも」
マクシミリアン殿下の声は、焚き火の残り火のように柔らかかった。
僕はうなずく。
けれど、唇は震えて、言葉が出ない。
「ずっと、心配していた。
報告は届いていたが……文字の“無事”より、君の顔を見たかった」
その言葉だけで、胸の奥がつんと痛んだ。
やっと会えたのに、殿下の顔をまともに見られない。
涙が、勝手にこぼれてくる。
「っ……ごめんなさい。僕、泣くつもりじゃ、なかったのに……」
「謝るな」
マクシミリアンがそっと腕を伸ばして、エリアスを抱き寄せた。
厚い胸板に顔を押しつけると、彼の体温と心音がすぐ近くにある。
「よく、ここまで耐えたな。
孤立した状況で、あれだけの被害を抑えたと聞いた。
エリアス、おまえは……誰より強い」
「そんな……ぼく、全然……強くなんか……」
「いいや。おまえがいなければ、誰も戦いから戻れなかった。
それを“弱い”と言うなら、俺たちは誰が強いんだ?」
その優しい声に、僕の心がほどけていく。
これまでの焦燥も、孤独も、恐怖も——全部。
「殿下……っ」
嗚咽がこぼれる。
マクシミリアン殿下はただ抱きしめて、背をゆっくり撫で続けた。
「泣いていい。
君が無理をして笑うたびに、胸が痛かった」
「だって……みんなが見てましたから……泣いたら、情けないと思って」
「情けなくなどない。
人を守って泣くことが、どうして恥ずかしい」
僕は殿下の胸に顔を埋めたまま、小さく息を吸った。
マクシミリアン殿下の衣の香り。懐かしくて、安心して、また涙がにじむ。
「……会いたかったです、ずっと」
「俺もだ。
何度、君の名を呼びかけたかわからない。
ようやく届いたよ」
二人の間を、焚き火の最後の火が静かに照らす。
僕はもう涙を流し切って、少し笑った。
「すみません、ぐしゃぐしゃです……」
「そんな顔も、好きだ」
「もう……」
小さく抗議しても、マクシミリアン殿下の腕は緩まない。
夜は深く、森のざわめきの中で、僕たちはただ寄り添っていた。
遠征の疲れと、ようやく訪れた安堵に包まれて。
兵たちのざわめき、鉄鍋の中で煮えるスープの音が聞こえていて、その中心のマクシミリアン殿下は当然のように僕の隣に腰を下ろしていた。
いつの間にか、みんな納得してるみたいだし。
「エリアス、これも食べておけ。遠征で痩せたな」
そう言って、殿下はためらいもなく木の皿を差し出す。
その手はいつもより近く、温かく、どこか誇らしげ。
「……ありがとうございます。でも、僕、自分で食べられますよ」
「そう言って、また半分残すつもりだろう?」
「そ、そんなこと——」
否定しかけた瞬間、マクシミリアン殿下の手が自然に伸びて、スプーンを持つ僕の指先に触れた。
僕は、驚いて肩がびくりと跳ねる。
周りの兵士たちが一瞬で静まり返った。
「……殿下」
背後から低い声。リュシアンだった。
「皆の食事中です。いちゃつくなら——せめてもう少し小声でお願いします」
「いちゃついてなどいない」
「では、殿下は“給餌”の最中と申される?」
「……ああ、そうだな。エリアスには栄養が必要だ」
兵士たちの間から、微妙な笑いがこぼれる。
僕は恥ずかしくて耳まで赤くなって、スプーンをぎゅっと握りしめた。
「もう、殿下……本当にやめてください。皆が見ています」
「構わない。皆、君の無事を喜んでいる」
「——でも、でも……」
マクシミリアン殿下の瞳が少し柔らかくなった。
まるで「やっと帰ってきた」と言っているように。
「……悪い。けど、離れたくないんだ」
囁かれた声は、焚き火の音にまぎれて、僕にだけ聞こえる声で、胸に染みた。
堪えていた涙が、ほんの少し滲む。
(ああ、殿下の声だ……)
リュシアンはため息をついて、木椀を置いた。
「……殿下。巡回、私が代わりましょうか?」
「いや、そうだな。エリアスが冷えるからな」
「……了解しました。では、私は“見て見ぬふり”をして、行って参ります」
その言葉に、兵士たちがまた笑いを堪える。
エリアスは俯いたまま、頬を赤らめながら小さく呟いた。
「……少しだけ、そばにいてください」
「もちろんだ。夜が明けるまででもいい」
「そんな……!」
焚き火がぱちりと弾けた。
笑いとぬくもりに包まれた夜は、久しぶりに穏やかで、柔らかく息をつける時間だった。
焚き火が小さくなり、夜風が森を撫でた。
兵たちが順に眠りについて、野営地に静けさが降りる。
その中で、マクシミリアン殿下はまだ焚き火のそばに残っていた。
僕も隣で毛布を肩にかけている。
ふたりだけの時間。
「……久しぶりだな、こうして隣に座るのも」
マクシミリアン殿下の声は、焚き火の残り火のように柔らかかった。
僕はうなずく。
けれど、唇は震えて、言葉が出ない。
「ずっと、心配していた。
報告は届いていたが……文字の“無事”より、君の顔を見たかった」
その言葉だけで、胸の奥がつんと痛んだ。
やっと会えたのに、殿下の顔をまともに見られない。
涙が、勝手にこぼれてくる。
「っ……ごめんなさい。僕、泣くつもりじゃ、なかったのに……」
「謝るな」
マクシミリアンがそっと腕を伸ばして、エリアスを抱き寄せた。
厚い胸板に顔を押しつけると、彼の体温と心音がすぐ近くにある。
「よく、ここまで耐えたな。
孤立した状況で、あれだけの被害を抑えたと聞いた。
エリアス、おまえは……誰より強い」
「そんな……ぼく、全然……強くなんか……」
「いいや。おまえがいなければ、誰も戦いから戻れなかった。
それを“弱い”と言うなら、俺たちは誰が強いんだ?」
その優しい声に、僕の心がほどけていく。
これまでの焦燥も、孤独も、恐怖も——全部。
「殿下……っ」
嗚咽がこぼれる。
マクシミリアン殿下はただ抱きしめて、背をゆっくり撫で続けた。
「泣いていい。
君が無理をして笑うたびに、胸が痛かった」
「だって……みんなが見てましたから……泣いたら、情けないと思って」
「情けなくなどない。
人を守って泣くことが、どうして恥ずかしい」
僕は殿下の胸に顔を埋めたまま、小さく息を吸った。
マクシミリアン殿下の衣の香り。懐かしくて、安心して、また涙がにじむ。
「……会いたかったです、ずっと」
「俺もだ。
何度、君の名を呼びかけたかわからない。
ようやく届いたよ」
二人の間を、焚き火の最後の火が静かに照らす。
僕はもう涙を流し切って、少し笑った。
「すみません、ぐしゃぐしゃです……」
「そんな顔も、好きだ」
「もう……」
小さく抗議しても、マクシミリアン殿下の腕は緩まない。
夜は深く、森のざわめきの中で、僕たちはただ寄り添っていた。
遠征の疲れと、ようやく訪れた安堵に包まれて。
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