(新章開始)当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる

蒼井梨音

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当て馬にされた公爵令息は、今も隣国の王太子に愛されている

束の間の安息、迫りくる試練④

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朝の光が薄く天幕を照らす。
昨夜の甘い余韻はまだ胸に残っているが、体は重くて、頭は少しぼんやりしている、
僕は無理に微笑みを作って、朝食の席を通り過ぎた。

「……ごめんなさい、朝食はやめておくね」
そう言い残して、僕は野営地の簡易トイレに向かう。
湿った空気の中で、吐き気が押し寄せ、思わず嘔吐してしまう。
けれど、深呼吸を一つして、自分を落ち着かせる。

——なんとか、耐えないと。

強い意志で、馬車に乗り込む。


馬車の揺れが心地よいリズムとなり、気分が紛れて徐々に吐き気は和らいでいった。
隣には兵たちが座り、少し距離を取ったところにマクシミリアン殿下の馬が先導している。
見えるとこにいるだけで、胸の奥がじんわり温かくなる。
魔導士なカイが横目で笑いながら声をかける。

「おや、エリアス殿下、今日も愛しの王太子殿下の姿が見えてよかったですね?」
僕は顔を赤くしてしまい、窓の外を見つめて誤魔化す。
「……そんなこと、ありません!」
小さな笑い声が、森の中の静けさに溶ける。


やがて、森の奥で魔獣の気配が強まった。
馬車を降り、マクシミリアン殿下、僕とカイで先陣を切る。

「瘴気が濃いなぁ……でも大丈夫、俺が足止めをします」
カイの杖から光が飛び出し、数体の魔獣が動きを鈍らせる。

マクシミリアン殿下は鋭い目で魔獣を斬りつけ、僕は加護の魔法で味方を守る。
僕たち三人の連携は短い間に完璧に近く、光と魔法の交錯で森はまるで舞台のようだった。

「よし……これで安全圏だな」
戦いの後、マクシミリアン殿下が剣を下ろす。
僕も深呼吸し、少し肩の力を抜く。

「……少し力を使いすぎたかもしれません」
手元の魔法陣が揺れ、体の重さを実感する。
少しクラクラする。
でもここで倒れたらダメだ。
マクシミリアン殿下は軽く心配そうに僕に視線を送るが、すぐに微笑みを浮かべた。
「無理はするな、後で休ませてやる」
僕は頷いて、殿下についていった。


夕食は皆で取った。
僕は頬を少し赤くしながらも、笑顔を作り、言葉を交わす。
無理しているのが自分でもわかる——それでも、殿下や仲間たちと共に過ごしたい。
マクシミリアン殿下は、僕のその小さな努力を見逃さず、時折肩越しに視線を送る。

「大丈夫か?」
「はい……少し疲れただけです」
微笑みで返すと、マクシミリアン殿下は小さく頷いた。


夜になると、体力の限界が静かに訪れた。
寝台に横たわると、呼吸を整えながら、殿下の姿を思い浮かべた。

胸に手を当て、明日も北の森で、無事に笑顔を保てますように——と祈るように目を閉じた。


朝になっても、僕は起き上がれなかった。
昨夜からずっと体が重くて、胸がざわつく。
窓から差し込む光も、むしろ眩しく感じるほどだった。
瘴気が森に濃く漂い、呼吸さえままならない。

「……エリアス殿下、無理をなさらないでください」
医官のラウルがそっと肩に手を置き、顔色を確かめる。
僕は弱々しく微笑むしかなかった。
「すみません……でも、討伐には行かなくちゃ……」

ラウルは首を振る。
「体力の限界です。これ以上無理をすれば、命に関わることになります。今日は休むべきです」

マクシミリアン殿下は、朝早くから討伐で森を駆け回った疲れもあり、少し離れた場所で用事を済ませている。
その隙に、ラウルは低くささやいた。

「実は、今日診て分かったことがあります……。
エリアス殿下、あなたは妊娠しています」


その言葉に、僕は驚いてしまい、そして、嬉しいという思いでいっぱいだった。
でも、そしたら僕は殿下と一緒に討伐ができなくなる……。
「……妊娠……」
小さな声で呟いて、胸に手を当てる。
嬉しい気持ちと討伐に対する戸惑いの気持ちが同時に押し寄せてくる。

「でも……ラウル、もし殿下に伝えたら……」
僕は少し俯き、言葉を続ける。
「きっと、殿下も一緒に王都に戻ろうとされます……殿下まで、戦を離れるのは……」

ラウルは真剣な眼差しで頷く。
「そうですね。殿下はきっと、エリアス殿下を案じて、そうなされますでしょう。それなれば誰にも止められない状況になります。ここはエリアス殿下がお一人で王都に戻るべきではないかと、思います」

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