(新章開始)当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる

蒼井梨音

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当て馬にされた公爵令息は、今も隣国の王太子に愛されている

束の間の安息、迫りくる試練⑤

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それから、マクシミリアン殿下が戻ってきた。
「エリアス……?」
目に心配を浮かべ、静かに歩み寄る。

ラウルは低い声で説明した。
「殿下、北の森の瘴気と遠征の疲れで、命に関わるほど体調が危険です。エリアス殿下は、今日中に王都に戻る必要があります」

マクシミリアン殿下は眉をひそめ、剣の柄に手をかけながら沈黙する。
目の前の僕は微かに汗ばんで、顔色もよくない。

「……だが、俺が一緒に戻れば、討伐は……」
思わず漏れた言葉に、ラウルは静かに首を振る。

「殿下、エリアス殿下を王都に送り、殿下は討伐を続けてください」

マクシミリアン殿下は目を閉じ、深く息をついた。
心の奥底で、共に戦いたい、抱きしめたい——その思いが渦巻いているのが伝わってくる。
しかし、冷静さを取り戻し、ゆっくりと頷いた。
「……わかった。お前を一人で戻す」

殿下の目に一瞬、心配と切なさが交錯する。

「殿下……」
小さな声に、マクシミリアン殿下は軽く微笑んだ。
「大丈夫だ。無事に戻るから……お前は、休め」


僕が王都に戻るための馬車の準備が整う。
荷物を整え、兵たちが見守る中、僕はゆっくりと馬車に乗り込む。

体調のせいで少しふらつきながらも、気丈に微笑みを作る。

「行ってらっしゃい、殿下」
その言葉に、マクシミリアン殿下は短く頷き、剣を握り直す。
互いの距離を一瞬感じながらも、別々の道を歩む覚悟を胸に刻む。


馬車の中、僕は窓から、外の森を見つめる。
帰りはラウルが付き添ってくれて、護衛の兵たちも数人いた。
つわりで体調は最悪だけど、頭の中は妊娠のことよりも、殿下の安全のことでいっぱいだった。

——無事にヴァルデシアの森を封印できるかな。
——無事に王都に戻ってきてくれるかな。

弱った体で小さく吐息をつき、掌で額を押さえる。
それでも、僕は必死に前を見据えていた。
自分の命よりも、殿下の無事を願いながら——北の森を後にする。


馬車の揺れが、体の重さと吐き気を際立たせる。
窓の外に流れる濃い森の景色も、今の僕にはまぶしく、眩暈を呼ぶだけだった。
揺れを和らげたり、体を温めたり、ちょっとした力も出せない自分に少し苛立つ。


「殿下、気分はいかがですか?」
ラウルが静かに声をかける。肩にそっと手を置き、体調を気遣うように見つめた。

「……まだ、少し……」
僕は小さく息を吐き、視線を窓の外に逸らす。
胸の奥では、つわりの重さや初めての妊娠の不安を思いながらも、頭の中は殿下のことばかりだった。


——マクシミリアン殿下が、無事にヴァルデシアを倒せるように。
——討伐が成功して、無事に王都に戻ってきますように。

吐き気に耐えつつ、僕は手を合わせて祈る。
自分の体調よりも、殿下のことが心配で仕方ない。


「殿下のことを考えすぎですよ、エリアス殿下」
ラウルが軽く微笑む。
「……わかっています……でも、あの方が無事でいてくれなければ……」
声は弱くなって、心の奥の焦燥と切なさは隠せない。

ラウルはそっと水を渡し、軽く魔法をかけて体を温める。
「少しは楽になるでしょう。ゆっくり休んでください」
「……ありがとうございます、ラウル」
微笑みながらも、吐き気と戦い、つわりの重みで頭がぼんやりする。


馬車は静かに進む。揺れる音と、馬蹄のリズムだけが響く空間。
その中で、僕は小さく息を吐いて、掌で額を押さえながら、ただ一つ——

——殿下の無事を、祈ることだけを胸に刻んでいた。

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