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公爵令息を当て馬にした僕は、王太子の胸に抱かれる(番外編)
離れても、君を手放せない
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♢アンドリューside ♢
ジュリは、最近よく本を読むようになった。
図書棟で見かけるたび、真剣な顔でペンを走らせている。
それが何の勉強かも、どんな目的があるのかも、私には分からなかった。
ただ――
話しかけても、少しだけ間を置いて答えるようになった。
それが、寂しかった。
「ジュリ、今日の昼、一緒に食堂行かない?」
「……すみません、今日は図書棟に行こうかと」
「そっか。じゃあ、また今度にしよう」
笑顔で返されても、どこか胸の奥がざらつく。
何かが違う。
けれど、その“何か”の正体が掴めない。
「殿下、次の会議の件ですが――」
学園の運営委員会では、上級貴族の生徒が私の周りを固める。
彼らの言葉は軽やかで、遠慮がない。
その中にジュリの姿はなかった。
席を外したのだろうか、と辺りを見渡しても、もういなかった。
(……どうして、目を合わせてくれないんだ?)
私はその日、初めて焦りを覚えた。
子供のころ、泣き虫のジュリの手を取って、王宮の庭を駆け回った。
「アンディ様がいるから平気だよ」――そう言って笑ってくれたあの顔が、頭から離れない。
あの頃の笑顔を、もう一度見たい。
ただそれだけなのに。
⸻
翌日、放課後。
ジュリの姿を見つけた私は、少しだけ早足で追いかけた。
「ジュリー!」
「……アンディ様」
ようやく“アンディ”と呼ばれたことに、心が少しほどける。
「最近、避けてる?」
「え?」
「いや、なんかさ……話しかけてもすぐ行っちゃうし、目も合わせてくれないし」
ジュリは俯いて、言葉を選ぶように沈黙した。
その沈黙が、私には答えのように感じられる。
「僕、何かした?」
「……違います。殿下は、悪くありません」
「殿下って呼ばないでよ」
思わず、声が少し強くなった。
ジュリの肩がぴくりと揺れる。
「俺たち、昔みたいに呼び合えないの?」
「……ごめんなさい。でも、もう……。昔みたいには、いきません」
「どうして?」
その“どうして”の先にある言葉を、私は聞くのが怖かった。
ジュリの視線が逃げる。
その奥に、自分が知らない痛みがあるのを感じた。
「……アンディ様。僕は、あなたの隣に立てる人間じゃありません」
静かな声が、胸に突き刺さった。
意味が分からない。
けれど、分かってしまう。
私は何も言えず、ただその横顔を見つめていた。
沈む夕陽の光が、ジュリの睫毛を透かして揺らす。
まるで、涙が落ちる寸前のように見えた。
数日後の放課後。
私は王族の執務棟から学園へ戻る途中だった。
ふと、窓の外の中庭に見覚えのある姿を見つける。
ジュリだ。
白いシャツの袖を肘まで折り、分厚い書物を膝に置いて、真剣な眼差しで何かを書き写している。
風が吹いて、髪が頬にかかる。
小さな手でそれを払いながら、また文字を綴っていく。
夕方の光の中で、ひとり――あんなにも真っ直ぐに。
「……ジュリ」
誰にも聞こえないように呟いた名前は、ため息のように溶けた。
⸻
「殿下、そろそろお時間です」
侍従の声に我へ返る。
視線を外せずにいる自分が情けなくて、私は軽く首を振った。
最近、ジュリがどんな本を読んでいるのか、なにを目指しているのかを、彼の口からは聞いていない。
それでも分かる。
あの真剣な横顔が、誰よりも努力している証だということを。
「……どうして、そんなに頑張るんだよ」
呟いた声に、答える者はいない。
けれど胸の奥で、小さな痛みがじわりと広がった。
ジュリが勉強しているのは、自分のためじゃない。
きっと――自分から離れるためだ。
そう気づいた瞬間、手に持った書類の端が震えた。
⸻
翌日の授業中。
私は前方の席からジュリをちらりと見た。
先生の言葉を一字一句逃すまいと、ペンを走らせている。
周囲の貴族の子息たちは退屈そうに話を聞き流している中、ジュリだけがまっすぐだった。
(……そんな顔、俺にだけ見せてくれたらいいのに)
ふと視線が合った。
ジュリが驚いたように瞬きをして、すぐに顔を伏せる。
耳の先が赤くなっている。
私は小さく笑って、目をそらした。
その笑みの奥に隠された思いは、誰にも言えない。
ただ一つだけ確信していた。
――ジュリィを手放したくない。
その想いが、身分も立場も越えて、静かに心の底で芽吹き始めていた。
ジュリは、最近よく本を読むようになった。
図書棟で見かけるたび、真剣な顔でペンを走らせている。
それが何の勉強かも、どんな目的があるのかも、私には分からなかった。
ただ――
話しかけても、少しだけ間を置いて答えるようになった。
それが、寂しかった。
「ジュリ、今日の昼、一緒に食堂行かない?」
「……すみません、今日は図書棟に行こうかと」
「そっか。じゃあ、また今度にしよう」
笑顔で返されても、どこか胸の奥がざらつく。
何かが違う。
けれど、その“何か”の正体が掴めない。
「殿下、次の会議の件ですが――」
学園の運営委員会では、上級貴族の生徒が私の周りを固める。
彼らの言葉は軽やかで、遠慮がない。
その中にジュリの姿はなかった。
席を外したのだろうか、と辺りを見渡しても、もういなかった。
(……どうして、目を合わせてくれないんだ?)
私はその日、初めて焦りを覚えた。
子供のころ、泣き虫のジュリの手を取って、王宮の庭を駆け回った。
「アンディ様がいるから平気だよ」――そう言って笑ってくれたあの顔が、頭から離れない。
あの頃の笑顔を、もう一度見たい。
ただそれだけなのに。
⸻
翌日、放課後。
ジュリの姿を見つけた私は、少しだけ早足で追いかけた。
「ジュリー!」
「……アンディ様」
ようやく“アンディ”と呼ばれたことに、心が少しほどける。
「最近、避けてる?」
「え?」
「いや、なんかさ……話しかけてもすぐ行っちゃうし、目も合わせてくれないし」
ジュリは俯いて、言葉を選ぶように沈黙した。
その沈黙が、私には答えのように感じられる。
「僕、何かした?」
「……違います。殿下は、悪くありません」
「殿下って呼ばないでよ」
思わず、声が少し強くなった。
ジュリの肩がぴくりと揺れる。
「俺たち、昔みたいに呼び合えないの?」
「……ごめんなさい。でも、もう……。昔みたいには、いきません」
「どうして?」
その“どうして”の先にある言葉を、私は聞くのが怖かった。
ジュリの視線が逃げる。
その奥に、自分が知らない痛みがあるのを感じた。
「……アンディ様。僕は、あなたの隣に立てる人間じゃありません」
静かな声が、胸に突き刺さった。
意味が分からない。
けれど、分かってしまう。
私は何も言えず、ただその横顔を見つめていた。
沈む夕陽の光が、ジュリの睫毛を透かして揺らす。
まるで、涙が落ちる寸前のように見えた。
数日後の放課後。
私は王族の執務棟から学園へ戻る途中だった。
ふと、窓の外の中庭に見覚えのある姿を見つける。
ジュリだ。
白いシャツの袖を肘まで折り、分厚い書物を膝に置いて、真剣な眼差しで何かを書き写している。
風が吹いて、髪が頬にかかる。
小さな手でそれを払いながら、また文字を綴っていく。
夕方の光の中で、ひとり――あんなにも真っ直ぐに。
「……ジュリ」
誰にも聞こえないように呟いた名前は、ため息のように溶けた。
⸻
「殿下、そろそろお時間です」
侍従の声に我へ返る。
視線を外せずにいる自分が情けなくて、私は軽く首を振った。
最近、ジュリがどんな本を読んでいるのか、なにを目指しているのかを、彼の口からは聞いていない。
それでも分かる。
あの真剣な横顔が、誰よりも努力している証だということを。
「……どうして、そんなに頑張るんだよ」
呟いた声に、答える者はいない。
けれど胸の奥で、小さな痛みがじわりと広がった。
ジュリが勉強しているのは、自分のためじゃない。
きっと――自分から離れるためだ。
そう気づいた瞬間、手に持った書類の端が震えた。
⸻
翌日の授業中。
私は前方の席からジュリをちらりと見た。
先生の言葉を一字一句逃すまいと、ペンを走らせている。
周囲の貴族の子息たちは退屈そうに話を聞き流している中、ジュリだけがまっすぐだった。
(……そんな顔、俺にだけ見せてくれたらいいのに)
ふと視線が合った。
ジュリが驚いたように瞬きをして、すぐに顔を伏せる。
耳の先が赤くなっている。
私は小さく笑って、目をそらした。
その笑みの奥に隠された思いは、誰にも言えない。
ただ一つだけ確信していた。
――ジュリィを手放したくない。
その想いが、身分も立場も越えて、静かに心の底で芽吹き始めていた。
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