(新章開始)当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる

蒼井梨音

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公爵令息を当て馬にした僕は、王太子の胸に抱かれる(番外編)

届かない僕の思い

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学園の講堂に、朝の光が差し込んでいた。
壇上には王立学園の教員たちが並び、今期の成績優秀者の名が読み上げられていく。

ジュリアン・ハートレイ伯爵令息と僕の名が呼ばれたとき、講堂が少しざわめいた。
これまで侯爵家や公爵家の子弟が並ぶ常連の中に、伯爵家の名が混じるのは珍しい。

静かな拍手の中、僕は緊張した面持ちで壇上に上がった。
深呼吸をして、真っ直ぐ前を向く。
壇上の中央――そこに、王族代表として立っていたアンドリュー殿下の姿が見える。

金の髪が朝日に輝き、碧い瞳がまっすぐこちらを見ていた。
いつもと同じように穏やかで、どこか誇らしげで。

僕の胸の奥が、きゅっと締めつけられた。

(見てる……アンディ様が、僕を見てる……)

震える手で証書を受け取る。
一瞬だけ、指先が触れた。
アンドリュー殿下は少しだけ微笑んだ。
いつもの「王太子としての笑顔」ではなく――どこか個人的な、温かい笑顔。

「よくやったね、ジュリ」

周囲には聞こえないほどの小さな声。
それだけで、視界が滲んだ。

「……ありがとう、ございます」

掠れた声で答えるのが精一杯だった。



表彰式が終わったあと、講堂の裏手を歩いていると、
人目を避けるようにして、アンドリュー殿下が僕を追いかけてきた。

「ジュリ」
「……アンディ様」

二人の間に、春の光が揺れる。
アンドリュー殿下は何かを言いかけて、少しだけ笑った。

「すごく、嬉しかったんだ。
君があの壇上に立っているのを見て……なんだか、胸がいっぱいになった。」

「……僕なんて、ただ必死に勉強しただけだよ」
「それで十分だよ。努力して、結果を出して……。
君が自分の力であそこに立ったことが、私には誇らしい」

僕は目を伏せた。
風が二人の間を通り抜ける。

「……そんなこと言われたら、また……頑張りたくなっちゃうよ……」
「いいよ、頑張っていい。私が、見てるから」

穏やかに笑うアンドリュー殿下の言葉に、僕の胸がじんわりとあったかくなる。
見上げた視線が絡む。

その瞬間だけ、世界が静かになった。
誰もいない講堂の裏で、二人の影だけが重なって、ほんの一瞬――光が滲んだ。


僕は教室の隅で、ひそかにアンドリュー殿下の方を見ていた。
いつも通り、あの金髪碧眼の王子さまは柔らかい笑顔で、周囲に気を配りながらも、どこか退屈そうな顔をしている。

そんなとき、教室の扉が静かに開き、僕の視界に新しい影が入った。
背筋の伸びた端正な姿。誰もが振り向く華やかさ。
「……あれが、王太子妃候補……?」

エリアス・アーデント公爵令息は、誰もが振り向くほど端正で凛とした立ち姿で、はにかむように笑いながら、アンドリュー王太子と挨拶をしていた。
思わず僕は視線をそらす。
笑顔は、どこか無邪気で、世間知らずな可愛らしさを感じさせる。
その無垢な可愛らしさが、僕の胸にずしりと重くのしかかる。

「僕は……到底、アンドリュー殿下と同じ場所には立つことはできない……」
せめて近くにいられるように、努力しよう、と。
けれど、その決意の先にあるのは、僕の心をかき乱す複雑な感情だけ。
胸の奥で、じわじわと自己嫌悪が広がる。
どんなに勉強しても、どんなに努力しても、あの眩しい存在の前では、自分はただの影にすぎない。

アンドリュー殿下は、そんな僕の視線を知らず、にこにことエリアス様に話しかけているように見えた。
その穏やかな表情に、僕は胸を締めつけられる。
僕の中で、努力しても埋められない距離を突きつけられた感覚が広がった。

「王太子妃候補……」
僕の口から出たのは、ほとんど独り言のような声だった。

エリアス様は学年が一つ上。
なかなか学園に姿を見せることがなかったけど、いつも成績優秀者の表彰にはエリアス様本人はいらっしゃらなくても、名前が呼ばれていた。


アンドリュー殿下とエリアス様が、会釈をしている姿は何度か見た。
エリアス様は微笑みながら、礼儀正しく答えていた。

「……あの笑顔……。アンドリュー殿下の隣に立つ、妃候補の笑顔……」

たった一度の会釈、ほんの一言の挨拶。
それだけで、僕には胸がぎゅっと締めつけられる思いがした。

エリアス様の完璧な身のこなし、すらりとした立ち居振る舞い、そして控えめだけれど誰もが目を留める存在感。
「僕は……やっぱり、アンドリュー殿下の隣には立てない……」

その後、僕は机に突っ伏して小さくため息をついた。
エリアス自分はアンドリュー殿下とたった一瞬の挨拶を交わしただけなのに、自分の心は乱れ、胸が痛む。

でも、
僕はアンディのそばにいたい。

その想いと、届かない距離感に、複雑な感情が絡み合ったまま、午後の授業が始まるのだった。

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