88 / 165
当て馬にされた公爵令息は、隣国の王太子と精霊の導きのままに旅をします
旅立つ二人⑤ セドリック
しおりを挟む
ルヴァニエール王宮・謁見の間。
昼下がりの陽光が差し込む中、ルヴァニエールの公爵である私、セドリック・アーデントはゆっくりと歩み出た。
視線は真っ直ぐ、王座に座る国王へ。
かつて、未来の義父、弟の義父になるはずだった男。
弟の自由と幸福を奪おうとした男。
私の瞳には冷静さと、揺るぎない決意が宿っていた。
⸻
ルヴァニエール国王。
「……“女神のリング”を貸し出せと?
あれは王家の聖宝であり、代々の加護そのものだ。
軽々しく出せる物ではない」
私は微笑んだ。
それは深窓の公爵の洗練を湛えつつも、鋼のようだった。
「弟が求めたのです。
その上で、ドラヴァールの王太子殿下も同意されている。
――ゆえにお返しいただきたい、女神の御恩物を」
「“返す”とは、ずいぶんだな。
アーデントはこの国の忠臣であろう?」
「もちろん。
ですが、我が弟エリアスはこの国が失った宝です。
そして今、彼は新たな地で――自らの運命を歩んでいる」
国王は、聖宝である女神のリングを簡単には渡すわけがない。
私は静かな圧をもって、弟エリアスへの愛と誇りともって、理性的に。
「陛下。
ここ3年――風が変わりましたね」
「……なんのことだ」
「春の風が弱り、聖堂の灯が揺らぐ日が増えた。
大地の巡りも、ほんの少しだけ鈍っている」
「偶然かもしれん」
「偶然ならよいでしょう。
しかし女神の加護は“祈る者”に宿る。
あの子ほど純粋に女神に祈りを捧げ、国を想っていた者が、この国に他にいましたか?」
「……」
「エリアスが去り、この国の加護が揺らぎ始めています。
ならば、彼が求める“女神のリング”を託すことこそ、
この国が再び祝福を得る唯一の道です」
「……貸し与える。……しかし、返してもらう約束だ」
「いいえ。
これは返還を前提としない“使命の授与”です。
我が弟は女神に選ばれた。
陛下、どうか、道を閉ざさないでください」
私は誇りや冷静さを忘れず、陛下への敬意、エリアスの兄としての愛を持って、話した。
そして、最後に。
「あの子は、この国が気づかなかった宝です。
けれど、今もこの国を想っている。
だからこそ……私たちも、手を伸ばさねばならないのです」
国王もここで折れた。
♢
エリアスは、幼い頃から祈りの子だった。
朝も夜も、そっと手を合わせて、女神へ囁いていた。
私はそれを、ただ“優しさ”の象徴だと思っていた。
だが違ったのだ。
あれは――選ばれた者の祈り。
一度決めたら、誰が止めようとも曲げはしない。
優しく、儚いくせに。
頑固なところは、誰に似たのだろうな……まったく。
……そして今。
悔しい。
あの弟を守る役は、私ではない。
だが――あの男ならば、任せられる。
♢
「国王陛下。
リングは弟が必要としています。
そして、エリアスの望みを叶えることは――女神の御心に沿うことでしょう」
国王は口を開きかけ、ふと目を伏せた。
「……あれほどの祈りを捧げた者を捨てられる王はおらぬ、ということか」
「はい。
エリアスは、ただアーデント家、ルヴァニエールの子であっただけではありません。
……女神の子でもあったのです」
沈黙が流れた。
やがて国王は、深く息を吐いた。
「……返す。
リングを持って行くがよい」
私は丁寧に頭を下げる――だがその胸の中では、静かな勝利の火が灯っていた。
「寛大なるご決断、感謝いたします。
弟の未来は、我々が守り導きましょう」
♢
エリアス。
私の自慢の弟。
どれほど離れていようと、
お前を誇りに思う。
そして――
どうか、あの男の腕の中で幸せであれ。
それが、兄である私の唯一の望みだ。
必ず届けよう。
女神の加護を。
お前の、未来のために。
昼下がりの陽光が差し込む中、ルヴァニエールの公爵である私、セドリック・アーデントはゆっくりと歩み出た。
視線は真っ直ぐ、王座に座る国王へ。
かつて、未来の義父、弟の義父になるはずだった男。
弟の自由と幸福を奪おうとした男。
私の瞳には冷静さと、揺るぎない決意が宿っていた。
⸻
ルヴァニエール国王。
「……“女神のリング”を貸し出せと?
あれは王家の聖宝であり、代々の加護そのものだ。
軽々しく出せる物ではない」
私は微笑んだ。
それは深窓の公爵の洗練を湛えつつも、鋼のようだった。
「弟が求めたのです。
その上で、ドラヴァールの王太子殿下も同意されている。
――ゆえにお返しいただきたい、女神の御恩物を」
「“返す”とは、ずいぶんだな。
アーデントはこの国の忠臣であろう?」
「もちろん。
ですが、我が弟エリアスはこの国が失った宝です。
そして今、彼は新たな地で――自らの運命を歩んでいる」
国王は、聖宝である女神のリングを簡単には渡すわけがない。
私は静かな圧をもって、弟エリアスへの愛と誇りともって、理性的に。
「陛下。
ここ3年――風が変わりましたね」
「……なんのことだ」
「春の風が弱り、聖堂の灯が揺らぐ日が増えた。
大地の巡りも、ほんの少しだけ鈍っている」
「偶然かもしれん」
「偶然ならよいでしょう。
しかし女神の加護は“祈る者”に宿る。
あの子ほど純粋に女神に祈りを捧げ、国を想っていた者が、この国に他にいましたか?」
「……」
「エリアスが去り、この国の加護が揺らぎ始めています。
ならば、彼が求める“女神のリング”を託すことこそ、
この国が再び祝福を得る唯一の道です」
「……貸し与える。……しかし、返してもらう約束だ」
「いいえ。
これは返還を前提としない“使命の授与”です。
我が弟は女神に選ばれた。
陛下、どうか、道を閉ざさないでください」
私は誇りや冷静さを忘れず、陛下への敬意、エリアスの兄としての愛を持って、話した。
そして、最後に。
「あの子は、この国が気づかなかった宝です。
けれど、今もこの国を想っている。
だからこそ……私たちも、手を伸ばさねばならないのです」
国王もここで折れた。
♢
エリアスは、幼い頃から祈りの子だった。
朝も夜も、そっと手を合わせて、女神へ囁いていた。
私はそれを、ただ“優しさ”の象徴だと思っていた。
だが違ったのだ。
あれは――選ばれた者の祈り。
一度決めたら、誰が止めようとも曲げはしない。
優しく、儚いくせに。
頑固なところは、誰に似たのだろうな……まったく。
……そして今。
悔しい。
あの弟を守る役は、私ではない。
だが――あの男ならば、任せられる。
♢
「国王陛下。
リングは弟が必要としています。
そして、エリアスの望みを叶えることは――女神の御心に沿うことでしょう」
国王は口を開きかけ、ふと目を伏せた。
「……あれほどの祈りを捧げた者を捨てられる王はおらぬ、ということか」
「はい。
エリアスは、ただアーデント家、ルヴァニエールの子であっただけではありません。
……女神の子でもあったのです」
沈黙が流れた。
やがて国王は、深く息を吐いた。
「……返す。
リングを持って行くがよい」
私は丁寧に頭を下げる――だがその胸の中では、静かな勝利の火が灯っていた。
「寛大なるご決断、感謝いたします。
弟の未来は、我々が守り導きましょう」
♢
エリアス。
私の自慢の弟。
どれほど離れていようと、
お前を誇りに思う。
そして――
どうか、あの男の腕の中で幸せであれ。
それが、兄である私の唯一の望みだ。
必ず届けよう。
女神の加護を。
お前の、未来のために。
19
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
一人、辺境の地に置いていかれたので、迎えが来るまで生き延びたいと思います
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
大きなスタンビートが来るため、領民全てを引き連れ避難する事になった。
しかし、着替えを手伝っていたメイドが別のメイドに駆り出された後、光を避けるためにクローゼットの奥に行き、朝早く起こされ、まだまだ眠かった僕はそのまま寝てしまった。用事を済ませたメイドが部屋に戻ってきた時、目に付く場所に僕が居なかったので先に行ったと思い、開けっ放しだったクローゼットを閉めて、メイドも急いで外へ向かった。
全員が揃ったと思った一行はそのまま領地を後にした。
クローゼットの中に幼い子供が一人、取り残されている事を知らないまま
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
姉の聖女召喚に巻き込まれた無能で不要な弟ですが、ほんものの聖女はどうやら僕らしいです。気付いた時には二人の皇子に完全包囲されていました
彩矢
BL
20年ほど昔に書いたお話しです。いろいろと拙いですが、あたたかく見守っていただければ幸いです。
姉の聖女召喚に巻き込まれたサク。無実の罪を着せられ処刑される寸前第4王子、アルドリック殿下に助け出さる。臣籍降下したアルドリック殿下とともに不毛の辺境の地へと旅立つサク。奇跡をおこし、隣国の第2皇子、セドリック殿下から突然プロポーズされる。
美人なのに醜いと虐げられる転生公爵令息は、婚約破棄と家を捨てて成り上がることを画策しています。
竜鳴躍
BL
ミスティ=エルフィードには前世の記憶がある。
男しかいないこの世界、横暴な王子の婚約者であることには絶望しかない。
家族も屑ばかりで、母親(男)は美しく生まれた息子に嫉妬して、徹底的にその美を隠し、『醜い』子として育てられた。
前世の記憶があるから、本当は自分が誰よりも美しいことは分かっている。
前世の記憶チートで優秀なことも。
だけど、こんな家も婚約者も捨てたいから、僕は知られないように自分を磨く。
愚かで醜い子として婚約破棄されたいから。
望まれなかった代役婚ですが、投資で村を救っていたら旦那様に溺愛されました。
ivy
BL
⭐︎毎朝更新⭐︎
兄の身代わりで望まれぬ結婚を押しつけられたライネル。
冷たく「帰れ」と言われても、帰る家なんてない!
仕方なく寂れた村をもらい受け、前世の記憶を活かして“投資”で村おこしに挑戦することに。
宝石をぽりぽり食べるマスコット少年や、クセの強い職人たちに囲まれて、にぎやかな日々が始まる。
一方、彼を追い出したはずの旦那様は、いつの間にかライネルのがんばりに心を奪われていき──?
「村おこしと恋愛、どっちも想定外!?」
コミカルだけど甘い、投資×BLラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる