(新章開始)当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる

蒼井梨音

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当て馬にされた公爵令息は、隣国の王太子と精霊の導きのままに旅をします

旅立つ二人⑤ セドリック

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ルヴァニエール王宮・謁見の間。
昼下がりの陽光が差し込む中、ルヴァニエールの公爵である私、セドリック・アーデントはゆっくりと歩み出た。

視線は真っ直ぐ、王座に座る国王へ。

かつて、未来の義父、弟の義父になるはずだった男。
弟の自由と幸福を奪おうとした男。

私の瞳には冷静さと、揺るぎない決意が宿っていた。



ルヴァニエール国王。
「……“女神のリング”を貸し出せと?
あれは王家の聖宝であり、代々の加護そのものだ。
軽々しく出せる物ではない」

私は微笑んだ。
それは深窓の公爵の洗練を湛えつつも、鋼のようだった。

「弟が求めたのです。
その上で、ドラヴァールの王太子殿下も同意されている。
――ゆえにお返しいただきたい、女神の御恩物を」

「“返す”とは、ずいぶんだな。
アーデントはこの国の忠臣であろう?」

「もちろん。
ですが、我が弟エリアスはこの国が失った宝です。
そして今、彼は新たな地で――自らの運命を歩んでいる」


国王は、聖宝である女神のリングを簡単には渡すわけがない。
私は静かな圧をもって、弟エリアスへの愛と誇りともって、理性的に。

「陛下。
ここ3年――風が変わりましたね」
「……なんのことだ」

「春の風が弱り、聖堂の灯が揺らぐ日が増えた。
大地の巡りも、ほんの少しだけ鈍っている」
「偶然かもしれん」

「偶然ならよいでしょう。
しかし女神の加護は“祈る者”に宿る。
あの子ほど純粋に女神に祈りを捧げ、国を想っていた者が、この国に他にいましたか?」

「……」

「エリアスが去り、この国の加護が揺らぎ始めています。
ならば、彼が求める“女神のリング”を託すことこそ、
この国が再び祝福を得る唯一の道です」

「……貸し与える。……しかし、返してもらう約束だ」

「いいえ。
これは返還を前提としない“使命の授与”です。
我が弟は女神に選ばれた。
陛下、どうか、道を閉ざさないでください」

私は誇りや冷静さを忘れず、陛下への敬意、エリアスの兄としての愛を持って、話した。
そして、最後に。

「あの子は、この国が気づかなかった宝です。
けれど、今もこの国を想っている。
だからこそ……私たちも、手を伸ばさねばならないのです」

国王もここで折れた。



エリアスは、幼い頃から祈りの子だった。
朝も夜も、そっと手を合わせて、女神へ囁いていた。
私はそれを、ただ“優しさ”の象徴だと思っていた。
だが違ったのだ。
あれは――選ばれた者の祈り。

一度決めたら、誰が止めようとも曲げはしない。
優しく、儚いくせに。
頑固なところは、誰に似たのだろうな……まったく。

……そして今。
悔しい。
あの弟を守る役は、私ではない。
だが――あの男ならば、任せられる。




「国王陛下。
リングは弟が必要としています。
そして、エリアスの望みを叶えることは――女神の御心に沿うことでしょう」

国王は口を開きかけ、ふと目を伏せた。

「……あれほどの祈りを捧げた者を捨てられる王はおらぬ、ということか」

「はい。
エリアスは、ただアーデント家、ルヴァニエールの子であっただけではありません。
……女神の子でもあったのです」

沈黙が流れた。

やがて国王は、深く息を吐いた。

「……返す。
リングを持って行くがよい」

私は丁寧に頭を下げる――だがその胸の中では、静かな勝利の火が灯っていた。

「寛大なるご決断、感謝いたします。
弟の未来は、我々が守り導きましょう」




エリアス。
私の自慢の弟。
どれほど離れていようと、
お前を誇りに思う。

そして――
どうか、あの男の腕の中で幸せであれ。
それが、兄である私の唯一の望みだ。

必ず届けよう。
女神の加護を。
お前の、未来のために。

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