半妖雪女(♂)な弟子はチートでスパダリなアラフィフ師匠に溶けるくらいゾッコン中です

彩野遼子

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第一話

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「ん? あれ、璃じゃねえか。」

それは人の世と同様に四季というものが存在する夜辻島でもついに梅雨入りが発表され、朝からずっと薄曇りだった日の申三つ時頃。

夜辻島は東の都市「流宮はるみや」の外れにある、おれが先生に助けてもらった五年前のあの日から大好きで大切な家族と一緒に暮らしている二階建てで純和風な先生のお屋敷から徒歩で十五分の距離にある商店街に最近出来たばかりの相棒と共に出向き、周兄に頼まれた夕食の材料の買い出しの最中の事。

「えーー……っと、後は牛肉の小間切れ四百グラム。って事は精肉屋さんだね。って勇玖さく、荷物重くない? おれ持つよ?」

「いえ大丈夫です。主、この精肉店で周殿に頼まれた買い物は以上でしたな。ならば参りましょう、出てくる時志紅殿にも早く帰ってくるよう言われましたし。」

「あーー……。先生小腹が空いたって言ってたもんね。変な時間に間食すると周兄に怒られるから出来ないし。じゃあ行こっか。」

周兄から貰った買い物リストのメモを確認して相棒の言葉に頷き、精肉屋さんへ向かおうとした時背後から声をかけられ、振り返った先には身長は百八十センチ以上、少し細身だけど男らしく均整の取れた躰を立折襟と袖口に銀糸で装飾がされた濃紺色の軍服で包み、同じ色のチェッコ式の軍帽を被った二十代前半の青年――先生の弟子の一人で、おれの兄弟子の一人でもある陽守騎士団やがみきしだん東都支部副団長・七辻蒼次ななつじそうじ兄が人好きのする笑みを浮かべて立っていた。

「蒼次兄!!」

「よう、久し振りだな。夕飯の買い出しか?」

「うん!」

そのままぽんぽんと頭を撫でられて頷けば、どれどれ?と蒼次兄が隣からメモを覗き込む。

「牛肉、人参、ジャガイモ、糸蒟蒻……。お、今夜は肉じゃがか? 懐かしいなぁ、周さんめっちゃ料理上手いからどれ食っても美味ぇんけど、おれ肉じゃがが一番好きだったわ。……あーー周さんの肉じゃが美味ぇんだよなぁ。」

「うん、周兄の料理どれも美味しいよね。おれも肉じゃが好き! あと周兄の得意料理のだし巻き卵!」

どこかしみじみと言う蒼次兄に頷き同意すれば、蒼次兄がさらにあーーと声をあげる。
周兄のお出汁がたっぷり滲みてほんのり甘いだし巻き玉子は先生の門下の間でもファンが多くておれもその一人だ。
初めて食べた時、あまりの美味しさに丸々一本を一人で食べちゃって、先生にそのもやしな体のどこに入ったんだって呆れられたのは今でもだし巻き玉子が食卓に登る度に話題にされるし。

「あーー……思い出した食いたくなってきた……。今一番腹減る時間だしなぁ。あ、ところで璃。」

「う?」

「お前の隣でさっきからそわそわしてるそのボディビルダーも真っ青なマッチョな妖、お前の知り合いか?」

「……あっ!!」

お腹空いたよねぇと蒼次兄に頷いているとふと気が付いたように言われたその言葉にバッと隣を見れば、身長は優に百九十センチ越え、筋肉隆々で鍛え抜かれた身体を墨色の着流しに包んだ緋色の髪に二重で切れ長の銀眼が特徴的な精悍な顔立ちの外見的には三十代前半くらいに見える青年――おれの相棒である鬼神の勇玖がその髪と同じ色の男らしいきりりとした上がり眉を八の字に下げ此方を見つめていた。

「ご、ごめん、勇玖! えと、この妖は七辻蒼次兄。名字で分かるように先生の門下で、おれの兄弟子の一妖なんだ。蒼次兄、マッチョ……じゃなくて彼は勇玖。一週間前に召喚に成功して契約したばかりのおれの初めての式神なんだ!」

慌てて勇玖のごつごつとして大きな手を取り軽く引き寄せそう互いを紹介すれば、顔を見合わせた二妖がほぼ同時に会釈を交わした。

「成程、そうでしたか。お初にお目にかかります。自分は此度縁あって主の式となった勇玖と申します。若輩者故、御指南の程宜しくお願い致します。」

「璃の式……。ああ、いや申し訳ない。俺は先程璃が言ったように七辻の門下の一妖で七辻蒼次と言う。陽守騎士団東都支部の副団長を勤めている。此方こそ宜しく頼む。……いやあしかし驚いたわ。やけに璃の方を見てるなとは思ってたがまさか璃の式とはな。あんた、鬼か何かか?」

ほれ握手、と人なつっこい笑みを浮かべ手を差し出した蒼次兄の手に少しだけ戸惑いながら勇玖が恐る恐る軽く触れるのを見て大丈夫、というように繋いだ手を軽く振る。

「はい。とある人の世にある森の番人をしていた鬼神です。申し訳ない、それ故に他者と関わる事が殆んどなく力加減が分からず……。御容赦下さい。」

「はぁ、成る程な。だから璃の手も握り返せれねえのか。そいつ見た目こそ小さくてもやしで女みてえな奴だけど、んなに柔じゃねえから大丈夫だって。先月も力自慢の妖等が自主開催した腕相撲大会で楽々優勝して米俵貰ってたしよ。このもやしな体のどこにんな力があるんだかなぁ。」

「蒼次兄それ誉めてるの? 貶してるの?」

「主が、ですか?! いえ自分も主に一度投げ飛ばされているのでこの方の凄さは知っているのですが………。」

「投げ飛ばされてんのかよ! ま、それなら心配なさそうだな。それと、俺も仕事柄鍛えてるし、鬼と人の半妖で広義でいやああんたと同種だ。だから力入れても大丈夫だぜ。あと、璃。誉めてんに決まってるだろ?」

「うーー、誉められてる気しない! もやしって二回も言った!」

最後に付け足されるように言われわしゃわしゃと頭を撫でられながら唇を尖らせる。

確かにおれの体は半妖なためか人間と比べて明らかに成長が緩やかで、いつまで経ってもチビだし薄っぺらいし、あと半年で十二才になるのに二、三歳年下に見られる事は愚か、毎朝鏡を見るのが嫌になるくらいにはやけに大きい二重の金目の女顔な事も相俟って女の子に見られる事も多々あるけど!!

そのまま半眼で蒼次兄を見ていると少し眉を下げた彼にぽんぽんと宥めるように頭を撫でられた。

「ほら、俺が悪かったからんなむくれんなって。てかマジで褒めてたんだけどな。」

「むぅーー……。」

「主。蒼次殿もけして悪気があったわけではないのですし、その辺でお許しになられては。」

「……うーー……勇玖がそう言うなら。」

まだ完全に許したわけじゃないけど、勇玖にまでそう言われたらいつまでも怒ってるわけにもいかなくて気持ちを切り替えるように一度息を吐き答えれば安堵したような表情を浮かべた勇玖に頷かれる。

「悪いな、勇玖。」

「いえ、蒼次殿の言に嘘がない事はすぐ分かりましたので。」

そう話す二妖を見ていると、ま、でも、と蒼次兄に笑いかけられた。

「つまり璃もついに師匠に召喚術を教わったって事か。十一で初式神ってなりゃ師匠の門下の中では早い方だぜ? 祓い屋の修行も順調そうだしよ。――さすがだな、璃。」

「――!! 蒼次兄……!」

すぅっと細められた瞳はとても優しい光を帯びていて、それを見た途端さっきまで胸の中にあったもやもやはどこかに消え去って、代わりにじわじわと嬉しさが胸を満たしていく。
誉めてもらえた事が嬉しくて、へにゃりと笑えば頭を撫でてくれた蒼次兄がさらに笑みを深めた。

「やっぱお前は笑ってたほうがいいわ。あ、ところでよ、璃。」

「なぁに蒼次兄? わっ!?」

「お前もそんな歳になったって事は、だ。好きな奴の一体や二体くらいいるんだろ? ちょっと兄さんに教えてみな。」

「う?……好きな奴? ……えと……先生?」

次の瞬間それまでの笑顔から一転、にやりと人の悪そうな笑みを浮かべた蒼次兄に肩を組まれ言われた内容にきょとんとして答えれば、蒼次兄が目に見えてがくっと肩を落とす。

「……いや、璃よぉ。確かにお前が俺ら門下の間じゃ『師匠の恋人』とか呼ばれるくらい師匠好きなのは知ってんけどよ。おれが言ってんのはその好きじゃなくて恋愛の『好き』なんだわ。」

「恋愛の『好き』?」

いまいちピンと来なくて首を傾げるおれの横で勇玖があの、とどこか不安そうな声音をあげた。

「蒼次殿。主と志紅殿はそのように言われるような仲では決して御座いませんが、なぜそのような物言いを?」

「お? ああ、悪ぃ悪ぃ。と言うかこりゃあ身内だけで通じる言葉遊びみたいなもんだ。マジで璃が先生とデキてるなんて誰も思ってねえよ。ただ璃があまりに師匠を好き過ぎてどこぞの恋愛ドラマかっつーような事ばかり言うからよ。」

「しかし……。」

どこか咎めるような口調になってきた勇玖に気が付きそっとその手を握る。

「主……。」
「ありがと、勇玖。でもおれも誰も本気で言ってるんじゃないって分かってるから大丈夫。先生が大好きって事も間違ってないし。……というか『お前は俺の恋人かなんかか』って言い出したのも一番言うのも先生だし。あと此処に来た当初の頃はヒヨコとか犬とかコアラとか……! 犬は今でも言われるけど!」

多分最初はおれが息子で弟子だもん!と律儀に言い返すから余計に先生に面白がられたんだろうけど、自分で言っててもはや半妖どころか人でもないじゃんと唇を尖らせるとぶはっと蒼次兄が噴き出した。

「テメーで言って怒ってりゃ世話ないわな。で、どうなんだよ?」

「うーー……蒼次兄。恋愛の『好き』ってどういうの? 最近商店街で、豆腐小僧さんのお豆腐屋さんとこの娘さんが先生に懸想?してるって噂になってるけど、その『好き』みたいな『好き?』」

やっぱり良く分からなくてそう尋ねれば蒼次兄がはぁ!?と素っ頓狂な声をあげる。

「え、マジ?  見た目アラフィフ世代の爺さんなのに、師匠ってもしかしてモテてんのか!?」

「? だって先生格好いいもん。他にもぬらりひょんさんの和菓子屋さんとこの娘さんや、つらら女さんのクリーニング屋さんとこの娘さんもバレンタインに先生にチョコ渡しに来たよ。皆先生に『大きくなったらお嫁さんにして。』って。」

「はあ、師匠も隅に置けないねえ。……ってちょい待て。『大きくなったら』? おい璃、今出た娘達っていくつだ?」

「う? 皆九才だけど?」

そう答えた瞬間阿呆!の一言の元バシンと頭をはたかれた。

「痛っ!! 何で!!?」

「……あーーもーーこいつはもうよ~~。おい、璃。後で俺の秘蔵のお宝貸してやるから、それ見て少しは恋愛っつーもん勉強しろ! じゃあ俺行くわ……。」

「え、あ、蒼次兄?」

それだけ言うと疲れた顔をして止める間もなく去っていくその背中にきょとんと首を傾げる。

「お宝? ねえ勇玖、おれはたかれるような事、何かした?」

「いえ、特には。それより主そろそろ精肉店に向かいましょう、志紅殿や周殿達が待っておられますよ。」

おれを宥めるように言う勇玖が苦笑いを浮かべている事は気になったけど、大分道草食っちゃってるし早く買いに行った方がいいだろうと結論づけて頷いた。

「……うーー……。……だね、勇玖、行こっか。」

「はっ」


――今思えばこのやりとりこそこれから起こる事の前触れだったわけなんだけど。
この時のおれはまだ、そんな事知るよしもなかったのだった。
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