百合の花が咲く頃に恋の音は響き渡りて

楠富 つかさ

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#13 月だけが知っている

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 春が近づくその夜は、空気がまだひんやりとしていて、窓の外から差し込む街灯の光がカーテン越しにぼんやりと部屋を照らしていた。いつもは整然とした百合子ちゃんの部屋が、その夜に限ってはどこか乱れて見える。ベッドの上に広がったシーツも、脱ぎ捨てられた制服のジャケットも、その全てが現実味を欠いていて。
 私はまだ、夢の続きでも見ているんじゃないかって錯覚していた。
 けれど——。

「……どうしたの? 怖い?」

 囁くような百合子ちゃんの声。
 その声すら熱を帯びているように感じて、私は首を横に振った。
 怖いんじゃない。ただ、どうしていいのかわからなくて。
 百合子ちゃんは私の不安を見透かしたように、そっと微笑んでくれた。
 その手が、私の頬に触れる。少しだけ冷たい指先が、耳の裏を撫でるたび、呼吸が浅くなるのがわかる。

「花音は、本当に可愛いね。大丈夫、夜はまだ長いわ」

 今日は秋ごろからずっと計画していた百合子ちゃんの部屋でのお泊りなのだが、既に三回は達してしまった私に、体力はほぼ残されていない。

「逃げないで」

 逃がさないと言わんばかりに、百合子ちゃんの手が私の顎を掬った。
 強引だけど、決して痛くはない力加減。
 なのに、その支配的な仕草に逆らえなくて。私はただ、されるがままに唇を塞がれた。
 触れ合った瞬間、呼吸が止まる。

「――ぁ」

 熱い。柔らかい。
 それは何度もしてきたはずのキスのはずなのに、頭が真っ白になるくらい、強く、深く。
 甘く吸い上げられて、舌が絡まった途端、身体の芯が痺れるみたいに熱を持った。
 ぬるりと侵入してくる感触に、抗えない。
 息継ぎもままならず、意識が溶けていく。

「ん……、ふ……っ……」

 断続的に漏れる声が、自分のものだとは思えなかった。
 けれど百合子ちゃんは、それすら楽しむみたいに微笑んで、さらに深く、舌を絡ませてくる。
 甘く啜られて、喉の奥から震えるような声が零れた。

「……可愛い声」

 濡れた唇を離した百合子ちゃんが、恍惚とした表情で笑う。
 その目が、ぞくりとするほど冷たくて、でも熱っぽくて。
 まるで、獲物を見定めた獣みたいな目。
 その視線が怖いはずなのに、心はどこか甘く痺れていて、逃げたいとは思えなかった。

「花音のここ、食べちゃいたいくらい好きなの」

 私のいやらしく尖った蕾をつねりながら、耳元で囁く声は甘くて、溶けそうなほど優しいのに、どこまでも残酷だ。

「……全部、見せてよ。私にだけ」

 その言葉に、私はただ、縋りつくように頷いた。
 どうしようもなく心が欲しがっていた。優等生の仮面を外して、私だけに見せる百合子ちゃんの本性。その全てを受け入れられるのは、私だけなんだって、それが何よりも嬉しい。

「おいで」

 覆いかぶさるように、百合子ちゃんに上から抱き着く。

「愛してるよ、百合子ちゃん」

 月明かりの下、そっと囁いた。百合子ちゃんは、私のお尻を撫でまわしながら微笑む。

「……ええ、私もよ、花音」

 そして、もう一度、深く口づけをした。その刹那、ぴしゃりと平手が振り下ろされる。

「はぁ……ん……!」
「大きな声、出しちゃダメだよ」
「ひゃ……ひゃいぃ……」

 百合子ちゃんがくれる愛と支配を私と月だけが知っている。
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