無色な私のカラフルな恋

楠富 つかさ

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 文化祭の朝は、準備のときとは違う特別な空気で満ちていた。
 校門をくぐった瞬間、いつもの校舎が知らない場所みたいに感じる。
 色とりどりの看板に、模擬店から流れてくる甘い匂い。響いてくるのは笑い声と音楽と、あちこちで交わされる呼び込みの声。
 ずっと準備してきたはずの文化祭なのに、今日はまるで別世界だった。

 それに……昨日、告白したんだ。ちゃんと、伝えたんだ……。
 一志先輩から「一緒に回ろう」と言われたあの瞬間のことを思い出すと、胸の奥がほんのり熱くなる。
 生徒会室での朝礼を終えて、ひと息ついたころ、汐波会長がにっこりと微笑んで声をかけてきた。

「笠原さん」
「はい、汐波会長」
「今日、彼と文化祭まわれるんでしょう?」
「えっ……!」

 頬が熱くなる。誰にも言っていないはずなのに、どうして会長は知っているのだろう。けれど、その問いに答える前に、会長は言葉を続けた。

「大丈夫。副会長としての責任はもう果たしてくれてるし、あとは私が何とかするから。今くらい、普通の女子高生してもいいじゃない?」
「……会長」
「ほら、あと半年で引退よ。私のことなんか気にしないで、今は思いっきり楽しんで。それにほら、頼れる仲間がいるからさ」

 それは、本当に優しい、背中を押してくれる声だった。頼れる会長の言葉に、私は小さく頷いた。

「会長、栗崎先輩も水上先輩も桐生先輩も御波ちゃんも、ありがとうございます」
「ちょっと、私は!?」
「ふふ、志水先輩も、ありがとうございます」

 校舎の外に出ると、グラウンドの模擬店からはいい匂いが漂っていた。たこ焼き、焼きそば、チュロス、わたあめ。あちこちから「いらっしゃいませー!」という声が響き、手作りの看板が風に揺れている。

「笠原さん」

 振り向くと、制服の上に文化祭用のパーカーを羽織った一志先輩がいた。どこかそわそわした様子で、だけどいつものように優しい笑顔を浮かべている。

「来てくれて、ありがとう」
「こっちこそ……誘ってくれて、嬉しかったです」

 それからは夢みたいに時間が過ぎていった。喫茶店の出し物で、お互いに笑い合いながら紙ナプキンに落書きしたり、演劇部の劇を並んで観たり、くじ引きでお揃いの小さなお守りを手に入れたり。

 友達に見られて、冷やかされて、顔を赤くして――
 でも、そんなのも全部、特別に思えて嬉しかった。

 日が暮れて、校舎の灯りがぽつりぽつりとつき始める頃。
 先輩は、校庭の片隅で立ち止まった。
 夕暮れの空はオレンジから紫に変わっていって、風が冷たくなっていた。

「文化祭、楽しかった?」
「はい。……すごく」

 短い言葉なのに、心の中では伝えたい想いがあふれて止まらなかった。
 今日という一日が、きっと一生忘れられない日になる。
 そう思った瞬間、先輩がそっと私の手を握った。

「俺、これからもずっと、そばにいたい。……支えたいって思ってる」

 手のぬくもりが、言葉よりも優しく伝わってきた。
 私は小さく頷いて、手をぎゅっと握り返した。

「私も、先輩のそばにいたいです」

 文化祭の最後のチャイムが鳴ったとき、
 私は先輩と手をつないだまま、空を見上げていた。

 新しい季節が、もうすぐやってくる。
 でももう、私は一人じゃない。
 そんな確かな想いが胸にあった。
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