16 / 17
#16
しおりを挟む
文化祭の朝は、準備のときとは違う特別な空気で満ちていた。
校門をくぐった瞬間、いつもの校舎が知らない場所みたいに感じる。
色とりどりの看板に、模擬店から流れてくる甘い匂い。響いてくるのは笑い声と音楽と、あちこちで交わされる呼び込みの声。
ずっと準備してきたはずの文化祭なのに、今日はまるで別世界だった。
それに……昨日、告白したんだ。ちゃんと、伝えたんだ……。
一志先輩から「一緒に回ろう」と言われたあの瞬間のことを思い出すと、胸の奥がほんのり熱くなる。
生徒会室での朝礼を終えて、ひと息ついたころ、汐波会長がにっこりと微笑んで声をかけてきた。
「笠原さん」
「はい、汐波会長」
「今日、彼と文化祭まわれるんでしょう?」
「えっ……!」
頬が熱くなる。誰にも言っていないはずなのに、どうして会長は知っているのだろう。けれど、その問いに答える前に、会長は言葉を続けた。
「大丈夫。副会長としての責任はもう果たしてくれてるし、あとは私が何とかするから。今くらい、普通の女子高生してもいいじゃない?」
「……会長」
「ほら、あと半年で引退よ。私のことなんか気にしないで、今は思いっきり楽しんで。それにほら、頼れる仲間がいるからさ」
それは、本当に優しい、背中を押してくれる声だった。頼れる会長の言葉に、私は小さく頷いた。
「会長、栗崎先輩も水上先輩も桐生先輩も御波ちゃんも、ありがとうございます」
「ちょっと、私は!?」
「ふふ、志水先輩も、ありがとうございます」
校舎の外に出ると、グラウンドの模擬店からはいい匂いが漂っていた。たこ焼き、焼きそば、チュロス、わたあめ。あちこちから「いらっしゃいませー!」という声が響き、手作りの看板が風に揺れている。
「笠原さん」
振り向くと、制服の上に文化祭用のパーカーを羽織った一志先輩がいた。どこかそわそわした様子で、だけどいつものように優しい笑顔を浮かべている。
「来てくれて、ありがとう」
「こっちこそ……誘ってくれて、嬉しかったです」
それからは夢みたいに時間が過ぎていった。喫茶店の出し物で、お互いに笑い合いながら紙ナプキンに落書きしたり、演劇部の劇を並んで観たり、くじ引きでお揃いの小さなお守りを手に入れたり。
友達に見られて、冷やかされて、顔を赤くして――
でも、そんなのも全部、特別に思えて嬉しかった。
日が暮れて、校舎の灯りがぽつりぽつりとつき始める頃。
先輩は、校庭の片隅で立ち止まった。
夕暮れの空はオレンジから紫に変わっていって、風が冷たくなっていた。
「文化祭、楽しかった?」
「はい。……すごく」
短い言葉なのに、心の中では伝えたい想いがあふれて止まらなかった。
今日という一日が、きっと一生忘れられない日になる。
そう思った瞬間、先輩がそっと私の手を握った。
「俺、これからもずっと、そばにいたい。……支えたいって思ってる」
手のぬくもりが、言葉よりも優しく伝わってきた。
私は小さく頷いて、手をぎゅっと握り返した。
「私も、先輩のそばにいたいです」
文化祭の最後のチャイムが鳴ったとき、
私は先輩と手をつないだまま、空を見上げていた。
新しい季節が、もうすぐやってくる。
でももう、私は一人じゃない。
そんな確かな想いが胸にあった。
校門をくぐった瞬間、いつもの校舎が知らない場所みたいに感じる。
色とりどりの看板に、模擬店から流れてくる甘い匂い。響いてくるのは笑い声と音楽と、あちこちで交わされる呼び込みの声。
ずっと準備してきたはずの文化祭なのに、今日はまるで別世界だった。
それに……昨日、告白したんだ。ちゃんと、伝えたんだ……。
一志先輩から「一緒に回ろう」と言われたあの瞬間のことを思い出すと、胸の奥がほんのり熱くなる。
生徒会室での朝礼を終えて、ひと息ついたころ、汐波会長がにっこりと微笑んで声をかけてきた。
「笠原さん」
「はい、汐波会長」
「今日、彼と文化祭まわれるんでしょう?」
「えっ……!」
頬が熱くなる。誰にも言っていないはずなのに、どうして会長は知っているのだろう。けれど、その問いに答える前に、会長は言葉を続けた。
「大丈夫。副会長としての責任はもう果たしてくれてるし、あとは私が何とかするから。今くらい、普通の女子高生してもいいじゃない?」
「……会長」
「ほら、あと半年で引退よ。私のことなんか気にしないで、今は思いっきり楽しんで。それにほら、頼れる仲間がいるからさ」
それは、本当に優しい、背中を押してくれる声だった。頼れる会長の言葉に、私は小さく頷いた。
「会長、栗崎先輩も水上先輩も桐生先輩も御波ちゃんも、ありがとうございます」
「ちょっと、私は!?」
「ふふ、志水先輩も、ありがとうございます」
校舎の外に出ると、グラウンドの模擬店からはいい匂いが漂っていた。たこ焼き、焼きそば、チュロス、わたあめ。あちこちから「いらっしゃいませー!」という声が響き、手作りの看板が風に揺れている。
「笠原さん」
振り向くと、制服の上に文化祭用のパーカーを羽織った一志先輩がいた。どこかそわそわした様子で、だけどいつものように優しい笑顔を浮かべている。
「来てくれて、ありがとう」
「こっちこそ……誘ってくれて、嬉しかったです」
それからは夢みたいに時間が過ぎていった。喫茶店の出し物で、お互いに笑い合いながら紙ナプキンに落書きしたり、演劇部の劇を並んで観たり、くじ引きでお揃いの小さなお守りを手に入れたり。
友達に見られて、冷やかされて、顔を赤くして――
でも、そんなのも全部、特別に思えて嬉しかった。
日が暮れて、校舎の灯りがぽつりぽつりとつき始める頃。
先輩は、校庭の片隅で立ち止まった。
夕暮れの空はオレンジから紫に変わっていって、風が冷たくなっていた。
「文化祭、楽しかった?」
「はい。……すごく」
短い言葉なのに、心の中では伝えたい想いがあふれて止まらなかった。
今日という一日が、きっと一生忘れられない日になる。
そう思った瞬間、先輩がそっと私の手を握った。
「俺、これからもずっと、そばにいたい。……支えたいって思ってる」
手のぬくもりが、言葉よりも優しく伝わってきた。
私は小さく頷いて、手をぎゅっと握り返した。
「私も、先輩のそばにいたいです」
文化祭の最後のチャイムが鳴ったとき、
私は先輩と手をつないだまま、空を見上げていた。
新しい季節が、もうすぐやってくる。
でももう、私は一人じゃない。
そんな確かな想いが胸にあった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
負けヒロインに花束を!
遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。
葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。
その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる