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大会当日。
個人戦は準決勝で敗退した。
準決勝の相手は、今大会の優勝者となった女子。
一本目をあっさりと取られて、そのまま流れを取り戻せずに負けた。
悔しさで奥歯を噛みしめながらも、午後の団体戦に向けて気持ちを切り替えるしかなかった。
そして迎えた団体戦、決勝。
二勝二敗。
――すべては、あたしにかかっている。
相手は、あの個人戦で優勝した女子。
またしても一本目をあっさりと取られた。
見事な「面」だった。
竹刀の軌道も、踏み込みの速さも、完璧と言っていい。
これが優勝者の実力なんだって、嫌でも思い知らされる。
(くそっ……! ここで終わり、なのか……?)
防具越しに伝わる痛みが、やけにリアルだ。
このままじゃ、ダメだ。流れを断ち切るために、一度防具の緩みを締め直すための間をもらう。防具の紐とともに気を引き締め直す。竹刀を左手に持ち、蹲踞から構える。立ち上がり一足一刀の間合いで主審の号令を待つ。そのとき――
「七瀬さん、頑張って!」
会場のざわめきの中、ひときわ大きく耳に届いた声があった。
……早乙女、だ。
主審の声とともに一歩踏み出す。ここで退いては彼女にあわせる顔がない。鋭く踏み込み、コンパクトに打つ。
「一本!」
残心し息を吐くと私の襷と同じ白い旗が三本上がる。五分に戻した。これで次を取った方が勝つ。負けて悔しいのは、自分のためだけじゃないはずだ。ここで終わったら、何のために頑張ってきたんだ。
早乙女の声援がまだ聞こえる。姿は見えないのに、まるですぐ側にいてくれているみたいだ。勝つ。優勝したら、早乙女に……。本当の気持ちを伝えるって、そう決めたんだから。
次の一本が勝負だ。そう思った瞬間、体中の神経が研ぎ澄まされていく。
耳鳴りのように響いていた観客席のざわめきも、早乙女の声援も、今は遠い。
見えているのは、目の前の相手と、竹刀の軌道だけ。
審判の号令が響く。相手は迷いなく踏み込んでくる。一本目を打たれた時と同じようだ。だが、今のあたしには見える。竹刀の動き、足の運び、肩の揺れ、呼吸のリズム。全部がスローになったみたいに、はっきりと見える。
どこまでも基本に忠実なお手本のような面打ち、見ているからこそ、こちらも基本に忠実な返しを行う。右足を一歩滑らせ、重心を前に移す。
(――今だ!)
呼吸と同じくらい自然に、体が動く。最小限の動きで、最大の打撃を。軌道は、胴。
迷いもブレもない、一直線の一撃。スローになった視界の中、相手の胴に竹刀が吸い込まれるように触れる。感触は柔らかく、それでいて確かな手応え。鋭く、正確に、そして重い。まるで、ずっと前からこうなるってわかってたみたいに、きれいに決まった。
「一本! 勝負あり」
右足を軸に振り抜いた竹刀を構え直し相手に正対する。
審判の声が響く。旗が一斉に上がった。
あたしは、勝ったんだ。
今さらになって、鼓動が一気にうるさくなる。
竹刀を握る手が微かに震えた。
「――ッ!」」
声もでなかった。早乙女のことばかり考えてモヤがかかっていたかのようだったのに、早乙女のために勝ちたいと思って、今はもうすっきりとしている。防具越しに伝わる汗の感触も、荒い呼吸も、全身の疲労も、今はどうだっていい。何も考えられないくらい、ただ嬉しかった。
「……あぁ」
相手と礼を交わし下がる。面を取り、団体のメンバーたちと改めて全員で礼を交わし会場の端へと下がる。
遅まきながら客席に視線を向けると、早乙女の姿はすぐに見つけられた。その顔は、嬉しそうで、誇らしげで、少し泣きそうで――。
やっぱり、勝ててよかった。これで胸を張って、伝えられる。
あたしの、本当の気持ちを。
(待ってろよ、早乙女。……ちゃんと伝えるから)
個人戦は準決勝で敗退した。
準決勝の相手は、今大会の優勝者となった女子。
一本目をあっさりと取られて、そのまま流れを取り戻せずに負けた。
悔しさで奥歯を噛みしめながらも、午後の団体戦に向けて気持ちを切り替えるしかなかった。
そして迎えた団体戦、決勝。
二勝二敗。
――すべては、あたしにかかっている。
相手は、あの個人戦で優勝した女子。
またしても一本目をあっさりと取られた。
見事な「面」だった。
竹刀の軌道も、踏み込みの速さも、完璧と言っていい。
これが優勝者の実力なんだって、嫌でも思い知らされる。
(くそっ……! ここで終わり、なのか……?)
防具越しに伝わる痛みが、やけにリアルだ。
このままじゃ、ダメだ。流れを断ち切るために、一度防具の緩みを締め直すための間をもらう。防具の紐とともに気を引き締め直す。竹刀を左手に持ち、蹲踞から構える。立ち上がり一足一刀の間合いで主審の号令を待つ。そのとき――
「七瀬さん、頑張って!」
会場のざわめきの中、ひときわ大きく耳に届いた声があった。
……早乙女、だ。
主審の声とともに一歩踏み出す。ここで退いては彼女にあわせる顔がない。鋭く踏み込み、コンパクトに打つ。
「一本!」
残心し息を吐くと私の襷と同じ白い旗が三本上がる。五分に戻した。これで次を取った方が勝つ。負けて悔しいのは、自分のためだけじゃないはずだ。ここで終わったら、何のために頑張ってきたんだ。
早乙女の声援がまだ聞こえる。姿は見えないのに、まるですぐ側にいてくれているみたいだ。勝つ。優勝したら、早乙女に……。本当の気持ちを伝えるって、そう決めたんだから。
次の一本が勝負だ。そう思った瞬間、体中の神経が研ぎ澄まされていく。
耳鳴りのように響いていた観客席のざわめきも、早乙女の声援も、今は遠い。
見えているのは、目の前の相手と、竹刀の軌道だけ。
審判の号令が響く。相手は迷いなく踏み込んでくる。一本目を打たれた時と同じようだ。だが、今のあたしには見える。竹刀の動き、足の運び、肩の揺れ、呼吸のリズム。全部がスローになったみたいに、はっきりと見える。
どこまでも基本に忠実なお手本のような面打ち、見ているからこそ、こちらも基本に忠実な返しを行う。右足を一歩滑らせ、重心を前に移す。
(――今だ!)
呼吸と同じくらい自然に、体が動く。最小限の動きで、最大の打撃を。軌道は、胴。
迷いもブレもない、一直線の一撃。スローになった視界の中、相手の胴に竹刀が吸い込まれるように触れる。感触は柔らかく、それでいて確かな手応え。鋭く、正確に、そして重い。まるで、ずっと前からこうなるってわかってたみたいに、きれいに決まった。
「一本! 勝負あり」
右足を軸に振り抜いた竹刀を構え直し相手に正対する。
審判の声が響く。旗が一斉に上がった。
あたしは、勝ったんだ。
今さらになって、鼓動が一気にうるさくなる。
竹刀を握る手が微かに震えた。
「――ッ!」」
声もでなかった。早乙女のことばかり考えてモヤがかかっていたかのようだったのに、早乙女のために勝ちたいと思って、今はもうすっきりとしている。防具越しに伝わる汗の感触も、荒い呼吸も、全身の疲労も、今はどうだっていい。何も考えられないくらい、ただ嬉しかった。
「……あぁ」
相手と礼を交わし下がる。面を取り、団体のメンバーたちと改めて全員で礼を交わし会場の端へと下がる。
遅まきながら客席に視線を向けると、早乙女の姿はすぐに見つけられた。その顔は、嬉しそうで、誇らしげで、少し泣きそうで――。
やっぱり、勝ててよかった。これで胸を張って、伝えられる。
あたしの、本当の気持ちを。
(待ってろよ、早乙女。……ちゃんと伝えるから)
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