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夢のあと
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朝の光がカーテンの隙間から差し込み、ぼんやりとした視界を照らしていた。
まばたきを繰り返しながら、私はゆっくりと意識を浮上させる。体は軽く、頭もすっきりしている。昨夜まで熱でぼんやりしていたのが嘘みたいだ。
「……ふぅ」
自分の額に手を当てる。もう熱はない。寒気もしないし、喉の痛みもすっかり引いていた。でも、またしてしまった。一度ならず二度までも……。雫ちゃんと……。
「……夢?」
呟いてみる。違うことは誰よりもまず自分が知っている。夫に知られたら……。陰鬱とした気持ちのまま、私はそっと起き上がった。
そのとき。
「……んー……」
小さな寝息が聞こえてきた。視線を向けるとすぐ傍に敷かれた布団で咲良がすやすやと眠っている。ふわふわの髪が寝癖で跳ね、頬がほんのりと赤い。
安心しきった寝顔に、自然と頬が緩む。
「……おはよう、咲良」
そっと布団をかけ直してやる。あの後、きっと全て雫ちゃんが面倒を見てくれたのだろう。……風邪、うつってしまっていないだろうか。
よくよく耳を澄ますと、リビングからテレビの音声が聞こえてくる。私はそっとドアを開け、リビングへ足を踏み出した。
キッチンには雫ちゃんが立っていた。
エプロン姿の後ろ姿が、妙に大人びて見える。彼女はフライパンを揺らしながら、小さく鼻歌を歌っていた。
「あ……姉さん、おはようございます」
私がリビングに入った気配に気づいたのか、雫ちゃんが振り向く。
その笑顔はいつも通りで、何もなかったかのように爽やかだった。
「熱、下がったみたいですね。よかった」
「あ、うん……」
自分でも驚くほど気の抜けた声が出た。今の雫ちゃんの表情を見た瞬間、私はなんだか現実感を失ってしまった。また、変な夢を見ただけなんじゃないかという疑問が浮かぶ。だって、こんなふうに普通に朝が来て、雫ちゃんはいつも通りで……。
「朝ごはん、作っておきました。姉さん、食べられます?」
「えっと……うん、ありがとう」
気まずさを悟られないように笑うけど、どうしてもぎこちなくなる。
テーブルには、ふんわりと焼けた卵焼きと、具沢山のお味噌汁、そして炊きたてのご飯が並んでいた。
雫ちゃんがここまでしっかりと朝ごはんを作るのは珍しい。
……もしかして、気を使われてる?
私が昨夜、熱に浮かされて、何かおかしなことを言ったとか……?
「まぁま……?」
小さな声がして振り向くと、咲良がリビングの入り口に立っていた。寝起きで目をこすりながら、とてとてと私のもとへ歩いてくる。この春からすっかり動き回るようになって、成長が嬉しい一方で、よりいっそう目が離せなくなった。
「咲良、おはよう」
私がしゃがんで両手を広げると、咲良はすぐに飛び込んできた。小さな体の温もりを抱きしめながら、私は安心する。この温かさは、確かに現実だ。
「まま、もう元気?」
「うん、もう大丈夫だよ」
そう言うと、咲良はほっとしたように笑った。
「じゃあ、今日は一緒に遊べる?」
「もちろん。今日はいっぱい遊ぼうね」
ぎゅっと抱きしめると、咲良は嬉しそうに頷いた。
その様子を、雫ちゃんが静かに見つめている。
いつもと変わらない朝。何もなかったように、私たちは家族として過ごしている。
でも、私の中では昨夜の記憶が渦を巻いている。夢なんかじゃない。
「姉さん、早く座って。咲良ちゃんも、お腹すいたでしょ?」
「うん! たまごやき、たべるー!」
雫ちゃんに促され、私は咲良を抱いたまま椅子に座る。雫ちゃんが作ったお味噌汁を一口すすると、優しい味が広がった。
「姉さん、風邪が治ったなら、今夜はちゃんと温かくして寝てくださいね」
ふっと、雫ちゃんが意味ありげに笑った。その視線に、心臓が跳ねる。
私はスプーンを持つ指に、ぎゅっと力を込めた。
まばたきを繰り返しながら、私はゆっくりと意識を浮上させる。体は軽く、頭もすっきりしている。昨夜まで熱でぼんやりしていたのが嘘みたいだ。
「……ふぅ」
自分の額に手を当てる。もう熱はない。寒気もしないし、喉の痛みもすっかり引いていた。でも、またしてしまった。一度ならず二度までも……。雫ちゃんと……。
「……夢?」
呟いてみる。違うことは誰よりもまず自分が知っている。夫に知られたら……。陰鬱とした気持ちのまま、私はそっと起き上がった。
そのとき。
「……んー……」
小さな寝息が聞こえてきた。視線を向けるとすぐ傍に敷かれた布団で咲良がすやすやと眠っている。ふわふわの髪が寝癖で跳ね、頬がほんのりと赤い。
安心しきった寝顔に、自然と頬が緩む。
「……おはよう、咲良」
そっと布団をかけ直してやる。あの後、きっと全て雫ちゃんが面倒を見てくれたのだろう。……風邪、うつってしまっていないだろうか。
よくよく耳を澄ますと、リビングからテレビの音声が聞こえてくる。私はそっとドアを開け、リビングへ足を踏み出した。
キッチンには雫ちゃんが立っていた。
エプロン姿の後ろ姿が、妙に大人びて見える。彼女はフライパンを揺らしながら、小さく鼻歌を歌っていた。
「あ……姉さん、おはようございます」
私がリビングに入った気配に気づいたのか、雫ちゃんが振り向く。
その笑顔はいつも通りで、何もなかったかのように爽やかだった。
「熱、下がったみたいですね。よかった」
「あ、うん……」
自分でも驚くほど気の抜けた声が出た。今の雫ちゃんの表情を見た瞬間、私はなんだか現実感を失ってしまった。また、変な夢を見ただけなんじゃないかという疑問が浮かぶ。だって、こんなふうに普通に朝が来て、雫ちゃんはいつも通りで……。
「朝ごはん、作っておきました。姉さん、食べられます?」
「えっと……うん、ありがとう」
気まずさを悟られないように笑うけど、どうしてもぎこちなくなる。
テーブルには、ふんわりと焼けた卵焼きと、具沢山のお味噌汁、そして炊きたてのご飯が並んでいた。
雫ちゃんがここまでしっかりと朝ごはんを作るのは珍しい。
……もしかして、気を使われてる?
私が昨夜、熱に浮かされて、何かおかしなことを言ったとか……?
「まぁま……?」
小さな声がして振り向くと、咲良がリビングの入り口に立っていた。寝起きで目をこすりながら、とてとてと私のもとへ歩いてくる。この春からすっかり動き回るようになって、成長が嬉しい一方で、よりいっそう目が離せなくなった。
「咲良、おはよう」
私がしゃがんで両手を広げると、咲良はすぐに飛び込んできた。小さな体の温もりを抱きしめながら、私は安心する。この温かさは、確かに現実だ。
「まま、もう元気?」
「うん、もう大丈夫だよ」
そう言うと、咲良はほっとしたように笑った。
「じゃあ、今日は一緒に遊べる?」
「もちろん。今日はいっぱい遊ぼうね」
ぎゅっと抱きしめると、咲良は嬉しそうに頷いた。
その様子を、雫ちゃんが静かに見つめている。
いつもと変わらない朝。何もなかったように、私たちは家族として過ごしている。
でも、私の中では昨夜の記憶が渦を巻いている。夢なんかじゃない。
「姉さん、早く座って。咲良ちゃんも、お腹すいたでしょ?」
「うん! たまごやき、たべるー!」
雫ちゃんに促され、私は咲良を抱いたまま椅子に座る。雫ちゃんが作ったお味噌汁を一口すすると、優しい味が広がった。
「姉さん、風邪が治ったなら、今夜はちゃんと温かくして寝てくださいね」
ふっと、雫ちゃんが意味ありげに笑った。その視線に、心臓が跳ねる。
私はスプーンを持つ指に、ぎゅっと力を込めた。
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https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789
作者ツイッター: twitter/minori_sui
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