花のように咲いて、雫のように落ちて

楠富 つかさ

文字の大きさ
10 / 18

夢のあと

しおりを挟む
 朝の光がカーテンの隙間から差し込み、ぼんやりとした視界を照らしていた。
 まばたきを繰り返しながら、私はゆっくりと意識を浮上させる。体は軽く、頭もすっきりしている。昨夜まで熱でぼんやりしていたのが嘘みたいだ。

「……ふぅ」

 自分の額に手を当てる。もう熱はない。寒気もしないし、喉の痛みもすっかり引いていた。でも、またしてしまった。一度ならず二度までも……。雫ちゃんと……。

「……夢?」

 呟いてみる。違うことは誰よりもまず自分が知っている。夫に知られたら……。陰鬱とした気持ちのまま、私はそっと起き上がった。
 そのとき。

「……んー……」

 小さな寝息が聞こえてきた。視線を向けるとすぐ傍に敷かれた布団で咲良がすやすやと眠っている。ふわふわの髪が寝癖で跳ね、頬がほんのりと赤い。
 安心しきった寝顔に、自然と頬が緩む。

「……おはよう、咲良」

 そっと布団をかけ直してやる。あの後、きっと全て雫ちゃんが面倒を見てくれたのだろう。……風邪、うつってしまっていないだろうか。
 よくよく耳を澄ますと、リビングからテレビの音声が聞こえてくる。私はそっとドアを開け、リビングへ足を踏み出した。
 キッチンには雫ちゃんが立っていた。
 エプロン姿の後ろ姿が、妙に大人びて見える。彼女はフライパンを揺らしながら、小さく鼻歌を歌っていた。

「あ……姉さん、おはようございます」

 私がリビングに入った気配に気づいたのか、雫ちゃんが振り向く。
 その笑顔はいつも通りで、何もなかったかのように爽やかだった。

「熱、下がったみたいですね。よかった」
「あ、うん……」

 自分でも驚くほど気の抜けた声が出た。今の雫ちゃんの表情を見た瞬間、私はなんだか現実感を失ってしまった。また、変な夢を見ただけなんじゃないかという疑問が浮かぶ。だって、こんなふうに普通に朝が来て、雫ちゃんはいつも通りで……。

「朝ごはん、作っておきました。姉さん、食べられます?」
「えっと……うん、ありがとう」

 気まずさを悟られないように笑うけど、どうしてもぎこちなくなる。
 テーブルには、ふんわりと焼けた卵焼きと、具沢山のお味噌汁、そして炊きたてのご飯が並んでいた。
 雫ちゃんがここまでしっかりと朝ごはんを作るのは珍しい。
 ……もしかして、気を使われてる?
 私が昨夜、熱に浮かされて、何かおかしなことを言ったとか……?

「まぁま……?」

 小さな声がして振り向くと、咲良がリビングの入り口に立っていた。寝起きで目をこすりながら、とてとてと私のもとへ歩いてくる。この春からすっかり動き回るようになって、成長が嬉しい一方で、よりいっそう目が離せなくなった。

「咲良、おはよう」

 私がしゃがんで両手を広げると、咲良はすぐに飛び込んできた。小さな体の温もりを抱きしめながら、私は安心する。この温かさは、確かに現実だ。

「まま、もう元気?」
「うん、もう大丈夫だよ」

 そう言うと、咲良はほっとしたように笑った。

「じゃあ、今日は一緒に遊べる?」
「もちろん。今日はいっぱい遊ぼうね」

 ぎゅっと抱きしめると、咲良は嬉しそうに頷いた。
 その様子を、雫ちゃんが静かに見つめている。
 いつもと変わらない朝。何もなかったように、私たちは家族として過ごしている。
 でも、私の中では昨夜の記憶が渦を巻いている。夢なんかじゃない。

「姉さん、早く座って。咲良ちゃんも、お腹すいたでしょ?」
「うん! たまごやき、たべるー!」

 雫ちゃんに促され、私は咲良を抱いたまま椅子に座る。雫ちゃんが作ったお味噌汁を一口すすると、優しい味が広がった。

「姉さん、風邪が治ったなら、今夜はちゃんと温かくして寝てくださいね」

 ふっと、雫ちゃんが意味ありげに笑った。その視線に、心臓が跳ねる。
 私はスプーンを持つ指に、ぎゅっと力を込めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~

楠富 つかさ
恋愛
 中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。  佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。  「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」  放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。  ――けれど、佑奈は思う。 「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」  特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。  放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。 4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。

本棚の奥の秘密

来宮サキ
恋愛
高校受験を控える真希と春奈。春奈の部屋で勉強会をしているさなか、休憩中に真希がふとマンガを取り出すと、本棚の奥に何かがあるのを見つけてしまい――。

久しぶりに帰省したら私のことが大好きな従妹と姫はじめしちゃった件

楠富 つかさ
恋愛
久しぶりに帰省したら私のことが大好きな従妹と姫はじめしちゃうし、なんなら恋人にもなるし、果てには彼女のために職場まで変える。まぁ、愛の力って偉大だよね。 ※この物語はフィクションであり実在の地名は登場しますが、人物・団体とは関係ありません。

小さくなって寝ている先輩にキスをしようとしたら、バレて逆にキスをされてしまった話

穂鈴 えい
恋愛
ある日の放課後、部室に入ったわたしは、普段しっかりとした先輩が無防備な姿で眠っているのに気がついた。ひっそりと片思いを抱いている先輩にキスがしたくて縮小薬を飲んで100分の1サイズで近づくのだが、途中で気づかれてしまったわたしは、逆に先輩に弄ばれてしまい……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

身体だけの関係です‐三崎早月について‐

みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」 三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。 クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。 中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。 ※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。 12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。 身体だけの関係です 原田巴について https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789 作者ツイッター: twitter/minori_sui

処理中です...