花のように咲いて、雫のように落ちて

楠富 つかさ

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熱情

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 一度思い出してしまった感情を人は簡単には手放せない。雫ちゃんが夏休みに入る頃には、私たちの関係はすっかり「普通」とはかけ離れてしまった。夜間に咲良から目を離しても大丈夫な日が続くようになったのも、私の心から枷を外した要因だったかもしれない。

「和花奈……」
「……雫」

 咲良がいない、二人きりの時間は名前で呼び合うことが当たり前になっていた。雫の唇は、触れるたびに甘くて、どうしようもなく熱を攫っていく。
 ダメだって、わかっているのに。夫がいない寂しさを埋めるなんて言い訳で、こんなこと、許されるはずがないのに。せめてもの抵抗として、雫と肌を重ねるのは主寝室にあるダブルベッドではなく、雫の部屋に置かれたベッドでと約束した。それすら、雫にとっては嬉しいことだったかもしれない。

「和花奈、我慢しないでいいんだよ」
「ん、ぅあ……」

 互いに一糸まとわぬ姿でベッドで抱き合う。雫のしなやかな指が優しく触れてきて、熱を帯びた声で耳元をくすぐる。全身が敏感になったような、伝う指だけで熱情に火がくべられていく。はしたない声を抑えきれない。

「和花奈……可愛い。もっと聞かせて」

 だめ、そんな風に言わないで――。
 苦しいほど胸が高鳴って、声を飲み込もうと必死になる。でも、雫の指先が肌をなぞるたび、喉の奥から漏れる声は止められなくて。

「んっ……や、だめ……っ」

 ベッドのシーツがきしむ音さえ、ひどく淫らに響いて、恥ずかしくてたまらない。咲良が寝ている隣の部屋まで、もし聞こえてしまったら――そう思うだけで冷や汗が背筋を伝う。

「聞こえちゃう……咲良が、起きちゃう……っ」

 やっとの思いでそう告げても、雫は少しもやめてくれない。むしろ嬉しそうに微笑んで、耳元に唇を寄せた。

「大丈夫、咲良ちゃんはもうぐっすり眠ってるよ。だから、もっと……声、聞かせて?」

 雫は囁きながら私の内側へと指を沈めていく。夫のモノよりずっと細いはずのそれが、私の敏感な部分を的確に擦っていく。その愛撫に耐えきれずに喉の奥から甘い声が零れた。

「やっ……だめ、しず……っ!」

 理性が焼き切れるみたいに、快感が押し寄せて、シーツを握りしめた手に力が入る。
 恥ずかしさと罪悪感で頭が真っ白になり、必死に雫を押し返そうとする。でも、雫は私の腕を掴んで離さず、甘い声で囁く。

「大丈夫……二人きりの秘密なんだから、和花奈はもっと気持ちよくなって?」

 その声音に、抗う力はどこにも残っていなくて。
 頬を涙が伝うのを感じながら、私はまた甘い声を漏らしてしまう。
 この関係がどこにも行き場がないことなんて、最初からわかっていたのに。
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