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あきの訪れ
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リビングに響くテレビの音と、咲良の楽しそうな笑い声。その隣で、雫はいつも通りに優しく微笑んでいる。
まるで何もなかったみたいに。
「咲良ちゃん、それ危ないよ。こっちで見よう?」
「あーい!」
絵本を抱えてよたよた歩く咲良を、雫はすっと抱き上げた。自然な動作に、私は思わず視線を逸らす。
最近の雫は、本当に「いい妹」だ。咲良の世話を積極的に手伝ってくれるし、大学の課題で忙しいはずなのに嫌な顔ひとつしない。
その笑顔も、物腰も、どこにも棘がなくて――まるで、あの日の言葉なんて最初から存在しなかったみたいに。
でも、それが一番、苦しい。
本当なら、これが「普通」のはずなのに。義理の姉妹として、適切な距離感で、過ごしていくのが。
でも、どうしようもなく寂しくて、胸の奥がじくじくと痛む。
「姉さん、どうかした?」
気づけば、雫と目が合っていた。
咲良を膝に乗せたまま、小首を傾げて私を見つめてくるその瞳は、昔と変わらず真っ直ぐで。
「……ううん、なんでもない」
とっさに視線を逸らして、ぎこちなく笑う。
それ以上、雫は何も言わずに、また咲良に絵本を読み聞かせ始めた。
ただ、それだけのことなのに、胸がきゅっと締めつけられる。
キスもしない。手すら繋がない。
咲良が寝た後の夜、ふたりきりで過ごしても、何かが起こることはもうない。
キッチンで紅茶を淹れるときも、そっと肩越しに覗き込まれることすらなくなった。
「姉さん、あったかい」
そう言って、後ろからそっと抱きしめられたあの感触も、温もりも、もうどこにもない。
――本来なら、それが正しいはずなのに。
「……バカみたい」
思わず零れた言葉は、空気に溶けて消える。
だって、これは自業自得だ。あの言葉に傷ついたのは私のほうなのに、傷つけたのは他ならぬ私自身で。それなのに、期待してしまう。そして期待してしまうことにまた胸が痛くなる。
夜中、ふと目が覚めたとき、そっと隣に来てくれたらって。そんなこと、望む資格なんてないのに。
「姉さん?」
不意にかけられた声に、はっとして顔を上げる。
「紅茶、冷めちゃうよ」
気遣うみたいに差し出されたマグカップ。いつもと変わらない優しい笑顔。
でも、そこに深い意味なんてないことくらい、もう嫌というほどわかっている。
「あ、うん……ありがとう」
無理に笑顔を作って、それを受け取る。指先がかすかに触れたけど、雫は特に気にした様子もなく、すぐに手を引いた。
その温度のなさが、ひどく冷たくて、思わずカップを握りしめる手に力が入る。
本当に、バカみたいだ。
捨てたはずの未練を、こんなにも引きずって。
紅茶の香りは温かいのに、胸の奥はどうしようもなく冷えたままだった。
まるで何もなかったみたいに。
「咲良ちゃん、それ危ないよ。こっちで見よう?」
「あーい!」
絵本を抱えてよたよた歩く咲良を、雫はすっと抱き上げた。自然な動作に、私は思わず視線を逸らす。
最近の雫は、本当に「いい妹」だ。咲良の世話を積極的に手伝ってくれるし、大学の課題で忙しいはずなのに嫌な顔ひとつしない。
その笑顔も、物腰も、どこにも棘がなくて――まるで、あの日の言葉なんて最初から存在しなかったみたいに。
でも、それが一番、苦しい。
本当なら、これが「普通」のはずなのに。義理の姉妹として、適切な距離感で、過ごしていくのが。
でも、どうしようもなく寂しくて、胸の奥がじくじくと痛む。
「姉さん、どうかした?」
気づけば、雫と目が合っていた。
咲良を膝に乗せたまま、小首を傾げて私を見つめてくるその瞳は、昔と変わらず真っ直ぐで。
「……ううん、なんでもない」
とっさに視線を逸らして、ぎこちなく笑う。
それ以上、雫は何も言わずに、また咲良に絵本を読み聞かせ始めた。
ただ、それだけのことなのに、胸がきゅっと締めつけられる。
キスもしない。手すら繋がない。
咲良が寝た後の夜、ふたりきりで過ごしても、何かが起こることはもうない。
キッチンで紅茶を淹れるときも、そっと肩越しに覗き込まれることすらなくなった。
「姉さん、あったかい」
そう言って、後ろからそっと抱きしめられたあの感触も、温もりも、もうどこにもない。
――本来なら、それが正しいはずなのに。
「……バカみたい」
思わず零れた言葉は、空気に溶けて消える。
だって、これは自業自得だ。あの言葉に傷ついたのは私のほうなのに、傷つけたのは他ならぬ私自身で。それなのに、期待してしまう。そして期待してしまうことにまた胸が痛くなる。
夜中、ふと目が覚めたとき、そっと隣に来てくれたらって。そんなこと、望む資格なんてないのに。
「姉さん?」
不意にかけられた声に、はっとして顔を上げる。
「紅茶、冷めちゃうよ」
気遣うみたいに差し出されたマグカップ。いつもと変わらない優しい笑顔。
でも、そこに深い意味なんてないことくらい、もう嫌というほどわかっている。
「あ、うん……ありがとう」
無理に笑顔を作って、それを受け取る。指先がかすかに触れたけど、雫は特に気にした様子もなく、すぐに手を引いた。
その温度のなさが、ひどく冷たくて、思わずカップを握りしめる手に力が入る。
本当に、バカみたいだ。
捨てたはずの未練を、こんなにも引きずって。
紅茶の香りは温かいのに、胸の奥はどうしようもなく冷えたままだった。
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https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789
作者ツイッター: twitter/minori_sui
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