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②-①冒険者アレクシア

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 フェーンの分厚い金属製の門が、がしゃん、という重い音と共に閉じられた。校内に出入りする者もいる時間であるのだから、閉じる必要なかったのだろうが。
「休学って寮まで追い出されるの……?」
 呆然と立ち尽くすアレクシアに守衛の男性も少し困ったような顔をしていた。

 大きめの旅行鞄がひとつ。寮の私物はそれだけだった。
(あのお爺、私に何の恨みがあるのよ!)
 高い柵の向こうには先日まで魔法を学んでいた学び舎が今日も変わらず建っている。

 変わったのはアレクシアの立場と――悔しげにこちらを睨んでくるケアリー教師長。彼女が持つ刃物らしきものでざくざくと削られている正門の柱だけである。
(あいつから逃げられるだけましかも)
「せめて目に塩を振りかけるくらい……」
 ケアリーの呪詛のような呟きから逃げるように、アレクシアはその場を離れた。


 混雑している昼過ぎの大通りを足早に通り過ぎようとするアレクシアに、露店の男が声を掛けたが彼女は気にも止めずに歩を進めた。よくあることなのだろう――男も男で次の通行人に狙いを定め同じように声を掛ける。

 大魔法院フェーンが長期休暇扱いの時期の為か、制服姿で鞄を持ち運んでいても奇異の視線を送ってくる者はいなかった。
(卒業式までに復学できなかったら留年……よね)
 汗ばむ手のひらを握りしめる。
(あのお爺、私になにさせたいのよ!)
 制服で何度拭ってもその湿り気がとれることはなかった。

 アレクシアは大通りを抜けて広場に着いていた。
 昼食時である。屋台がいくつも並び、行列ができている店も見受けられる。中央の噴水周辺は食事を楽しんでいる労働者たちでひしめき合っているので、アレクシアは彼らから距離をとるように隅のベンチに腰を下ろす。

(家には絶対帰れない……もしママにばれたら明日には縁談が組まれてもおかしくないわ)
 アレクシアの実家であるライラメル邸は、ここ南端の街ギズウォーにある。
 父ライナスは南の要塞フェイロの指揮を執るため、常にそちらに詰めているので不在であり、
その間は妻であるオーレリアが一切を取り仕切っていた。
『あらあら、仕方ないわね。孫の顔が楽しみ。うふふ』
(いや! 絶っ対にいや!)
 アレクシアは母の満面の笑顔を想像して青ざめた。頭を両手で抱え、ぶんぶんと振る。

「いいざまですね」
 声は背後から聞こえた。
 そして首筋に冷たい感触が触れる。動けば殺される。そんな恐怖が汗となって頬を伝う。
「……」
「ククク」
 ゆっくりと首だけで振り返るとケアリーがいた。アレクシアの首に何かを押しつけつつ、嘲るような笑みを浮かべている。

 ここが人気のない暗がりで、欲を言えばもう片方の手に特大のクレープを持ってさえいなければ、十分な恐怖を与えることができたかも知れない。
「クリームついてますよ」
「負け惜しみね」
 と言いつつハンカチで口元をすっと拭った。

「ここで殺し合いなんか、しません……よね?」
 相変わらず伝わってくる首筋の冷たい感触をなんとか遠ざけようと、上半身をそれとなく捻ってみるが動かしたのと同じだけ感触も追尾してくる。

(尾行されてるなんて全く気づかなかったし、今だって……)
 この人混みの中、少女が刃物?を突きつけられているというのに、誰もそのことに気づいていない。周囲の人々はケアリーの殺気どころか気配すら感じ取っていないのかも知れない。
 それはクレープを持っているというだけでは説明がつかなかった。

「私は教師長ですよ」
 見透かしたように言ってくる。
「あ……」
 僅かに強くなった首筋の感触に、アレクシアは思わず声を漏らした。
「クリフォード様は、あなたが学ぶべきことを学んだなら、すぐにでも復学の許可をお出し下さるようです」
「お爺が? 本当に!?」
 ケアリーは、にこりと微笑んだ。

「お爺と、お呼びしないようにと、言ったでしょう?」
「切れる! ちょっと切れちゃうでしょ!?」
 アレクシアは、最早押しつける程の強さになった感触に叫び声をあげた。

「なんだ?」
 周囲の視線が彼女に集まった時、ケアリーは既にそこにいなかった。
「冒険者ギルドに行きなさい」
 耳元に声だけが聞こえてくる。

 きょろきょろと辺りを見回すが、教師長の姿はどこにも見あたらない。首筋に触れてみると何やらべったりとしたものが付いていた。
「何これ? 甘い匂い……」
 アレクシアの呟きは、凍らせた果物のシロップがけを売る屋台の呼び込みの声にかき消された。


(冒険者か)
 アレクシアは嘆息と共に、その名称を胸中で呟いた。
 広場の噴水で濡らしたハンカチで首筋を拭いつつ、また嘆息する。
(便利屋、なんでも屋、盗掘屋、ならず者、落伍者……)
 ついでに彼女固有の別名がぽんぽんと飛び出す。

 冒険者とは民間や公の組織からの依頼を請け負う者たちの昔からの通称である。仕事の内容は行事の警備や施設の点検、さらには護衛や討伐など多岐に渡る。
 戦争中は騎士団などの補佐として編成され、それなりの地位を築いていたが、終戦後はその地位を急激に落としていった。理由は仕事が激減したために隊商を襲ったり、山賊に身をやつす者たちが後を絶たなかった為である。

 国が戦の傷跡から立ち直り経済が回り始めるとそういった事例は減っていったが、落ちた評価はやはりそう簡単には戻らず、今に至る。
 冒険者ギルドとは他の職業同様、彼ら冒険者の地位と権利を守るための組織であり、ギルドの本部は首都に置かれている。
 そして南端の街ギズウォーにはその支部が置かれていた。

 広場から重い足取りで歩むこと二十分。
『杖より上質な剣の亭』
「魔法使いにけんか売ってるの?」
 眉を僅かにつり上げつつ呻く。
 名前はともかく、見上げればそれなりに立派な外観の建物ではあった。分厚い煉瓦を積んで建てられたらしい五階建てであり、宿屋も兼ねているのか、空き室有りの看板が立っている。

「なんでわたしが冒険者なんかに……」
 外観は慰めにならなかったらしい。
 消え入りそうに呟きながら扉を開けようとしたアレクシアに声が掛けられた。
「泣きそうなツラしてどうした?」
「は?」
 脇を見やれば女がいた。年齢は二十代前半か。やや褐色の肌に、肩まである銀色の髪。女性にしては長身な部類に入るであろう背丈に、すらりとした体。
(勝った)
 アレクシアは彼女の胸の膨らみを一瞥し、ふっと余裕の笑みを見せた。

「ん?」
 疑問符を浮かべるその女はアレクシアの反応を待っているようだった。
「別にどうもしないわよ」
 女は、無視してギルドに入ろうとするアレクシアの肩を掴んだ。
「冒険者志望か? なら丁度良い、オレと組まないか?」
「間に合ってますから」
「どうみても一人だろ。なぁ、こう言っちゃなんだがオレは結構……」
「二人以上に見えなくて良かったわね」
 アレクシアは乱暴に女の手を払いのけ、ギルドに入っていった。

(気難しいったらないな。まぁオレの仕事だしな)
 女は気を取り直すように襟を正すと、少し遅れてアレクシアの後を追った。


「いらっしゃいませ」
 入ってすぐにメイド姿の少女が声を掛けてきた。
 一階は酒場を兼ねているらしく、入り口から向かって左半分ほどが冒険者とおぼしき人々で埋まっている。
 酒を飲む者、ひたすらに騒ぐ者、分け前の分配中などさまざまである。

「なにしてるのかしら?」
 隅のテーブルに三人が座り、四つのグラスが置かれている。その三人は悲しげな表情で酒を煽っていた。
「仲間の方が……あの、お亡くなりになったんです」
「そうなの」
「えーっと、冒険者志望の方ですか? でしたらあちらでご登録をお願いします」
 メイド姿の少女は慌てたように、向かって右側にある受付を指さした。そちらを見やれば、受付以外にも依頼が貼られた掲示板や地図や薬品、食料などを取り扱う売店が並んでいる。

「へー、なんか楽しそうね」
「ヴィオラさんのお連れの方なんですか?」
「え?」
 アレクシアが振り向くと、表で声を掛けてきた女がすぐ後ろに立っていた。
「違うわよ……ていうか着いてこないで!」
「噛みつく気か? オレは美味くないぞ」
「あのねえ!」
 怯えたようにお盆で顔の下半分を隠しつつ、メイドの少女が震える声で言ってくる。

「ヴィオラさんはとっても頼りになる人なんですよ。初心者の方でしたらパーティに加えて頂いた方が……」
(初心者? 主席のわたしが!?)
 それがひどく癪に障ったのかアレクシアの顔が一気に真っ赤に染まる。

「いい加減にしてよ! 腕に自信があるなら一人で稼げばいいじゃない! こっちだってお情けで手伝ってもらおうとは思ってないのよ!」
「ごめんなさいぃ……」
「わかったから怒鳴るな。エマが怯えてるだろ」
 ヴィオラは泣き出しそうな少女――エマの頭をぽんぽんとあやすように撫でつけた。
(なんなのよあいつ!)
 アレクシアはどすどすと足音を鳴らしながら受付に向かった。

「冒険者志望の人?」
 受付の女は先ほどのエマに比べて、随分と落ち着いた雰囲気の持ち主だった。年齢はアレクシアよりは上だろうが、そこまで離れてはいないだろう。

 女性は机の引き出しから緩慢な動作でペンとファイルを取り出すと、どこか冷たい口調で問いかけてくる。名前、年齢、そして。
「職業は魔法使いでいいのかしら? 学校はお休み?」
「この格好見れば魔法使いってわかるでしょ。あと学校のことはあんたに関係……あ」
 アレクシアは口元を手のひらで隠しながら呻いた。

(わたし卒業してないから魔法使い名乗れないじゃない!)
 冒険者や芸術家と違い、魔法使いは正式な職業である。魔法院と名の付く公の教育機関を卒業しなければ名乗ることを許されない。

「……どうしたの?」
 受付の女がやはり冷たい口調で答えを促してくる。
「む、無職よ」
「そ」
 すらすらとファイルに記入し、それをアレクシアに差し出した。

「署名を」
「なんの署名よ?」
 アレクシアの怪訝な視線をものともせず、女は答えた。
「依頼遂行中に内臓引きずり出されて激しい苦痛の末に殺されても一切文句言いません的な内容の規約を受け入れる署名」
「えらく具体的ね」

 受付の女――胸のネームプレートにイザベラと書いてある――は、先ほどの三人組を指さした。
「さっきそういうことがあったから例として示しただけ」
「純粋な興味から訊きたいんだけど、そういうことってよくあるの?」
 イザベラは視線を下げ、ふぅっと軽くため息を吐き、冷たい眼差しを再びアレクシアへと向けた。

「希によくある」
「どっち?」
「なんだぁお嬢ちゃん、びびってんのかよ」
 三十歳前後の男が二人、アレクシアに近寄ってきた。

「引き取り手がないならうちで貰ってやってもいいぜ?」
 片方がアレクシアの腰に手を伸ばした瞬間、彼女の平手が男を床にはり倒した。
「いてぇ!? っつうかまじでいてぇ!?」
「おい姉ちゃん! やり過ぎじゃ……お!?」
 掴み掛かろうとした片割れの男の顔がひきつる。
「乙女の腰は神聖なものなのよ! ほろ酔い気分で撫でて良いもんじゃないって分からない輩にはこの子をプレゼントするわよ」

 アレクシアは大人の頭部程の大きさの雷球を創り出していた。その魔法はクマのぬいぐるみのように見える。
 ぬいぐるみはずんぐりとした前脚を、挑発するようにくいっと曲げた。
「無職。特技は魔法……変なの」
 イザベラが冷めた表情でファイルに追記している。

「まままま魔法です!? すごい、初めて見ました! しかも可愛いですよ!」
 エマが小動物を見た子供のようにはしゃぐ。
「魔法力の収束具合はなかなかだな」
 彼女の頭を撫でていたヴィオラは感心したように呟いた。

創造魔法ジェネスを使えるとは聞いてないが……破壊魔法デステグなのか?) 
「とっとと消えなさい!」
 眉を釣り上げたアレクシアが怒鳴り、ついでに二人を軽く感電させようとした時、女がアレクシアに近寄ってきた。

「連れが悪さしたようだね」
 年齢はやはり三十歳前後である。動きやすそうな皮の防具を身につけており、腰には数本の短刀を装備している。
「あたしはグローリー。そいつらはディゴとジェイコブ」
「盗賊?」
 アレクシアが眉を顰める。

「遺跡なんかじゃそういう役割をするけど、あんたが考えてるような下品な真似はしたことないよ」
「どうだか。遺跡から盗むんだったらやっぱり盗人じゃない」
「許可が下りてる遺跡から回収したものを引き取って貰うのさ」
 アレクシアの嫌みを軽くいなし、グローリーはアレクシアをテーブルに招いた。

「魔法使いならそう言ってくれよ」
 男二人も着席する。
「わたしはアレクシア。礼儀として一応名乗っておくけど、あなたたちと組むかは分からないわよ」
「構わないよ」
 グローリーはそう言うと適当に料理を注文した。
「で、用件は?」
「あたしらと組まないか? 見たところ仲間はいないみたいだし、あたしらも魔法使いがいれば請け負える仕事に幅ができる」

 グローリーの提案を聞き流しつつ、アレクシアは周囲の冒険者たちを見回した。年齢、職業こそ様々だが。
「男が大半ね」
「そりゃあそうだ。女向けの仕事じゃないからな」
「魔法使いでもなけりゃあね。それかあたしみたいに手先が素晴らしく器用とか」
 グローリーがフォローを入れた。
「今は何を請け負ってるの?」
 口一杯に肉を頬張り、それを酒で流し込んでいる隣のテーブルの男に呆れた視線を送りつつアレクシア。

「お待たせしました」
 エマが料理を運んできた。
「来た来た! オレはこいつに目が無くて……」
 鉄板でじゅうじゅうと音を立てる分厚い肉にフォークを突き刺そうとしたディゴの頬を、グローリーが肘で突く。
「レディーが先だよ」
「お、おう……」
「だよな」
 ジェイコブは手に持っていたフォークをこっそりと隠した。

「荷馬車を襲った獣人どもの討伐を受けようと思ってるよ。最近は未探索の遺跡はなかなか見つからないからね」
「獣人って危ないんじゃないの?」
 鋭利な爪をもつ俊敏な種族である。夜目がきく彼らに万が一、夜でくわせば悲惨なことになりかねない。

「数は三~四匹って話だし、その程度なら何回か受けたことがあるよ。それにあんたが加わってくれるなら危険度もぐんと下がる。なんなら今回の取り分はあんたに半分渡すよ」
「ねえさん!? それはちょっと……」
 控えめにジェイコブが言い縋る。ディゴも当惑した様子である。

「今回だけさ。それに、これが初めてなら準備に物いりだろ。どうだい?」
(他にパーティのあてがあるわけでもないし、グローリーは信頼できそう。他の二人は微妙だけど。ん?)
 少し離れたテーブルにヴィオラが座っていた。料理を運んで来たらしいエマと談笑している。

「……いいわ。とりあえず今回だけ、あなたたちのパーティに加わってみる」
「よしきた!」
 グローリーはワインを四つのグラスに均等に注いだ。
「よろしく」
 掲げられた四つのグラスがかちんと打ち鳴らされる。

「飲まないのかい?」
 口をつけずにグラスを置いたアレクシアに怪訝な顔のグローリー。
「魔法に影響がでるといけないから遠慮するわ。あと年齢的に良くないのよ」
「そ、そうかい……」
「まじか」
「まじかよ」
「?」

 困ったような顔をするグローリーたちにアレクシアは疑問符を返した。
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