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⑤-②ちょっと可愛い破壊魔法☆

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 純粋な殺し合いにおいて有用というか、手っ取り早く相手を戦闘不能にするという点において、破壊魔法デステグは他の系統より確実に優れていると言えるだろう。
 純粋に殺傷を目的とした破壊の力は、未熟な魔法使いのものですら充分な訓練を積んだ兵士を容易に蹴散らしてしまう。
 今、その魔法の頂点に立つ魔法使いが絶叫していた。

「待たんかあああああああああああ!」
 床を探っているぬいぐるみ――アレクシアが創り出したものである。
 破壊のターレットクリフォードは大慌てで彼女?を床から引っ張り上げようとしたが。
「あ、床下の収納には――」
 ぬいぐるみが被っていたグラスを手にしたアレクシア。彼女が呟き終える前に、ぬいぐるみが床板を持ち上げた。

「おつまみ?」
 固定されていなかったらしく床板は簡単に外れた。
 その中には乾燥させるための薬剤らしき袋と一緒に、乾燥させた肉やら魚やらが入った瓶がいくつも詰め込まれている。
有罪ギルティ
 昼食の内容をふと思い出したような、軽い口調でイザベラが呟いた。

「汚れちゃうからおいで、ジェシカ」
 ぬいぐるみ――ジェシカというらしい――は顔を真っ青にしたクリフォードを得意げな顔で見つめていた。
 床板を置いて乾燥剤を手に取り立ち上がると『ふふん』とでも言いたげに軽く胸を張る。
 そしてクリフォードに乾燥材を、ぺいっと投げつけた。
「ぬあああああああああああ!!」
 頬に小袋をくっ付けたままクリフォードが叫びつつ、万歳の格好で宙に巨大な炎の塊を創り出し――その後ろ頭をヴィオラとイザベラが一撃した。

「せっかく揃ったのじゃからまぁ座れ!」
「そうしてあげる」
「お前も冒険者やった方がいいみたいだな」
 後頭部を撫でつつクリフォードが促すと、呆れた様子のヴィオラとイザベラは応接用のソファーに腰を下ろした。
「年長者が座るのを待つとは、お主も色々と成長したようじゃな! さぁ余計なことを思い出す前に座るが良い。頼むから座ってくれ」
 これ以上不都合なものを発掘されないためか、彼はアレクシアも座らせようとしたが。

「ちゃんと洗わないと駄目ね。大食堂からコップか何か借りてくるから待ってて。あ、もし無事なら西側の壁から六歩目、北側から七歩目辺りにも床下収納があるわよ」
「大食堂は施錠されておると思うが蹴破って構わんぞ! 口をつぐんで今すぐ取りに行くが良い!」
「言われなくても行くわよ」
 なにやら汗だくになったクリフォード。彼に素っ気なく言い放ち、ドアに向かいかけたアレクシアの腕をイザベラが軽く掴まえた。

「私が創る」
 差し出した手のひらの上に、赤い光が灯る。周囲の水分が収束し、更に冷気が小さく渦を巻く。
「ふ、ふ、ふ。破壊魔法デステグの溶けない氷。体にも安心。使い終わったら魔法力を解いてお花にまくだけ。その気になれば戦場でティーパーティだってできる。ただ窓を直すのとはレベルが違う」
「溶けない氷? 凄いじゃない! ていうかあなたも魔法使いなのね」
「……ギルドの構成員は緊急時には戦闘に参加することもあるから」
 イザベラは更にグラスを三つ作り出しテーブルに並べ、アレクシアが酒を注いだ。

「良し、ではアレクシアも座るが良い」
 なにやら本を持ったクリフォード。
 彼はヤモリよろしく天井に張り付いているジェシカが気になっているらしく、上を向いたまま切り出してきた。もしかしたら天井裏にも何かしまい込んでいるのかもしれない。

「ていうかイザベラとの用事なんだろ? 邪魔する気はないからオレたち抜きでやってくれ。いやほんと、邪魔になりそうだしな」
 重力に逆らい天井で匍匐前進を始めたジェシカを眺めながらヴィオラ。

「そろそろ夕飯の時間だもんね。ねぇ、このお菓子いくつか貰ってもいい?」
「菓子など後でいくらでも持って帰って構わんぞ。お主等に無関係と言うわけでもないのでな、少し付き合ってくれぬか?」
「ふーん?」
 興味を引かれたらしいアレクシアがヴィオラの隣に腰掛けた。

「ふむ」
 クリフォードの隣に座っていたイザベラは、彼の促すような視線を受けて口を開いた。
「……私は定期報告に来たのよ」
「まさか冒険者ギルドをスパイしてるとか?」
 なぜか嬉しそうに身を乗り出すアレクシア。

「それとオレたちがどうつながる? 実はオレとお前もスパイなのか?」
 グラスを一気に煽り、空にしたヴィオラが呻いた。
「冷えてないのになかなかいけるな」
「これはそういうお酒。仕事中でも飲めるようにってことかしらね」
 グラスを軽く口に運んだイザベラがぽつりと呟いた。

「頼むから依存症みたいに言わんでくれ」
「お前は飲まないのか?」
 アレクシアのグラスは手つかずだった。その代わりに菓子の包みが三枚、彼女の前に重ねられている。

「お酒って魔法使いに良くないってママから散々、言われてるのよ。だから遠慮しておくわ」
「立派な弟子だな。『破壊の』クリフォード先生」
「そろそろ勘弁してくれんかのぉ。胃がきりきりしてかなわん」
「若い時、酒浸りでゾンビみたいな生活してたの忘れたのか?」
 ヴィオラは突き刺すように言い放った。

「それはそうとアレクシアよ!」
 話題を切り替えるためか、クリフォードは持っていた本を慌てて彼女に差し出した。
「『完璧♪これで君も吸血戦争マニア!』何この見かけた瞬間に視界から外す系の痛々しいタイトル……あ!」
 何かぴんと来たのかアレクシアが声をあげた。

「お爺ってゴーレムに関する本とか書いたことない?」
「なぜ知っておる? それは吸血戦争後に書いたものじゃな……にしてもまったく売れなかったのぉ。若者向けに砕けた表現を多用したのが不味かったのじゃろうか」
「……表現以外のものが木っ端微塵だったからよ」
 アレクシアは何か嫌なことでも思い出したのか、両の拳を口にあて凍えるように身を震わせた。

「ふむ? まぁともかく、お主は吸血戦争についてどれくらい知っておる?」
「どれくらいって言われてもね……」
 焼き菓子をくわえたアレクシアが本をぺらぺらとめくり始めた。

 現在、ここ境界の国メイジェムの南端には要塞フェイロが置かれている。
 そこより南は魔物の大地ダーイングラットと呼ばれており、人の支配を拒むどころか逆に蝕みかねない危険な魔物たちがひしめく大地となっている。

 しかし、戦争以前は南の要塞フェイロより南にも人間の街や村、つまりは領土があった。その領土は旧南の要塞バルフィードが盾となってあらゆる脅威から人々を守っている間、存在していた。
 塔のように高い壁に囲まれた、魔物たちに侵されることのない無敗の盾は、呪い人によって僅か一晩で滅ぼされたと記録されている。

 そこに住んでいた人々と、多数の魔法使いを含みマーヤ騎士団にすら匹敵するといわれていたシェイド騎士団。
 連絡途絶から二日後に首都から宮廷魔法兵団が調査に来たとき、彼らは誰も生きていなかった。
 それから五年。その怪物たちとの戦を繰り広げることになり、幸いにも境界の国メイジェムの勝利で幕を引くことになったのだが。

「どれ位って言われてもね。呪い人に要塞が落とされて始まったってこと位しか知らないわ。授業でもさらっと流されてたし……ひっく」
 微妙に赤い顔をしたアレクシアが本を畳み、ソファーに深く体を埋めた。

「あーなんかいい気持ち」
 うつらうつらと頭を上下させつつ、四つ目の菓子を口に放り込む。
「あの戦の詳細は機密扱いになったんじゃよ。その本も公に出版されることはなかったしのぉ」
「最後は、旧南の要塞バルフィードを中心とした広範囲を、呪い人の軍ごと凍結封印することで境界の国メイジェムが勝利したの」
「……その勝利とやらの瞬間、ちょいと巻き添え被害が出たって話は聞いたことないか? いやなに、ほんの十人だから機密じゃなくても教科書には載らなかったろうけどな」
「え?」
 五つ目の菓子を摘んだアレクシアが目を瞬かせた。

「オレとイザベラを含んだ『重魔法装甲部隊』カルネージ・ガードだよ。どこかの貴いゲス野郎がオレたちごと超強力な死滅魔法ダイルでぶっ飛ばしてくれてな」
「……貴いゲスはともかく、イザベラは三ヶ月前、ヴィオラは先々月救助されたんじゃよ」
「発掘でしょ」
「え、なに!? あななたち二十年間も封印されてたってこと? ひっく」
「うむ。今日イザベラを呼んだのはその後の生活の様子を聞く為じゃ。本当はヴィオラにも定期報告を頼んだんじゃが」
「そんな面倒なことやってられるか。もう一生分戦ったからな。残りの人生は好きにさせて貰う」
 不機嫌になったらしいヴィオラはそうぼやくとソファーの背もたれに両肘を乗せた。

「ヴィオ……」
「ん?」
 ふと脇を見やると、隣に座っていたアレクシアが立ち上がり、両目にこれでもかと涙を浮かべてヴィオラを覗き込んでいた。
「可哀想ー!!」
「……なんだこの生き物。膝を打ち込むところだったぞ」
 ヴィオラは、いきなり胸に飛び込んできたアレクシアを怪訝な眼差しで見つめた。

「どこのゲスがヴィオたちをカチコチにして埋葬したの? 信じられないわ!」
「信じなくてもいいが、お前の眼鏡が凄く痛い。いや、胸に突き刺さってんじゃないかってくらいに痛い。ちなみにそのゲス野郎ってのはお前の――いててて! 眼鏡ぐりぐりするの止めろ」
「ううううう泣いてもいいのよ! だって二十年も経ってたら友達とか誰も生きてないでしょ?」
「オレの目の前にいるご老人は動く死体だったのか」
「死体が何か言いたそう」
「たかがとは言わんが二十年程度で全人口が総入れ替えしてはたまらんな。統計学の授業を追加するべきかのぉ」
「これ」
 イザベラはアレクシアが食べた菓子の包みの匂いを嗅いだ。

「お酒入ってるわね」
「その程度で酔えるなら肝硬変とは無縁の人生だな……おい、服が涙浸しになってるからもう勘弁してくれ。蛇口を閉めろ今閉めろ」
「乙女の涙……あなたの物騒なものの考え方も、この子の涙で洗い流されると良いわね」
「間違いなく洗濯はするだろうが、そこにオレの心が飛び込むかはわからないぞ」
「意味が分からない」
「なぁ、酔っぱらいって投げ飛ばしちゃまずいのか?」
「ヴィオぉ、寂しくなったらいつでもわたしの胸に飛び込んで……きてね……すー」
 ひとしきり騒いで満足したのか、アレクシアはヴィオラにもたれ掛かったまま眠ってしまった。

「これ素面が一番困るパターンだな。酒の場でのマナーの授業があるならぜひ取り上げてくれ」
 ヴィオラは乳房を枕代わりに寝息をたて始めたアレクシアの眼鏡を外してテーブルに置き、困ったように呻いた。

「可愛い寝顔ではないか。そやつを頼むぞ」
「……どうしてオレたちは救助された? 二十年もして今さらライナスの野郎が罪滅ぼしにって訳じゃないんだろうが」
 ヴィオラはアレクシアを脇にどけようとしているが、服をがっしりと握りしめた彼女は簡単には動かせそうにない。
「あれから二十年じゃ。平和ぼけした連中が寝ぼけたことを考え始めたということじゃよ」
 アレクシアを引き剥がすのを断念したらしいヴィオラは深いため息をついた。

「封印凍土を解凍して戦争を再開したがってるのか? そのおかげで酒を飲んでられるオレが言うのもなんだが、他にやることないのか」 
「戦というより、一部の貴族連中が呪い人の砦や城を漁り奴らの技術を手に入れようと考えておるようじゃな。特に召還魔法コークィットの修得方法が解明されれば大陸中の国を滅ぼすことも可能になるじゃろう」
 呪い人の扱う魔法。
 彼ら自身がそう呼んでいるかは不明だが、魔法力が続く限り触手状の魔物を際限なく呼び出すものである。
「魔法使いを一人を送り込めば一晩で街を滅ぼせるだろうな……実際に奴らがやって見せたし、説得力はある」
「戦争ってそんなに実入りの良い商売だった? ステーキとタップでも踏んでた方がましなのに」
「お前んとこの肉おどるの?」
「儂らはそう思ってはおらん。だが、そう考えておる連中がいるというのが現実じゃ。要らぬものを呼び起こさぬ為に、今回の発掘はフェーンが中心となって小規模に行われたが、次回は分からん」 
「……アレクシアをオレに預けたのはライナスに復讐させないためか?」
「いいや。お主はライナス殿を殺すほど怒り狂ってはおらなんだ。だから預けた」
 ヴィオラは肩をすくめたクリフォードに、不思議そうに聞き返した。

「なんだそれ?」
「激しく憤っておれば、その方がまだましじゃったということじゃ。お主からは生きようという気力が感じられん。手の焼ける誰かと関わらせるのが一番だと思ったんじゃよ」
「……お前本当に年とったな」
 ヴィオラは呆れたように言うとアレクシアの髪をぺしぺしと撫でた。

「前にも言ったが、ここで教鞭をとってみる気はないか? 人々と繋がりをもてばその空しさを埋めてくれるやも知れんぞ」
「そういうのを余計なお世話っていうんだよ。二十年前と意味が変わってなければな。それはそうと、アレクシアのあのぬいぐるみ魔法はお前が仕込んだのか?」
「いや、入学したときから普通に使っておったぞ」
「十代前半でってことか? こいつはどんな子供時代送ったんだ」 
「恐らくはオーレリア殿がどうにかしたんじゃろうが……」
「あれがどれだけの技術かこの子は気づいてない。それがとても恐ろしい」
 イザベラは人差し指の先に四つ足の動物らしき形をした水球を創り出した。真剣な眼差しでどうにか動かそうと試みていたが――すぐに諦めて消滅させた。

「魔法に限らず、どんなものも扱う者次第じゃよ」
「あれがとんでもないものだって思ってるから、お前だってそのことをこの眼鏡娘眼鏡抜きに伝えてないんじゃないか?」
「さぁてのぉ」

 物体を創り出す魔法は今でもある。創造魔法ジェネス生命魔法ソウミュの組み合わせ。それ自体は――使われている技術の差こそあれ――この国にはありふれている。しかし。
「この国一番の破壊魔法デステグの使い手だって炎で糸は紡げない。風では硝子を構築できない」
「もちろん雷でぬいぐるみもな」
 ヴィオラとイザベラは揃って人差し指を、すやすやと眠っているアレクシアへと向けた。

『それをやってる』
「大地からの力をオレたちより細かい状態で引き出してるからだとは思うが、『今までより遙かに精巧な魔法を使える』ってこいつの技はあらゆる魔法の新機軸だ。それを本格的に磨いた時、どんな魔法を使えるようになるのか興味はあるが……」
 ヴィオラは探るような視線を、何やら満足げなアレクシアの寝顔に送ったが答えは見えてこなかった。

「追尾したり、迎撃したりっていう単純な命令をこなす魔法は今だってある。でも、それより繊細に構築できるようになれば完全に自立した意識――魂だって創り出せるかも知れない。今でさえあのぬいぐるみは疑似的な意志を持っている節があるし……本当に恐ろしい」
 天井の隅でごろごろと転がっているそのぬいぐるみからは、今のところ脅威を感じることはできなかったが。

「オーレリアはその手助けをオレにさせようってのか? こいつを人外の化け物にするのはオレの仕事じゃない。」
 ヴィオラは棚に立てかけられた杖に目をやった。
 中庭の掃除中にアレクシアへ贈ったものである。持ち主の心臓の鼓動と大まかな位置をヴィオラへと伝える魔法の道具。アレクシアの手を離れている今はただそこにあるだけで何も伝えてはこない。

「彼女は純粋にアレクシアを強くしたいだけじゃろう。弱い指導者は惨めなだけじゃからな。南を守るライラメルならなおのこと強さを求められるしのぉ」
「そういやママ様の口車に乗せられて、アレクシアに魔法使いの戦い方とか教える羽目になっちまったんだけど、どこに訴えればいいんだ?」
 ヴィオラは疲れたように天井を見上げ――匍匐前進に飽きたらしいジェシカと目が合った。

「ふぉーっふぉっふぉ。お主を手玉にとるとは、さすがオーレリア殿じゃ」
「笑い事か? 強力な魔法使いになったこいつが人間の敵に回らないって保証はないんだぞ。最悪の魔法使いとして歴史に名前を残すのがお前の望みって訳じゃないんだろ?」
「……技術の向上とアレクシアの人格の破綻が同時に起こると決めつけるのは侮辱ではないか? そこまでこやつの未来を気に掛けるならお主の今の立場は理想といえるじゃろうに。ヴィオラ先生」
「結局オレに押しつけたいだけか」
 額に手をやり呻く。

「どのみち自分の技術に気づく時がくるじゃろう。なら今から力の使い方と、人として忘れてはならぬことを学んでおくべきじゃ。お主なら申し分ない」
「……そういうのはここで教えておけ。だがまぁこいつの成長に興味と関心がないって訳でもない。とりあえずは鍛えてやるさ」
「ふぉーっふぉっふぉ。よろしく頼むぞ」
 イザベラが急に立ち上がった。

「良い話でまとまったところで帰るわ。さよなら」
「む? 報告が済んでおらんぞ」
「生活全般異常なし。エマも元気」
 素っ気ない表情での簡潔な報告にクリフォードは鷹揚に頷いた。

「ご苦労」
「その一言のためにフェーンまで来たのか?」
 イザベラは何も答えずさっさと部屋を出ていった。
「ヴィオ……突撃ぃ……」
「どこにだ?」
 寝言を言う弟子の頬を軽くつまむ。

「もうお帰りですか?」
「ええ」
 廊下から聞こえてきた会話に顔だけで振り返れば、マリアが飲み物を載せたお盆を運んできたところだった。目が合う。
 マリアの視線はぎゅっとヴィオラの胸に顔を埋めたアレクシアに注がれていた。

「ヴィオラさん。一体あなたは――」
 戦場で磨かれたヴィオラの判断力が素早く起動し、彼女はすかさず床下に収められた酒のつまみを指さした。
「執務中に理事長が酒飲んでるぞ」 
「ふぉ!?」
「ぬうううううぅあんですってえええええええええええええええ!?」
 がちゃん! という陶器が割れるような音。これはマリアがお盆を床に叩きつけた為である。凄まじい形相でクリフォードを睨みつける。

「……どうしたの?」
 瞼を擦りながら身を起こしたアレクシアがヴィオラが抱き上げた。ついでに置かれていた眼鏡をかけさせる。
「戦場では常に冷静にな」
「うん?」
 二人が風に包まれる。

「落ち着くんじゃ、マリア!」
「そんなところにおつまみ隠して! お酒は二度との飲まないと約束したじゃありませんか!!」
 激昂したマリアが握りしめたペンに赤い輝きを灯す。輝きに包まれたペンはその姿を両手で扱うサイズの大剣に変え、渦巻く炎が剣を赤く染める。
「ふぉ……」
 クリフォードの叫びが強制的に遮られるのと同時に、ヴィオラたちは開け放った窓から飛び出し――激しい爆音が響く戦場から脱出した。


 冷たい夜の風を切り裂きながら高度を上げていく。
「よろしくな」
「うん」
 目を覚ましたらしいアレクシアが笑顔で応じた。
 見下ろすと視界一杯に街並みが広がっている。
 すっかり夜に沈んでいるが、人々の営みの灯りが輝き、闇を彩っていた。闇だけでも、輝きだけでも描けない美しさ。

「お前、オレが悪い魔法使いになったらどうする?」
「ひっぱたく!」
 なぜか嬉しそうに右手を掲げたアレクシア。彼女の背中から、いつの間にか潜り込んでいたらしいぬいぐるみがもそもそと這い出てきた。
「ねー?」

 急に話を振られたジェシカは両手で頭を押さえ、困ったような仕草をしてみせた。
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