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⑤-⑤ちょっと可愛い破壊魔法

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  ヴィオラのテーブルに戻ってきたアレクシアは怒りに肩を震わせながら叫んだ。
「どうして女の子に触ろうとするのよ! 触れるの厳禁って札でも貼っておかないとわからないものなの?」
「……気持ちは分かるが、仲間探しって怒声と稲妻が飛び交うものじゃなかったと思うぞ」
 適当に椅子に寝かされている三人を見やりつつヴィオラは呻いた。体格に見合ってタフなのだろう。うなされている程度で特に目立った外傷は見あたらなかった。
 少しすれば目覚めて冷めた食事の続きでも始めるだろう。その時までには店から出ていようと思いつつ、ヴィオラはアレクシアを宥めにかかった。

「威力が伴わないあしらい方だって色々ある。電撃以外の選択肢は思い浮かばないか?」
「焼却」
「攻撃から離れろ。お前は職業意識が高すぎる」
 アレクシアは僅かに頬を膨らませつつ反論してきた。

「でも、可愛い弟子がセクハラされたらヴィオだってあの鎧着て全力で暴れるでしょ?」
「止めには入るだろうが酒場を修羅場に変えるかどうかは分からないな」
「……わかったわよ。あー、男の人が女の子に触れたら警備兵が飛んできて拘束すればいいのに。そういう罰則をパパに作ってもらおうかしら」
「……混雑した大通りで何人捕まるかの試算を忘れるなよ」
 吊り上がった彼女の眉がもう少し平らになるまでヴィオラは宥めるのを諦めた。

(やれやれ)
 小さく嘆息しつつ、手つかずだったケーキにフォークを伸ばす。が――アレクシアのぬいぐるみがフォークを両手で挟むように受け止めた。

「……なぁ、まさかこいつオレのケーキ食う気なのか? 熊は兎でも追って切り株に頭ぶつけてろっていうか猟師に追われて散々、逃げ回った後で剥製にされてりゃ平和でいいと思うんだけどな」
 ヴィオラはフォークに力を込めつつ僅かに眉を吊り上げた。

「剥製なんてジェシカが可哀想でしょ」
「ていうか、その物体はお前が操作してるんだよな?」
「ふふふ、それはどうかしらね」
 自慢だとでもいうように得意げな微笑みを見せた。
 ヴィオラは片眉を顰めつつアレクシアを見やった。少女からは人々を脅かすような恐怖は感じないが。
(自律? 完全な自律だとしたら、もう化け物に片足突っ込んでるが……問いただすのは危険か)
 彼女は、それが特別なことだと意識させることがアレクシアの成長または変貌を促しかねないと判断したらしい。
 フォークでジェシカの足を払って転倒させると、ケーキがのった皿を素早く引き寄せる。

「……そんな魔法おもちゃはどうでもいい。お前の趣味に干渉するのはオレの仕事じゃないしな」
 仮にも弟子であるアレクシアの能力を貶すことは不本意ではあったが、ヴィオラは興味を失ったように装った。

「ヴィオだって、いつかこの子の凄さに気づくわ。その時は目一杯、驚いてね」
 アレクシアはヴィオラの態度に腹を立てた様子など欠片も無い様子であった。
 転倒し、悔し気にテーブルを叩いていたジェシカを掴むと胸元に引き寄せ、ぎゅっと抱きしめる。

「ジェシカは冒険者なんかより、ずーっと頼りになるんだから! ねー?」
 苦しいのか嬉しいのか、ジェシカは両手両足をばたばたとさせていた。
(ぬいぐるみ遊びの一環なら良いんだけどな)
 破壊の力だけでぬいぐるみを創り出せる魔法使いは――この大地で――今のところアレクシアだけだった。

「お前、世界征服とか大量虐殺って言葉に惹かれたことないか?」
「せかいせーふく? 広場で勧誘してくる怪しげな人たちが口走りそうな単語ね」
「お前の口から出たことがないなら安心だよ」
 食欲が失せたらしいヴィオラはケーキがのった皿をずいっとアレクシアの前に差し出した。

「いらないの? ならわたしとこの子で……いえ、あくまでヴィオがいらないならっていう前提でよ!?」
「……お前らで食べてくれ」
 ヴィオラは、やれやれといった様子でジェシカを観察し始めた。と――
「いい加減にしやがれ!」
 女の怒声とともにケーキが炎に包まれ、そして弾けた。
 焼却の魔法なのだろう。テーブルは皿が載っていた部分が小さく抉られ、焼け焦げていた。

「ほおぉ……」
 瞳の中にめらめらと炎のようなものを燃えたぎらせ、ヴィオラが唸った。怒りにひきつった唇から犬歯を覗かせている。
 魔法を放ってきた相手を鋭い瞳が捉えた。

「さっきから冒険者がなんだって!? おむつが外れたばっかりのお嬢様は随分とお口がお転婆みてぇだなぁ?」
 年齢は三十代後半ほどか。顔面を真っ白に塗り、妙にけばけばしい髪色をした女。着ているものも大体同じようなものだった。

「おむつなんかここ十五年以上してないわよ」
 アレクシアは、つんとそっぽを向いた。
 魔法を放った女は手に持っていた短杖に赤い輝きを灯した――魔法の補助に杖を使っているらしい。

「てめえらいっぺん火だるまになってみるか!? 冒険者だらけのここでそんな口きかれちゃあ黙ってられねーなぁ!?」
「……悪かった。あんたの言う通りこいつはまだ子供でな」
 ヴィオラは分からないように大きく、大きく深呼吸をしてから女に軽く謝罪した。

「いきなり魔法撃ってくるような奴に頭下げる必要ないわよ! 本来なら反撃されたって文句言えないのよ!?」
「てめえだってそこのチンピラどもにつかってたじゃねぇか!」
「わたしは変なところ触られそうだったから反撃したのよ! 大体、あんたのは明らかに殺傷能力あったじゃない。狙いが逸れでもしたら大変なことになってたわよ」
「落ち着け。口に対して手を出してきた上に、恥ずかしげ気もなく杖を補助にしてその程度かよって幼稚な魔法を公共の場で披露した挙げ句にオレのケーキを破壊したアホ馬鹿間抜けの三属性搭載の無法者が相手でも、ここは穏便に済むよう努めるのが大人ってものだろ。周囲への配慮に欠ける会話だったのは事実だしな」
「この銀髪、なんてひでぇこと言いやがる!?」
 女が怯えたように一歩退いた。

「言ったのはわたしなのに、なんでヴィオが頭下げるの?」
「弟子のお前がしたことならオレにも責任がある」
「ヴィオ……」
「つーか、誰が三属性馬鹿だ!?」
 アレクシアは女の叫びを無視し、しばし俯いた後――両目をきらきらと輝かせながら顔を上げた。そしてヴィオラの両手をぎゅっと握る。

「『弟子』ってもう一回言って! ねえほら、恥ずかしがらずにわたしの目を見て――」
「ごらぁああああああああ! 俺のこと無視していちゃついてんじゃねえええええ!」
「ケンカはだめですよ! 食事は仲良くがここのルールです!」
 騒ぎに気づいた――広い店内とはいえ気付いてない者などいないのだろうが皆、一様に我関せずと食事を続けている――エマが女とアレクシアたちの間に割って入った。

「ミルク持ってきましたから、とりあえずこれ飲んで落ち着いてください! お魚さんも入っててカルシウムたっぷりですよ! 飲ませてあげます!」
 エマは乾燥した小魚らしきものが浮いたミルク入りのカップを女の口にぐいぐいと押しつけ始めた。

「生臭せぇえええ!? ふざけんなあああああ!」
「あ!」
 アレクシアが叫んだ――女が魔法力の輝きを纏った杖をエマに向けた為である。
「ったく」
 ジェシカを手に取ったヴィオラが振りかぶる前に、高速で放たれた氷のつぶてが女の顔面に命中した。

「ぐえええええええお!?」
 勢いよく転倒した女は顔を手で押さえ、床を転げ回っている。
『おー……』
 静まり返った店内に、冒険者たちのどよめきが響く。その中をイザベラが靴を鳴らしながら歩いて来た。
 彼女に気付いたらしい魔法使いが、赤く腫れた頬に手を当てながら立ち上がった。

「てめえ! なにしやが……あ、あの……」
「うるさい」
 受付嬢がそう言うまでもなく、凄まじい殺気が女の口を閉じさせた。イザベラはゆっくりと、震える声で言葉を紡いだ。
「非戦闘員を痛めつけるのに躊躇はない? こんな小さな女の子を火だるまにするのが趣味?」
「いや……そういう訳じゃ……」
 言葉を詰まらせた女に、イザベラが一歩だけ距離を詰めた。

「剣を突きつけておいて『刺す気はなかった』って言い訳が通るほどこの世界は優しくない」
 気圧されるように、女が大きく後ずさった。イザベラの双眸が物理的な圧力でも放っているかのようだった。

「お、おい……」
「だから死ね」
 彼女の言葉は恫喝するような響きではなかった。姉が妹に『着替えなさい』と言う程度のものだった。
 呼び声と殺害が同程度の重さ。ただ『そうしなさい』という、その余りに違和感の無い軽さが女の背筋を凍り付かせた。
 イザベラの両目が見開かれると同時に。

「うひいいいいあああああああああああああああ!」
 巨大な雪崩が怒濤の勢いで迫ってきたような慌てぶりで、女は酒場から逃げ出した。
「……熱くなるものじゃないわ」
 イザベラは、ふぅっと息をため息を漏らした。そしてどこかやる気のない表情で――彼女を見つめる冒険者たちを見渡してから切り出した。

「食事は仲良く、安全に。エマに何もしない。よろしく」
『うーっす』
 冒険者一同が声を揃えて頷く。
「じゃ、売り上げに貢献して」
 彼女がヴィオラたちに視線を移すと、再び酒場に活気とざわめきが戻った。

「すごいわね。ここを仕切ってるみたいだったわよ」
「……あなたたちもこれ以上もめ事起こさないで。あと、テーブルきれいに拭いておいて。でないと剥製にするわよ」
 イザベラはそれだけ言うとエマの手を引いてさっさと受付に戻っていった。

「仲良いのね」
 エマの肩を抱くイザベラを見てアレクシアが呟いた。
「あれは絶対過保護だろ」

 ヴィオラがぼやくその脇で――ジェシカは布巾でせっせとテーブルを拭き始めた。
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