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⑥-①冒険者のお仕事

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 街外れの馬車小屋である。ディゴたちは借りた馬車に食料やその他の物資の積み込み作業の真っ最中だった。
 そこへヴィオラに送り出されたアレクシアが駆けてきた。
「おまたせ。馬は借りれた?」
「もちろんさ!」
 グローリーが威勢良く返してくる。他の二人も軽く手をあげ、アレクシアの問いかけに応じた。

「お頭の荷物はこれだけですかい?」
 ディゴはお頭アレクシアのリュックを受け取り、馬車へと積みながら額の汗を拭った。彼は杖も受け取ろうとしたが、アレクシアはやんわりとかぶりを振った。

「『お頭』って髭もじゃもじゃなイメージだから、他のにしてくれない?」
「そういや炭があったぜ。それを塗ればヒゲっぽく」
リーダーアレクシアはヒゲのある無しを気にしてるわけじゃないよ」
 グローリーが肘でディゴの頬を軽く小突いた。

「じゃあ、隊長でどうだ? アレクシア隊長」
「それ、いい感じ。じゃあ今回の依頼を説明するわね」
『へい!』
 三人は積み込み作業を中断しアレクシアの前に整列した。
(なんか重いわね)
 自分より年長の者たちを率いるというプレッシャーを感じつつ、アレクシアは説明を始めた。

 今回の目的は、南端の街ギズウォーから南西に馬車で二日のパデリ大森林にある洞窟の牙人集団の討伐であり、その近くにあるクオル村の村長代理マシェットが依頼主と記載されていた。
「敵を倒しさえすれば完了ってことね。わたしの知る限り、魔法に対抗するにはやっぱり魔法が必要なのよ」
 アレクシアは軽く咳払いをしてから口を開いた。

「つまり魔法使いがいる分、こちらが有利ってことなのよ。だから安心して」
 胸を張って、自信満々に言い放つ。
 ディゴが、ひゅーっと口笛を吹いた。
「隊長!」
「どうしたの?」
 妙にしっかりと背筋を伸ばしたジェイコブが敬礼などしつつ口を開いた。

「気を使ってくれるのは大変光栄で、心底嬉しいんですが」
「え?」
 彼はきょとんとした表情のアレクシアに、どう切り出して良いものか迷っている様子だった。
「アレクシア隊長、今回の報酬額見たかい?」
「……えーっと、金貨六枚ね」
「高すぎると思わないかい?」
「そ、そう? 馬車代と食料その他と、次回の準備の分を差し引いたら一人当たりの報酬はたったの金貨一枚よ」
『まじか』
 部下三人の声が揃った。

「なぁ、アレクシア隊長」
「その呼び方はもういいから普通に呼んで」
「アレクシア、金貨一枚ってのは、一般人の給料の約二週間分なのさ」
「え? それでどうやって生活――いえ、考えを聞かせて」
 彼女にとって冷静さを取り戻すための手順のひとつなのだろうーーアレクシアは慌てて咳払いをすると、の返答を促すように人差し指をぴっと上に向けた。

「まず、今回の仕事はちょいと危険だってことだね」
「その根拠を聞いても?」
「それはね」
 グローリーが丁寧に説明を始める脇で、男二人が『今回もスリリングな仕事になりそうだな』と呟き合っていた。

 この国の南を守る要塞フェイロ
 大陸の南から湧いては押し寄せてくる魔物たちから、そこより以北の町や村を守るために存在している。しかし南の要塞フェイロ単体でその任を果たしているわけではなかった。

 実際は要塞を中心とした東西に相当数の砦が設置され、更にそれ以上の偵察騎兵が巡回し、場所によっては小規模ながら前線基地までが設置されるなどしてその責務は果たされている。
 とはいえ、広い国境を越えようとするありとあらゆる魔物を察知出来ているというわけでもなく、毎年、見逃した魔物による被害が報告されている。

 首都と南端の街ギズウォー、そして南端の街ギズウォーから南の要塞フェイロのように重要な拠点間での移動の安全は、極めて高い水準で維持されているが。
「つまり今回みたいな南西の、しかも小さな村ってのは移動するだけでも案外危険なのさ。道を外れたら賊やら獣人やら南の魔物やら、ね」
「それにパデリ大森林っていったら西の国まで続く大陸最大の、名前通りの大森林だな」
「森の奥にはどんな怪物がいるかわからねぇぜ」
「つまり……」
『かなり危険』
 息の合った突っ込みに、アレクシアが後ずさった。

「じゃ、じゃあ止めておく……?」
「いいや、それなら馬車なんか借りないさ。あたしらが言いたいのは、冷静に行こうってことだよ」
「癇癪起こすのも無しでな」
「一人で突っ込むのも無し」
「わ、わかってるわよ! 一致団結ってやつでしょ?」
「じゃあ、残りの荷物を積むとしようか」
「よろしくね」
 作業を開始した三人を数秒眺め――アレクシアも慌ててそこに加わった。


「ここだね」
 南端の街ギズウォーを出発すること三日。一行はクオル村に到着した。
「無駄とは言わないが、やっぱり時間かかったな」
「まぁ寄り道したもんな」
 本来であれば二日で済んだのだろうが、旅に不慣れなアレクシアの為に道中の村や町を経由して進んだので一日余計に掛かってしまった。

「で、でも毎日シャワー浴びれて良かったでしょ!」
 自分が足を引っ張ったと言われたと思ったらしいアレクシアが悔し気に声を上げた。

「本当は街道の野営地で寝泊まりするんだけどね。あんたはそういうの苦手だろうと思っただけさ」
「……そういえばこの前の時も『時間掛かったな』って聞いた覚えがあるんだけど、わたしに合わせてくれてたの?」
「あんたの能力を十分発揮してもらうためにだよ。さあ仕切っておくれ」
「じゃあまずは村長に会いましょう」
「いや、先に村を見た方がいいね」
「なんでよ?」
 微妙に頬を膨らませたアレクシアである。仕切れと言われた二秒後にこれでは仕方ないのかも知れないが。

「お嬢ちゃん、ざっと見回してこの村どう思う?」
 ディゴの言葉に、アレクシアは周囲を見回した。
 最初に目に付いたのは村全体をきっちり真四角に囲む外壁だった。積んだというより、分厚い板状の岩石がそのまま地面から突き出したように継ぎ目がない。
 高さもさることながら、とにかく分厚い。さらに、壁の四隅には外壁と同じような材質の見張り塔が設置されている。

「村って随分物々しいのね」
「それだけじゃないよ」
 グローリーが指さした先――村中央の広場には六つの人工池が円形に並べられており、それぞれの中心からは噴水のように水が噴き出している。

 村人たちはバケツでそれをすくっては持ち帰っていた。
 用途によって使う池が分けられているのか、場所によっては手ですくってそのまま飲んでいる者もいる。
「あれって地下から水が噴き出してるのかしら」
「多分ね。都市から離れた村であんな設備があるなんて不自然だよ」
「設備だけじゃなくて装備も良いぜ。牙人くらいじゃ襲ってきたって返り討ちもいいところだろうな」
 ボウガンを持った衛兵たちを眺めながら、ジェイコブ。彼が手を振ると、警邏中なのか彼らは軽く敬礼し去っていった。

「鎧の下に鎖帷子と右手には飛び道具。おまけに士気も高いときてる。左手にらっぱ持ってりゃ完璧だな」
「村の連中も妙に生き生きしてるしね。規模はともかく、設備と治安だけなら街レベルだよ。資金をどこから掘り出したのかお聞きしたいね」
「村が豊かなのは分かったところで村長に会いに行きましょうよ」
「……そうだね」
 グローリーたちは、こちらに好奇の視線を送ってくる子供たちに軽く笑顔を返し、アレクシアに続いた。


「なにか後ろめたいことがあるのかってくらいにがっちりした造りなのね」
 村のやや北寄りに位置する村長宅とやらを見上げながら、アレクシアが呆れたように呟いた。
 呆然と見上げる冒険者たちの前を、数十羽の鶏の大群が『こっこっこっ』という軽快な鳴き声と共に通り過ぎていく。これだけの数が奏でる鳴き声の大合唱にもなると、さすがに耳障りではあったが。

「ねぇ、鶏ってこんなに整然と群れるものなの?」
 アレクシアが疑問符を浮かべている間も先頭の鶏――とさかが一際大きい――を先頭に群れは列を乱すことなく進んでいく。

「それよりこれ、家かね? あたしの感性が違うって主張してるんだけどさ」
「笑い飛ばしたいところですがね、ねえさん」
「ちょいと難しいな」
 これを『家』と呼ぶのかは文化の違いによるのだろうと、そういう逃げを用意しておかずに『家』だと言い切るのは、確かに難しいのかもしれない。
 定規で計ったようにきっちりとした立方体。それを三つ、縦に重ねた直方体。そんな作りの三階建てである。ついでに窓がひとつもない。
 挙げ句、壁という壁には鋼の板が神経質なまでに大量に打ち付けられており、一枚につき十個ほどの金具で壁面に固定されている。何から守りたいのかは分からないが、それだけで充分なのではないかと思うほどに金具は厳つい、というかごつい。

「無駄なことが好きなんだろうな」
 ジェイコブがうんざりしたように呻いた。 
「砲弾の雨でも降るのかしら」
「他の家が無事なところを見るに、多分違うね」
 冗談と分かってはいたのだろうが、『案外そうかも』と思ったらしいグローリー。

「そんじゃ、頼むぜ頭」
「よろしく、リーダー」
「ほら、隊長」
「え!? 中に変な人とかいたらどうするのよ!?」
 大人三人にぐいぐいと背中を押されるアレクシア。

「いたらその杖で殴ってやりな」
「これ鈍器じゃないのよ!?」
「さぁ、どうぞ」
「ちょっと、押さないでよ! ねえ、本気!?」
 ディゴが扉を開き、ジェイコブがアレクシアを押し込み――そしてグローリーが扉を閉めた。


「あなたたち大人でしょ!? 女の子を一人でこんな所に閉じこめる気なの!? 開けてよ! こら、開けなさい!」
 放り――送り込まれた先は、真っ暗な空間だった。
 アレクシアは扉を叩きながら抗議の声をあげたが、外の彼らは開けてくれそうにない。周囲を照らす、もしくは金切り声と魔法で扉を破壊してしまえばどうにでもなったのだろうが。

「本気で泣きそうなんだけど!?」
 恐怖で頭が回らないのか、アレクシアは杖を抱きしめるように抱えながら恐る恐る闇の中を進んで行く。
「あの、まともな人いたら返事してください!」
 広い空間なのか、声がわずかに反響してくる。と――かつかつ、という足音が正面から聞こえてきた。

南端の街ギズウォーの冒険者ギルドから来たんですけど!」
 アレクシアが身を固めながら叫ぶが返事はなく、そして相手が足を止めたのだろう。足音も既に聞こえてこない。

(あ、魔法使えばいいんじゃない)
 自分の特技を思い出したらしい少女が右手に炎を灯す。眼前に男の顔。
「きゃ……」
「お待ちしておりました! 私は父の代理として村を治めさせて頂いておりますマシェットと申します! どうかお見知り置きを!!」
「きゃあああああああああ!」
 大声での男の自己紹介に、アレクシアが尻餅をついた。

「おや!?」
 男はアレクシアに覆いかぶさるように顔を近づけ、不思議そうな顔でまくし立てた。

「どおおおおおなさいました!? なにかとてつもなく驚かれているようですが、なにか怪異か怪人にでも遭遇なさいましたのでしょうかぁ!? この村長代理のマシェット、一人の紳士としていたいけな少女を襲いくる驚異から身を挺してお守り致しますことになんら異存はございません! さあなんなりとお申し付けください! ツインテールのお嬢様あああああ!」
 頭、リーダー、隊長。それとお嬢様。アレクシアを言い表す言葉は多いが、放たれた魔法にしてみれば使い手がどう呼ばれようと大した問題ではないのだろう。

「いい加減にしてよ、ヘンタイ!」
 涙目の魔法使いが放った雷撃は特に気にした様子もなく、マシェットを多少強引に沈黙させた。


 部屋の奥から広がる眩しい輝きが部屋全体を白く染める。
「大丈夫かい!?」
 光の速さで、という訳にはいかないのだろう。グローリーが日光を背に受けながらアレクシアに駆け寄って来た。

「グローリー!?」
 見回せば椅子の一つも置いていない質素きわまり無い部屋である。その床に昏倒しているマシェットの首に、いつの間にか出現していたジェシカが跨っている。
 彼女は村長代理の頬に拳――気持ちの上では――を容赦なく何度も叩きつけていく。
 ぽむ! ぽむ! という柔らかい音が部屋に響く。

「ねえさん、一階は安全です」
 武器を抜いたディゴとジェイコブが辺りを警戒するように見回している。

「どうして閉じこめたのよ!?」
「違うよ。あんたが入ったら扉が開かなくなったのさ」
「ああ、それで慌てて裏に回ったら『ご用の方は触れて下さい』って看板と水晶があってな」
「それに触れたら扉って言うか壁が開いたのさ」
「なにその無駄な仕掛け!?」
 グローリーらが入ってきた壁は開いたままである。外観と同じ石材をきれいに磨いたような部屋だった。壁には照明らしきランプがいくつも並べられている。

「それにしても、どうして暗いままにしてたのかしら。きっとなにか企んでたのね」
「私に後ろ暗い企みなどありはしません」
 首にジェシカをぶら下げたマシェットが、すっと立ち上がった。三十代半ばほどの、整った身なりの神経質そうな男。背筋をぴっと伸ばして立っている。
 支配者というほど威圧的ではなく、村長というには貫禄が足りない。そういう雰囲気である。

「私、暗闇の中での方が、仕事が捗るのです!」
「夜行性ってやつか?」
「ふふふ、そうかも知れません。闇に紛れ村人の皆様に貢献するハンター。良い響きです」
「なにを狩るの?」
 アレクシアの訝しげな視線は通じなかった。と、グローリーが気づいたように声を上げた。

「村長代理? ああ、依頼主だったね。ほら」
「……」
 アレクシアは受け取ったギルドからの紹介状を――警戒しつつ手渡した。

「ふむ。確かに」
 マシェットが指を鳴らすと、壁が閉じていく。そして設置してあるランプに一斉に火が灯る。
(一応、壁とか撃ち抜いておく? また閉じこめられちゃうかも)
(念のためで役人の家を爆破するのはまずいよ)
「どうなさいました?」
「いいえ」
 相変わらず首にジェシカをぶら下げたままのマシェットは、書類を小脇に挟むと右手を腹に当て大きく一礼して見せた。

「では会議室へご案内致します」
「その前に、この部屋はいったい何なんだい? この広さに何にもないってのがちょっと気味悪――気になってね」
「ここは村人の方々に、集会場としてご利用して頂いております。災害時などは避難場所としても活用されますので、常にスペースを確保しておく必要がございます」
「外壁が異常に物々しいのは……」
「はい、ここは有事の際に皆様をお守りする最後の砦でもございますので」
「砦、ですか……」
 アレクシアは『監獄の方が適切なんじゃないの? このヘンタイ』とでも言いたげな視線を送ったが、口に出すべきか決めかねていた。
「では、こちらへ」

 一行はマシェットに案内され、二階の会議室へと向かった。
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