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⑥-⑥冒険者のお仕事

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 村を出て西へ。街道を逸れ、起伏のある草原を馬車で駆けること三時間ほど。
 草を凪ぐ冷風が頬を撫でる。南端の街ギズウォーでは味わったことのない感覚。
「痛い」
 馬車が石を乗り越えた際に舌でも噛んだのだろう。アレクシアが口元を押さえつつ呻いた。

「街じゃ味わえないだろ?」
 グローリーの苦笑にアレクシアが頬を膨らませる――そんなことを数回繰り返しつつ、一行は大森林パデリに到着した。と言っても大森林自体は村から二十分ほどの距離から目にすることができた。
 目的地付近に到着したという意味である。

「凄い高さの木……さすが大森林って感じね」
 首が痛くなるまで顔を上げたアレクシアが呻いた。
 街道自体は南西に向かって続いているが草原を挟んだその北方には鬱蒼と茂った森が威圧するように広がっている。

「ほら、飯だよ」 
 グローリーが焼いたパンと水を持ってきた。
「詰め込めるだけ詰め込んでおいた方が良いぜ。戦闘に食事休憩は無いからな」
「牙人どもにはあるのかもしれねぇが、そうだとしたら尚更食ってる場合じゃねぇよな」
 パンと水を同時に口に運ぶ男二人にアレクシアが驚いたような顔をした。

「魔法使い同士の戦いには五分ごとに休憩が入るのに、冒険者は違うの?」
「まじか!?」
「まじかよ!?」
 アレクシアは得意げな顔で、人差し指をぴっと立てた。

「そうよ。その度にどっちが優勢か審判が判定するの。点数が低い方はほっぺたにばってん描かれるルールなの」
「おいおい、からかわれたぞ」
「お嬢ちゃん、それは登っちゃいけない階段だぜ。悪女行きって書いてないか?」
「魔法はこの国で最も崇高な技術だよ。それで殺し合いなんかしないのさ。だから杖で殴り殺すんだよ」
 グローリーが苦笑しながら近寄ってきた。

「ねえさん、背中に悪女って書いてありませんかね?」
「書いてあるよ。まぁ肌を見せたことはないからねぇ」
 そんなやりとりを聞きながら、アレクシアはくすくすと笑っている。

「で、これが『もちもち洞窟』だね」
 広げた地図の一点を意外にしなやかな指が示す。
「緊張感の欠片も感じられないわね」
「どの辺りがもちもちなのか説明が必要でさぁ」
 消耗品などと共にマシェットから渡されたものである。それに冒険者たちが目を落とす。

「……まぁ説明は書いてないね」
 どこか不満げにグローリーが呻いた。彼女はその理由を語りはしなかったが――地図に『クオル村周辺名所案内』と書かれていたからかも知れない。

「マシェットさん、村の発展に熱心なのね」
「ていうか村から離れた洞窟が名所って時点であたしなら観光産業は諦めるね」
「観光しつつ仕事なんて最高じゃねぇっすか」
 パンの切れ端を口に押し込んだジェイコブが、今度は食料の入った鞄から干し肉を取り出した。

「いけねえ、牙人のチップ忘れちまったよ。干し肉スライスしてばら撒くか?」
「チップを気にする必要はなくなるから大丈夫だろ」
「そりゃそうだな……うりゃ!」
 ナイフで削った干し肉を競うように貪る男二人。
 彼らよりは上品にグローリーが乾燥させた果物ドライフルーツらしきものを食べ始めた。
「ほら、お食べよ」
 差し出された瓶には『パデリ名産 強毒性ちっく乾燥果実フルーツ詰め合わせ』とラベルが張られていた。

「この森、焼き払った方がいいんじゃないの?」
 半分まぶたを閉じて呻いたアレクシアに、グローリーが首を傾げた。


「じゃあ出発よ!」
 食事を終えた一行は森の奥へと向かう獣道へと踏み入った。

「ある程度の予想はしてたが、なんつーかすごいぜ」
 木々の間を進むにつれて周囲に岩や倒木が目に付くようになった。
 別にそれは構わないのだろうが――とりあえず茸が踊っている。倒木に群生している茸が、風に煽られる草のようにゆらゆらと揺れている。

『ぐろろーん!』

 見たことのない小動物がでんぐり返しをしながら冒険者たちの前を駆け抜けていった。
「くらくらするぜ」
「ほんと、歩きにくいわね」
 アレクシアは奇怪な生物より小石混じりの地面の方が気になるらしい。

「お嬢ちゃんちの庭ってこんな感じなのか? 普通は、足元より頭上にいるやたら長いムカデの方が気になると思うぜ」
「そう? 大魔法院フェーンで色んなもの見てきたからあんまり。それより……」
 アレクシアはグローリーが見ている地図に目を落とした。

「さっきからずーっと坂道を下ってる気がするんだけど……」
「そうだねぇ」
 グローリーがコンパスと地図とを見比べながら呟いた。
「でも方角は合ってるよ」
「……本当に?」
 アレクシアは訝しげな視線で急な斜面を見下ろした。

「ねえさんの地形把握に間違いはないと思うぜ。で、だな」
 ディゴが剣を抜いた。周囲に怪しいものは――怪しくないものを探す方が難しい状態だったが、危害を加えてきそうなものは今のところ見当たらない。
「さっきから見られてる気がするのは俺だけか?」
「え?」
 きょとんとしたアレクシアを三人の背中が守るように囲む。

「ねえさんはどうですか?」
「気配は感じないね……もしいるとしたらかなり面倒なやつだね。あたしが察知できないなんてさ」
「洞窟までまだ距離があるように見えるけど」
 グローリーから受け取った地図を凝視しながらアレクシア。

「牙人とは限らないよ。獣か、もしかしたら魔物かも知れないしね」
「ま、魔物?」
 大陸の南からやってくる化け物たちのことである。
 南の要塞フェイロを中心として敷かれている防衛網で防いではいるが。
「網をくぐり抜けて暴れてるやつの話は結構聞くぜ?」
「叩き潰したこともあるしな」
 聞いたことのない鳴き声を発しながら飛び立った鳥――なのだろう多分――を目で追うディゴ。

「なんにせよ、気を引き締めていくよ。ディゴが臆病なだけだといいんだけどね」
「魔物って魔法は効くのよね……?」
 不安な顔を見せたアレクシアの肩にグローリーが、ぽんと手を置いた。

「魔法が必要なほどのやつが出てくるのは希だよ。効かなくたってやりようはあるさ」
「そ、そうよね。魔法がだめでもわたしだけじゃないんだし」
 斜面を慎重に下り始めた一行。彼女らから少し離れた樹上で――
(あややややや! やっぱり来たか。マシューめ……)
 小柄な人影が舌打ちをした。


 降りた先は砂利道になっていた。
「昔は川底だったのかも知れないね」
 丸みを帯びた大小さまざまな石。グローリーはそれらの一つを手に取り観察している。

「洞窟はこの先だな」
「魔法はいつでも撃てるから安心して」
 アレクシアは杖を握りしめながら辺りをきょろきょろと見回している。

「あたしが前を歩くよ。男どもはアレクシアを守りな。飛び道具には注意だよ」 
「俺たちはプロですぜ」
「アレクシアは攻撃より防御を頼むよ。大岩とか大規模な罠がくるかも知れない。魔法の雨あられが必要なときは指示するよ」
「迎撃に徹すればすればいいのね。任せて」
「じゃあ――え?」
 グローリーは思わず声をあげていた。
 彼女の視線の先には、人間大の岩があった。丸みを帯びたそれは、うずくまった人間にも見える――というより。

「アレクシア! あれを吹き飛ばしな!」
 岩がゆっくりと立ち上がる。目も口も無いのっぺりとした、マネキンのようなゴーレム。
 人間ではありえない方向に関節を捻じりながら駆け寄ってくる。
防衛人形ガーディアンね!」
 施設や拠点から侵入者を排除する仕掛けはいくつかある。そういった役割をもつゴーレムは防衛人形ガーディアンと呼ばれている。

「もうへまはしないんだから!」
 アレクシアの杖の先に赤い輝きが灯る。そして、彼女の周囲に楔のような物体がいくつか出現した。
「静かに倒れなさい」
 掛け声と同時にゴーレムに突き刺さった魔法の楔。その内部を電撃が走り、焼き切るが――防衛人形ガーディアンに走った亀裂から赤い炎が吹き出した。

(あの色って破壊魔法デステグ!?)
 アレクシアは慌てて仲間の前に進み出ると、半球状の防壁を展開した。
「伏せて!」
 その直後、爆音が鳴り響く。
 耳鳴りに耐えながら辺りを見回せば、釘のような物体が防壁や周囲の岩にいくつも突き刺さっている――ゴーレムの内部に仕込まれていたのだろう。

「危なかったわ」
 アレクシアが額を拭いながら呻いた。防壁の展開が遅れていれば悲惨なことになっていただろう。
「自爆ってやつか? 魔法様々だぜ……」
「そ、そうだね。ほんとうに助かったよ」
 感謝を口にしたグローリーだったが、わき腹を押さえている。

「怪我したの?」
「根性のある破片がひとつ、あんたの壁を突き破ってきたみたいだね。まあ欠片だろうから大丈夫だよ」
「そ、そう? 何かあったらすぐ言ってね。撤退したっていいんだから」
「うちの隊長は優しいねぇ」
 グローリーが傷を見せてきた。皮の鎧に小さな穴が開いてはいるが、出血は微々たるものである。
 彼女は懐からピンセットを取り出すと、傷口に挿入した。

「痛そう……」
「大したことないよ。冒険者稼業も長いからね。慣れっこさ」
 痛みを想像したらしく、身震いするアレクシアに明るく言うと、取り出した破片を放り捨てる。
 そして包帯に消毒液を浸し、手早く巻き付け応急手当を済ませた。

「気づかれてないはずがないんだけどな」
「ああ、一匹だけで襲わせて何がしたかったんだって感じだぜ」
 ディゴとジェイコブは周囲を警戒しているが、追撃の気配はない。

「マシェットさんは牙人が財宝を持ってるって言ってたけど、まさかその財宝で防衛人形ガーディアン買ったりしたってことはないわよね……?」
「頭の良いやつは人語を覚えて物々交換とかすることもあるって聞いたことはあるけどさ……」
「物騒なものもってるならさっさと排除しねぇとな」
「無駄遣いされちゃかなわねぇしよ」
 ディゴは突き刺さっている釘を手に取ってまじまじと見つめている。値打ちものかどうか見定めようとしているらしい。

「もう、依頼に集中してよね」
「じゃあ集中していくよ」
 武器を構えた冒険者たちは前進を開始した。


 枯れた川の砂利道を上流へと向かう。誰も言葉を発することなく周囲を警戒しながら進む。
 歩く度に砂利がざっざっという擦れるような音が響く――その四人分の足音が

『ざざっざざっざざっざっざざざ……』

 妙に重なる。

(あれ? なんか)
 異変に気づき立ち止まりかけたアレクシアの背中を、横を歩いていたグローリーが押す。

(振り向くんじゃないよ)
(お嬢ちゃん、足に自信はあるか?)
 どちらも焦った口調ではなかったが。冷や汗が彼女らの頬を伝っているのを見逃さなかった。
 後衛のはずのディゴとジェイコブが彼女らの横に並ぶ。

「ねえ……足音多くない?」
 横一列に並んでいる冒険者たち。背後から砂利を踏みしめる音がいくつも聞こえてくる。
 アレクシアはさりげなく杖を目の高さに掲げた。杖先端の水晶で背後を窺えば――
「見るんじゃないって言ったろうに、走りな!」
「走れ走れ走れ!」
 アレクシアも既に気づいていた。

「きゃあああああああああ!」
 四人が走り出すと同時に背後の足音も速度を増す。アレクシアたちの背後から十数体の防衛人形ガーディアンが追ってくる。先ほどのものより多少小型ではあるが。

「ちっくしょう! こいつらなんなんだよ! いつの間に現れやがった!?」
 全力で走る。とにかく走る。
「リーダーアレクシア! 魔法でなんとかできないのかい!?」
「魔法は走りながら使うものじゃないのよ! そ、そんな授業無かったし!」
 息も絶え絶えといった様子のアレクシアが叫び返した。

「あああああ牙人ども! マジで財宝使い込んでるじゃねぇか! ぶっ飛ばしてやる!」
 全力で走る一行の前方に岸壁が姿を現した。枯れる前は恐らく滝だったのだろう。中央に小さめの洞窟が見える。

「この際『もちもち』の意味は置いておこうじゃないか!」
「他に大切なことがありますからねぇ!」
「も、もうダメ……足が……」
 失速しかけたアレクシアをグローリーがひょいと抱き上げた。

「男二人が先に入りな! 牙人どもの罠に注意するんだよ! そんで蹴散らしておやり!」
『よっしゃあー!』
「アレクシアは洞窟にさっきの防壁を全力で張っておくれ! あんたにすべて懸かってるから、頼むよ!」
「が、頑張るわ! ていうかグローリー凄い力ね! 角人も真っ青って感じ!」
 少女とはいえ、人を一人抱き上げたまま――角人のように真っ赤な顔をしたグローリーがディゴたちの後に続く。

「行くぜディゴ!」
「おうよ!」
 武器を構えたままの戦士たちが洞窟に突入した瞬間――もちもちもちもち!
「苔か!?」
 洞窟内の地面に海綿状の苔が密生している。ディゴたちに踏まれたそれらが水分と一緒に音を吐き出しているらしい。

「上り坂だぜ!?」
「岩でも何でも転がって来いってなぁ!」
 急な上り坂を半ば焼けになったジェイコブが先に駆け上がった。本来であれば罠の探索と安全の確保はグローリーの役目であったが。

「うりゃああああああああああああああああ!」
 アレクシアを抱えつつ全力疾走の真っ最中である彼女に、それをこなす余裕は無さそうだった。

「わたしの出番ターンね!」
 洞窟に飛び込んだグローリーの腕の中から魔法使いが飛び降りた。入口の方へと向き直り、両手で持った杖を水平に構える。
「ゴーレムなんか大っ嫌い!」
 少女が放った突風は狭い洞窟で圧縮され勢いを増し――なだれ込む寸前だったゴーレムたちを押し戻すように転倒させた。
防衛人形ガーディアンも大っ嫌い!」
 眉をつり上げつつ、砂利道へと放った砲弾がゴーレムたちを更に後方へと吹き飛ばす。

「破壊したら自爆しちまうよ!」
「直撃させてないから大丈夫よ。わたしに任せて!」
「『任せて!』って、なんか嫌なこと思い出したよ!?」
「ねえさん、早く!」
 気にするようにアレクシアの方を振り返りつつ、グローリーも坂を駆け上る――その間に、吹き飛ばされたゴーレムたちが洞窟前に集結した。

「来なさい! この『大体壊す』アレクシアが相手になるわよ!」
「……六十点だな」
「独特って言ってやらないと可哀想だぜ」
「なんで!? がんばって考えたのに!」
 赤い輝きを纏った少女が、前方を睨みつけながら抗議の声を張り上げた。

「評論は後にして備えな!」
 左手に防壁のための魔法力。右手に赤い輝きを灯したアレクシア。見守るように彼女の背中を注視するグローリーと――
「この感触なかなか癖になるぜ」
「苔のくせに愛嬌ある面だよな」
 地衣類を気に入ったらしい戦士たち。
 外から吹き込む風が、全力疾走で火照った冒険者たちの体温を奪っていく。灼けるようだった肺も冷えていき、心臓も落ち着きを取り戻した。

「……来ないわね」
 アレクシアの側に寄ったグローリーが身を低くして外の気配を窺う。
「入り口前で待ちかまえてる感じだね」
 魔法で狙い撃つには角度が有りすぎる。かと言って近づいた途端に押し寄せてこないとも限らない。

「標的を視認してないと当てづらいのよね」
 それなりに高度な創造魔法ジェネスを組み込めば、魔法に単純な命令を与えることはできるがアレクシアの専門外だった。
 精神を同調させての破壊魔法デステグでも対象を狙えなくはないが確実とはいえない。

(入り口を崩落させたら不味いわよね)
「挟撃が心配だよ。襲ってこないなら先に牙人を片づけちまおうって提案させてもらうよ」
「そうね」
 アレクシアは、下を警戒しつつ後ろ歩きで坂を上った。

「『後ろ歩きの』って言ったらどうなるんだろうな」
「乙女をからかうと杖が飛んでくるって思い知るだろうぜ」
「やめとくか」
 頷き合うディゴとジェイコブ。警戒に集中しているアレクシアには聞こえていなかったが。

 聞こえていたらしいグローリーが二人の後ろ頭を小突いた。
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