上 下
31 / 65

⑦-①孤独と欲と魔法使い

しおりを挟む
「天井まで結構あるわね」
 魔法の火球を宙に浮かべたアレクシアが呟く。
 坂を上りきって少し進むと開けた空間が広がっており、入り口から風が吹き込んでくるせいか新鮮な空気が満ちていた。

「風の出口があるんだろうね」
 罠を探していたグローリーが手を耳に添え、意識を巡らすように目を瞑った。
 彼女の言う通り、背後から吹きつけてくる風がどこかへ流れていく。

「だから臭わないのね」 
 岩の地面には何枚もの布がところ狭しと敷かれていた。寝転がっても湿気自体はそこまで不快ではないのだろう。
 とはいえそこら中に木製の皿やらコップやら、更にはぼろぼろの衣服らしきものが散乱しているので座る気にはならなかったが。

「なあ、燭台があるぜ」
 ジェイコブが壁面を指さした。
 そこだけではなく壁の窪みという窪みに蝋燭が置かれている。使われなくなって久しいのか、変色したろうそくには埃がこびりついているようだった。

「罠とかは大丈夫?」
「ああ、しっかり確認したからね」
 周囲を見回しながら自信たっぷりのグローリーに、安心したらしいアレクシアが燭台に火を灯して回りだした。 

「やっぱり牙人どもは昔、ここで生活してたんだろうな」
 アレクシアが二十本近いろうそくに火を灯し終えると、食べ残しらしき獣の残骸やら木の実などが見て取れるようになった。
 人間であるジェイコブにしてみれば劣悪としか思えなかったが牙人たちにとってはここで暮らすにたる理由があったのだろうが。

(分相応って言ったら傲慢なんだろうがな……)
「ちょっと来て」
 彼はアレクシアの声に、ある種の同情じみた考えを捨てた。
(分相応。そう、奴らは幸せだったのさ。それが理由ってことだな)
 ここで暮らしていた理由。村を襲うようになった理由。

「ジェイコブ! どうしたの?」
 アレクシアが杖をぶんぶんと振りながら手招きしている。
「……すぐ行くぜ」
 どちらの理由も仲間を失うに足る理由にはならなかった。


「これ見てよ」
 空洞の奥の壁に長方形状の木板がはめられている。取っ手まで取り付けられており――それは間違いなくドアだった。
「牙人の巣にドアねぇ。ここまで嬉しい違和感ってなかなか無いだろうさね」
 グローリーは嬉しそうに懐から細い金属の棒を取り出すと、恐ろしくなれた手つきで開錠を始めた。

「楽しそうね」 
「そりゃあお宝――じゃなくて出口があるかもしれないんだから、うきうきもするさ。みんなが無事に帰る手助けができるんなら、なおさらさ」
 鼻歌交じりに棒を上下させていたグローリーだったが。

「なんか焦げ臭くないかね?」
「確かに」
 ディゴが目を細めた。
 空洞を照らすろうそくの火が陰っている。宙に薄い布でもあるように。

「煙?」
 目を擦りながらアレクシアが見回せば――辺りには確かに煙が充満しつつあった。
「妙に目と鼻にしみるぜ」
「だがこの風通しの良さじゃあ意味ないよな。 所詮は牙人かいぶつってことか」
 ディゴが言い終わると同時に。ばたんっ! という音と共に風がおさまった。

「開閉式かよ!? 手の込んだ作りだな、おい」
「それよりまずいよ!」
 開錠を中断したグローリーが坂道へと飛び出していったが、すぐに戻ってきた。両目を押さえせき込みながら。

「坂はだめだね。凄い煙だよ」
「しかもこの煙は普通の草じゃねぇな! 薬剤を混ぜてあるのかそういう草なのかは分からねぇが」
「強行突破と行きたいが、どう考えても危ないよな。ここに留まるのとどっちがって気もするけどよ」
 身を低くしてはいるが、留まれば充満した煙で窒息してしまうだろう。

「表の様子は分からないけどさ……やるしかないかも知れないね」
「ジェシカ!」
 身を屈めていたアレクシアの背後からジェシカがひょっこりと顔を覗かせた。
「お願い」
 主の危機を察したのか、空を切る音すら響かせ魔法のぬいぐるみジェシカが入り口へと飛び去り――同じ勢いで戻ってきた。
 アレクシアの肩に留まると耳打ちするように頭を近づける。

「洞窟の前は防衛人形ガーディアンと小柄な怪物が固めてるって!」
「怪物ってのは牙人のことかい? だとしたら巣穴自体が罠だったってことだね」
 舌打ちをしたグローリーが開錠作業へと戻った。

「今日ここに来るってばれてたってことか?」
「いいや、軍隊みたいに警戒網でも敷いてたのかもしれねぇな」
「たかが怪物がそんな面倒なことするのか? どんぐりを生で食ってるような奴らだぜ!?」
 ディゴは転がっていた木の実を思い切り蹴り飛ばした。

「落ち着いて!」
 杖を両手で地面に突いたアレクシアである。
 喚くような声ではなく。落ち着きが伝わってくるような口調で言ってくる――彼女の杖先端には一抱えほどの水の固まりが浮いていた。

「煙と魔法、どっちが強いか見てて」
 目を閉じて神経を杖の先に集中する。
 アレクシアは小さな点が広がっていくイメージを思い浮かべていた。

「さわって大丈夫なんだよな……?」
 水の固まりが空気を取り込み膨れ上がる。薄い膜状の水は煙を押し退けどんどんと大きさを増していった。
「魔法の勝ちよ」
 水の膜は四人とジェシカをすっぽりと取り込む程度の大きさになると膨張を停止した。

「じゃあどうするか考えましょう」
「これも破壊魔法デステグってやつなのかい?」
 大きく呼吸をしながら、グローリーが関心した様子で呟いた。
 本来は無数のつぶてに変えたり高水圧で放って対象を攻撃する魔法なのだろうが。

「煙の薄い地面付近の空気を取り込んだだけよ。それよりどうする?」
「今ほどお嬢ちゃんの腰を揉んで差し上げたいって思ったことはないぜ」
 邪な意味ではなかったのだろうが、ジェシカがディゴの耳を思い切り引っ張った。

「出口を発見できれば言うことなしなんだけどね」
 球体の外は煙が充満し、最早視界はほとんど無い。出口探しは時間がかかりすぎるかもしれない。
 ついでにいえば、膜のおかげで呼吸には困らないのだが気分の良いものでもなかった。

「出てこないのを不審に思ったあいつらが一斉に飛び込んでくるんじゃねーか?」
 ディゴが先ほど発見したドアを指さした。
「アレクシア、迎撃するならこの中に立てこもった方が良いと思うよ。魔法とあたしのナイフで安全に数を減らせるはずさ」
 ドア自体は木製だが部屋は岩をくり貫いて作られているように見える。

「じゃあ、そうしましょう」
 アレクシアたちは水球ごとドアの前に移動した。

「ちょっと待ちな」
 グローリーは先ほど取り出した棒を再び鍵穴に差し込み、なにやら小刻みに動かし始めた。
「籠城戦ね。こっちが立て籠もる側ならそうでない側には手加減抜きの一発をお見舞いしていいのよね?」
 興奮しているのか、アレクシアが気合いの入った声を上げた。追いつめられているという状況ではあるが。

「返り討ちにしちゃうんだから!」
「まぁ、あっちが遮蔽物の無いこの広間を進んでくるしかないってなら、こっちはかなり有利だぜ」
「煙の中を#__防衛人形__#ガーディアンだけが突っ込んでくるとなると考える必要があるけどな」
「じゃあジェシカに見張っててもらうことにするわ。へんてこ人形の集団が突っ込んできたら知らせてね」
 ジェシカは気合いを入れるようなポーズをすると、入り口へと飛んでいった。

「あのぬいぐるみ随分頼りになるな」
「ふふふ、昔からのお友達なのよ」
 ジェシカを誉められたのが余程嬉しいのか、満面の笑顔のアレクシア。

「開いたよ……罠もドアには無いみたいだね」
 緊張した面持ちでグローリーが振り返った。
「俺がドアを開けるから最初はねえさんで。お気をつけて」
 ディゴがドアを開くと同時にグローリーが部屋に飛び込んだ。そして、ばたん! とドアが閉じる。

「え!? どうしたの?」
 ついで、内側からどたばたと物音が響いてくる。

「ねえさん、どうかしたんですかい!?」
「……アレクシアは来るんじゃないよ!」
「俺たちをご指名だぜ」
 男二人が武器を抜き部屋に飛び込んだ。

「なに!? なによ!? なんなのよ!?」
 ディゴたちが部屋に入ってから十数秒。
 ドアが僅かに開かれ、その隙間から女性の手が覗く。手招きをしている。

(あの手がグローリーじゃなかったらどうしよう。三人とも殺されてて殺人鬼がいたりして……)
 殺人鬼など叩きのめしてそのまま丸かじりにしかねない角人をたった一人で退けた強者が怯えていた。都市伝説じみた化け物でも想像しているのかもしれない。
 段々と手招きの早さが増していき――
「きゃあああ!」
 手が突然伸ばされ、杖を掴む。
 腕は杖ごとアレクシアを部屋の中へ引きずり込む。再びドアがばたんと閉じる。

「……なにしてたんだい?」
 尻餅を突いた状態で防壁を展開しているアレクシアに、グローリーが疑問を投げかけた。

「あ、あの、殺人鬼からの安全の確保的な疑問があったから……」
「殺人犯ってやつか? ここにそんな奴がいるわけねぇぜ。いても動かなくなるまで殴りつけてやるだけだぜ」
「あたしは木にぶら下げてナイフの的にするね」
「そもそもどういう経緯で殺人鬼なんだ?」
「じょ、状況を説明して!」
 アレクシアは咳払いをしつつ立ち上がった。頬の熱――真っ赤になっているのだろう――を感じつつ腕を組む。

「顔真っ赤だぜ」
「わたしの状況じゃなくて」
「部屋に入ったらあれがさ」
 グローリーが指さした先には薄汚れたシーツがあった。正確には壁に立てかけてある何かに、薄汚れたシーツが掛けられている。

「……」
 部屋の四隅にはマジックアイテムと思しき推奨が置かれ、淡い光を放っているが。部屋全体を見回せば、全てが満遍なく薄汚れていた。
 石の壁、机、椅子、ベッド、本棚、小物やらが収められた棚と、何もかもが埃を被っている。そして、シーツから覗く靴らしきものも例外ではなかった。

「すごく気にはなるんだけど、あんまり見たくないような気もするそれはもしかして……」
「死体だね。敬意を払う場合は遺体っていうけどさ」
「動きはしないだろうから安全だぜ」
 ディゴが、どうということでもないといった様子でシーツに手をかける。

「きゃあ! ちょっと待って! ストップ!」
「白骨化してるから安全だって」
「乙女心が危険に晒されてるの! 女の子に死体とか遺体見せて何を期待してるのよ!?」
 引っ張られるような勢いで飛び退き、壁に背をつけたアレクシアが叫んだ。

「腐った死体ぶっ飛ばしたことだってあるのにな」
「乙女心ってのぁ、不定形みたいだぜ」
「あれは屋外だったし、戦闘中だったから切り替えできたのよ」
 アレクシア冷や汗を拭いながらため息をついた。
 杖を支えに立ち上がると、遺体の側で片膝を突いたグローリーに歩み寄り、背中から覗き込む。

「首の骨に深い傷跡があるね。これが死因だろうさ」
 僅かにめくったシーツの隙間から覗き込んでいたグローリーが冷静に分析した。

「牙人にやられちゃったのかしら」
 アレクシアは閉められたドアを振り返りつつ呻いた。
 煙の心配はなくなったので水球は既に消している。

「遺体はともかく、ここで迎撃するのね」
 無意識に目をやった先には棚があった。最上段には大量の小物が並んでおり、その下段には何かのトロフィーや楯がいくつも置かれている。

「あれ見て!」
 その中に飾られていた短剣を指さし、アレクシアが叫んだ。
 柄に宝石のようなものが埋め込まれており、鞘も派手に装飾されていた――二束三文の品というわけではないのだろう。

「これ、バレット騎士団の証よ」
 首都の西を預かるルシェン家が擁する騎士団だった。

「ここって南の領主様ライラメルの土地だよな? なんで西の騎士団が出てくるんだ?」
 アレクシアは短剣を手に取り、じっと見つめた。異様に軽い。

(軽量化の魔法を組み込んだのかしら。棚に並んでるやつ全部がマジックアイテムだとしたら凄いわね)
 棚にはかなりの数の小物が並んでいる。
 全てがそうなのだとしたらちょっとした財産にはなるかもしれない。組み込まれている効果や使い方が分かればの話ではあるが。 

「そういえば、どうしてどたばたしてたの?」
「え? いやぁびっくりしてさ……牙人か罠ならともかくいきなりこいつだったから心の準備ってやつが出来てなくてつい」
「乙女心!」
「そうさ!」
 頷き合うアレクシアとグローリー。
 古今東西、乙女心とやらに対応した遺体が存在するのかは疑問であったが。その辺りには触れず、ディゴが――やはり薄汚れた――ノートを数冊、手渡してきた。

「で、机にこいつらがあったんだが」
「日記っぽいわね……」
 机に日記帳らしいそれを広げ、ぺらぺらとめくって数秒後。アレクシアの顔が軽くしかめられた。

「『こんな馬鹿げたことがあってたまるか。私のどこが彼らに劣ると、いや、彼らのどこが私に勝っているというのか?』」
「どっちかといえば愚痴帳だね」
 最初の日付は三年ほど前になっている。それからほぼ毎日愚痴が書き記されており、二冊目も概ね愚痴帳と化していた。

「『私は任務を完璧にこなしてきた。それも一人でだ。たかが角人の一匹を相手に群れて、しかも負傷までした連中がなぜ評価される?』」
「魔法使いってのは一人で戦わなきゃならない決まりはないんだろ? なんでこいつは仲間と一緒に戦わないんだ?」
「……色々あるんじゃないかしら」
 頬に汗を垂らしたアレクシアが日記帳を閉じた。

「ほら、人間関係が苦手な人だっているのよ。他人に合わせるのが馬鹿馬鹿しいって思ったりすぐ熱くなっちゃうとか」
「そうだね」
 グローリーがアレクシアの肩を抱き寄せた。

「あんたはそうじゃないけどさ」
「こ、こっちは何かしらね!? 財宝の場所とか書いてあるかも!」
 赤面したアレクシアは話を変えようとしてか、今度は分厚いノートを机にばさりと置いた。開く。

「奴らが攻めてくるまでそんなにないのよ。集中して」
「へい、頭ぁ」
 背後で苦笑している気配を感じて頬が更に熱くなる。

「で、こいつは何だい?」
「研究日誌……ね。マジックアイテムみたいだけど」
 ノートには混ぜる材料の比や魔法力の配分などを記した数字の組み合わせが無数に羅列されている。
試行錯誤をしているようだが、ページをめくっていくうちに段々と数字の組み合わせが減っていく。
 薄暗い洞窟の中でも研究は捗っていたらしい。

「で、これはどんな魔法の道具なんだ? 騎士が絡んでるならやっぱり武器なんだろうが」
「武器じゃないわ。いいえ、直接相手を傷つけるって意味ならだけど」
「遠距離用の武器か?」
「最強の武器よ」
 アレクシアは改めて表紙を見やった。『英知の種の制作 マシュー・ピロット』とある。

「これは知能の低い生物に自分の知識を与えるっていうか、植え付ける魔法よ」
「それが武器になるのか? 美味い飯の作り方を知ったって敵と仲良くはなれないだろ」
 ジェイコブの呆れたような声に、少女は額に人差し指をあてて考えるような仕草をした。
 頭の中で、効果的に作用するであろう言葉を組み合わせていく。

「お馬鹿」
「ぐぅ!?」
 ジェイコブが痛いところを突かれたようによろめいた。

「あなたは『お馬鹿』って言われたわよね?」
「『お墓』だったらどんなに良いかと思ったが、きっちりとそう言われたぜ」
 微妙に悔しそうな表情で唸ってくる。

「もし言われてなかったら?」
「あん?」
 今度は眉をしかめ、小首を傾げる。

「なるほどね……」
 グローリーが鋭い目つきで、ノートを机から取り上げた。

「つまりさ、敵に都合の良い記憶を与えるってことだね」
「ねえさん、意味が分からねぇんですが」
「お馬鹿だね」
「ぐぅ!?」
 ジェイコブは更に一歩後ずさり、ディゴの足を踏んづけた。

「今さら『馬鹿』の一言でショック受けるか? お前、何年馬鹿やってると思ってんだよ」
「あなたは分かる?」
 ジェイコブをからかおうとしていたディゴがアレクシアの問いかけ藪から蛇に晒された。
 頬を引きつらせながらも、ディゴはごつごつした指で髪をすいて、ふっと笑みを浮かべた。

「わかりません」
「つまりさ、忠臣を裏切り者に変えたり敵の侵攻先を敵の首都に向けたりってことが出来るのさ」
「これが実在するなら本当に凄いことなのよ」
 何やら好奇心を刺激されたらしいアレクシアが、別の日記帳を手に取りめくり始めた。

「そんなもんなら売ればとんでもない額になるんじゃないか?」
「売れないよ」
 グローリーはすっぱりと言い捨てた。

「こういうのは暗殺とかと一緒でバレないようにするもんだよ。だから売った相手は間違いなくあたしらを殺そうとするさ。そういう連中は多いよ」
 過去に嫌なことでもあったのか、苛立たしげに皆に背を向けた。

「『私はとんでもない過ちを犯してしまった。恐らくこの大陸一の愚か者だろう。他人を理解しようとせず増長した結果がこれだ。救いようのない大馬鹿者。惨めな私。叶うならばあの時に戻りたい。だがそれは不可能だろう。だから責任だけはとらなくてはならない』」
「急に態度が変わったね。別人かい?」
「筆跡が同じだから同一人物だと思うけど」
 眉根を寄せる二人。

「わかんねぇな。この野郎は一体なにを後悔して首掻っ切って死んだんだ?」
「違うよ」
 本を地面に置き片膝を突いたグローリーが遺体に掛けられたシーツを取り払った。

「女性だね」
「え?」
 目を瞑ったアレクシア。

「骨盤の形が女性のだよ。それにほら、認識票があるよ……『ヒルダ・エバーン』」
「女の人の名前ね。本当に?」
 恐る恐る、グローリーの肩越しに覗き込む。骨格から性別を判定する授業はなかったが。

「じゃあ、この人は誰なの……?」
「このぼろ切れはローブか? 魔法使いってことなんだろうが」
 揃って思案顔を並べる一行だったが――
 ばたん!という音がアレクシアたちを現実に引き戻した。

「換気孔が開いたみたいだな」
「ジェシカが戻ってくるわ」
 アレクシアがドアを僅かに開けると頼れる幼馴染が滑り込んできた。

「良い子ね」
 額にキスをするとジェシカはすっと消えた。

「奴らが来るぜ!」
「ま、任せて!」
 全員がドアから離れ、武器を構える。

「ん? 空気が流れてるよ」
 そう言うと背後を振り返ったグローリーは本棚の後ろを調べ始めた。

「ご覧よ」
 彼女が本棚をどけると上り坂が姿を現した。換気孔というより。
「脱出用の抜け穴だね。マシューってのは後ろ暗いことしてたんだろうさ」
 人間とは馴染みのない生物が棲む森。
 しかも洞窟の中である。薪には困らないのだろうが、魔法の研究に適しているとは思えなかった。

「また坂道だね。あたしが先に行くから男どもは殿を務めな。ちゃんと本棚を戻すんだよ。さあアレクシア、おいで」
「お願いね」
「任せな。リーダー」
 グローリーに続いて坂道を駆け上る――もちもちもちもち!
「……なんかいらいらするわね」
「同感だけど、先に住んでる連中だからね、我慢しな。あんた、マシューの研究日誌持ってきたのかい?」
 外に出たグローリーがノートの束を抱えたアレクシアに手を貸し、穴から引き上げた。

「ちょっと気になるのよ。それにしても新鮮な空気って美味しいわね」
 額の汗を拭っている間にディゴたちも穴から抜け出した。

「ここは滝口だったんだな」
 上った先も丸みを帯びた石だらけの場所だった。やはり以前は川だったのだろう。幅はかなり広い。

「迎撃しちまうか? この狭さなら隊長の魔法で一気に殺れそうですぜ」
「資料を読み込むまで交戦は控えたいの。悪いけど戦争は今度にしましょう」
「そうか。距離を取るなら森に逃げ込むしかないぜ」
「じゃあ急ぎましょう」
 アレクシアたちが森のへと駆けこんでいく。
 資源豊かなこの土地が、なぜ未開の森のままなのか――冒険者たちは大森林パデリの危険な領域へと足を踏み入れたことに気づいていなかった。 

森林浴ウォーキング全力疾走ランニングときて命知らずの探検エキサイティングか。次は水泳スイミングであって欲しかったな」

 ヴィオラは透明なままひとりごち、肩を竦めた。  
しおりを挟む