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⑦-④孤独と欲と魔法使い☆

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 アレクシアたちはシャンから受け取った地図を頼りに東へと向かった。
 枯れた滝の北側を大きく迂回し、警戒しながら森を進む。岩や川などの目印見つけては地図と照らし合わせる。
 そんな作業を繰り返し――

「馬車は無事みたいね」
「野良の馬車を捕まえずに済みそうだよ。もちろんこれは冗談だけどさ」
 一行は大森林パデリを抜け出した。
 最初に足を踏み入れた獣道から乗ってきた馬車が見える。

「夕方までには戻りてぇな」
「魔物がいる森のそばで野宿ってのはちょいとハードだぜ」
 ぼやきつつ馬車へ向かう、彼らの背後の茂みが僅かに揺れた。

「おい!」
 戦士二人がほとんど同時に武器を抜き――
「馬車から離れな!」
「え? え?」
 きょろきょろと周囲を見回すアレクシアを、グローリーが馬車から引き離す。

「待ち伏せかよ! 面倒な芸覚えやがって!」
 茂みから飛びかかってきた小柄な人影――牙人の男――に叫びつつ、ディゴは振り下ろされた刃を剣で受け止めた。

「馬車を吹き飛ばしな!」
「い、いいの!?」
 舌を噛みつつアレクシアが放った赤い砲弾が荷台に着弾し、中のものを大体吹き飛ばしたが。それより早く数人の牙人たちが馬車から飛び出していた。
 彼らの手には短剣が握られている。

「シャアアアアア!」
 着地し、地を這うような体勢でジェイコブへと斬りかかる。
(武器がしっかり統一されてるね)
 手ごろな刃物をそれぞれが用意したらたまたま同じものだったという訳ではないのだろう。
 軍隊。グローリーは舌打ちと共にその単語を思い浮かべていた。

「だからどうしたって話だけどさ!」
 苛つきを込めて放ったナイフが次々と牙人たちに突き刺さる。しかし、首筋や頭部を狙ったものはしっかりと弾き飛ばされていた。
 さらに言えば、投擲で出来た服の裂け目からは鎖帷子のようなものが見える。
「ぐるるぅあ!?」
 とはいえ無傷ということでもないらしい。

「元気か!?」
「ああ、三秒ぶりだな」
 牙人たちが怯んだその間に最初の奇襲を凌いだディゴがジェイコブと合流した。

「……」
 茂みの奥から――蹴り飛ばされたのだろう――顔に靴底の跡をこさえた牙人が姿を現した。

「あなたがグレイン!?」
 五人の牙人たちは何も答えずにアレクシアたちを取り囲み――対応するようにグローリーたちがアレクシアの周囲を円形に固めた。
 数秒ほど睨み合ってから、先ほどの問いかけに返事が返ってきた。

「脂肪の固まりを引っ提げた下品な者の問いに答える義務などない!」
 ”そうだ! そうだ!”と野次が飛んでくる。
 少年のような甲高い声が耳に響く。それが理由というわけでもないのだろうが。

「ところで死ぬ?」
 ドス黒い炎のようなものを纏ったアレクシアが微笑んだ。左右に縛っている髪が逆立ち、長い角のようにも見える。
 物理的に怒髪天をつくを表現した魔法使いが眉根を寄せつつ口を開いた。

「お姉さんたち、グレイン君とお話がしたいんだ・け・ど、君かな?」
 喋っているうちにこみ上げてきたらしい怒りを何とか抑え込みつつ、アレクシアは小刻みに震える手のひらを牙人たちに向けた。
 細い指に、細い腕。本来なら決して脅威にはなりえないものに牙人たちは怯えていた。
 魔法がどれだけ恐ろしいものなのか知っているのだろう。

「うげげげげげ!? ここにグレイン様は――」
「ばかもの!」
 顔面に靴跡のある牙人が口笛を吹き鳴らし、森の奥へと消えた。
 口笛が撤退の合図だったのだろう――彼に続くように他の牙人たちも森へと駆け込んでいった。
「命拾いしたな脂肪女!」
 投げなくていい火薬樽たるなど放りつつ。

「……ふふふ、爆風がどれくらいの速度で広がるかちょっとお勉強させてあげるわね」
 据わった眼差しで破滅的な魔法を放とうとするアレクシアを、グローリーが羽交い締めにした。

「大規模な破壊は遠慮しとくれ!」
「冗談よ」
 けろりと表情を元に戻し、アレクシアは舌を出した。

「とりあえずの目的は説得でしょ。焼き払ったりしないわよ」
「まじか?」
「まじかよ?」
 頭部を庇うように両手で押さえながら地面に伏せていた男二人に、グローリーが呆れたような視線を送った。


 幸か不幸か、アレクシアの魔法は荷物しょくりょうに着弾したのだろう。幌ほろこそ吹き飛んでいたが、馬車自体に大きな損傷は見当たらなかった。
 「ここまでくれば追撃もないだろうね」
 奇襲を受けてから約一時間。クオル村への帰路は特に問題なく、快適に進んでいた。
「痛い」
 アレクシアが舌を噛んだ以外は。

「降ってきたぜ」
 ディゴが呟くより僅かに早く、ぽつぽつと空から水滴が降り始めた。
 見上げればいつの間にか黒い雲が空を埋め尽くし、辺りは昼過ぎとは思えないほどに陽が陰り薄暗くなっている。
「急に雲が出てきやがったな」
「さっきまで晴れてたのにさ。随分と仕事の速い雲だね」

 ごぉん!

 雷鳴が轟く。
「うるさいねぇ……まったく雷ってやつはもう少し静かにやれないのかね。隊長アレクシアが読書中だってのにさ」
 グロリーはうんざりとした視線を空に向けぼやいた。

「……」
 雷鳴もグローリーのぼやきも全く耳に入らないらしいアレクシア。彼女は研究日誌をめくっては感心したように頷いている。
 魔法という括りで、通じる部分も多いのかもしれない。

「痛い」
 馬車が揺れると同時にアレクシアが顔を上げた。噛んだ舌が痛むのか、ため息を吐いた。
「舌を噛むと痛いって以外に発見はあったかい?」
「ううう……」
 悔しそうに唸るアレクシア――

「ねえさん、あれを!」
 手綱を握るジェイコブが地平線の先を指さしながら唐突に叫んだ。

「ありゃ村クオルの方角じゃねぇか!?」
 ディゴは慌てた様子で後ろ腰から遠眼鏡を取り出し、のぞき込む。

「ありゃあ……なんだい?」
 彼から遠眼鏡を受け取ったグローリーが青ざめながら呟いた。
 村があるとおぼしき一帯を雷雲が包み込んでいる。空にあるべき雲が地上にある。雷雲が本来いるべき高度たかさを間違えたという訳ではないのだろうが。

「あのどす黒さと高度の低さは同館が手も自然発生って感じじゃないな」
 衝撃は、頭上から気だるげな声が聞こえてくるのと同時だった。

「ヴィオ!?」
 勢いよく馬車に着地したヴィオラに馬車が揺れる。

「なんだい!?」
 屈伸するような動作で立ち上がったヴィオラ。
 驚きの表情を見せつつも、グローリーはしっかりとナイフを握っており――それが閃く。

「目に見えるって意味じゃ久しぶりだな……ていうか、あんたも先制攻撃が好きなタイプだな!?」
 敵意があったわけではないのだろうが。
 笑顔で受け取る訳にもいかず、ヴィオラは振るわれた刃をひらりひらりと回避した。 

「なかなかやるね」
「……迷わず頸動脈狙ってきたあんたもな」
 向けられたナイフの切っ先を注視しながら。大魔法使いヴィオラは軽く手をあげ、挨拶に代えた。

「急にどうしたの? もしかしてお腹空いた?」
 ヴィオラの唐突な登場に、アレクシアが日誌を置き立ち上がった。

「腹が減っても荷台すっからかんの馬車に着地はしないと思うぞ」
「馬はだめよ?」
「走ってるもんな」
「淋しくなったとか!? うふ」 
 アレクシアはヴィオラに近寄ると、なぜか嬉しそうに微笑んだ。

「……いや、後はオレが始末をつけるって伝えに来ただけだ。そういうことだから事故に気をつけてゆっくり帰って――おい、顔が近いぞ」
 そう告げると、アレクシアの顔をぐいっと遠ざけ、ヴィオラは馬車が進む方へと向き直った。

「そういえば、あれはなんなの?」
「あれだけの異変を『そういえば』で済ますのか……あれは蛇竜って怪物が呼ぶ嵐に似てる。やつら金貨に興味はないだろうから多分、調教師テイマーがいるんだろうな。とにかく、反省会は後だ」
 調教師テイマー
 魔法やマジックアイテムで他の生き物を操る者たちのことである。

「反省って……わたし何か間違っちゃった?」
 杖を胸元で抱きしめながら、不安げな表情を見せる弟子の頭を優しく撫でるヴィオラ。

「初めてにしちゃよくやったと思う。ただ、角人が出てきた時点で撤収するか増援の冒険者を雇うべきだった。残念だが判断を誤ったとは思う」
「そりゃあどういう意味だい?」
 鋭い目つきでヴィオラの後頭部を睨みつけるグローリーと、怯えたように一歩退くディゴ。

「……規模を見誤って敵を突き過ぎた。で、相手が本気を出してきた。腕が八本あっても足りないな」
 振り返りすらせずに指摘してきたヴィオラの態度に、グローリーの視線がさらに鋭さを増した。

「あたしらのリーダーにケチつける気かい?」
「俺、ちょっと用事が――」
「ちょっとじゃないわよ!?」
 ひた走る馬車から飛び降りようとしたディゴをアレクシアが慌てて捕まえた。

「結果を分析して指摘してるだけだ。とにかく、経験不足のアレクシアに指揮させる以上、オレが責任をとるつもりだったからな。悪いがあんたらの仕事も終了ってことにさせてもらう」
 角人が出てきた時点で、想定されていた討伐ではなくなっていた。
 それに対する認識が甘かった――ということなのだろう。

「ヴィオはどうするの?」
 アレクシアは、いまだ飛び降りるのを諦めきれないらしいディゴのシャツを引っ張っている。

「皆殺しだな」
「ばっさりね」
「あの規模の襲撃は限度を超えてるからな。悪戯いたずらで済ましてやるのは無理だ」
 ヴィオラは空を見上げた。そして、跳躍するように腰を落とし風を纏う。

「限度ってなぁ?」
 飛び降りるのを断念したらしいディゴが、頬をさすりながら疑問を投げかけてきた――なぜか頬が赤い。 
 その後ろで不機嫌そうにグローリーが拳を手のひらに打ちつけている。彼女に殴られたのかもしれない。

「戦争だよ。悪さをする怪物だなんだって域はとっくに超えてる。戦場に話し合いのテーブルはないって教えてやるさ」
 いつもと変わらない表情で抹殺宣言を言ってのけたヴィオラの肩に、アレクシアが手を伸ばした。
 冷たい炎を瞳に宿した魔法使いヴィオラ。放たれる寸前の砲弾のような彼女を止めるように力を込める。

「わたしも行く! シャンさんとの約束もあるし、まだやれることはあるわ!」
「必要ない。せっかく得た知恵で戦争そうしようってなら、反撃そうするだけだ」
「やってみなくちゃわからないじゃない」
 ヴィオラが頭だけで振り返れば、弟子は俯いていた。

(他人を気遣うようになったのは良いことだが――)
 人間のような振る舞いが出来ても所詮は牙人かいぶつ。敵対するなら容赦はしないというのがヴィオラの考えだった。
 少女は新しい問題を抱えているらしい。

「今回の件は少し特殊過ぎた。オレが手を出す以上、確かに失敗ってことにはなるが、お前は仲間と上手くやってきた。それだけでも十分な――」
 説得じみた慰めを試みたヴィオラはそこで口を動かすのを止め、代わりに眼球をアレクシアの顔から彼女の指先へと向けた。
 薄暗い中でも、きらきらと光る金貨が二枚。

「あなたを通りすがりの魔法使いとして雇うわ! わたしをあそこに連れていって」
「……本気まじで?」
 ヴィオラは差し出された金貨を凝視しながら呻くような声を出した。

「まじさ! 通りすがりの魔法使いさん、金貨二枚ったらひとつき分の稼ぎだよ!」
「いいでしょ?」
 ずいっと目の前に近づけられた金貨に、ヴィオラは狼狽えつつ口を開いた。

「金で考えを曲げるのって浅ましいっていうか情けないっていうか」
「どうして悩むの? 動くもの全てを擦り潰した挙句に、村ごと焼き払うより買収の方が健全だと思うんだけど?」
「潰しませんし焼き払いません。お前の中のオレって目から熱線とか出してそうだな」
 ヴィオラは首を傾げたアレクシアの頬を軽くつねった。

「まぁ最後までやり遂げようって意志は尊重すべきだし実戦経験を積む良い機会でもある……金貨とか関係ないぞ」
 嘆息しつつ金貨を受け取った。

「やった!」
 抱きついてきた弟子を両手で抱き上げる。
 そして受け取った金貨をアレクシアの首筋から服の中に押し込んだ。

「冷たい!?」
「買収はくせになるからな。控えろ」
「……わかったわよ。それじゃあ、行きましょう。どんな手を使ってでも説得してみせるんだから!」
 伝わってくる温もり。不可能など無いといった自信に溢れた笑顔。

(どっちもオレには残ってないな)
 敵対するなら容赦はしないというのがヴィオラの考えだった――その方が面倒リスクがない。

(簡単に諦めるようになったのはオレか……まぁやれるだけやってみればいいさ)
 意気揚々と杖を掲げるアレクシアを少しだけ強く抱きしめた。

「責任はとってやる。それがオレの仕事だからな」
 呟くと同時に、ヴィオラは魔法力の出力を一気に上げた。
 纏う風が突風に。突風がすぐに旋風へ。

「全速力ですっ飛ばすから舌噛むなよ」
「噛み慣れたから大丈夫」
「耐久力上がってそうだな」
 飛べない人が宙に浮く――奇跡まほう。
「なんにせよ、参加するなら盛り上げないとな」

 魔法使いたちが空へ向かって飛び立った。 
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