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⑦-⑤孤独と欲と魔法使い

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 窓一つ無い執務室で、マシェットが何かの書類に目を通している。
 昼夜を問わず変化のない環境は職務に励むのに適しているとも、拷問とも言えるだろう。
(ふーむ、やはりイモムシ草は食用には向かないようですな。栄養価は魅力的なのですが、どうにもあの姿形では口に運びにくいでしょう)
 村人からの報告書に目を落としひとりごちる。

「ではエキゾチックな鑑賞用として一定の需要を見込んで――」
 とりあえずの結論を出そうとしたところで、マシェットは椅子を蹴って立ち上がった。
(魔法力? いや、これは大気への直接的な干渉……魔物ですか?)
 村長代理は机に置いてあった銀色のベルをそっとつまむと、屋上へ続く階段へと走った。


「これは参りました」
 まだ昼過ぎだというのに辺りは夜のような闇に包まれており、強風に煽られた雨粒が激しく打ちつけてくる。村周辺を地上から高空に及ぶまでを包み込んでいる雷雲が原因だというのはすぐに分かった。

「さて、彼の目的によっては戦争ですな」
 上空を見上げるマシェット。
 その視線の先では巨大な蛇がゆったりと回遊していた。

「……射程外ですな」
 どうしたものかと首を傾げるマシェットだったが、すぐにその場から飛び退いた――巨大な何かが降ってくるのが見えた為だった。

「ほう」
 岩塊にも見えたそれは、減速のために蒸気を吹き出しながら落下して来る。そして。
 どずん!
 屋上をめり込ませて降り立ったのは二足歩行型のゴーレムだった。魔法で創られたこの村長宅でなければ屋上を突き破っていたかも知れない。

「一世代前のものでしょうが、随分と改造されているようですな」
 全身を覆う金属質の装甲と、角人を軽く凌ぐ背丈。肘から下には砲が取り付けられていた。

強襲型戦闘巨石兵グラインダー。さすがに高価だったぞ」
 ゴーレムの背中から少年がひょっこりと姿を現す――牙人だった。

「お久しぶりですな……そのたんこぶはどうされました? 着地の衝撃が原因だとしたら少々間が抜けておられるかと」
「あややややや!? うるさい!」
 頭にこさえた特大のたんこぶをさすりながら牙人――グレインは涙目で声を張り上げた。
 その声量のまま続ける。

「さあ! 英知の種をよこせ! でないと村がなくなるぞ!」
 ゴーレムが砲が取り付けられた左腕を村へと向け――
「やめなさい!」
 マシェットの叫びは爆音にかき消された。

 ごごん!

 連続で放たれた砲弾は村外の畑に着弾し、発射時よりさらに大きな爆音が村全体に響きわたる。
 着弾地点には巨大な火柱が立ち上り、畑は完全に吹き飛ばされた。

「はーっはっはっはっ! 守るものがあると大変だな!」
「貴様……よくもゴンザレスさんを!」
「安心しろ! ゴンザレスさんは家で奥さんと仲良くお昼ご飯のまっ最中だ! 部下が確認をとったから間違いない!」
「なんですって!?」
 マシェットがショックを受けたように後ずさると同時に、激しい雷光が彼の全身を白く染めた。

「ゴンザレスさんと奥さんは倦怠期で一緒に食事などとるはずがありません!」
「だが事実だ! 外部の者に情報で遅れをとるとは支配者として失格だな!」
「たんこぶだっさ」
「あややややや!? うるさい!」 
 どうでもいい言い合いをしているうちに、鐘の音が響き渡った。
 避難の合図だったのか、村人たちが悲鳴を上げながら村長宅に押し寄せてくる。

「マシェット様、ご無事ですか!?」
 と――屋上の扉が勢いよく開かれ、ウェインと数人の兵士が飛び込んできた。

「ここは私たちにお任せを!」
「うるさい奴だな……ていうか太りすぎのお前。それで兵士ってヒト流の冗談か?」
「ちんちくりんの牙人に体形について文句を付けられる覚えはない! すっきりと退治してくれる!」
 槍を構えた彼の背後で部下たちが”でも痩せろ”と言いたそうな顔をしていたが。

「あなたたちは村の方々を村長宅ここの地下室に避難させてください」
「!?」
 マシェットは手に持っていたベルを胸元まで持ち上げると、そっと鳴らした。
 発せられた、りぃんという音は激しい雨音にも遮られずにはっきりと響き渡る。

「へあ……」
 警備兵たちの瞳から光が消えた。

「あなたたちは避難の手助けに向かうと決めました。そしてウェインさんは健康のために減量すると誓いました。よろしいですな?」
 そしてマシェットがぱちりと指を鳴らす。

「それではお気をつけて!」
 ウェインたちは屋上から去っていた。
 グレインはその様子を満足げな顔――ただししっかりと耳を塞いだまま――で眺めていた。

「それか……随分と改造したみたいだな」
「改良というのですよ」
 魔法の音を通して任意の情報を植え付けるマジックアイテム――英知の種。
 対象の意識にしっかりと根を張り精神にすら永続的な影響を及ぼす最強の武器。

「それをよこせば死なずに済むぞ」
「……このマシェット、村長代理としてそれには同意出来ません」
「いいのか?」
 グレインが得意げに空を指さす。見やれば――

「む?」
 空から何体ものゴーレムが村に降下していくところだった。
 マネキンのような、のっぺりとした小型のゴーレムたち。

汎用軽石兵ラピッド・アロー。そんなに高価じゃなかったぞ。だが――」
 降り立ったゴーレムたちが避難を誘導していた警備兵たちと交戦を開始し、兵士たちは容易に殴り倒されていく。

「やめさせなさい」
「ならよこせ」
 彼らが睨み合っているうちに警備兵たちはほぼ全員が地面に倒れ伏していた。
 最後の一人。恰幅の良い兵士が数体のゴーレムを相手に武器を構え――その直後、彼は地面に転がった。

「さっきの奴か」
 グレインが呆れたように嘆息した。
 ゴーレムたちは、村長宅に避難していく人々には目もくれずそのまま立ち尽くしている。

「今のところ民間人は襲わないように命令してある。だがやはりヒトは弱いな」
「その考え、試してみますか? 金貨に頼った戦い方がどれほどのものか、ぜひ見せて頂きたい」
「いいだろう。少しだけ遊んでやるぞ。マシュー」
「……私はこの村の村長代理のマシェットと申します。特技は目を開けながら眠ること」
 マシェットの手のひらに緑色の輝きが灯る。溢れ出た光の粒子が踊るように舞い、何かを形作っていく。

「それと魔法を少々」 
 彼の左右の手には槍がそれぞれ握られていた。
 振り回すような長さには見えなかったが――彼はそれらを片手で振るった。
「『孤独な』マシュー! かかってこい」
「マシェットとお呼びください。欲まみれの怪物はどうにも空気を読む力が足りていないようですな」


「あれ!」
 アレクシアが指さすまでもなく、ヴィオラは蛇竜を視認していた。
 布を縫う針のように雷雲を出たり入ったりしている。

(嵐が思っていた以上に広範囲で無駄に消耗したな)
 強風の中、馬車で二時間ほどの距離。更に、アレクシアを抱えたまま高速で飛行してきたヴィオラ。
 彼女の魔法力の残りは半分を切っていた。

(魔法の鎧は使えないな) 
 発動に多大な魔法力を要し、運用には更に大量の魔法力を必要とするヴィオラの鎧まほう。
 消耗し、後方支援バックアップも見込めない状況で扱うのは危険だった。

(蛇竜と魔法使いテイマーと牙人か……予定通りこいつアレクシアにも戦ってもらうか)
 村までおよそ十数秒。

「それじゃあ、張り切っていきましょう!」
 元々そのつもりだったらしい弟子が威勢の良い声を上げた。

「オレの指示で動いてもらう。反論は無しだ」 
「もちろんよ! 大魔法使いヴィオと一緒に戦えるなんて感激よ!」
「よし。急上昇するから全力の一撃シャンパン・シャワーで蛇竜の頭を吹き飛ばせ。魔法使いの反撃はオレが防ぐ。参加するなら盛り上げろ」
「パーティーじゃないんだから」
「血祭りはパーティーじゃないのか? 時代は変わったな」
「しんみりするポイントが二十年ずれてるわよ」
 それはともかく。地面と垂直に急上昇する魔法使いたち。
 雲の外側を回遊し始めた蛇竜との距離がぐんぐんと縮まっていき――そして一気に追い抜く。

「女?」
 反転して見下ろせば、蛇竜の頭部に女が寝転がっているのが見えた。
 肩や足を露出させた、派手と淫らとを見事に両立したローブ。蛇竜を操っていなければ、魔法使いなのかそういった趣向を満たす職業なのか判断に悩みそうな格好だった。
 ヴィオラよりもいくつか年上であろうその女は、蛇竜頭部のこぶのような突起にうつ伏せにもたれかかっている。
 およそ作戦行動中とか思えなかったが。

(好きな格好でくたばれよ)
 地面に叩きつけられた死体の格好など生者は誰も気にしない――無惨な姿に眉をしかめるだけだろう。

「殺れ! アレク――なんだ!?」
 ヴィオラは、輝きが灯った杖を掲げるアレクシアを思い切り抱きしめた。
 顔と顔が触れ合う距離。

「近い! 近いって!」
 頬を染めたアレクシアがばたばたと暴れるが――ヴィオラは構わず高速で旋回を始めた。
 それと同時に、いくつもの火球が彼女らに降り注ぐ。

「雲の中にもいやがるのか」
 正確に狙ってくる火球をすんでのところで急上昇して回避する。
 しかし攻撃は収まる気配がない。

(魔法力に余裕があれば特大の誘導焼夷魔法弾パーティ・クラッカーでもくれてやるんだがな)
 視認できていない標的に損害を与えるにはもってこいの魔法ではあったが。相手の詳細がわからない上に疲労した状態で放つには少々高価過ぎた。

「ねえ、手招きしてるわよ!」
 下方の蛇竜を見やれば、仰向けになった女が”おいで”と言わんばかりに手招きしている。 

「……受付かも知れないな。蛇竜に着地するから舌かむなよ」
「さっき噛んだわよ!?」
「じゃあ腹いっぱいだな」
 下降と同時に結界を展開する。
 黒い球に覆われた二人は蛇竜の背後から接近し、派手に突っ込んだ。

「お前を抱いてるといつもこうだな」
 同士討ちを避ける為なのだろう。
 ヴィオラたちが着地――というか墜落すると火球の雨はぴたりと止んだ。

「いつも?」
「余裕があるときに説明してやる」
 女に鋭い視線を向けたまま立ち上がる。アレクシアもヴィオラに続いた。

「フフフ」
「オレの予定じゃあんたもう死んでるはずなんだが……」
 蛇竜のたんこぶにもたれ掛かったまま艶めかしく笑う女を睨みつける。
 ただでさえ露出の多いローブを更に着崩した姿。街で見かければどうにも目のやり場に困るだろう。

「とっとと飛び降りてくれると、とても助かる」
 ヴィオラが右手に緑色の輝きを灯すと、女はやっと身を起こし始めた。
 胸の谷間を見せつけるような姿勢で、ゆっくりと女が立ち上がる。

「フフフ」
 美女と言っていいだろう。
 だが、微笑みも艶やかな髪も――男を虜にするであろう彼女の全てがどこか虚しさを感じさせる。そんな女だった。

「おっぱい見えたわよ」
 女は漆黒の髪を緩慢な動作でかきあげながら――濡れた唇から言葉を漏らした。

「もっと見たいのならお姉さんと静かなところに行かない?」
「却下だ。こいつはまだ少女こどもだぞ。好色でも野生動物けだものと人間との境は越えるなよ」
「あなたでもいいわよ? ねえ、いっそ三人で○×△しない?」
「……○×△って何?」
 小首を傾げた少女アレクシアに、大人ヴィオラがそっと答えた。

「ミョーモー君みたいなもんだ」
「こんがらがった魔物? え?」

 敵から目を逸らさないという理由を盾に、ヴィオラは説明を打ち切った。
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