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⑦-⑥孤独と欲と魔法使い

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 女は潤んだ瞳を挑発的に歪めて微笑んだ。中指を舌で舐めながら。
「可愛い娘ね。貴方を真ん中にして〇□◇なんてどう?」
「青少年に害のある発言は控えろ!」
 教育上不適切な発言をした女にヴィオラがびしりと人差し指を突き付けた。

「え? え? え?」
「それが嫌なら順番に□☆◇△でも――」
「尻尾生えてんのかこいつ……もういい、この淫乱ブラックにはとっとと地面君からお仕置きをしてもらうとしよう」
「わたしはアレクシア。こっちはわたしのとっても大事な人のヴィオラ」
 ほきぼきと指を鳴らしながら女に飛び掛かろうとしていたヴィオラより先に、アレクシアが前に進み出た。
 制止するように右手を真横に突き出している。

「……あなたこそ女の子にいけないことしてるんじゃない。独り占めしたい気持ちは理解できるけど、毎晩☆▽☆◎なんて羨ましいわね」
「お前どれだけ性欲強いんだよ!?」
 ☆▽☆◎が理解できないらしいアレクシアは困ったように頬に手をあてている。

「貴方も可愛いわね。フフフ……私は蛇竜使いのレズリー。ここに来てもらったのは戦う気はないって伝える為。私は嵐の結界を張るのだけが仕事。だから攻撃されなければ何もしないって保障するわよ?」
「なら飛び降りてみろ」
「フフフ……死んじゃうでしょ!?」
 彼女の当然の叫びを意に介した様子が欠片もないヴィオラ。
 色気勝負に持ち込む気なのかはわからないが、銀色の髪をかきあげ軽い笑みを浮かべた。
 
「遠慮するな。なんなら手伝ってやるから仰向けかうつ伏せか選んでいいぞ」
「貴方の言動もその娘に悪影響あると思うわよ……それより随分と疲労が激しいようだけど、そんな状態で私の可愛いリューネちゃんと戦う気なの? 空中戦はベッド上の次に得意分野よ」
 全身から黒い燐光を放ち始めたレズリー。彼女の顔が嗜虐的に歪んだ。

「可愛い女の子が二人も手にはいるかもっていうのは、とっても良い話だけど……戦闘はしないって契約だから嫌なのよ。第一そこまでお金もらってないし」
「……」
 空を生息域にする怪物にとって空中戦はレズリーの言う通りのものなのだろう。
 言ってしまえば、魚に水中戦を挑むようなものだった。小魚であればそれでもいいのだろうが、数十メートルの大物が相手では分が悪いと言わざるを得ない。

「じゃあ、上には母艦型の魔物がいるって教えてあげる。それでゴーレムを沢山運んでたわよ」
「大型の魔物まで?」
 アレクシアがうんざりしたように嘆息した。

「魔物を扱う調教師テイマーは多いのよ。元手がかからないし、魔物が死んでも悲しくないでしょ?」
「その考えって魔物以下よね」
 半眼でのアレクシアの指摘に、レズリーは肩を竦めただけだった。

「ねえ、私と仲良くならない? きっと上手くイくと思うわ。魔法使いソーサレス三人と蛇竜のリューネちゃん。荒稼ぎして豪勢で贅沢に暮らしてみたいって思わない? 退廃的で刺激的な夜を約束するわよ」
 欲望丸だしの夢を語るレズリーに本能的な悪寒でも走ったのか、アレクシアが凍えるように身震いしヴィオラの背後に隠れた。

「お前の雇い主は村をどうする気だと思う?」
「さぁ? でも嵐の結界で封じたんだから、目的を果たしたら皆殺しなんじゃないかしら。まぁ男って種族問わず野蛮だからそんなところよ。だから嫌いなの。フフフ」
「行くぞ」
 アレクシアを抱き上げると、ヴィオラはレズリーに背を向けた。

「いいの?」
「あいつは嘘を言ってない。上から狙われたときもあいつは動かなかった。それに、騙し討ちする気なら皆殺しとは言わないだろう」
「さっきの話、考えておいてね」
「……蛇竜の雄は頭部に角がある」
「ええ。この子は雌。だから買ったのよ」
 蛇竜のたんこぶに腰を置き、滑らかに撫でる。

「角は定期的に生え変わる。で、角が抜け落ちるとこぶ状の膨らみができる――その中に新しい角が作られて伸びてくるってわけだ」
「あら?」
 ヴィオラは首だけで振り返るとにやりと笑った。

「雄のシンボルに下半身を頬ずりしておいて何が男嫌いだ。間抜け」
 それだけ言うと風を纏い飛び立った。
 残されたレズリーは四つ這いになって蛇竜頭部の膨らみをじっと見つめた。突き出された形の良い臀部を湿った風が撫でていく。

「……」
 中央にごく僅かではあるが角の先端のようなものが見える。

「あなた男の子なの?」
「?」
 リューネちゃん――ではなくリューネ君。
 彼には主人が不満げな顔をしている理由がわからなかったようである。


 飛び立ってすぐに火球での攻撃が再開された。
「ねえ、いったん距離をとった方がいいんじゃない? 狙い撃ちされてるわよ!?」
「牙人たちが欲しがってるものは効果が知られると価値が激減するからな。あれを知ってる連中は皆殺しにするのが普通だ。それが三秒後じゃないって保障はない」
 ヴィオラは雷雲の頂上を目指すのを止めなかった。

「結界を張って一気に上をとるから一撃で仕留めろ。母艦型はでかいが脆い。全力の稲妻の嵐をくれてやれ」
「全力でやればいいのね!?」
「よし! 三秒やるから呼吸を整えろ」
 そう言い放つと、ヴィオラは結界の形状を変化させた。球体だったものが――刃のように薄くなり、槍のように細く。そして。
「パーティーしようぜ!」
 きぃーん、という甲高い音と共に急上昇。降り注ぐ火球を貫きながら雷雲頂上を目指す。

(全力って言われても相手の大きさもわからないのにできるかしら!? でもやるしか――え?)
 頬をふにふにとつつかれる。
 横を見やればジェシカがいた。彼女はアレクシアの耳に近づくと、なにやらひそひそと囁く。 

「うん……一緒にやりましょう!」
「誰としゃべってるんだ?」
 異変に気づいたヴィオラだったが――アレクシアは腕の中から飛び立っていた。


「アレクシア!?」
 飛翔の魔法は修得していないはずだったが。
 ヴィオラの結界を突き破り、少女は空を飛んでいる。

(オレより速い!? どうなってやがる) 
 魔法力の残りが少ないとはいえ――大魔法使いヴィオラに圧倒的な差をつけて雷雲の頂上へとアレクシアは到達していた。しかも。
「結界……なのか?」

 アレクシアに向けて放たれた火球はことごとく何メートルも手前で炸裂していく――見えない何かに守られているようだった。

「あははははは! それじゃあいくよ!」
 アレクシアとは思えない幼い口調。
 体を大の字に広げたアレクシア。彼女の背後にはぬいぐるみジェシカ

(トランス状態!?)
 少女の瞳は、閉じてこそいないが輝きを失っていた。
 意識がないというより何かに操られている。

「ジェシカを消せ! おい、巨乳のバカ弟子! 聞いてるのか!?」
 追いついたヴィオラが叫ぶがやはり反応はなかった。

「せーの!」
 アレクシアの全身から激しい放電が始まり――そして彼女の正面に巨大な円が描かれた。

「ん?」
 ヴィオラは待避しつつ赤く輝くそれを怪訝な眼差しで見つめたした。
 子供がクレヨンで一息に描いたようないびつな円。よくわからない文字や、さらには飴やらクッキーらしきものがいくつも描かれている。魔法陣というものなのだろう。

(なんて胡散臭い……)
 魔法陣。
 占い師やその手の物品を扱う店がそれらしい雰囲気を出すためのもの――というのがこの国での一般的な認識だった。
 それに特別な力が宿っていると信じている者がいないでもなかったが、体中に鶏の血を塗りたくり朝まで踊り狂うのが日課のような輩ばかりなので真実とは言いかねた。

「あははははははは!」
 アレクシアが狂気すら感じさせる笑い声をあげた。

魔法ジェシカに引っ張られてやがる!)
 制御しきれない魔法を扱うと陥る症状だった。

「見ぃーつけた!」
 いつの間にか雷雲の中から巨大な魔物が姿を現していた。

(強化? いや、改造されてるのか?)
 全身を覆う甲羅のような装甲に、鋭い突起を持つ魔物。その姿は蟹にも見える。
 火球では埒があかないとでも思ったのか、体当たりでもするようにアレクシアへと突っ込んでいく。
 本来は高空から魔物を投下するだけで、自ら戦線には加わらないはずだったが――魔物は速度をぐんぐんと増していく。

「いくよ!」
 アレクシアが叫ぶと、彼女の背後にいたジェシカの姿が消えた。そして魔法陣?の中心に、ぽこんと彼女(ジェシカ)の顔がスタンプされた。

「その手順必要なのか?」
 魔物が放ち始めた無数の熱線を回避しつつ、ヴィオラが疑問の呻きをあげる。
「どらごんふぁいあ! あはははは!」
 アレクシアが無邪気に笑い――
「まてまてまて!」
 ヴィオラは悲鳴にも似た叫び声をあげていた。あげるしかなかった。

ドラゴン!?)
 魔法陣の中心からのっそりと、竜の生首が生えてきた。
 街を焼き払う恐怖の権化というよりは絵本で騎士に退治されるような、どこか愛嬌のある面構え。ぬいぐるみのようにも見える。

「ふぁいあ! ふぁいあ!」
 幼い身振りで急かすアレクシアに、竜がその顎を大きく開き、魔物へと向けた。
「下には村が――」
 
 きゅおん!

 一瞬だけ竜の顎が閃く。
 その同じ一瞬の間に、稲妻が魔物の甲羅中央に着弾し――極大の爆発が魔物もろとも雷雲の半分ほどを吹き飛ばした。 

「めちゃくちゃだ!」
 結界を張りながらヴィオラは声を張り上げていた。
 訳の分からない魔法で訳の分からないドラゴンを呼び出し、訳の分からないブレスの余波で訳も分からず吹き飛ばされている。

「あちちちっ! ちくしょう! ママ様とクリフォードに報告するのが楽しみだよ! ドラゴンは友人に分類されますかって聞いてやる!」
 体勢を立て直したヴィオラは、熱を伴った衝撃波に翻弄されつつもアレクシアへと向かった。

「聞いてんのか!? 防衛対象に向かって魔法ぶっ放しやがって軍法会議ものだぞ! 民間人に被害が出たら責任のとりようが――」
「ふあ」
 怒鳴るヴィオラの声は届いていないのか、少女は軽く欠伸をすると、虚ろな眼をぱたりと閉じ――そのまま落下を始めた。

「……また落ちるのか。元栓は締めてあるんだろうな?」
 ある程度予想していただけに以前の時ほどせっぱ詰まってはいなかった。
(召還魔法は呪い人どもの魔法だしな。さっきのは赤い輝きからして破壊魔法デステグってことだろう)
 分析する余裕すらある。素早く降下し、少女を両腕で受け止めた。

「重いな」
 抱き止めたアレクシアに軽くぼやく。
 聞こえてはいないと分かってはいたのだろうが。

「ヴィオぉ突撃ぃ……」
「どこにだ?」
 一息ついたところで。

「リューネ君、突撃!」
 上空からの殺気にヴィオラが地上へ向かって発進した。声の方を見るまでもなくレズリーだった。

「なんで追ってくるんだ? ドラゴンに発情したならお前の人間生活もいよいよ終わりだな」
「これ見なさいよ!」
 凄まじい速度での蛇竜の突進を、上空への急な方向転換でかわす。通り過ぎざまにレズリーを見やれば――

「頭爆発したのか? ピンクなことばっか考えてるから――いや、それで爆発するならとっくの昔に原型ないよな、お前」
「なに言ってるのよ!? 吹き飛ばそうとしたのそっちでしょ!?」
 どらごんふぁいあとやらの爆発に巻き込まれたのだろう。
 レズリーは全身が煤けたようになっており、髪の毛に至っては綿毛のように広がっている。

「悪い。誤射った。お前だって村を襲う悪の戦闘員の一人なんだから当然の報いだろ。気にするな」
 空を自在に泳ぐ蛇竜はぬるりと反転、上昇し追撃を開始した。

「リューネ君が気づかなかったら地面に直行だったのよ!? 手を出してきたんだからたたき落とされても文句無いわよね!」
「子供のいたずらにいちいち目くじらたてるのは大人げないぞ」
 ヴィオラとレズリーは高速で追いかけっこを始めた。

「電撃と熱風ですごく痛かったのよ!? 私そういうプレイ大嫌いって言ったでしょ!」
「言われてない! いつお前と一夜を共にしたよ!? 性的に倒錯した妄想でオレの品位を貶める行為はやめろ!」
 蛇竜の突撃を急制動からの再加速でかわすヴィオラ。意識のないアレクシアが加速度で負傷しないよう魔法力で防護しながら幾度となくそれをこなす。
 追うレズリーにしてみても巨大な怪物を制御しながら振り落とされないよう何かの魔法を展開している。
 それなりに高度な技術の応酬なのだが――

「第一、いたずらってのはスカートめくりまでなの! それ以上はセクハラよ! こんな姿でサロン行くなんて羞恥プレイにも程があるでしょ!」
「ああもう、いっそ清々しく吹き飛ばされてりゃよかったのにな! こいつは意識がないんだよ! 救護する時間くらいよこせ!」
 どうにも緊張感に欠けていた。

「寝てるの? そういえば意識がない娘を相手にしたことはなかったような……ねえ! その娘を四十五分くらい好きにさせてくれるならさっきのは水に流してあげるわよ!」
「この脳味噌真っピンクのド淫乱! リアルな数字提示しやがって、お前の倫理感に青少年への欲情を抑えるって項目はないのか!?」
「ちょっとだけ! ね? ほら、貴方の分も残しておいてあげるからそうしなさいよ! フフフ!」
「オレの分ってなんだ? 一体なにが減るんだよ!? お前、教育上とっても良くない奴だろ!? 健全な青少年育成の観点から可及的速やかに消え失せろ!」

 ヴィオラは大きく加速すると一気に高度を上げた。
 そして身を翻しレズリーに向き直ると、左の中指を突き立てた。
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