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⑦-⑧孤独と欲と魔法使い

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  村長宅の前にはグレインとどこかに潜んでいたらしい十数人の牙人がずらりと並んでいた。
 そして――
「グレイン、もう終わりです」
「まだだ!」
 投下されたゴーレムたちがびっしりと村長宅にしがみついていた。
 ただでさえ異様な外観の建物に石人形が、密生する貝のごとくへばりついているさまは生理的嫌悪感を催しそうだった。

「こういうの見ると踏みつぶしてやりたくならないか?」 
「あ、わかる。存在を否定したくなるのよね」
「村人が避難してなければ上空からの岩塊落としメテオ・ストライクでぐしゃっといくんだがな」
「……気持ち良さそう」
「……きっと良いぞ」
『うげげげげげ!?』
 意見が一致したらしい師弟のどこかすわった眼差しに、牙人たちが狼狽えた。

「それはそれとして、これって自爆するやつよね」
 枯れた川で襲ってきたものと同型なのだろう。近距離でとはいえ、魔法力での防護を撃ち抜くほどの威力で爆発するゴーレム。
 それが数十体同時に爆発となると、一体どれほどの規模になるのかは想像に難くない。

「あの手の自爆になら対処出来るが……説得するか? ぐしゃっといくか?」
「説得してみせるから、任せて!」
 アレクシアが胸を張った。
 堂々と牙人たち前まで進むと彼らの目前で高らかに告げた。

「三日後。シャンさんたちの村を滅ぼすわ」
「……あそこに行ったのか?」
「それを阻止したいなら大人しく村に帰りなさい。正直、こっちも村人に被害が出ると困るのよ。だから三日間の休戦を提案するわ」
「休戦……?」
 グレインたちは顔を見合わせた。

「こっちから攻撃を仕掛けてそれを凌げたらあなた達の欲しいものを渡すって約束する。そっちだって三日もあれば戦力を補充できるでしょ。それともお小遣いはもう無いの?」
「面白い。異論はないな、マシュー?」
「……はい。アレクシア様の案に賛同させて頂きます」
「あと、開戦前に大使を送るから危害を加えないでね」
「ふん」
 牙人たちはゴーレムの群れとともに村を去っていった。

「で、どうするんだ?」
「ヴィオ、大好き♪」
 甘えるような声。

「せめてあと二、三つは段階を踏むべきだぞ」
「騙す気はないって意思表示よ」
 小さく舌を出したアレクシアをヴィオラは半眼で見つめた。


「戦い終わってまた飛んでいっちまちったのかい!?」
 村に着いたグローリーが呆れたように肩を竦めた。
 少し離れたところでディゴとジェイコブが機能を停止した巨石兵ゴーレムを物珍しげに観察したり木の棒で突っついたりしている。

「若者は実に精力的ですな。それとグローリー様に手紙が託されております」
「理由が若いだけだとは思えないよ」
 グレインたちが去った後。アレクシアはヴィオラに抱き抱えられ南へと向かった。

「ほら、男どもは畑の消火と後片づけに周りな!」
『了解っす!』
「軍隊のようですな」
 感心したように呟いたマシェットに、なぜかグローリーは不満げな視線を向けた。


「お前を抱いて飛びっぱなしだったって今更言う必要はないと思ってたけどな」
 休憩を挟みながらではあったが、ヴィオラはアレクシアを抱きかかえて数時間飛び続けていた。 
 元軍人にして大魔法使いの彼女ですら肉体的、精神的にかなり堪えているようだった。
「ごめんなさい。でも馬車じゃ間に合わないのよ……そういえばわたし、レズリーとの戦闘中に意識を失っちゃったのよね?」
「まあな。慣れない空中戦だったからだろう」
 ヴィオラたちが向かっているのは南の要塞フェイロだった。正確には物資や補充の兵が待機する後方要塞だが。

「気が向かないな」
「……どうして? これで円満に解決するかも知れないのよ?」
「お前が何をしようとしてるのかは分からないが、円満って単語が要塞とどう結びつくのか不安でな」
「秘密」 
(そういや、こいつ酔ってて聞いてなかったな)
 アレクシアの父、ライナス。
 ヴィオラと彼女の部隊を犠牲に、境界の国を救った英雄。

(あのツラ、二度と見ることはないと思ってたが)
 ”問答無用で平和の礎にしてくれてありがとう”と感謝するほど、ヴィオラは自己犠牲の精神に満ち溢れてはいなかった。
 彼女の仲間たちもきっと同意見なのだろう。

「パパ、元気かしら」
「ああいう奴はたいてい長生きするから心配は無用だ」
「……なんか含みのある言い方ね。昔の上司だから?」
 僅かに口を尖らせ、アレクシアが聞いてきた。
 実の父へあからさまな敵意を向けられれば仕方ないのかも知れないが。

「まあな。上司ってのはいつの時代も部下から避けられる宿命から逃げられないって決まりがあるんだよ」
 いつにも増して気だるげなヴィオラの様子に、なにか閃いたらしいアレクシアがぱちんと手を叩いた。

「怒られたことあるとか? それを根に持ってたりして」
「オレは子供か?」
 呆れた様子で嘆息するヴィオラ。
 そんなことは気にもせず彼女の髪をきゅっと引っ張り、その毛先を観察するように見つめるアレクシア。

「こんなに髪が傷むまで怒られたのね……会いたくないのも頷けるわ」
 目元など拭いつつ、今度は慰めるように頭を撫で始めた。

「ヴィオって物騒が鎧着て歩いてるような性格だからきっと毎日怒られてたんでしょ?」
 物騒鎧女ヴィオラが頬をひきつらせたことに気づいていないらしいアレクシアが続ける。

「バケツ持って廊下に立たされたりしたのね。パパとはわたしが話すから安心して。ヴィオはどこかで気晴らしでもしていいのよ」
「ここでいいか?」
 にっこりと、満面の笑みを浮かべたヴィオラ。
 魔法力を消耗した状態でも、やらなければならないことがあるらしい。

「え? ひゃああああああああ!?」
 言うが早いかヴィオラは急加速を始めた。 
 その速度で急上昇し、そのまま綺麗な円を描く宙返りを決めた。

「にゃあああああああああ!?」
 更に二回。審査員がいれば花マルでもつけるのだろうが。

「君たち! 何をしとるのかね!?」
「あううぅ……」
「こいつは目を回しててオレはすっきりしたところだ。疑問があるか?」
「ありまくりっす」
「そうか」
 軽鎧を着込んだ兵士が二人。いつの間にかヴィオラたちを挟むように飛行していた。
 鎧には境界の国メイジェムの正規兵を意味する杖の紋章が刻まれている。

「でもオレの宙返りなかなかだったろ?」
「確かに。だが、か弱き少女の悲鳴を伴っていては不審と言わざるを得んのだよ、君」
 中年の兵士はびしりと人差し指を向けてきた。微妙に苛々とさせる口調で続ける。

「その少女は誘拐したということだね、君?」
「罪を犯した覚えはない。なあ、お前からも何とか言ってくれよ」
「ふにゃあ……」
「見てくれよ。こいつったら、幸せそうに微睡んで」
「いやぁこれどう見ても望んでないやつっすね」
 いまだ目を回しているアレクシアはどちらとも答えなかったが。

「あくまでしらを切るのかね、君?」
「何で犯罪者って決めつける? オレが善良な魔法使いって可能性はこの大地に存在しないって言い切れるのか?」
 男は飛行した状態で決めのポーズをとった。
 両手の人差し指をヴィオラに向けたまま、左手を前に、右手を後ろに。弓でも引き絞るような格好だった。
「少女を抱いたまま高速宙返り三連続を決める善良な魔法使いなど存在せんのだよ、君ぃ!」

 きぃん!

 ヴィオラは、男の右人差し指から放たれた何かを急上昇で回避した。
 魔法なのだろうが発動が恐ろしく早かったためにどの属性かは分からなかった――かなりの使い手なのだろう。

「なんか楽しくなってきた……撃ってきたからには撃ち落とされても仕方ないよな? ていうかお前、一回撃ち落とされた方がいい奴か?」
 苛ついた様子のヴィオラがやはり苛立たしげに唸った。

「ついに本性を現したということかね! 捕らえたまえ!」
「いいんすか? ちょっと物騒な感じのお姉さんっすけど誘拐犯には見えないっすよ」
 若い兵士――十代後半ほどか――が、かったるそうに口を開いた。

「なにをいうのかね、ヒックス君!」
「でも、リッキーさん。あんなきれいに飛べる魔法使いが誘拐なんかしないっすよ? 他に儲ける方法いくらでもあるっしょ」
 髪を指でセットし直しながらにしてはまともなことを言っていた。

「上官は選べないから大変だな。まぁゆっくり話し合ってくれ」
「いやまあそうなんすけど扱いやすくて楽なんすよ。あ、どうもー」
 速度を上げ飛び去ったヴィオラに手を振って見送るヒックス。

「待たんかね、こら!? 上官の権限で命令するがね、ヒックス君!」
「そう言われっと従うほかないっすね」
 毛先を整え始めたヒックスを待たずにリッキーはヴィオラを追い――やる気無しの大あくびをしてからヒックスもそれに加わった。 
・ 

「なんで追われてるの!?」
「原因は『ふにゃあ』だと思う」
 腕の中で目を覚ましたアレクシアはとりあえず状況が飲み込めないらしい。

「待たんかね、こら!」
「あれ要塞の人たちじゃない! ヴィオなんかしたの!?」
 ヴィオラの肩越しに背後を覗き込んだアレクシアが叫んだ。 

「いや、とくに」
 極めて事実に近いところを述べたつもりだったが少女はまぶたを半分ほど下ろして呻いた。
 ヴィオラの横顔をじっとりとした眼差しで見つめる。

「可愛い弟子を乱暴な飛行で目を回させたりしてない?」 
「乱暴な飛行に心当たりがない。お前こそつつかないでいい蜂の巣でもつついたんじゃないか?」
「もう……で、追われてる理由は? 『ふにゃあ』以外でお願い」
 問いかけられたヴィオラは答えずに、大きく左に旋回した。

「お嬢さんが誘拐の被害者なんじゃないかって思い込んでるんすよ。うちの隊長あれなもんで」
「鎧つけたままオレに着いてくるとはやるな」
「どうも。ヒックスっす」
 ヒックスとやらは急旋回からの急上昇にも離されず、ぴったりと真後ろに張り付いてくる。

「オレはヴィオラ。こっちは弟子の――」
「なぁにを仲良くお話しとるのかね、君!」
 やや後方を飛んでいるリッキーの人差し指が連続して光る。

「厄介な魔法だな」
 飛来する多数の魔法弾。リッキーとの距離はそこそこにあるはずだが正確に狙ってくる。
 そしてそのなかのいくつかは、なぜかヒックスのすぐ脇を掠めていった。
 回避行動をとりつつヴィオラが叫ぶ。

「お前、狙われてないか!? あいつの昼飯にいたずらでもしたのか?」
「いやなんつーか、いつも通りっす。悪い人じゃないんすけど、やっぱあれなんすよ。あれ」
 大きく前に出たヒックスは振り返ると腕を組み、一人で頷き始めた。

「味方もろとも狙い撃ちって悪い人でしょ!?」
「ほんと、あの人にも困ったもんす。でもほら、当たっても痺れて動けなくなる程度なんでご安心を」
「墜落しちゃうじゃない!」
「そのお姉さんなら大丈夫っすよ」
 軽薄に肩を竦めたヒックス。
 飛んできた弾が彼の頬を掠めていったがやはり回避どころか微動だにしない。

(こいつ……)
 ヒックスは進行方向に対して背を向けたまま飛行している。つまりはリッキーとヒックスはヴィオラたちを正面かつ直線上に捉えた状態だった。

「飛行しながら中距離をこの精度で狙ってくるか。恐れ入ったよ」
「リッキーさんは空中戦のプロっすからね」
「お前は?」
「え? いやぁ自分はまだ見習いみたいなもんで」
「見習いの照準手スポッターにしては良い腕だな」
「あ……ちょっと用事を思い出したっす」
 急に距離をとったヒックスがリッキーの方へと後退していく。 
 彼に構わずヴィオラは急降下すると地表ぎりぎりを飛行し始めた。

「ぶつかっちゃうわよ!」 
 岩や木、凹凸のある進路を選んで飛ぶ。背中を向けたままではあっという間に激突してしまうだろう。

「アレクシア、唐突だがお勉強の時間だ」
「本当に!」
 弟子が、ぱっと表情を輝かせた。

複数人チームでの基本戦術は分業だってのはわかるな?」
「分かります!」
 きらきらと瞳を輝かせながら、全身に赤い輝きを纏った魔法使いソーサレスアレクシア。

「で、連携して戦う場合『攻撃』『防御』以外の選択肢がある。それは?」
「『支援』!」
「その通りだ。で、奴の役目はそれだ」
「ヒックスさんは支援てこと?」
 高速で飛行しながらの狙撃は極めて難易度が高い。 
 自身を浮遊させつつ魔法力による防護を展開。さらには狙撃自体にも魔法を用い、速度による風圧や横風、そして相手の動きを考慮する必要がある。
 それら全てを単独でこなすのは負担があまりに大きい。ヒックスは狙いを補佐する役目なのだろう。

「授業はチーム戦の実技だ。座学は省くが首席お前にそんなもの必要ないよな。オレが防御でお前が攻撃だ。いくぞ」
「はい!」


「すいません、バレちゃいました。つーかあの女の人、すげぇ怖いっす。まさか軍人だったりしないっすよね?」
「私たちはチームだ。謝る必要などないのだよ、ヒックス君」 
 飛行しながら腕組みしたリッキーは鷹揚に頷いた。
 本音なのか上官としての余裕を誇示したいのかは不明だったが。

「じゃ、怒られる前に訓練に戻りましょうか」
「何を言っているのかね、君!? か弱い少女を救い出さずに何が軍人かね!?」
「いや、すっごい仲良さそうっしたよ? 誘拐っつか旅行みたいな? それにあんな飛び方されちゃ照準は――あれ?」
「上昇し始めたようだね、君……ぬう!?」
 高度を上げた女魔法使い。彼女の腕に抱かれている少女――誘拐の被害者のはずだった――がこちらに顔を向けている。

「ぬあああ!? 舌を出しているではないかね、君ぃ!」
「『あかんべぇ』ってやつっすね。微笑ましいっす」
「悪女コンビだったということかね!? 彼女たちを悪の道より救い出さねばなるまい! さぁ、行きたまえ!」
「……はいっす」
 いまだ舌を出している少女の――風にたなびく赤い髪。ヒックスは嫌な予感に襲われていた。
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