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⑦-⑨孤独と欲と魔法使い

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「来たわよ!」
「上官命令なんすよ。ちょっと拘束させてもらいますけどほんっと申し訳ないっす。大人しく捕まってくれないっすか?」
「攻撃開始だ」
「了解!」
 ヴィオラの指示通りアレクシアが赤い輝きをまとい、破壊デステグの力を展開した。

「えーと、『わたしの本気を味わうといいわ。すっごくすっごく痛いんだから』ね? それ!」
 裂帛の――とは言い難い以前に理解に時間がかかるかけ声とともに、無数の小さな弾丸がヒックスを襲った。
 投射された網のように広範囲に飛散するもののようだが。

「あー、お嬢さん見習いっすか? ちょっと威力しょっぱいっす」
 回避行動をとったヒックスに複数発命中した点はともかく――彼の防壁には傷すら付いていない。 
 芝居がかった仕草でため息を吐き、やれやれと肩を竦めた。

「残念すけど魔法使いに向かないんすね」
「!? あのねぇ! 言っておくけど――」
「深呼吸しろ。挑発に対しては強烈な痛みをお返ししてやるもんだ。生死の境をちょっとデス側に越えさせても構わない大義名分だと思え」
「そ、そうね。仕返しすればいいだけよね……そうするわ」
 ヴィオラが背中をぽんと叩くとアレクシアは目を瞑って深呼吸を始め――
 彼女のまぶたに映ったものを想像したらしいヒックスが微妙に顔色を悪くした。

「……お、お姉さんもお荷物抱えて自分らと戦うって大変すね」
 青ざめつつも挑発を続けるらしいヒックス。ヴィオラは、ふっとため息をついた。
 
「お前は何で撃ってこないんだ? あのおっさん、性格はあれでも強力な魔法使いには違いない。二人で射撃されたらかなり面倒だと思うぞ」
「自分の仕事は狙撃の補佐っすから」
「オレが思うに――お前、攻撃能力ない奴だろ? 補佐とか言ってるが、本当は飛ぶので精一杯なんじゃないか?」
「いやいや、自分の飛行速度はリッキーさんより上っす」
「速度じゃ敵を倒せないだろ。急降下頭突きでもするのか?」
「ぐ、軍の行動は分業なんす」
「お前が攻撃できないからおっさんは射撃に大量の魔法力を割かなきゃならないんだぞ? お荷物ってのはそういうことを言うじゃないか?」
「……干物っぽい導師で良ければ紹介してあげるわよ? ちょっとお酒好きだけど」
 二人のやり取りを聞いていたアレクシアが何やら哀れむような眼差しをヒックスへと向けた。

「なんてひどいこと言うんすか!? 人間はお互いに優しさを与え合う生き物っすよ!? 自分だってもう少し経験を積めば魔法弾くらい使えるようになって見せるっすのに!」
 ヒックスは泣きそうな顔速度を上げると、ヴィオラたちのやや前方に位置どった。
 そして大きく広げた両手に黒い輝きを灯す。

「上官命令っていう建前で本気でいきますっすよ! 責任取るのはリッキーさんなんすから!」
「やる気だね、ヒックス君! ぬりゃあ!」
 後方から妙に気合の入ったリッキーの叫び。
 それがどの程度魔法に影響したのかはともかく、放たれた魔法弾は今までのものより高速だった。
「やるじゃねぇか、おっさん!」
 肩に掠らせつつもかわすが――

「食らうっす!」
 それをヒックスが手のひらで跳ね返した。
 ラケットで球を打ち返すのとは違い、手のひらで触れるだけで弾は進む方向を変えた。

「きゃあ!?」
 すんでのところで回避したがアレクシアのツインテールが少し目減りした。ごく僅かではあったが。

「おもしろい死滅魔法ダイルだな」
「楽しんでくださいっす!」
 髪を逆立て魔法力を全開にしているヒックスにアレクシアが頬を膨らませた。

「女の子の髪をなんだと思ってるのよ! そんなことばっかりしてると軍の女の子たちに嫌われるわよ!?」
「そ、そんなに怒らないで欲しいっす……ていうか軍に『女の子』はいないっす。いないんすよおおおおおお!」
 なにか思うところがあるのか彼は悲痛な叫び声など上げつつ、リッキーが連射する弾丸を次々と跳ね返してくる。

「防戦一方じゃない、なんとかならないの!?」
 縛った髪が舞わないように両手でしっかりと押さえつつ、アレクシアが叫んだ。

「ぬはははは! 悪の道より抜け出す気にはなったかね!?」
「どうして女の人は入隊するとたくましくなっちゃうんすか!? 野戦訓練で笑いながら野うさぎ捌いたりしないでくださいっす!」
 訳の分からないことを喚きつつも、二人は連携攻撃を仕掛け続けてくる。

「ちょいやだね、君ぃ!」
 ヴィオラの動きにも慣れたのか、リッキーの放つ弾丸が掠める回数が増えていく。

(……もういいだろう。奴の少し上を狙え)
(了解)
 やや前方を飛ぶヒックス。杖を放り捨てたアレクシアが彼に両手を向けた。

「無駄っすよ! お嬢さんの魔法は初心者レベルっす! 生死の境なんて――」
 そこまで言って、ヒックスは気づいた。

(そんな子に攻撃を任せるっすか?)
 寄せた眉根がすぐにハの字に広がった。

(なんすかあれ……)
 少女が纏っている輝きが、両の手のひらに収束していく。恐ろしく滑らかに。
 危うく見惚れそうなほどだった。

(さっきのは本気じゃなかったっすか!?)
 濃すぎて黒にすら見える赤。破壊デステグの輝きが魔法に変わる。

「やべっす!」
 彼が距離を取ろうとした瞬間。ヴィオラが爆発的に加速した。
 ヒックスを中心に半円を描く機動。一瞬にして彼の背後に回り込んでいた。

「のけ反り頭突きはどうした?」
「なんなんすかそのでたらめな機動力!?」
 距離を詰められた挙句に背後をとられたヒックス――彼には迎撃する手段がないらしい。

「鎧とか大体壊れなさい!」
 少女が叫ぶと同時に無数の光弾が撃ち出された。
 先ほどと同じ広範囲に飛散する魔法だったが――桁が違う。違い過ぎた。

「いてててててて!?」
 振り返りつつ上方へ回避したが、弾幕は彼の防壁を破壊、貫通していった。

「慌てると大抵は上昇するんだよ」
 ヴィオラの言う通りに、アレクシアは回避する先を見越してやや上を狙ったらしい。
 おかげでヒックスが魔法の範囲から抜け出した時には胸部鎧プレートはひしゃげ、装甲の薄い下半身全体は激しい鈍痛で覆われていた。

「殺す気っすか!?」
 直撃だった。
 男性特有の弱い部位に被弾しなかったのは乙女心の働き――だったのかは不明だが。

「ちょっとは効いてくれてると嬉しいんだけど、自信がないわ!」
「だが防壁は無効化したぞ。次弾の接射で境界線越えを目指せ」
「わたしの魔法ってしょぼいから全力でも死にはしないわよね!?」
「じじょじょじょ冗談じゃないっすぅ!」
 背を向け、変則的な機動で逃げ出すヒックス。

(防壁無しの至近距離でくらったら晩御飯ハンバーグっす!)
 まず精神が乱れた。それは判断力を鈍らせるだけでなく集中力も奪っていく。

「ヒックス君!?」
 集中を損なえば魔法の運用自体に悪影響を及ぼすことになる。
 ただでさえ飛行という高度な魔法――逃げ出すうさぎの如き精神状態では本来の能力を発揮することはできなかった。

 リッキーが叫ぶまでもなく、背筋に走った悪寒と全身に汗が浮き出る感覚が告げてきた。
「うわああ!?」
 悲鳴と共に見上げれば、魔法使いが二人いた。

「もう逃げないの?」
 贅沢を言えばどちらも笑顔であって欲しかったろう。

「攻撃能力がないと相棒と離れたとき悲惨だろ」 
「えへ♪」
 一人は真顔。もう一人は――

「訂正するっす! お嬢さんは立派な……」
「子供扱いしないでよ」
 最終的には頬を膨らませていた。


 前方で赤い爆発。
「ヒックス君!」
 枯葉のようにひらひらと落ちていく部下を追う。速度では部下に劣っていても冷静さを失いはしなかった。
 急加速から一瞬で最高速度に達し――落下する部下を抱き留めた。

「起きたまえよ、君!」
「蛇の生食はだめっす……踊り食いとか言語道断……しょ? 蛙は御馳走とかや……めてっすぅ」
 ヒックスは何やらうわ言のようなものを呟いている。

「野戦訓練はそういうものだがね、ヒックス君――!?」
 彼の背中からなにやらぬいぐるみらしきものがのそのそと這い上がって来た。
 愛らしい仕草で両手を頬にあてたポーズで小首を傾げている。喋れさえすれば”えへ♪”とでも愛想を振りまいたのかもしれないが。

「ぐへええええええ!?」
 肉食魚のような勢いでリッキーに飛びついたジェシカは放電して消えた。
 消える寸前、口元に手をあて”ふっふっふっ”と笑うような仕草をしていた。

「やっぱりジェシカって最高よね!」
「……そうだな」
 重なり合うように昏倒しているリッキーたちの元にヴィオラたちが降り立った。

「さぁ、誤解を解きましょう!」
 回収した杖でヒックスの腹を突つき始めたアレクシア。

「そんな暇はないな」
 空を見上げ、肩を竦めたヴィオラと目をぱちくりとさせるアレクシア。

「では詳細を聞かせてもらおうか!」 
 凛とした女の声――怒声が響く。
 そしてヴィオラたちの周囲に十数人の兵士が降り立った。
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