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幕間・呪いと鎧とヴィオラさん後編☆

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「……」
 ヴィオラは目を覚ました。
 空調が機能している客室だったが寝汗で全身がぐっしょりと濡れている。胸を打つ鼓動も音すら聞こえてくるほどに激しい。

「点け」
 魔法の照明が起動し部屋に光が満ちる。
 目が慣れるまでの完全に無防備な十数秒。その間に貯まった涙がこぼれ落ちた。

「ヘザー……」
 愛した女性の名を呟く。

「みんな……」
 散っていった仲間たち。

(この夢、何回目だ……? 夢ならもうちょいましなオチにしてくれよ)
 旧南の要塞バルフィードから救出されてから毎晩みる夢。何十回とうなされた悪夢。
 夢とはいえ一度たりとも望んだ結末になったことがない。

(頭が痛い……)
 戦争が終わった今でも怒り、憎しみ、罪悪感、無力感――あらゆる負の感情がヴィオラを蝕んでいく。
 彼女が背負う呪いだった。魔法の鎧でも防ぐことが出来ない。

(今夜のは妙にリアルだったな。要塞になんか泊まるんじゃなかった)
 安物の寝間着――ライナスの計らいで軍の備品係から支給された――とベッド代わりのソファー。
 快適に睡眠をとるのに適しているとは思えない。
 そして極めつけは空気だった。引き締まった雰囲気。自分が信じるものの為に戦っている。まっすぐな意志に満ちている。

「最悪だ」
 どれもが最悪だった。何もかも。

(いっそ死んでみるか? そうすれば――) 
「おっはよー!」
 いきなり温かく柔らかい何かに背後から抱きしめられた。
 ついでに言えばむにむにとした感触が背中に二つ。

「アレクシア」
 髪を下ろし眼鏡もかけていないが間違いなく彼女だった。

「まだ深夜よ? つまみ食いでもしにいくの? あ、なんかどきどきする。楽しそうだからわたしも一緒に行っていい?」
「いや、軍の厨房って管理すごく厳しいぞ。お前を連れてだと無傷の帰還は困難だな。朝までバケツ持って立たされるぞ。お前だけ」
「えー?」
 不満げに言ってきたが――

「泣いてるじゃない。怖い夢でも見た?」
 普段なら適当に誤魔化すのだろうが。

「昔の夢をちょっとな」
 隙を見せてしまった。慌てて拭う。

「パパに怒られた夢?」
 アレクシアは回り込むと、ヴィオラの膝に腰かけた。

「それならオレの正拳突きで終わるから良い夢に分類される」
「ケーキを食べる寸前にジェシカが頭から突っ込んだみたいな?」
「なぜ突っ込ませた?」
 アレクシアをどかすと、温もりから逃れるようにヴィオラはソファーから立ち上がった。
 それをアレクシアは”重い”と思われたと判断したのかやや口を尖らせた。

「じゃあどんなのだったの? 気になるじゃない」
「気にしないでパパ様と寝てこい。あいつ大喜びだぞ」
「絶対無理」
 ぷるぷると首を左右に振りつつ、更に手のひらまで振って否定した。

「ライナスざまぁ。娘は思春期だとさ」
「そんなことより、ベッド使う?」
「そんなライナス二度目のざまぁ……そういやなんでオレがソファーで寝てんだ?」
「わたしがベッドで寝てたから」
 あっけらかんと言い放ったアレクシアに、ヴィオラは髪を掻きながら問いただした。

「そういう意味じゃなくて、二人で一人部屋っておかしいだろ」
「……だって一緒にいたいし」
「オレは背中が痛い」
 痛むのは背中だけではなかったが。

「じゃあベッド使って」
「ありがたく――いや、ありがたがる必要あるか? 最初からお前が別室で寝てれば……」
 立ち上がったアレクシアに背中を押される。

「早く寝ないとお肌が荒れちゃうわよ?」
「欠片も気にしないが。おやすみ」
 呻きつつベッドに横たわる。

「おやすみ!」
 元気にそう言うとアレクシアはシーツを素早く翻し、ベッドに潜り込んできた。

「……おい」
「狭い?」
「狭いとかじゃなくて一緒に寝るって話どっから湧いた?」
「一緒に寝ないなんて言ってないじゃない。ソファーで寝る授業なんてなかったし」
「何が狙いだ?」
 横になった状態で見つめ合いながら――ヴィオラはアレクシアの左耳に狙いを定めていた。

「○×△したい!」
「物理的指導!」
「いたたたた! 言ってみただけ! 意味もよくわからないし!」
「五秒ほどの電撃でお前の側頭葉から悪い言葉は消えてなくなるかな?」
「怖いから真剣な目で言わないでよ!?」
「ベッドはお前が使え」
 呆れながら立ち上がりかけたヴィオラの腕をアレクシアが掴んだ。

「一緒に寝ましょうよ! うなされてたらまた起こしてあげる!」
「『また』?」
「覚えてないの? すごく辛そうだったから起こしたのよ。何回も『ヘザー』って」
「……」
 時間が止まったような感覚。ヴィオラは鋼の精神を機能させ、なんとか表情を崩さずに済んだ。
 ぶっきらぼうに言い放つ。

「そんな奴は知らないが……好きにしろ」
「うん!」
 ヴィオラは瞼を閉じた。


 背を向け横になったヴィオラは十分もしないうちに寝息を立て始めた。
(飛びっぱなしっだったもんね)
 透明化の魔法を使ったままアレクシアたちの冒険に同行し、さらに蛇竜使いとの戦闘をこなした上に何時間もの飛行を続け、挙げ句に飛兵たちとの戦闘をこなしたヴィオラ。
 いかに大魔法使いとはいえ疲労は限界に達していたのだろう。

(グレー遺跡から助けてもらってばっかり……)
 彼女がいなければクリフォードも冒険者をやれとは言わなかったのかも知れない。

(ヴィオに会えて良かったわ)
 自分に足りていなかったもの――クリフォードの言いたかったことが今は理解できていた。
 もう充分かと問われれば”まだ分からない”と答えるのだろう。
 以前のアレクシアではその回答にたどり着くことすら困難だった。

(お爺にもお礼言わなきゃ)
 変わった。良い意味で変わることが出来た――それは進歩という変化。成長とも言う。

「ありがとう」
 眠っている師は何も答えなかったが。

「ヘザー……」
 ヴィオラがアレクシアの方へ寝返りを打った。

(うなされてる)
 大量の汗をかき、同じ名前をうわごとのように繰り返し始めた。

(起こさなきゃ) 
「どこにいる……ヘザー……嫌だ」
 ヴィオラの目から涙がこぼれ落ちた。
 正解というものを意識したわけではなかった。
 女性としての本能とも違うのだろうが、アレクシアは――とにかくヴィオラを抱きしめていた。

「大丈夫よ。大丈夫だから」
 抱きしめる。胸元にヴィオラの頭を抱え込み囁く。
「わたしはここにいるから大丈夫よ」


「広場が見えましたぞ!」
 レイがやはり興奮気味に叫んだ。
 傍を飛行していたイザベラは彼の大声に肩を竦めていた。
「ヘザー! 準備はいいか!?」

 どん!

 爆発は唐突だった。陣の中央にいたはずのヘザーが吹き飛んだ。
「ヘザー副隊長、撃墜!」 
 バイロンの報告を誰も聞いてはいなかった。おそらくバイロン自身すら。

「ヘザー?」
 隣を飛んでいたヴィオラが辺りを見回すがヘザーの姿はない。
 霧の結界に覆われているため視界は悪いが――それが理由ではないと誰もが分かっていた。

「どうしたの? わたしは大丈夫よ」
「うおおおおお!? お前、爆発しなかったか!? バイロンも撃墜って!?」
 反対側から登場したヘザーにヴィオラが思わず体勢を崩した。

「さっきのは爆発に偽装したくしゃみよ。姉さん」
「流行りのダイナミック偽装ですね、兄さん!」
「うむ! 流行っているからな、弟よ!」
「わたしはここにいるわよ。大丈夫だから予定通りにやりましょう」
「兄弟がひゃっくりの偽装に火炎放射を始める前に片を付けるぞ。くしゃみが爆発で偽装するほどのものとは思えないが……」
 何か腑に落ちない様子のヴィオラだった。


「楽勝だったな」
「そうね。大好きよ、姉さん」
 ヘザーが笑い――そしてヴィオラの頬に口づけをした。
 鎧を着けたままではあったが、人前での愛情表現としては充分だろう。

「お兄様、もう終わりなのですか?」
「戦い足りぬが……その通りだ、弟よ」
「では掃討戦に参加せねば!」
「……相変わらずであるな。友よ」
「ていうかうるさい」
「肯定します。レイ隊員の大声は度が過ぎています」
 アルバートとクェンティンは肩を竦めていた――鎧の中では苦笑いをしているのだろう。

「次はバルフィード前を掃除する。それがオレたちの仕事だからな」
 ヴィオラは仲間と共に飛び立った。
 吸血戦争は始まった場所で終わり――次に始まるのは未来。 

「急降下して敵の背後に展開。その後、攻撃開始。騎士団連中との挟撃に持ち込む」
『了解!』
「パーティーしようぜ!」
 最強の最小戦隊。
 重魔法装甲部隊カルネージ・ガード戦場バトルフィールドに飛び込んだ。


「あの……あのね!」
「……」
 ヴィオラは目を覚ました。
 目の焦点を合わせれば――唇が触れる寸前の距離にアレクシアの顔がある。

「何やってるんだ?」
「されてるのはわたしなんだけど……」
 アレクシアの顔は真っ赤に染まっていた。

「そのようだ」
 ヴィオラは両手で少女アレクシアを抱きしめていた。
 左手を腰に。右手を頭に回し、言い訳のしようがないほどに抱きしめていた。

「されてるのはわたしなんだけど……」
「に……二度も言わなくてもいいんじゃないか? お姉さん、しっかり目が覚めたからもう安心だぞ? 何もしないから――何もしてないよな?」
 こくりと頷いてきた。潤んだ瞳。赤く染まった頬。艶やかな唇。

「お風呂入ってくるね。汗かいちゃったから」
 硬直していたヴィオラの手をそっと引き離し、アレクシアはシャワールームへと消えた。
 カーテンに降り注ぐ朝日が柔らかな雰囲気を演出している。
(オレ、何もしてないよな!? して……ない! 寝てたし! 無意識で変なことするほど器用じゃないよな!) 
 だが頭のどこかから”言い切れない”と響いてくる。

(せいぜい抱き枕代わりにしてたくらいで――だがアレクシアの妙に色っぽいあの表情は……何かを経験したような感じだったが)
 思考が妙にすっきりしている。
 これが熟睡の効果というやつなのだろう。久しく味わっていなかった感覚。

(待て待て待て待て! クリアな思考で思い出せ……寝ぼけて○×△なんてしてないよな? 許されないぞヴィオラ)
 
「一緒にはいる?」
 声の方を振り向けば、シャワールームのドアからアレクシアが顔だけを覗かせていた。
 ヴィオラの心音が跳ね上がる。
 アレクシアから色香――そんなようなものが漂っている。

「……大人の良識が不適切だって判断してる」
「そ、そう?」
 アレクシアは残念そうに顔を引っ込めた。 

(やっぱり! 昨日までのあいつにあんな表情できる訳がない。一体なにが……)
 頭を抱えて考え込む――実をいうとこの時点で。
 ヴィオラの頭から昨晩の悪夢はきれいさっぱり消え去っていた。
 背負った呪いから心を守る。新しく手に入れた彼女の鎧。

 その名はアレクシア
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