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⑧-②悪い魔法使いとその末路

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「おねえさーん! こっちぃ!」
「走ると転んでしまいますわよ」
 南端の街、中央の高級住宅街――軍や役所などで高い地位にいる者たちの屋敷が建ち並ぶ地区云々。
 とりあえずセレストの屋敷から距離があるのが救いだった。

「あははははは!」
 高い塀に囲まれた屋敷。
 丹念に手入れされたその芝生の上を四才ほどの幼児が蝶を追いかけて走り回っている。
 まくれ上がっている彼女のスカートを眺めつつ――

(まさか子供のお守りとは……)
 ヨランダは今回の仕事で死滅魔法をどう活かせば良いのか考えていた。
 黒水晶でも創って渡せば二秒後には飴の代わりにするのだろうし、酸の霧で芝生を消滅させればびっくりはしても蝶はいなくなってしまう。
 盗人でも飛び込んできてくれれば凍結封印の使いどころはあるのだろうが、凄腕の魔法使いたちが衛兵として数多く仕えているこの地区は犯罪の発生件数がほぼゼロだった。
 その理由が”正当防衛を盾に何をされるかわからない”なのは知る人ぞのみが知る秘密である。

「おねえさん! くもたべたい!」
「お空に手が届きませんわ」
「あそこだよ」
 少女が指さす先には花壇。
 そして芸術性と実用性を兼ね備えた住居――蜘蛛の巣があった。

「食べられません!」
「あ! あ! あー!」
 好奇心が彼女の健康を害す前にヨランダがひょいと抱き上げた。
 幼女は蜘蛛を掴もうと両手足をばたばたと暴れさせている。 

「ほら、おやつですわよ」
 テラスのテーブルにメイドがクレープやらパイやらを並べていく。

「いーやー! くもさんもたべるー!」
「スタートラインを食べ物にしてくださいな」
 護衛対象幼女は頬を膨らませたがヨランダは構わずに屋敷の方へと向かった。

「あれおいしいよ!!」
 抱っこされている幼児がヨランダの背後――塀の方を指さしながら嬉しげな声をあげた。クマ。
 いつの間にかヨランダたちの後方に二本の脚で立つクマがいた。

「食べるんですの……いえ、侵入者!?」
 猛獣が地を蹴った。
 妙にずんぐりとした体型の割りに恐ろしく素早い。ヨランダたちの元へと一直線に向かっていく。

(まさかこの子を!?)
 魔法使いヨランダは一瞬で状況を整理した。
 おやつを運んできたメイドは――まぁ無理もないのだろうが――硬直している。
 そして自分の両手は塞がっていてろくな魔法は使えない。抱いている幼女はまさに幼く、地面にでも放れば致命的な怪我を負うかもしれない。
 あくまで可能性の話だが、万歳のポーズで着地を決められる可能性は0ゼロだった。
 とどめが衛兵に察知されずに侵入した正体不明のクマ。

(果物の皮で滑ればいいのに!)
 身のこなしがただ者ではない。胸中で毒づきながら、ヨランダは最善と思われる選択をした。
 幼女を抱きしめ全身に魔法力の防護を展開。
 そして背中を相手クマへと向けた。一撃でも凌いで時間を稼ぐ――衛兵が羽でも生やして飛んでくるのを祈りつつ――

 だん!

 クマが跳躍のために芝生を蹴った音だった。
「チャンス!」
 思わず声に出していた。高く跳躍したクマ。落下してくるまでの時間チャンス。
 ヨランダが脚力を強化して跳ばなかった理由は隙だった。

(跳んでしまっては避けようがないでしょう!)
 彼女は身を屈め、幼女を突き放すように地面に下ろした。
 多少手荒ではあったが。

(抗議文はクレヨンで書いて送ってくださいな)
 黒い輝きを両手に灯し、叫ぶ。

「正当防衛ですわ!」
 ヨランダは対象クマへと向けた両手に酸の霧を大量に発生させ――

「ほーっほっほっほっ!」
 哄笑とともに放った。
 死滅魔法で創り出された酸は着ぐるみなど一瞬で溶かしてしまうだろう。
 相手が魔法使いだっとしても、少なくとも視界を奪うことが出来る。

(護衛対象この子と身を隠して衛兵の方々と連携攻撃……子供がいなければわたくし一人でも――)
 ヨランダには自信があった。
 正式に”魔法使い”という称号を得ていなくても自分はそれなりには戦える。
 例え相手が手練れた暗殺者であろうが。

(相手は教師長ではありませんわ)
 仮に勝てなくても地面に横たわることなどありはしないと――

 ひゅひゅひゅん!

「な……」
 斬り裂かれた。霧が斬り裂かれたなどと冗談を言っている場合ではなかった。
 クマが両手を恐ろしい速さで振り回すと――霧はチーズのように細かく切り分けられ、そのまま消滅してしまった。
 なにか魔法の武器でも持っていたのかもしれないが――

(魔法を殺された!?)
 空から襲い掛かってくるクマ。霧すら断ち切る化け物。結界を張っても無駄だろう。
 足元には護衛対象こども。回避できない。
 次を考えていなかった。

 ”こんなことになるなんて”

 ヨランダはそこで詰んだ。


「どういうことかね?」
「……申し訳ありません」
「おねえさん、はい!」
 屋敷の主の部屋だった。
 侵入したクマはおやつを丸ごとかっさらい去っていったらしい。
 ”らしい”というのは――ヨランダはクマに首筋を一撃され気絶させられしまったからだった。
 おまけに一晩意識を取り戻さなかったらしい。

(気絶させられるなんて……情けない)
 居合わせたメイドの報告を聞いた幼女の父親は、パイをヨランダに差し出している自らの子を一瞬見やってから続けた。

「子守り程度の報酬しか用意していなかったが、君は魔法使いではなかったのかね?」
「返す言葉もございません」
「あなた、こちらの衛兵も侵入を許してしまった訳ですしあまり責めては可哀想です」
 パイを受け取ってくれないヨランダに頬を膨らませた娘をあやしながら母親。

「それはそうだが、一応は護衛として……わかった」
 伴侶からの助け舟で父親は納得したらしいが。

「後はこちらで処理するから君は帰りなさい」 
「はい……」


「うううううぅ」
「元気出して」
 ギルドの酒場。オレンジジュースを一息に煽ったヨランダはテーブルに突っ伏した。
 正面に座ったイザベラは普段の素っ気なさもどこへやら――どうしたものかといった表情でヨランダの頭を撫でた。

「今回のは失敗ではないと……思う」
「うううううぅ」
 お守り。所詮はお守りだった。強力な魔法使いである衛兵にすら察知されない強者を相手にする仕事ではない。
 そんな義務があるのなら街中のベビーシッターが魔法の武具で武装することになるだろう――預ける親は安心なのかも知れないが。

「元気出して」
 再びフォローを入れられてもヨランダは顔を上げなかった。
(それにしてもまた報酬無し? ちょっと変)
 別のことを気にかけているうちに、エマが運んできた二杯目のジュースをヨランダが受け取り一気に飲み干した。

「次のお仕事を……」
 果汁で酔うはずもないのだが少女は焦点の定まらない虚ろな眼差しで呟いた。

「仲間を探した方がいいと思う」
「お守りに仲間が必要ですの?」
「あれは……」
 言葉に詰まったというわけではなく。

(思い詰めてる)
 ヨランダは失敗続きでどうにも参っているらしい。
 そんな状態では野良犬退治ですら危険だった。

「上に部屋をとるから一晩休んで。それから考えればいい」
 瞳に強い意志を灯したイザベラ。
 一瞬反論しようとしたヨランダだったが、有無を言わせぬ雰囲気に折れることにしたらしい。

「お心遣い痛みいりますわ」
「手続きはしておくから三階の名札の無い部屋を使って」
 軽く頭を下げてからヨランダは階段へと向かった。イザベラは青い瞳で華奢な背中を見つめた。

(サレイの跡取りが冒険者)
 そして連続しての依頼主の不払い。不審だった。

「面倒」
 呟きとも、ぼやきともつかないため息をついた。
 それなら放っておけばいいのだが――

(このままだときっと死ぬ)
 お守りが魔法戦に変わるほどのものは希であるが、どんな冒険にも予想外のできごとアクシデントは付き物である。
 仲間どころかお目付け役すらいない状態。独り。
 しかも異様な襲撃が続いている状態。

「ヨランダさんどこにいっちゃったんですか? お会計がまだなんですけど」
「……あの子の身内に借りがあるから」
 イザベラは懐から財布を取りだした。


 名札の無い部屋を適当にノックしドアを開ける。
 そして照明をつけて見回す。無人だった。
「無様ですわね……」
 カーテンが締め切られていることを確認し、服を脱ぎ捨てる。
 ベッドに腰を下ろし両手で頭を抱えるが。

「やってくれましたわね!?」
 すぐに勢いよく立ち上がった。
 一気に振り向き、組んだ両手をベッドに叩きつける。
 驚いたという訳ではないのだろうが、枕がぴょこんと飛び上がった。

「こんな嫌がらせをするのは!」
 ベッドに思い描かれた顔は彼女の父――ロードリックではなく。
 その”妻”リディアだった。

「あの生物なまものに決まってますわ!」
 家を飛び出したという報告が実家に届けられたのだろう。
 貴族の娘が窓を蹴り破って――しかも二階から――飛び出せば大抵は騒ぎになる。
 それが大貴族サレイ家の長女であれば厳戒態勢がしかれても不思議ではない。

(お父様なら有無を言わせず連れ戻すはずですわ。屈服させようというじめじめとした魂胆……)
 燃え上がる怒りが落ち込んだ気分を焼き払っていき――あっと言う間にいつものヨランダに戻った。
 気丈を通り越した精神力がなせる業なのだろう。

「相手がクマでも暗殺者でも負けませんわ! 次こそ返り討ちにして差し上げます!」
 どす黒い死滅の輝きを纏った魔法使いは決意の叫び声を上げた。

 翌朝。
「おはようございます」
「眠れた?」
 イザベラの問いにヨランダは満面の笑みを返した。促されるままに着席する。

「少し離れた村で作物収穫の仕事がある。受ける?」
「喜んで」
「……」
 受付嬢は昨日と打って変わって妙に落ち着いた少女に訝しげな視線を送った。

「なにか?」
 笑みを崩さず疑問符を浮かべるヨランダ。

「仲間を探す気はある?」
「いいえ」
 やはり笑み崩さず首を横に振った。

「……昔、仲間思いの男がいた。彼は貴族の家柄だったけど、ある戦に兵士として参加した」
 死滅魔法の達人であったその男は常に仲間の盾としての役目を買って出た。
 それこそが自分の喜びであると言わんばかりの献身さだったが――

「戦の最後で彼は死んだ。仲間わたしたちの為に散った」
「そんなことが……あったんですの?」
 イザベラの青い瞳をヨランダは神妙な面もちで見つめ返した。
 作り話ではないと確信させる説得力を彼女から感じたのだろう。

「死ぬならそういう死に方をすべき。でも死なないのが一番。だから仲間が必要。覚えておいて」
「収穫も命がけですのね」
 書類を受け取ったヨランダはギルドを出ていった。 
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