【完結】転生したら王子だったんですけどこれって百合ですか?

美兎

文字の大きさ
13 / 17

ep:13 シナリオ通りには動かない

しおりを挟む
「…あれ、居ない…」

いつもの東屋。いつもならそこで、リリィの真似をして自作した弁当を広げて居る筈の人物の姿が見えなかった。

「…たまにはいっか」


私が女だと打ち明けたあの日から、リリィと来ていた東屋はアイシアとの場所になってしまった。出来る事なら断りたかった。でも、彼女を野放しにしておいたら、きっと隙を見て私の秘密をリリィに暴きに行くのだと思うと、従わざるを得なかったのだ。

今でも怖い。
いつかバラされるんじゃないかと、魘される日だってあった。今のところ、彼女の言う事さえ聞いていればその心配はなさそうだけど…。リリィとまともに会うことが出来なくなって一年。学園に入学した時、リリィが入学してくるまでの一年間よりもずっと長く感じて、そして酷く寂しい気持ちでいっぱいだ。

私は今でもリリィが好きだ。
…でも、リリィは?リリィの気持ちは?

一年も他の女生徒に時間を費やす男なんか、愛想を尽かされてしまっても何も文句は言えない。寧ろ当然の報いだ。
それなのに、私はまだどこかで期待している。
リリィは、私を想ってくれているのだと。
私がリリィの誕生日に大きなテディベアを送った返しか分からないが、今年の私の誕生日には大きなウサギのぬいぐるみが送られてきた。
16歳の男子にぬいぐるみって…。一瞬困惑したが、付属されていた手紙に書かれていたのは、私が書いたのと同じく『この子をわたくしと思って可愛がってくださいね』と書かれていた。それを見て思わず笑ってしまったけれど、嬉しくもあった。
ああ、リリィはまだ私を想ってくれている。そう確信出来たのだから。


『化け物みたいに見るのよ?』


時折思い出す。アイシアのあの一言が頭から離れない。
私の事を知られてはいけないのだ。知られてしまえば、もう彼女との未来は閉ざされてしまう。それだけは嫌だ。

「…ん?なにこれ…」

気付かなかった。東屋の白いテーブルの上に、同じく白い封筒が置かれていた。同化していて気付かなかったのか…。
封筒は開けなくても差出人は分かっている。アイシアからだ。
今度は何をされるのだろうと中の紙を広げると、そこには一言だけ記されていた。

『お昼時、食堂へお越しになってください』

昼時、という事は今になる。今度は何をやらかすつもりなんだ…?
後ろ髪をぐしゃと掴んだその時、この手紙の意味を思い出した。
彼女はリリィに接触しようとしている。間違いない。
私は手紙を握り潰して無理矢理ポケットに入れ、急いで食堂へと向かった。
ゲームの展開を知っているならもっと早く気付くべきだったと自責の念にかられる。身分も関係なく使える食堂はゲーム内のリリーナには嫌がらせをするには最適な場所。それを逆手に取って彼女は何かしでかそうとしている。
どのゲーム場面か思い出せない。けれど急がないと…!

私が食堂に着いた頃には、既にその『イベント』は発生していた。


「酷いですわリリーナ様…!私の教科書やノートをこんなに切り裂くなんて、私の何が気に入らないのですか…!」


わあわあと泣きながらズタボロの教科書達を抱き締め泣き崩れているのは、紛れもなくアイシアだった。
突然の事に固まっているリリィは、それは冤罪だと口にしても、何も聞く気はないようだ。リリィが声を掛けようとする度、泣きながら発せられ響く高い声は食堂中に広がっている。

…此処は、ヒロインを貶めようとする悪役令嬢からヒロインを助けに行くシーンだ。

泣き真似も上手くなったものだ。食堂に居る皆の注目の的となっている。そして、彼女は私を見ると口元だけをにたりと上げた。…なんてゾッとする表情をする子なんだ。一年前のあの時、狂気に満ちた彼女の様子を思い出す。

さあ、早く私を助けて?

そう言われている気がして、足が竦んだ。此処でヒロインを助ければ、シナリオ通りに事態は進む。
でも、本当にそれでいいのか?愛した人を傷付ける子を、どうして愛せると思っているのか。
私は足を踏み出せば、彼女の笑みは益々強くなる。
だけど…。

「何を騒いでいるんだい」

彼女が目を見開いた。何故かって?

私はリリィを後ろに隠すように、庇うように立ったからだよね?

「ケイト様、ケイト様お聞きになって?貴方の婚約者のリリーナ様が、私に酷い事ばかりするの…!」
「…ケイト様、わたくし、身に覚えがありませんわ…」
「嘘よ!ケイト様!騙されないで!」

喧しく叫ぶ様な声と、か細く怯えている声が両方から聞こえてくる。私はリリィを背に隠したまま、泣き崩れていたアイシアに目を向ける。

「アイシア嬢。君の教科書やノートを傷付けたのはリリーナ嬢だと言うんだね?」
「そう!そうですわ!私とケイト様が仲が良いのを妬んで…」
「証拠は何処にあるんだ?こんなにも大勢の前で彼女を犯人だと言えるんだ。それ程の証拠があるんだろう?」

アイシアは口をパクパクとさせながら次への言葉を探している。当然だよね。
だってリリィは彼女に何もしていない。アイシアの自作自演なのだから。

「そ、それは…、…そう、髪、髪ですわ!リリーナ様の髪が落ちていたんです!それが証拠です!」

そうして彼女はリリィのバーカンディ色にそっくりの髪を一本私達に見せた。けれど、どうやら彼女は詰めが甘いらしい。
確かに似ているその一本の髪。しかし、リリィの髪質と違うものだ。リリィは癖毛で、ウェーブの掛かった髪をしている。対して、リリィの髪だと掲げられたそれは真っ直ぐな癖のない髪質だった。

「その髪…、リリーナ嬢の髪とは、随分髪質が違う様に私には見えるよ。見ての通りリリーナ嬢の髪は少し癖がある。それなのにその髪は真っ直ぐで癖一つない物じゃないか」

アイシアの表情が段々険しくなっていく。それもそうだろう。自作自演だという事が周知されそうなのだから。証拠と言うのであればもっと別な物を用意しておくんだったね。

「リリーナ嬢ではない誰かの仕業だと思うよ。君が望むなら私が徹底的に調べよう。リリーナ嬢の名誉にも関わってくる事だからね」


「……、いいんですの?ケイト様」


一瞬、周りの空気が冷たく、重いものへと変わっていくのを感じた。

「今此処で、言ってしまっても私は構いませんのよ」
「…っ!」

開き直りやがった…!それだけでなく、私を脅してくるなんて…!!怒り心頭だが、これで本当に此処でバラされてしまえば多くの問題が発生する。あまりにも人数が多い場所だからだ。
…私に、選択肢は無いという事か。

「…リリィ、ごめんね」

私は小声でリリィに囁いて、彼女から体を離しアイシアの元へと向かった。

「……、ケイト様……?」

リリィの声に、振り向こうとした時、アイシアが私の腕に絡んできて私をじっと見つめてくる。その瞳に逆らえず、私は彼女が腕を引くまま、食堂から離れていく事しか出来なかった…。

​───────​───────



「酷いです、ケイト様。何故助けに来てくれなかったんですか?私すごくすごく悲しいです」
「…冤罪だとバレたら、後から困るのは君の方だよ」
「まあ!まあまあ!つまり、私を助けてくれたという事なんですね!私嬉しいです!」

私達は東屋に戻ってきた、いつものように。
それらしい事を言っておけば、アイシアは勝手に勘違いしてくれた。腕に絡んでくる彼女が鬱陶しくて仕方ないのに、私は彼女に従うしか道がない。…でないと。

「危なかったですわぁ、もう少しでケイト様の秘密を話してしまうところでしたよ?」

……やっぱり、あの目は脅しだったか。
アイシアはリリィの目の前で自分を選ばせた事に機嫌が良いのか、饒舌に語り出す。

「教科書もノートも犠牲になってしまいましたけど、私達は唯一この世界の行く末を知る者同士ですものね。でもちゃんとシナリオ通りに動いてくれないと困っちゃいます。修正するの大変なんですからね?」

「でないと、貴方が女だと話してしまいそうですし?」

さっきから背筋が震えっぱなしだ。
きっと彼女がそう言ったところで、信じる人なんて居ないのだろうけど、もしかしたら…、と最悪のシナリオすら浮かんでしまう。リリィにバレたら、きっと私は…。


 


「ケイト様が、女性…、?」


がさ、と茂みの方から音がしたと同時に聞こえた声。振り向くとそこには、その丸い瞳を大きく見開かせたリリィが立っていた。
だけどそれは、私が一番恐れていた事。


「…っぁ」


聞かれてしまった。
声も出せない、弁明も出来ない程の絶望の中。
アイシアだけは笑みを崩さず、満足気に私に凭れかかっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが

侑子
恋愛
 十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。  しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。 「どうして!? 一体どうしてなの~!?」  いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。

なりゆきで妻になった割に大事にされている……と思ったら溺愛されてた

たぬきち25番
恋愛
男爵家の三女イリスに転生した七海は、貴族の夜会で相手を見つけることができずに女官になった。 女官として認められ、夜会を仕切る部署に配属された。 そして今回、既婚者しか入れない夜会の責任者を任せられた。 夜会当日、伯爵家のリカルドがどうしても公爵に会う必要があるので夜会会場に入れてほしいと懇願された。 だが、会場に入るためには結婚をしている必要があり……? ※本当に申し訳ないです、感想の返信できないかもしれません…… ※他サイト様にも掲載始めました!

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

〖完結〗死にかけて前世の記憶が戻りました。側妃? 贅沢出来るなんて最高! と思っていたら、陛下が甘やかしてくるのですが?

藍川みいな
恋愛
私は死んだはずだった。 目を覚ましたら、そこは見知らぬ世界。しかも、国王陛下の側妃になっていた。 前世の記憶が戻る前は、冷遇されていたらしい。そして池に身を投げた。死にかけたことで、私は前世の記憶を思い出した。 前世では借金取りに捕まり、お金を返す為にキャバ嬢をしていた。給料は全部持っていかれ、食べ物にも困り、ガリガリに痩せ細った私は路地裏に捨てられて死んだ。そんな私が、側妃? 冷遇なんて構わない! こんな贅沢が出来るなんて幸せ過ぎるじゃない! そう思っていたのに、いつの間にか陛下が甘やかして来るのですが? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

処理中です...