【本編完結】ヒロインですが落としたいのは悪役令嬢(アナタ)です!

美兎

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そう簡単には見送らせてくれない

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あの食堂での事件から数日。
トパージュ侯爵令嬢は以前よりも少し大人しくなっていた。
シャロンのあの怒り方だともしかしたら爵位降格…なんて事もあるかと思ったけれど、どうやら杞憂だったみたい。
彼女は未だに侯爵令嬢だ。

まあ本当に私とは関わる事がなくなった、っていうのは大きいけど。


そんな穏やかな日々も長くは続かなかった。
蕾が開き桜の花弁が顔を見せる中、卒業式が幕を開ける。

私は在校生席に座り、真っ直ぐ前を向けずに居た。

今日は卒業生。…シャロンの、晴れの舞台だというのに。

私は彼女と過ごす毎日を当たり前に、忘れていた。
彼女は私より一つ年上。私より先にこの学園を去る。
そんな簡単な事を、私は忘れていたのだ。
まだ実感が湧かない。明日からこの校舎にシャロンの姿がないなんて。あの図書館前の大きな木の下に現れる事がない、なんて。
考えた事も、なかったな…。

在校生の送辞と元生徒会長の答辞が終わり、鳴り響く拍手に乗って私も手を叩く。
実感は湧かないのに、なんで泣きそうになっているんだろう。
卒業生が退場の合図と同時に外に向かっていく。
道すがらシャロンと私の瞳がかち合うと、ふと微笑まれた。

『またパーティー会場で』

声には出さず、唇だけを動かして私に向けられた言葉に嬉しいと思う反面、やっぱり寂しさを感じてしまう。

それって我儘だろうか?



+++++++++++

「改めて卒業生の皆、学園の卒業おめでとう。式辞は済ませた故割愛させてもらう。今宵は時間の許すままパーティーを楽しんでくれ」

卒業式が終わったその日の夜は恒例のパーティーが開かれる。
勿論国王陛下と女王陛下も、生徒達全員を見渡せる場に鎮座していた。見られていると思うとちょっと緊張する…。
シャロンの姿を探し目をあちらこちらに向けると、そこには在校生に囲まれているシャロンが居た。
流石に邪魔するなんて無粋な事しない。今日くらいは、…最後の今日くらいは、皆のアンバー公爵令嬢として過ごしてもらいたい。

……あれ?そういえばシャロンは婚約者を見付けられたのだろうか?そりゃ勿論私の把握していない場所で、…なんて事も有り得る。
同じ公爵の人かな。もしかして隣国の皇子かもしれない。
…誰にせよ、シャロンが幸せになってくれる人なら…いいや。

「ガーネット嬢」

男の人の声が私を呼ぶ。誰だか分からなくて、声のする方を見上げるとそこには元生徒会長が居たから驚きつつお辞儀をする。
こういうのって王族がなるものだと思ってたけど、第二王子殿下はまだ入学していないから、今や留学中放蕩の旅の第一王子殿下から受け継いだ彼が責務をこなしていた。
ついでに言えば今年第二王子殿下が入学するけれど、生徒会に入ってすぐ会長になれる訳じゃない。なのでこの人の後釜は、副会長であった私の学年の人が選ばれた。
攻略対象かどうかなんて、もうどうでも良かった。だから名前も碌に覚えていない。

「今日はアンバー嬢と一緒じゃないんだね」
「いつも一緒に居る訳じゃないですよ」
「そうかい?私がガーネット嬢を見掛ける時、いつも隣に居る記憶の方が多いよ」



会長がなんか小声で呟いたけれど、私は聞き取れなくて首を傾げるしかなかった。それを見た会長…ああもう会長じゃないんだけど、覚えてないから会長でいいや。
垂れ目がちの翡翠の瞳を細めて、私に手を差し出してきた。

「折角だ。最後の思い出として、一曲踊ってくれないか?」

ああ、そういえば私一度この人からの誘いを断ってる。
…今日くらいはいいか。最後だし。シャロンも…皆との時間を過ごして欲しい。
だから私はその手を取ろうと手を伸ばしかけると…。

「ごめんなさい、クォーツ様。彼女はわたくしと先約がございますの」

ぱし、と手を取るその白い手は見覚えがある。忘れる訳がない。

シャロンだ。

どうして?だってさっきまで皆に囲まれてたのに…って、待ってシャロン!
貴女とさっきまで談笑していた女の子達がすごい睨んでくる!
私のせいじゃないのに、また変な噂が…っ!

「…今日くらいはいいだろう?最後の思い出作りに…ね?」
「…、でしたら、わたくしの後にお願いしますわ」
「離さないつもりじゃないか?」
「さあ?どうかしら。行きましょう、ミア」
「え?!あ、あの、ちょ、!」

完全に置いてきぼりを食らっていたのに、突然手を引くのは反則ではと思わずにはいられない。足が縺れたらどうするの。しかも、ぎゅっと握られた手が、離す気はないと言われているみたいで…少し、嬉しいかも。

でも、もうこの手に引かれる事は…ないんだろうな。

「さあ、踊りましょう、ミア」

無邪気な笑顔だった。嬉しいという感情を隠したりしない、笑顔。
音楽に合わせてフロアで一斉に皆がダンスを始める。私とシャロンもそれに釣られるように、ステップを踏み始めた。

「上達したわね、ミアのダンス」
「当たり前ですよ、あの時ずーっと踊らされていたんですから。…、シャロンの踏むステップだけ、沢山覚えたよ。他の人とは…きっと合わない」
「ミア…」
「婚約者、いい人だといいですね!シャロン様を大切にしてくれる人なら私…」

「そんなの、貴女しかいないじゃない」

私は一瞬その言葉の意味が分からなくて…、違う。今も分かってない。

私しかいない…?

「…、私も、シャロンだけだったよ…」

結局意味が分からなくて、私は曖昧に笑って、そう言った。何故か不満気な表情をされてしまったけど、私変なこと言ったかな…?

曲の終わりを告げる音が鳴って、一曲目が終わった。
これで終わりだ、何もかも。私は手を離そうとしたけれど、私の意志とは反対にその手は動いてくれない。
お願いだから動いて。これ以上一緒に、これ以上触れていたら…。

「ミア、少しの間離れるけど、わたくしから目を離さないでね」

耳元で囁く声の擽ったさと、言葉の混乱で耳を押さえ戸惑ってしまう。
なんであの人はこうも私の扱いが上手いのだろう。


……さて、余韻もそこそこに。どうやら私からシャロンが離れていくのが面白い人がいるらしい。
嫌味ったらしい笑い声が聞こえてくる。

「あらあら、とうとうアンバー公爵令嬢から見限られてしまったのかしら?」
「何人もの殿方を誑かしてきた女ですもの。アンバー公爵令嬢も愛想を尽かして当然ですわ」
「あの方の隣に居る事自体が間違いだったのですよ。身の程知らずもいいところ。所詮は伯爵令嬢。アンバー公爵令嬢もようやく目を覚ましてくださったようですわね」

ほほほ、とでも効果音を付けようか。
扇で口元を隠しているのに聞こえるようにしているのは完全にわざとだ。貴族って性根が腐ってるのしか居ないの?
いや、どっちかっていうと女の醜い部分の寄せ集めみたいなのが正しい。
いつの時代も女の陰口は止まらないってことか。
徐ろに声のする方に振り返り令嬢達を睨み付けるとたじろいだ。残念でした、私お淑やかじゃないんでね。

そしてどうやら元会長…、クォーツ様だっけ。彼が気にかけてくれていたらしい。
私の元に歩を進め、口を開きかけた時鳴りかけた音楽が止まった。

私と彼がダンスフロアの中央に目を向けると、そこにシャロンが一人立っていた。周りはシャロン以外を切り取った様に誰も居ない。
今から何が始まるか分からなくて頭には?マークしか浮かばない。そう確かさっき、目、目を離さないでと言われた。

「皆様、少しお時間を頂きたいのですがよろしいでしょうか?」

しん、と静まった会場内。誰も異を唱えない。というか、唱えられる空気じゃない。
それに満足したのか、シャロンはカーテシーという名のお辞儀をし、藤色が現れると真っ直ぐと前を見据えた。

「皆様、今までありがとうございました。留学生であるわたくしにも優しくして頂き、とても有意義な時間を頂きましたわ。わたくしの父…ルーチェリア国王も喜んで下さいました。卒業し、成人を迎えた今、わたくしはこの学園で学んだ全てを生かし、公爵の地位を賜わる事が出来ました。先生方にはとても感謝しております、ありがとうございます」

そこで一度区切りを付けたのか、教師陣に向かってシャロンはお辞儀をした。

……待って、ちょっと待って。
留学生?国王?

「明日わたくしはルーチェリア国に帰ります。一年間公爵としての仕事をまた学ばなければいけません。ですが一年。一年でこなしてみせます」

「そして一年経ったその日、わたくしはまたこの国を訪問するつもりです。そこに立つ、一際愛くるしく、愛しい存在。
ミアルワ・ガーネット伯爵令嬢を婚約者として迎えに来ます」

「え?」
「あー…、先越されたか」
「えっ?!」

私は文字通り頭を抱えた。
待ってと言っても誰も止められない。キャパオーバーだよこんなの!

「ですので今後ガーネット伯爵令嬢に害を加える者に容赦はしません。よろしいですね?皆様」

突然過ぎて驚いてるけど、あれだよね?今みたいな陰口とかから守る為の…。

「ガーネット嬢。彼女のは本気だよ?」

私の心を見透かした様にクォーツ様は私の耳元でこそ、と囁いた。

私はまだ混乱してるし、というか婚約者って…。

女の子でもいいの!?

何がなんだか分からないまま、目が合ったシャロンはとびきりの笑顔を浮かべていた。
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