薔薇の死神と神殺しの聖女

紺坂紫乃

文字の大きさ
上 下
6 / 14

Ⅴ(前)

しおりを挟む


 シャルル・ドゴール空港から直行便で約十一時間半のフライトであった。グランパの容体に配慮してファーストクラスに乗り、四人は東京・成田国際空港に月が高く昇る夜の十時に日本へと降りたった。

「リリィ=アンジェ、こっち!!」
「ユエ!!」

 フライトの最中も、眠っているグランパと対照的に、ずっと日本の映画を観ていたリリィは一睡もしていないにも拘らず、友人の顔を発見すると、『突撃』という言葉がふさわしい勢いでユエの元まで走って行く。

「二年ぶりね、ユエ! お招きありがとう。元気そうで、本当に嬉しいわ!」

「天使は髪が伸びた。私も逢えて嬉しい。一週間、連れ回してあげるから覚悟してなよ」

 パリに居た頃は肩まであった灰茶色の髪をバッサリと切ってショートヘアにした本条月は、変わらないオッドアイを細めてニヒルに笑った。

「月、紹介は?」

 月の後ろで、彼女とよく似た面差しの少年と並んで立っていた、日本人にしては珍しい榛(はしばみ)色の髪と黒い目をした青年が苦笑しながら月をたしなめる。

「ああ、ごめん。リリィとご家族の方々、遠路はるばるようこそ日本へ。紹介します。私の弟のゆきとイギリスで知り合った私の彼氏」

「本条雪です。よろしくお願いします」

 月の弟は姉とそっくりな面差しの少年だった。

桐嶋きりしま明光あきてるです。はじめまして。月から話は聞いています。なるほど、天使アンジェね。納得」

「か、彼氏!?」

「うん。イギリスで彼のヴァイオリンの伴奏をした縁でね。今日もなにかと便利だから付いてきて貰っちゃった」

 リリィが驚いていると、ころころと明光はよく笑った。

「キリシマ、というと……もしやK’sコーポレーションの御曹司おんぞうしかの?」

 リリィも保護者らを紹介し終えると、グランパが明光に尋ねた。

「よくご存じで。仰る通りです」

 桐嶋明光は、何事にもよく笑う青年だった。グランパの問いにも人好きのする笑みを返す。その人当たりの良さが、アベルを思い出させたが、当然ながらどことなく違いがある。明光は、大人の中で育ってきたのだろう。アベルは純粋すぎるところがあったが、彼はまだ学生であっても、もう社会での生き方を熟知している印象をヴィンセントは受けた。

「御曹司、ね。あの物陰に居る黒服連中はお前のSPという訳だ」

「ええ、気になる様でしたら離れるように言いますが?」

「いや、構わない」

「じゃあ行こうか。今、私達は桐嶋の家にお世話になってるの。長時間のフライトでお疲れだろうし、時間も遅いから空港と隣接しているホテルで我慢してね。明日には観光に行くから」

 ヴィンセントが到着した時から気になっていた黒服集団に納得がいったところで、この日、リリィ達は月が手配してくれていたホテルに一泊した。
 そのホテルも桐嶋グループの系列らしく、当たり前のようにスイートルームでの宿泊となった。

「眠るだけなのに……」
「俺もそう言ったんだけど、支配人が先に手配しちゃったんだから仕方ないだろ」

 月が豪奢ごうしゃなスイートルームに呆れていると、明光はなんでもないかのように返答する。

「……こんなに甘えちゃって、良いのかな?」

「さあ、人間の流儀に俺は詳しくないから解らん。だが、グランパの身体のことを考えるとありがたく甘えるとしよう。お前は月と話すことが山積みだろ? なら積もり積もった話をして来い」

「うん、ありがとう。ヴィンセント」

 スイートルームにはメインの寝室の他にも四つも寝室があった。メインの部屋はグランパとヴィンセントに譲り、残りは月とリリィで一室、ジャンヌが一室、明光と雪が一室という部屋割りである。
 フランスを発ってから一睡もしていないリリィは、話題が山ほどあるのにまぶたが限界で呂律が怪しい。それを見た月は、穏やかに笑って「明日からは連れ回すから、今日はゆっくりおやすみ」と久しぶりにオルゴールのような響きのシャンソンを歌ってくれた。

 (……あいかわらず……綺麗な声……)

 そんなことを思いながら、リリィは眠りの淵に緩やかに落ちて行った。



 翌朝――とは言っても、全員起きる時間がバラバラだったので、皆が朝食を終えてホテルを後にしたのは、十一時前だった。

「あれ? また空港?」

「今日は国内線。桐嶋の自家用ジェットで一旦神戸に行くの」

「神戸? 京都じゃなくて?」

「リセに入る前に、リリィはバカンスで京都に行ったんでしょ? なら、今度は港町も良いかなあと思ってね」

 確かに以前バカンスでアジアを周った時、グランパに東京と京都に連れていってもらった。リリィは日本語の読み書きも会話もできるが、さすがに詳しい地理まではよく知らない。神戸も大阪と京都に並ぶ観光名所、という程度の認識だった。

「神戸……肉か」

「テンプレートのように安直ね、ヴィンセント。やっぱり貴方、面白いわ」

 笑わせる気などヴィンセントには皆無だったのだが、明光と月は声を上げて笑い、雪とグランパ、ジャンヌまでも咳払いをして笑みを誤魔化していた。リリィだけが首を傾げる。

「神戸はチャイニーズやコリアンに人気ね。『北野異人館街』と言って、さかのぼれば十二世紀からの歴史があるけれど、今は明治時代に外国人の居留地だった場所を観光地にしているのよ。古いヨーロッパ建築が観られる場所なの。でも、逆に海側に下れば横浜に並ぶ中華街もある。色々と混在した街で面白いわよ――まあ、本命は神戸ではなくて、そのさらに西のヒメジなんだけどね」

「ほう、なかなか渋いセレクトをするのお」

 姫路、と聞いてグランパはさも感心したとでもいうような声をあげる。

「グランパはご存知なのね。少し変わったセレクトでしょ?」

「ヒメジ……聞いた事ある。なんだっけ?」

 心当たりがあるらしいリリィは腕を組んで考え込む。

「到着までに思いだせたら、特別に明光がヴァイオリンを弾いてくれるわよ」

「え、俺? それなら月も歌えよ」

 阿吽の呼吸というのだろうか。このカップルはとてもテンポ良く話す。この二人が居るだけで、自然と空気が弾んでいるような気すらする。

 (……良いなぁ、月。幸せそう)

 リリィがそんなことを考えていると、隣に座っていた雪がリリィの袖を引いた。

「あんなこと言っているけど、姉さんは後でちゃんと歌ってくれると思いますよ」

 リリィにだけ耳打ちするように雪がそういうものだから、リリィは「うん」と雪に微笑み返した。

続...
しおりを挟む