40代のオネエおじさん男娼を一晩買ったら沼った話 〜エリィの虚像〜

サバ無欲

文字の大きさ
4 / 16

4.

しおりを挟む
「はいコレ綿布、そこで付けなさい」
「あっ、あ、ありがとうござ」
「それと水」
「は、はい」
「んで、痛み止め。ひっどい姿勢ね。痛みが引くまでここで休んだら?」
「いえ……でも、あの、いただきます」

 用を足した彼に連れられ、エリシアはトイレ横の控え室に通された。色々と渡されて、綿布を控え室の壁に並ぶ簡易のフィッティングルームで装着する。

 ——よかった、助かった……!

 どっと安心してカーテンを開ける。どうやらここは衣装室とメイクルームも兼任しているらしい。

 踊り子の衣装がずらりと並ぶ壁。
 網タイツや髪飾りが散乱するフィッティングルーム。
 化粧品があふれんばかりの鏡台たち。
 煩雑でほこりっぽくて、なのにどこか浮ついてしまいそうな非日常的な華やかさがある。

「座ったら?」
「は……はい……」

 うながされて隣の丸椅子に腰掛ける。部屋は酒と香水と煙草のにおいに、ファンデーションの粉っぽいにおいが増えて混ざっていた。それでも気分はかなり落ち着いている。

「あの……く、薬、いただきます」
「ええ、どォぞ」

 用意してもらった薬もありがたく飲み干す。彼は深いえんじ色のガウンを羽織って鏡台に座り、舞台用の派手な化粧をコットンでさくさくと落としていた。手際がいい。背中は丸まって、組んだ足ははみ出している。鏡台の想定しているサイズよりもずっと大柄なのに何もかも手馴れている。
 そして彼はそのままフン、と鼻を鳴らした。

「馬鹿ねぇ、アンタ」
「え?」
「今飲んだの、ヤクよ。覚醒剤。あと五分しないうちにハイになって、わけわかんなくなって、気づいたら知らない男のベッドの上。で、アタシは斡旋料をもらって、アンタはポワソン街三丁目の花束の一本として売り出される。そこで稼いだ花代は次の薬を買うために消える……」

 エリシアの背がぞわりと粟立つ。
 鏡の中で彼はいつの間にかエリシアを見据えていた。冷ややかな視線で、もうまったく女性には見えない。

 ひとりの男が、鏡越しにこちらを品定めしている。

「なんてね?」
「っ……」
「冗談よ。いやァね年取ると説教くさくなっちゃって」

 視線が外れてエリシアは大きく息を吸った。呼吸が止まっていたらしい。冗談と言い捨てるにはあまりにも現実味を帯びた話だった。

 ——これは、警告だ。

「あ、あ、あっありがとうございました、気をつけます……おいくらですか?」
「いくらでもあるから気にしないで」
「……いくらでも……」
「あら知らないのお嬢さん。アタシたちみたいなのはね、生理が来るのよ」
「えっ! あ、あ、そっか……?」
「ウソよ。ココ、笑い飛ばすとこ」

 ──びっくりした。

 何より納得しかけた自分にエリシアはびっくりした。さっき彼の男性器まで見てしまったというのに、それでも目の前の彼はどこか現実味が薄い。

 男でも女でもあるような。むしろ人以外の……そう、両性具有の神のような。そんな古代神を模した絵が、この国の文化財としては五十三枚ある。彫刻なら二十七体。エリシアはそのひとつひとつを思い浮かべたが、今ではどれも不完全に感じてしまう。
 それほど、目の前の人は完成されて美しい。

「変な子ねェ、あなた……」

 言いながら彼は柄の細い紅筆を取り、いくつかある口紅のひとつも迷わず取って筆の先に含ませた。さっきの化粧よりもずっと淡い色の口紅を選んだ彼の姿を、エリシアは夢のなかにいるような浮遊感で見つめる。

「当ててあげましょうか?」

 突然、彼がくるりと体の向きを変えた。
 真正面。上目遣いの、どこか皮肉げな笑み。

「え」
「あなた、イイトコのお嬢さんでしょう? 場所はそうねぇ……南のヴィノーブル地方ってとこかしら?」
「あっ⁉︎ え、ど、どうしてッ……!」

 大当たりだ。何も話していないのに。
 彼は紅筆をエリシアに向けて話を続ける。
 まるで彼女の生涯を覗き見るかのように。

「もしかしたら貴族姓かもね。でも長女じゃない。末っ子ってワケでも無さそうだから、中間子ってところかしら? 画家志望で独り立ちしたくて都会に出てきたけれど、実際絵は見向きもされず燻ってる。でもやる気はある。腐ってもない。今日ここへ来たのはパトロン探しね? でも上手くいってないのはー……」

 吸い込まれてしまいそうだ。
 明るい赤髪に青緑の虹彩。
 赤と青緑、目にも鮮やかな補色関係……

「オトコが怖いから。処女なのに散々イヤな目に遭ってきたから……違う?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...