人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず

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はじまり

0歳と14歳

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ある日届いたその手紙は、タオニ家を激震させた。

ついに森の主の末裔であるオルドフル家に娘が生まれたというのだ。
それは、タオニ家の今の繁栄の根元であり呪いとも言える契約を果たす時が来たことを意味していた。

人狼は一般的に気性が荒く、興奮したときや満月の夜には醜い狼に変身する。そしてその体質は遺伝しやすい。
故に、人狼は特に上流階級では婚姻相手には忌避されていた。
しかし、先祖が交わしたのは魔法契約だ。破ればどんな災いが振りかかるかわからない。
迎え入れるしか選択肢は無かった。

そこで白羽の矢が立ったのが、本家の次男である当時14歳のシュヤンだ。
タオニ家は魔物狩りの戦士の一族として皆好戦的で武勇を誇る性質の中、シュヤンは争い事を「馬鹿馬鹿しい」と鼻で笑い、家で魔法薬と動植物の勉強を好む変わり者だった。
そんな彼を親族は軟弱者と嘲っていた。一族は鼻つまみ者のシュヤンに人狼を押し付けることにしたのだ。
父であるヤオはシュヤンを呼び出しこう告げた。

「ついにオルドルフ一族に娘が誕生した。よってその娘を我が一族最年少であるお前の許嫁とする」

それを聞いてもシュヤンはいつも通り飄々とした態度で「あ、そう」と言った。

「ふうん、オルドルフの家ってどこにあるんです?」

シュヤンは父親に場所を聞き出すと、すぐにオルドルフ家に向かった。それは森の奥深く泉の畔に立っている小屋だった。
なんとも田舎風だが小綺麗で好ましい家だ。
シュヤンはコンコンと木で出来た扉を叩く。
出てきたのは大柄な銀髪の男だった。男は訝しげな顔でシュヤンを見つめる。

「…何か用か?」

「初めまして、僕はシュヤン タオニ。娘さんが生まれたと聞いたので少しご挨拶しようと思いまして」

男はシュヤンの身元を聞くと慌てた様子で中に入れてくれた。

「こ、これは失礼!タオニ家の坊っちゃんでしたか」

「ナニ、こちらこそ突然お邪魔してすみません。これは心ばかりのものですが」

シュヤンは人の良さそうな笑顔を浮かべ、丁寧に礼儀正しく果物のカゴを渡す。
なんとなくシュヤンの仕草が年不相応に大人っぽく、男は少し圧倒されたようだった。

「オレ…ん、私はオルドルフ家長のシオンです。今家内を呼んできます」

そして奥に引っ込むと、何やら向こうで話し声がもにょもにょと聞こえ、赤子を抱いた女性が出てきた。彼女の髪の毛は栗色で、どうやら人狼ではないらしい。
その腕に抱かれた父親と同じ銀髪の赤子が、件の娘であろう。

「まぁ…!初めまして妻のメグと申します。そしてこの子が、娘のマリアです」

シュヤンは両親が揃ったところで、また接客用の笑顔を浮かべると紳士風のお辞儀をした。

「改めまして、私はマリア様の許嫁に指名されましたタオニ家次男のシュヤンと申し上げます。どうぞこれからよろしくお願いいたします」

「貴方が…?!」

夫婦は一瞬驚いたが、貴族の政略結婚などでは珍しくないのかと考え直し、顔を見合わせてからお辞儀を返した。
シュヤンは少し身を屈め、抱かれたマリアと目線を合わせる。金色の美しいくりっとした目が見つめ返してきた。

「よろしくお願いしますね、許嫁殿」

そう言ってマリアのその指先ほどしかない小さな手を握った。
シオンたちはその姿を見て少し安心した。
随分年上の許嫁ではあるが、彼なら人狼であることを理由に娘に酷い扱いをすることはないだろうと思ったのだ。

「抱っこしてみますか?」

「よろしいんですか?」

「ええもちろん」

小さくて、でもずっしりとした、白くてふわふわむちむちのマリアを恐る恐る抱っこする。
現状を理解できるわけもない彼女はシュヤンの襟を掴んでまぐまぐと食べた。

「…かわいい……」

シュヤンは口元を弛ませてそう呟く。

(この子が、僕の……)

これが14歳のシュヤンと、生後6ヶ月のマリアの出会いである。
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