グンマー戦記

深川さだお

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8 任官の朝

任官の朝

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グンマー戦記 8 任官の朝

 俺は、白い柱のセミナーハウスに移ってからも、ずっと戦争にはならないだろう、いずれまた退屈な日常がやってきて、隣国の共通一次対策ためにつまらない授業を受ける日々が戻ってくるのだろうとたかをくくっていた。俺と一緒にセミナーハウスで指揮官代理の課程にいた連中は、みんなそうだった。

 体を動かしていないとビンタが飛ぶ教練はともかく、軍事学の時間、築城だとか統率術だとか、そういう時間は普通学の、数学や化学の勉強をしていたものだ。指揮官代理課程は、大学生と一緒だったから、帝大の工学部の学生たちは、箱型電子配置を教えてくれて、俺は、いままで納得のいかなかった分子結合がすっと理解できることに衝撃をうけて、真綿のように理論化学を吸収した。有機化学に飽き足らず、生化学まで勉強していたのだから、高校生のエネルギーというものはすさまじい。

 ひとつ、俺が真面目に受けていた軍事学がある。橋脚力学だ。教官の爺様は、なんでも隣の帝国で「ゲリラ』をやっていたそうで、いろんなものをぶっ飛ばした経験があった。都合が悪いので、爺様のあげた戦果は歴史の闇に葬られている。悔しそうに、爺様は隣国の皇帝の乗った列車を荒川鉄橋ごとぶっ飛ばした話を何回もした。鉄橋をぶっ飛ばすのは、一つの芸術で、爆薬を大量に仕掛ければいいというものではない。橋脚の構造を理解した上で、弱点に仕掛けるのだ。弱点をつけば、レンガひとかけらくらいの爆薬で、橋をぶっ飛ばすことは可能だと爺様は笑う。俺は夢中になって、爺様の講義を受けて、勉強した。だから、俺は今でも、建築物をぶっ飛ばすためには、どこにどれぐらいの爆発物を仕掛ければいいか、瞬時に計算することができる。


 いつの間にか、指揮官代理の課程が終わった。みんな、指揮官代理になると、300ドルの月給がもらえるというのではしゃいでいた。価値が日々紙くずに近づくグンマー円ではなく、外貨だ。300ドルは、当時のグンマーでは、大学出の文官の給料と同じくらいで、三ヶ月ためれば一人前の象徴である馬が買えた。農耕馬のような馬じゃない、隣の帝国のアングロアラブが買えたんだ。今でも、どんな車に乗っているかで、女の目が変わってくるだろう? 当時のグンマーは、どんな馬に乗っているかが大切だったんだ。

 でも俺は、本当にこのまま戦争になるのかと、どこか焦っていた。だが、みんな戦争になるというに、どこまでも楽天的だった。俺はあるとき、隣の中学からきたもと委員長に聞いた。
「俺達、なにをしているのかな」
「戦争だよ、戦争になるんだよ」
俺は、聞いた。
「敵って、なんだ?」
「それは、オブツィ一派や、ナカゾネ一派なんかだよ」
「戦争になったら、君も殺すのか?」
「ああ、戦争だからな」
委員長は前髪をなでて、さらりと言った。
俺は、それ以上聞くことをあきらめた。

 大学生たちだったら、もう少しマシな回答があるかもしれない。
俺はボーイスカウトの先輩である、千木良さんに聞くことにした。千木良さんは、高校生のときに富士スカウトになって、帝大工学部に首席で入った伝説の人だ。

 千木良さんは、俺の目をみて、言った。
「戦争にはならんよ、軍事は、政治の延長だ。いままさに、政治屋たちが、黒い腹をみせあって、どういうふうにおさめるか、泥臭い話をしている最中さ」
千木良さんは、涼しい顔そう言った。そういいば、退屈な軍事学の授業の中で、ドイツのクラウゼイッツとかいう昔の本を読まされた。それにも、軍事は政治の延長であるとか、書いてあった。

 俺は安心して、千木良さんが、富士スカウトがいうのだから問題はなかろうと思って、課程の修了式をおえて、母校に帰った。

 母校では、隣の帝国の国体に選手が進んだときのような悪趣味な垂れ幕が校舎の上から下がっていて、俺の名前が書かれていた。悪夢だ。悪夢以外の何者でもない。
俺は、校長室に入って、校旗を目の前に、校長に復命した。
ただいま指揮官代理課程から、なんて冗談みたいなセリフだろう?
だがあの校長は、真面目な顔で、柔和な笑顔すら浮かべながら、俺の復命を聞いた。
俺は期待していたんだ、訛りのまじった言葉で、おめえなにいってんだ?戦争の可能性がなくなったらおめえは単なる学生っぽだよ、おとなしく分をわきまえて、教室に戻って共通一次の勉強でもしてろ、って校長が言うのを。

 だが奴はそんなこと言わなかった。
任命式があります、講堂へ、と俺に告げた。

 そして俺が講堂にいくと、全校生徒が集められている。マラソン以外に能のない吹奏楽部が下手くそな校歌を吹奏する中、俺は壇上に上がった。校長は美辞麗句を並べた。
「今ぞ、決戦のとき、今こそ我々は蹶然とたち憎き敵部族指導者の胸に銃剣を突き立て・・・(略)そして、我が母校の英雄がかえりました。英雄かえる! みなさん、いまこそ心をひとつにして、彼の指揮のもと、憎き敵指導者オブツィを倒すために、立ち上がろうではありませんか」
そんな、馬鹿なことを奴は言った。

 そして、奴は、俺の襟に、階級章をつけようとしたんだ。俺は、それだけは嫌だとおもって、国語のユウコ先生のほうを見た。
「閣下、ユウコ先生からの親授を」
まあ、むちゃくちゃだけれど、俺は校長にそう言ってみた。校長は尊大に頷いて、ユウコ先生を壇上に呼んだ。
教え子を戦場に送らない、そんなことを日頃いって、校長や教頭に疎まれているユウコ先生なら、こんな馬鹿げた式をつぶしてくれるという期待も、どこかにあった。

 でも、壇上にのぼったユウコ先生は、少し上気した表情で、俺に階級章をつけた。そして、ささやいた。
「部族の名誉のために戦うときがきたわ。先生、とてもうれしい。心おきなく戦ってきなさい。太田の勇壮な戦士の血が流れる、あなたならやれるわ。聖なる血にまみれ、敵部族を攻め滅ぼして。男は殺し、女は犯すのよ」


あのユウコ先生はいなかった。部族の、姫がいた。俺は、そのときはじめて、戦争なんだと理解したんだ。
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