グンマー戦記

深川さだお

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39 帝都への密使

帝都への密使

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 もっとも強大だった都市国家前橋を制圧した俺たち(太田リベレーションアーミー)と、諸部族連合軍の間には、もはや戦後という空気が流れていた。

長く続いた内戦も、内陸部のいくつかの部族を制圧すれば、平和のうちにグンマーは統一されるだろう。もと大学生の俺の上官、千木良大尉は、隣国の帝国の国際連合の事務所に、終戦のための事務連絡にゆくように命じた。

 驚いたことに、隣国の帝国は、馬も牛もおらず、自動車が意味もなく走り回っていた。馬10頭の価値があるサンバーは、ちっとも走っていない。(かたちはサンバーだが、耐久性がなくどの部隊も欲しがらないハイゼットは1台だけみた。)
もっとでかくて、黒光りする車が走り回っているのである。ガソリンが潤沢にあるのだろう。しかし、街をいく女たちは、貴金属を身につけるでもなく、みな痩せて、みすぼらしい格好をしており、やはりこの帝国は格差が激しいのだと、俺は思った。
栄養状態がよくないのだろう。ふくよかな女がまったくいない。髪が変色しチアノーゼをおこしたような顔色の、女もみた。これだけ車が走っていても、その女を救護する者は、誰もいないのだ。
千木良大尉がかつて俺に語った、「持っている馬の数で人間の価値がきまるような、そんな国ではなく、みなが平等に、平和に暮らせる国」という夢は、やはり実現が難しいのかもしれない。

 大尉が俺に渡してくれた予約番号を、ナカゾネ一派の迎賓館のような立派な宿の受付に告げると、別のカウンターに案内され、係は手早く処理をして、俺に電子鍵を渡し、部屋へ案内した。細身の男は、短機関銃と銃剣(俺が最後に丸腰で歩いたのは、あのいまいましい内戦のはじまった3年前、高校1年生のときだ。)の入った重い雑嚢を、笑顔を崩さずひょいっと持ち上げた。

 今のグンマーには、まだ産業がない。このような接遇のできる人材を育成し、俺のふるさと法師温泉を、一大歓楽地にする、そんなことを考えながら、風呂に入った。石鹸はとても上等で、かつて、中之条を陥落させたとき、部族指導者の娘の部屋にあった、上等の石鹸と同じにおいがした。発情したイタチのかおりを、こう上品に仕上げるとは、やはり歴史のある帝国は違う。この帝国の調香師のような人材が、今のグンマーにはいない。どうすれば、あの発情臭が、かくも上品な香りになるのか。さまざまな山野草と調合しているようだ。

 風呂からあがると、窓際の卓の上に、鏡のように磨かれたバケツが置かれ、ぶどう酒が冷やされた状態で入っていた。そして、皿の上に盛られた果物。
添えられたナイフはちっとも切れないので、俺は雑嚢から銃剣を出し(グンマーをでるときに研いできた)、皮をむこうとしたが、敵の血を吸った銃剣ということを思い出し、上等の石鹸の香気にやられていた俺は、血の臭いがする銃剣で果物をむくのを躊躇した。




 給仕が、銃剣を持って、果物の前に立ち尽くしている俺に、「お手伝いいたしましょう」と笑顔で声をかけてくれた。
そして、果物は、5分もしないうちに、皮がむかれ、すぐ食べられる状態で、卓上に並んだ。

遠くの高速道路を、赤色灯を点滅させた車両が走る。
俺は簡易の光学式測遠器を雑嚢から取り出して、対象までの距離はおおよそ1500mと測定した。
ステレオ式の光学レンジファインダーは、グンマーでも旧式になっており、最近は、レーザーによるレンジファインダーが流行していた。しかし、遠方の動目標については、俺は使い慣れた筒、光学式のレンジファインダーのほうがよく、今も光学式を愛用している。

 そして俺は何も考えずに計算をはじめた。
車の長さは、おそらくレガシィ(これはサンバー1ダースくらいの価値がある。レガシィは外貨獲得用の超高級車だ)と同じと想定、速度は周辺の車両と比較すると、時速100キロちょっと。使い慣れた噴進砲で撃破する場合、28シュトリヒ先を狙えばよいな・・・ 風速も考慮しなければいけないか・・・
(太田リベレーションアーミーでは、シュトリヒと呼ぶが、ミリラジアン、ミルと同意である。グンマー帝大で速成の砲兵将校教育を受けたものは、ミリラジアンと呼ぶが、俺は、隣の帝国の砲兵将校だったじいさまに習ったシュトリヒと呼ぶことに誇りを持っていた。それに、俺は大尉からフーリエ解析についても手ほどきを受けていたし、グンマー帝大で速成教育をうけて砲兵徽章をこれ見よがしにみせびらかす奴らに、砲術で負ける気はしなかった。)

 給仕が、「ほかにお手伝いできることは?」と笑顔でたずね、俺は、現実の世界に戻された。
ここは戦場ではないのだ。イタチと草木の石鹸の匂いがする、平和な隣国。

 ぶどう酒の味はよくわからなかったが、俺がよくグンマーの戦場で飲んでいる雑穀酒にくらべると、品があり、甘く、炭酸も入っているようで、上等の酒であることがわかった。
大尉は、内戦前は、よくこういうところに恋人と滞在していたのかもしれない。部族指導者とまではいかないが、大尉もなかなかの名家の出なのである。パスポートを大尉なら持っていてもおかしくはない。一般人が、大宮のデパートに買い物にいくときにつかう紙の一次旅券じゃあない、革張りのちゃんとした数次旅券を大尉は大学生ながら持っていたに違いない。
「隣国政府は、終戦後、君たちに共通一次の受験資格を与えるそうだ。」
昔、大尉が俺に告げた言葉を思い出した。
でも、俺はもう学校には戻れない。動くものをみれば、こいつを撃破するためには・・・と偏差射撃の計算をはじめてしまうのだ。戦争馬鹿だ。

 しかし、俺は大尉の気遣いがうれしかった。
グンマーの将校として、胸をはって隣の帝国で過ごせという、大尉の気遣いが嬉しかった。
(俺の青春は、戦争だけだった。そして内戦終了後には、心に傷を負った少年兵として施設に収容された。階級にふさわしい待遇などなかった。けれど、俺があの収容所で生き延びられたのは、この宿泊体験があるからだった)

 俺の戦争馬鹿はなおらない。もう学校にも戻れない。けれど、俺は銃剣で果物をむかなくてもいい世界があることを知った。
俺のふるさとの宝川温泉に、このような立派な宿を作り、一大歓楽地に、草津のような、世界から客のくる一大歓楽地にするのだ、復興後のグンマーにで俺はやるぞ、飲み慣れないぶどう酒の酔いがまわるのを感じながら、基礎解析の教科書をもったまま死んだ戦友に俺は誓った。
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