グンマー戦記

深川さだお

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10 ユウコ先生の車

ユウコ先生の車

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グンマー戦記 10 


ユウコ先生に階級章をつけてもらった俺は、晴れて太田リベレーションアーミーの予備役少尉となった。
少尉というと、一クラス、数十人を率いる小隊長の位だが、有事の際には大隊、つまり学年全体を率いることができるような訓練を俺は受けていた。


講堂での式典が終わり、俺は帰宅を許された。帰宅といっても、俺の実家のある宝川温泉へは、複数の部族の領土を通らねばならず、この状況ではとても辿り着けそうにない。俺が教育を受けた、太田リベレーションアーミー本部には、俺のように帰る所をなくした者のために宿泊所が設置されていたので、俺はそこに向かおうと、教室の中から、筆記用具や、日用品を取り出して、支給されたばかりの雑嚢に入れた。教科書は、使うこともあるまいと、そのまま。戦場に行って、教科書を学校から持ってきた戦友が多いのには、このあと驚かされることになる。でも、勉強していた奴はごく稀で、皆に人気があるのは美術か、国語の教科書だった。いつ終わるともしれない内戦の戦場で、俺達は見慣れたグンマーの田畑に穴をほってそこで教科書に描かれた西洋や隣国の名画や、小説や詩を読んだのだ。戦争で遊んだ心には、教科書は本当にありがたかった。そうだ、ユウコ先生は、国語の先生だ。

なにもかも、嘘のようだった。半年ぶりにきた教室は静まり返っていて、黒板はしばらく使われていないようだった。俺が太田リベレーションアーミー本部で促成訓練を受けていた半年のあいだ、学校は授業などせず、クラスの奴らは教練ということで、穴の掘り方やら、飯の炊き方、そして銃の撃ち方を習っていたという。

気がつくと、後ろにユウコ先生がいた。俺は、先程、目をつりあげて部族の名誉を説いた先生が怖かった。男は殺せ、女は犯せなど、とてもあのユウコ先生が言う言葉とは思えなかった。
けれど、教室にきた先生は、いつものとおり、眼鏡をかけて、講堂の緊張した顔とちがう、慈愛あふれる笑みを見せた。

「先生、さっきは驚きました」
俺は震える声で言った。
「ごめんなさい、あなたがアーミーの本部にいっているとき、いろいろあったのよ。オブツィ一派に対する敵愾心を植え付けるために、アーミーの中央委員がきて、部族の敵オブツィ、文化の敵オブツィ、小麦には小麦を、血には血を、男は殺せ、女は犯せって、散々みんなを煽動したのよ」
「先生のセンスじゃないと思った。大陸の蛮族のような、野蛮なセンスですね」
先生は、くすくす笑った。
そして、俺は帰るところがないので、アーミー本部のセミナーハウスに泊まろうかと思うと言った。そうしたら、先生は車で送るといってくれた。ユウコ先生は、学校の地下駐車場に入り、俺を招いた。みんなの憧れの、外国車(グンマーでは隣の帝国の車が外車と呼ばれていたが、先生の車は本物の外国車だった)、俺は外国車のハンドルが国産車や隣の帝国の「外車」と逆ということを知らないで、運転席にほうにまわったら、先生に笑われてしまった。くすっと小さく小動物のように笑う先生は、いつもの先生だった。
憧れの、先生の車。かわいらしい小物はなく、メーターがたくさんあった。




先生は慣れた調子でギヤ゙を入れて車を出した。
けっこう広い学校の地下駐車場から、あっという間に車は路上に出る。いつもの光景が広がっていた。バスも普通に走っていた、
先生はギアを抜くときに一回クラッチを切り、入れるときにもう一回切った。車の好きな同級生がよく言っているダブルクラッチというやつだ。先生の足もとをみるともいけないと思って、俺は視線を上げた。先生の白い指がシフトノブにからむと、あっと言う間に変速が終わる。俺は先生のしなやかな指にすっかり見とれていた。

「少し乗ってみたい?」
と先生。
「自動車の運転は、アーミーの本部で少し習いました、サンバーで。でも、サンバーとは違うでしょう?」
「そうね、少しサンバーとは違うかもしれない。でもすぐに乗りこなせる筈よ」
そういって、先生はまた、しなやかな指をシフトノブにからめた。さらに車は加速した。
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