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「……なんという、因果かしら」
王国の謁見の間。その最奥で、リディアは優雅な一礼をしながらも、心の奥底では毒を噛みしめていた。
(まさか、初日から……)
目の前に座すのは、王国第三王子――アレクセイ・フォン・レーヴェンハルト。
かつて、リディアが婚約者として心を寄せ、やがて断罪と侮辱で塗り潰した男。
その隣に座るのは、当時“清らかな被害者”として讃えられた令嬢――フリーダ・ベルンシュタイン。
彼らの表情は、かつてと違っていた。アレクセイの瞳にはわずかな疲れ、フリーダの顔には仄かに焦りの色があった。だが、それでも彼らは変わらぬ笑顔で貴族の仮面をかぶっている。
「ようこそ、王都ミルセリアへ。帝国からの使節団を歓迎しよう」
声を張り、アレクセイはそう言った。だが、リディアの耳にはその声が、かつての冷酷な一言――「この婚約を破棄する」――と重なっていた。
「……ありがたきお言葉ですわ、アレクセイ殿下」
完璧な微笑で返す。仮面の下、心を押し殺すのは慣れている。
(……この国は、何も変わっていない。変わったのは、わたくしの方)
だが、彼女の存在にアレクセイはかすかに目を細めた。
「……君の名前は?」
「レティシア・フォン・ラーナ。帝国の貴族家の庶子にございます」
当然、偽名だ。髪色も帝国の伝統色である深紅に染めてある。
しかし、アレクセイの目が彼女を探るように細められる。
(……覚えているのかしら、わたくしの声も、笑い方も、息の仕方すら)
胸の奥が微かに震えるのを、リディアは押し殺した。
その日の夜。
城の離宮に割り当てられた客室。リディアは鏡の前で髪をほどいていた。
深紅に染めた髪を指でなぞる。どれだけ色を変え、名前を偽っても、あの男には見抜かれるかもしれない。
(……それでも、わたくしは進まなくては)
窓の外に目をやると、庭園の片隅に人影が見える。しなやかな動き、落ち着いた佇まい――ユリウスだ。
リディアは、自然と立ち上がっていた。気がつけば、部屋を出ていた。
「こんなところで、何をしているの?」
「そっちこそ。眠れないのか?」
月明かりの下、再び交差する視線。ユリウスの瞳はどこまでも真摯だった。
「……殿下と目が合った瞬間、身体が勝手に固まりましたわ」
「……ああ、君のことを忘れるはずがない。あの男は愚かだが、君の存在だけは脳裏に焼き付いているだろう」
「……愚か、ですか」
「リディア。あの時、君のそばに立てなかったことを、俺は一生悔いている。だが、今は違う。君が望むなら、この剣を何にでも向ける」
ユリウスの手が、そっとリディアの手を取る。
「俺は、君が笑ってくれる未来が欲しいんだ」
揺れる瞳。けれど、リディアは静かに手を引いた。
「……ユリウス。まだ“終わっていない”の。あの夜が、すべての始まりだったのだから」
翌日。
リディアは情報収集の名目で王城内を歩いていた。昔と変わらぬ回廊、使用人たちの噂話。聞こえてくるのは、「フリーダ様の機嫌がまた悪い」だの、「アレクセイ殿下の側近が次々辞めている」だの――。
(やはり、あちらも平穏無事というわけではないようですわね)
そんなとき、不意に声がかかる。
「……貴女、少しお時間をいただけますか?」
声の主は、フリーダ・ベルンシュタインだった。
(……これは、面白い展開ですわ)
「もちろんですわ。何かございました?」
「……いえ、少し気になりまして。貴女、どこか……リディア様に似ていらっしゃって」
「……まあ、よく言われますわ」
微笑みながら、リディアは心中で毒を吐く。
(あら、フリーダ様。あなたの直感だけは鈍っていないのね)
「アレクセイ様も……少し貴女を気にされているご様子で」
その言葉に、胸の奥がまた疼く。
(……今さら、わたくしを気にかける資格があるとでも?)
「殿下のご厚意に応えられるよう、務める所存ですわ」
完璧な微笑。貴族令嬢の仮面を再びかぶる。
フリーダはその笑みに、何かを感じたのか、目を細めた。
「……貴女、本当に“帝国の令嬢”なのかしら?」
「ええ、嘘偽りなく」
嘘ではない。帝国で生き直した彼女は、今や“銀閃のリディア”として、誇りを持って立っている。
その日の夕刻、庭園にて。
「……やはり、君だったのか」
その声に、リディアの身体が凍りついた。
振り向くと、そこには彼――アレクセイ・フォン・レーヴェンハルト。
かつての婚約者が、すぐ目の前に立っていた。
「……何のお話でしょう?」
「君の声、歩き方、仕草。忘れるわけがない。たとえ髪の色が変わっても」
「……殿下は、幻でも見ていらっしゃるのでしょう」
「違う。君はリディアだ。……なぜ、戻ってきた?」
彼の瞳には、かつてなかった“揺らぎ”があった。
「貴方に答える義理はありませんわ」
「……あの夜、お前を信じられなかった。それが、俺の罪だ」
「ええ、わたくしはすべてを失いました。……婚約者も、家も、誇りも」
「……だから、今度は失いたくないんだ」
「今さら、何を……」
アレクセイが一歩近づく。リディアの瞳が、わずかに揺れる。
「俺は、まだ――」
「それ以上、言わないで」
リディアの声が、微かに震える。
「……貴方に許しを与えるほど、わたくしは優しくありません」
その言葉に、アレクセイは拳を握りしめた。
「それでも、君がここにいるなら――希望はあると、俺は思いたい」
彼の背が遠ざかる。リディアはその背中を、しばらく見つめていた。
(……許す気なんて、ない。でも……)
胸の奥がざわついていた。
夜。月明かりの中、リディアはひとり自室で瞳を閉じた。
アレクセイの声、ユリウスの言葉、アシュレイの視線。三人の男、それぞれが違う想いをぶつけてくる。
(……わたくしは、誰を信じればいいの?)
まだ終わっていない過去。揺れ始めた今。踏み出すべき未来。
そして、リディアは知らなかった。
フリーダの背後に“もう一つの敵”が迫っていることを。
帝国と王国、過去と現在、そして愛と憎しみが交差する中――
リディアの物語は、さらに熱を帯びていく。
王国の謁見の間。その最奥で、リディアは優雅な一礼をしながらも、心の奥底では毒を噛みしめていた。
(まさか、初日から……)
目の前に座すのは、王国第三王子――アレクセイ・フォン・レーヴェンハルト。
かつて、リディアが婚約者として心を寄せ、やがて断罪と侮辱で塗り潰した男。
その隣に座るのは、当時“清らかな被害者”として讃えられた令嬢――フリーダ・ベルンシュタイン。
彼らの表情は、かつてと違っていた。アレクセイの瞳にはわずかな疲れ、フリーダの顔には仄かに焦りの色があった。だが、それでも彼らは変わらぬ笑顔で貴族の仮面をかぶっている。
「ようこそ、王都ミルセリアへ。帝国からの使節団を歓迎しよう」
声を張り、アレクセイはそう言った。だが、リディアの耳にはその声が、かつての冷酷な一言――「この婚約を破棄する」――と重なっていた。
「……ありがたきお言葉ですわ、アレクセイ殿下」
完璧な微笑で返す。仮面の下、心を押し殺すのは慣れている。
(……この国は、何も変わっていない。変わったのは、わたくしの方)
だが、彼女の存在にアレクセイはかすかに目を細めた。
「……君の名前は?」
「レティシア・フォン・ラーナ。帝国の貴族家の庶子にございます」
当然、偽名だ。髪色も帝国の伝統色である深紅に染めてある。
しかし、アレクセイの目が彼女を探るように細められる。
(……覚えているのかしら、わたくしの声も、笑い方も、息の仕方すら)
胸の奥が微かに震えるのを、リディアは押し殺した。
その日の夜。
城の離宮に割り当てられた客室。リディアは鏡の前で髪をほどいていた。
深紅に染めた髪を指でなぞる。どれだけ色を変え、名前を偽っても、あの男には見抜かれるかもしれない。
(……それでも、わたくしは進まなくては)
窓の外に目をやると、庭園の片隅に人影が見える。しなやかな動き、落ち着いた佇まい――ユリウスだ。
リディアは、自然と立ち上がっていた。気がつけば、部屋を出ていた。
「こんなところで、何をしているの?」
「そっちこそ。眠れないのか?」
月明かりの下、再び交差する視線。ユリウスの瞳はどこまでも真摯だった。
「……殿下と目が合った瞬間、身体が勝手に固まりましたわ」
「……ああ、君のことを忘れるはずがない。あの男は愚かだが、君の存在だけは脳裏に焼き付いているだろう」
「……愚か、ですか」
「リディア。あの時、君のそばに立てなかったことを、俺は一生悔いている。だが、今は違う。君が望むなら、この剣を何にでも向ける」
ユリウスの手が、そっとリディアの手を取る。
「俺は、君が笑ってくれる未来が欲しいんだ」
揺れる瞳。けれど、リディアは静かに手を引いた。
「……ユリウス。まだ“終わっていない”の。あの夜が、すべての始まりだったのだから」
翌日。
リディアは情報収集の名目で王城内を歩いていた。昔と変わらぬ回廊、使用人たちの噂話。聞こえてくるのは、「フリーダ様の機嫌がまた悪い」だの、「アレクセイ殿下の側近が次々辞めている」だの――。
(やはり、あちらも平穏無事というわけではないようですわね)
そんなとき、不意に声がかかる。
「……貴女、少しお時間をいただけますか?」
声の主は、フリーダ・ベルンシュタインだった。
(……これは、面白い展開ですわ)
「もちろんですわ。何かございました?」
「……いえ、少し気になりまして。貴女、どこか……リディア様に似ていらっしゃって」
「……まあ、よく言われますわ」
微笑みながら、リディアは心中で毒を吐く。
(あら、フリーダ様。あなたの直感だけは鈍っていないのね)
「アレクセイ様も……少し貴女を気にされているご様子で」
その言葉に、胸の奥がまた疼く。
(……今さら、わたくしを気にかける資格があるとでも?)
「殿下のご厚意に応えられるよう、務める所存ですわ」
完璧な微笑。貴族令嬢の仮面を再びかぶる。
フリーダはその笑みに、何かを感じたのか、目を細めた。
「……貴女、本当に“帝国の令嬢”なのかしら?」
「ええ、嘘偽りなく」
嘘ではない。帝国で生き直した彼女は、今や“銀閃のリディア”として、誇りを持って立っている。
その日の夕刻、庭園にて。
「……やはり、君だったのか」
その声に、リディアの身体が凍りついた。
振り向くと、そこには彼――アレクセイ・フォン・レーヴェンハルト。
かつての婚約者が、すぐ目の前に立っていた。
「……何のお話でしょう?」
「君の声、歩き方、仕草。忘れるわけがない。たとえ髪の色が変わっても」
「……殿下は、幻でも見ていらっしゃるのでしょう」
「違う。君はリディアだ。……なぜ、戻ってきた?」
彼の瞳には、かつてなかった“揺らぎ”があった。
「貴方に答える義理はありませんわ」
「……あの夜、お前を信じられなかった。それが、俺の罪だ」
「ええ、わたくしはすべてを失いました。……婚約者も、家も、誇りも」
「……だから、今度は失いたくないんだ」
「今さら、何を……」
アレクセイが一歩近づく。リディアの瞳が、わずかに揺れる。
「俺は、まだ――」
「それ以上、言わないで」
リディアの声が、微かに震える。
「……貴方に許しを与えるほど、わたくしは優しくありません」
その言葉に、アレクセイは拳を握りしめた。
「それでも、君がここにいるなら――希望はあると、俺は思いたい」
彼の背が遠ざかる。リディアはその背中を、しばらく見つめていた。
(……許す気なんて、ない。でも……)
胸の奥がざわついていた。
夜。月明かりの中、リディアはひとり自室で瞳を閉じた。
アレクセイの声、ユリウスの言葉、アシュレイの視線。三人の男、それぞれが違う想いをぶつけてくる。
(……わたくしは、誰を信じればいいの?)
まだ終わっていない過去。揺れ始めた今。踏み出すべき未来。
そして、リディアは知らなかった。
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