婚約破棄された悪役令嬢、異国で無双する

ほーみ

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「レティシア・フォン・アイゼンシュタイン――君との婚約は、破棄させてもらう」

その一言で、私の人生は一変した。

王太子との婚約。それは私、レティシア家の令嬢として当然のように与えられた未来だった。だが今、王宮の玉座の間でそのすべてが崩れ去ろうとしている。婚約者である王太子アルベルトは、隣に寄り添う平民の娘――リリアーナに、慈しみの眼差しを向けていた。

「君のような冷たい女性と共に未来を築くことなど、できはしない。リリアーナこそが私の真の運命の相手だ!」

玉座の間に集まった貴族たちはざわつき、哀れみと好奇の視線が私に突き刺さる。だが、私は泣き崩れたりなどしない。

「――わかりました。王太子殿下のご意志、確かに承りました」

私は深く一礼し、静かにその場を去った。

怒りも、悲しみもなかった。あの男が私を選ばなかったことは、むしろ好都合だった。私に必要なのは、利用されるだけの立場ではなく、私自身の力と自由。それに、これでやっと、あの偽善者と顔を合わせなくて済む。

しかし、社交界で「悪役令嬢」と呼ばれた私に残された道は少ない。国内にいれば、いずれ権力闘争に巻き込まれるだろう。私はすぐさま決断を下した。

「――祖国を出よう。異国で、私の力を試す時だわ」




氷雪のように冷たい瞳で周囲を見下ろす私を、「悪役令嬢」と呼んだ彼らに、いずれ後悔させてやる。

旅立ちの朝、護衛と荷物だけを連れ、私は馬車に乗った。目指すは東方の大国、アグナス。魔導と機巧が共存するその国は、才能さえあれば身分に関係なく栄達できると聞く。だが、まさかあんな出会いが待っていようとは、その時の私はまだ知らなかった。





アグナス王国――

「おいおい、そこの嬢ちゃん。いきなりここに立ってちゃ、轢かれるぞ?」

活気あふれる市場の真ん中で、私はいきなり男に声をかけられた。

「……嬢ちゃん、じゃないわ。私はレティシア・フォン・アイゼンシュタイン」

「長い名前だな。じゃあレティでいいか?」

無礼だが、どこか悪気のないその笑み。浅黒い肌に鋭い金の瞳、黒髪を無造作に束ねたその男は、まるで野生の獣のようだった。

「あなた、何者?」

「ん?俺はカイ・アルヴェイン。この街の何でも屋さ。困ってるなら、助けてやろうか?」

最初は無視するつもりだった。だが彼の視線は真っ直ぐで、下心よりも興味が勝っているように見えた。

「……一つ聞くわ。私はこの国で、魔導の学舎に入りたいの」

「お嬢様が魔導士志望?おもしれぇ。あそこは難関だぞ?」

「問題ないわ。私は、自分の実力には自信がある」

そう、私は「悪役令嬢」である以前に、魔導の才において王宮随一と讃えられた女。けれど女であるというだけで、本当の実力は認められなかった。

「――あんた、好きだぜ」

「は?」

「その目。いいじゃねぇか。何かをぶっ壊すような目してる」

急にそんなことを言われて、戸惑った。けれど、彼の口調はからかいでも嘲笑でもなく、本当に楽しそうだった。

「じゃあ案内してやるよ。学舎までは遠いしな。俺の馬車、乗るか?」

「タダで?」

「もちろん。見返りは……俺と飯でも食ってくれりゃいい」

なんて軽薄な男、と内心では思った。けれど、その気安さはどこか心地よくて、私は気が付けば彼の差し出した手を取っていた。




学舎の門前に立った私は、まるで少女のように胸を高鳴らせていた。

「ようこそ、アグナス王立魔導学舎へ。入学試験は三日後だ。宿は俺が手配しておく」

「ありがとう。あなた、意外と親切ね」

「見返りがなけりゃ動かねぇけどな」

そう言ってカイは笑う。その笑顔が、どうしようもなくまぶしかった。

私は、恋などもうしないと決めていた。誰かに心を許せば、また裏切られると思っていた。

けれど、この異国の空気の中、無骨で飄々とした彼に出会って、何かが少しずつ変わっていくのを感じていた。




三日後――

試験会場には、国中から集まった若者たちがひしめいていた。身分も性別も関係ない実力主義のこの場で、私は生まれて初めて“誰の娘でもない自分”として評価されようとしていた。

「――試験内容は、魔力量の測定、実戦演習、そして創造魔術の適性だ」

担当官の声に、ざわつく会場。だが、私は一歩も引かない。

私には確かな魔力と知識、そして何より――

「見せてやるわ、これが“悪役令嬢”の実力よ」

手をかざし、魔力を練る。

光が走り、空中に現れる氷の槍――

会場が息を呑んだ。

そして、試験官の一人が口を開く。

「君、名前は?」

「レティシア・フォン・アイゼンシュタイン」

「アイゼンシュタイン……まさか、あの北方の?」

「元・王太子妃候補よ。けれど今は、ただの留学生」

場が静まり返る中、私の背後から拍手が起こった。

「やっぱりすげぇな、お前」

カイだった。

「その才能、埋もれさせるには惜しいぜ」

その笑顔を見て、胸の奥が熱くなる。

けれど、私はまだ知らなかった。
彼が、この国で最も危険な家系――「黒翼家」の血を引く男であることを。

そしてこの出会いが、ただの偶然ではなく、運命の導きであることも。
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