【完結】ブルームーンを君に(改稿版)

水樹風

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Episode 3 *

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 マンションのエレベーターの中で徳永と二人きり。
 もうすぐ悠の部屋である三十二階のペントハウスに着くという時だった。

「……徳永、ちょっと、まずいかも……」

 アラームの警告の通り、悠は身体が奥のほうから熱く痺れ始めるのを感じ取り、自身の身体を抱きしめ壁にもたれかかる。

「悠様。ここ二回ほど抑制剤を使い過ぎています。今回は別邸ですから、最初の数日は薬を使わずに……」

 吐息も甘く自分を抱きしめながら小さく震える主人を優しく見つめ、徳永は彼の背中へと腕をまわしてそっと抱き寄せ耳元でそう告げた。
 なんのためらいもなく自分の執事の腕に包まれ身体を預けていた悠は、その言葉に弾かれたように顔を上げる。

「そんなっ……無理だよ、徳永……。だって、もう、こんな……」

 そこまで口にして、徳永の表情が少しも揺らがないことに気付き、悠は泣きそうになった。

(もう、こんなに苦しいのに……。また僕は……)

 エレベーターのインジケーターが目的地への到着を告げる。
 黙り込んだままの悠を抱きかかえた徳永は、部屋に入るとそのまま真っ直ぐにバスルームへと向かった。

「と、徳永?」
「今夜はステージで汗をかいておいでです。今のうちに流しておきましょう」
「そんな、いいよ……。それに、徳永濡れちゃうじゃないか」
「私のことはお気になさらず。多少濡れても着替えればいいだけです」

 身体の奥深く、じりじりと悠を焦がしだした本能の熾火おきび
 ゆっくりと思考がただ一つだけに染まっていくいつもの感覚に怯えながら、悠はジャケットとベストを脱ぎ捨てる徳永を見つめる。

(どうせこれからグチャグチャになっちゃうのに、シャワーなんて……)

「徳永、お願いだから……薬を、飲ませて……」

 今の落ち着きはらった徳永に何を言っても無駄だと分かってはいた。それに普段の悠ならば、主人としての自分を手放すことなどしたりしない。
 けれどオメガのさがが、悠の求める「あるべき自分」を自ら放棄させようとしていた。
 そして、それを何より恐れる彼は、駄々をこねる幼子のように徳永に縋り付く。
 既にその様子が、「あるべき自分」を手放していることにも気づけずに……。

「悠様のお身体のためです。我慢しましょうね?」
「い、嫌だ……。いや……怖いよ……徳永……僕、また……」
「大丈夫です。大丈夫ですよ。さあ、こちらへ」

 徳永は手際よく悠の服を脱がせると浴室へと連れていった。

「徳永、ひ、一人でする……から……」
「いいえ。今、ご自分で思っておられるよりもずっと、足元がふらついていますよ。いいのです、悠様。私にだけは、どうか甘えてください」
「で、でも……あっ……」

 徳永は弱めの水圧にしてシャワーでお湯をかけていく。それでも、身体中が敏感になっている悠には、その刺激すら強すぎた。
 あっという間に彼の中心は熱を集め、その昂りがどうしようもなく疼いてしまう。
 
(あぁ、また、こんな……)

 身体が震え続けるのは、果たして羞恥心からか、それともすぐ目の前にある快楽のせいか。
 抗えない欲望に、悠はもう限界だった。徳永の見ている前だというのに、彼は自分の屹立を握りこみ夢中で扱きだす。

「あ、あぁ、……お願い、見ないで……あ、はぁ……」

 恥ずかしさに視界が滲んだ。
 どうせなら、この僅かに残った理性を失くしてしまいたかったと、悠は奥歯を噛みしめる。
 そうして、その羞恥と身体を駆け巡る快感が彼の心を苛み、やがてそれすら本能の波が押し流していた。

「あ、イクっ……──っ!」

 あっという間に放たれた白濁が悠の手を汚す。
 呼吸も荒く大きく上下する肩にバスローブが掛けられ、悠はまた徳永に抱き上げられていた。
 今の刺激のせいで、後孔からは粘度のある液体がトロトロと溢れ始めている。

「ああ……もう……」

 そして力を失くしたはずのそこもまた芯を持ち、悠をさらに絶望させた。
 ここからはもう、抗うことなどできず堕ちてしまう。オメガの本能だけで満たされた底なし沼の中で溺れ続け苦しむだけなのだ。
 

「助けて……、徳永……」

 そのひと言は、驚くほどに心許なく掠れて消えた。
 自分の求める香りがそこにあるわけではない。彼はベータなのだ。それでも徳永の逞しい腕の中は、オメガが求める雄の温もりに満ちていた。
 寝室に入れば、既にベッドの上には防水のシーツが広げられ、大量のタオルや水が用意してある。
 徳永は甘美な笑みを浮かべ主をベッドに寝かせると、ためらいなくバスローブの腰ひもをほどいた。

「怯える必要はありませんよ、悠様。全て私にお任せください。いつも通りに……」


 もう十年近く、徳永は悠の面倒を見続けている。彼は絶対に理性を失うことはない。悠を抱くという選択肢など、徳永の中にははじめから存在しないのだ。ただひたすらにオメガの欲望を受け止め、熱を吐き出させる。

「悠様、感じてください。そのほうが楽になれますよ」

 優しい表情とは裏腹に、彼の手や舌は悠を終わりのない愉悦の沼へと堕としていく。
 徳永に発情期の身体を知り尽くされた悠には抵抗などできるはずもなく、ただされるがままに快楽を享受するしかなかった。
 
(きもち、いい……。徳永の指、きもちいい……。もっと、ほし……)

 とろけきった蕾を割り開き、長い二本の指が内壁をまさぐり続ける。淫猥な水音が響くたび、数え切れないほどに高みを越えてきた悠の昂りからは、透明な雫が溢れて薄い腹を濡らしていた。

「んぅんっ……ふ……あ、ああっ!」

 もう何時間も自身の甘ったるい喘ぎ声を聞き続けている。しかし一片の羞恥心すら失った今の悠には、その嬌声までもが媚薬のようで、『気持ちいい』『イきたい』──ただそれだけが彼の意識を支配していたのだった。

「……っ、あっ!」

 徳永の指が内側でしこったそこを押し上げる。悠は苦しすぎる快感に、たまらず絶頂を求めて自分の昂りへと手を伸ばした。けれど徳永がその手を止め、中心への刺激を奪ってしまう。

「いけませんよ。これ以上扱いては傷つけてしまいます」
「いや、いやっ! もうイきたい……イきたい! 徳永っ、あぁ……!」

 止まらない涙。子供のように嫌々と首を横に振り、今唯一縋れる男のシャツをきつく握りしめて悠は懇願した。

「後ろでちゃんとイケるでしょう? 悠様はお上手なはずですよ。ほら……」

 『感じて』──そう耳に蜜のようなテノールを囁かれた瞬間──。

「っ!? ん、……──っ!」

 悠は声も出せずに、身体を大きく痙攣させて絶頂を越えた。そして真っ白な世界へと、意識を手放していたのだった……。





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