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再会は死んでから
其ノ九
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反射的に、蘇芳は彼女の後を追う。
「どこに行くんだよ、おい」
姑獲鳥は家の脇に消えていく。蘇芳も雑草をかき分けながら、後に続いた。姑獲鳥はそのまま家の裏手へと回ると、そこから神社の境内へと進入した。蘇芳も続き扉を潜った所で、姑獲鳥はすでに数十メートル先にいて、建物の角を曲がろうとしている。体が小さいせいか、やけにすばしっこい。
蘇芳がさらに追随して突き当りに差し掛かったころ、右手奥の灯篭横に動く影を目の端で捉えた。急いで後を追う。
「ちょっと待てよ、姑獲鳥」
蘇芳が赤い灯りの下にたどり着いたとき、姑獲鳥の姿はどこにも見当たらなかった。辺りはしんと静まり返っていて、蘇芳の上がった息だけが夜の闇に吸い込まれている。
けれど、完全に見失ってしまったわけではない。蘇芳も昔、神社の中でよくかくれんぼをした。そんなとき、皆がこぞって身を隠す場所がある。
蘇芳は本殿のすぐ横まで足を進めると、そのままその場にしゃがみこんで、神社の床下を覗き込んだ。スマホの明かりで奥を照らす。
栗毛色の頭がすぐに反射した。
「おい、そんなとこに隠れてないで出てこいよ」
「嫌。そうやって引きずり出して、わたしとターカナの縁を切るつもりなんでしょ。わたしにとってターカナはすごく大事な人なの。わたしと唯一仲良くしてくれた人間なの。ずっと一人で森の中にいたあの頃の、寂しさばかりの感情に喜びを与えてくれた大切な友人なの。わたしの大切は奪われたくない。わたしは、ターカナと仲良くしたいの。そんな些細な願いさえ、許してくれないの?」
「別に、無理に縁を切ろうだなんて誰も思ってねぇよ。少なくとも、俺には決断できることじゃない。お前と加奈が決めることだ。だから今ここで聞かせてくれ。お前は加奈を殺す覚悟でこれからも付き合っていきたいんだな?」
蘇芳の質問は一方通行。後に会話は続かない。
もう一度床下をライトで照らす。姑獲鳥は蹲っているせいで顔が見えない。ただ、鼻をすするような音と、ひくつく背中が全てを物語っていた。
しばらく蘇芳が待っていると、ようやく姑獲鳥は口を開く。
「わたしも、分かってはいるの。どっちを選んだ方が、ターカナのためになるのかってことは。このままじゃターカナが死んじゃう。だったら、縁を切った方があの子はきっと報われると思う。……でも、まだ心の整理がつかないの。まだ、現実を受け入れきれない自分がいるの。だから、もう少し待ってくれないかな」
それが彼女の最大限の譲歩だったのだろう。なぜか、そんな気がした。だから、こちらもできる限り譲ってやりたかった。
「分かった。後悔ないようにじっくり考えろよ。ただし、加奈の病状も気になる。後どれくらい生きられるのかも検討がついてねぇ。だから、一週間だ。一週間の内に、答えを出してくれ」
「うん。分かった」
互いに納得できたようで安堵した。蘇芳は立ち上がる。
「待って。あと、もう一つ頼んでもいい?」
「なんだよ」
「このことはターカナには秘密にしてて欲しいの? 知らずに別れた方が、あの子にとっても幸せだと思うんんだ」
――別れる前提かよ。
彼女の健気さが胸を締め付ける。今回の件に関しては故意ではない以上、姑獲鳥に非はない。にもかかわらず加奈のためを思い、踏みとどまろうとする様は、見ていていたたまれない。
蘇芳はせめて少しでも彼女のためにと思い、二つ返事を返しておいた。
それ以降、姑獲鳥は朝になると何も言わずにどこかへ出かけていき、陽が沈むころにとぼとぼと帰ってくる。そんな日々が数日に渡り続いた。姑獲鳥は外から帰ってくるたびに、日に日に元気がなくなっていった。ついには、頷くことしかできなくなった彼女の変化は顕著なこと極まりない。
縁切りの件は、合理的に考えると切ってしまうに越したことはない。人が死ぬよりは縁が切れる方がいくらかましだ。でも、目の前にいる姑獲鳥のことを考えると、抵抗を感じないはずがなかった。
全てがうまくいくなんて思っていない。世の中、何かを切り捨てなければいけない場面は少なくない。けれど、どこか諦めきれず策を模索してしまう自分は、愚か者以外の何者でもないのかもしれない。
「どこに行くんだよ、おい」
姑獲鳥は家の脇に消えていく。蘇芳も雑草をかき分けながら、後に続いた。姑獲鳥はそのまま家の裏手へと回ると、そこから神社の境内へと進入した。蘇芳も続き扉を潜った所で、姑獲鳥はすでに数十メートル先にいて、建物の角を曲がろうとしている。体が小さいせいか、やけにすばしっこい。
蘇芳がさらに追随して突き当りに差し掛かったころ、右手奥の灯篭横に動く影を目の端で捉えた。急いで後を追う。
「ちょっと待てよ、姑獲鳥」
蘇芳が赤い灯りの下にたどり着いたとき、姑獲鳥の姿はどこにも見当たらなかった。辺りはしんと静まり返っていて、蘇芳の上がった息だけが夜の闇に吸い込まれている。
けれど、完全に見失ってしまったわけではない。蘇芳も昔、神社の中でよくかくれんぼをした。そんなとき、皆がこぞって身を隠す場所がある。
蘇芳は本殿のすぐ横まで足を進めると、そのままその場にしゃがみこんで、神社の床下を覗き込んだ。スマホの明かりで奥を照らす。
栗毛色の頭がすぐに反射した。
「おい、そんなとこに隠れてないで出てこいよ」
「嫌。そうやって引きずり出して、わたしとターカナの縁を切るつもりなんでしょ。わたしにとってターカナはすごく大事な人なの。わたしと唯一仲良くしてくれた人間なの。ずっと一人で森の中にいたあの頃の、寂しさばかりの感情に喜びを与えてくれた大切な友人なの。わたしの大切は奪われたくない。わたしは、ターカナと仲良くしたいの。そんな些細な願いさえ、許してくれないの?」
「別に、無理に縁を切ろうだなんて誰も思ってねぇよ。少なくとも、俺には決断できることじゃない。お前と加奈が決めることだ。だから今ここで聞かせてくれ。お前は加奈を殺す覚悟でこれからも付き合っていきたいんだな?」
蘇芳の質問は一方通行。後に会話は続かない。
もう一度床下をライトで照らす。姑獲鳥は蹲っているせいで顔が見えない。ただ、鼻をすするような音と、ひくつく背中が全てを物語っていた。
しばらく蘇芳が待っていると、ようやく姑獲鳥は口を開く。
「わたしも、分かってはいるの。どっちを選んだ方が、ターカナのためになるのかってことは。このままじゃターカナが死んじゃう。だったら、縁を切った方があの子はきっと報われると思う。……でも、まだ心の整理がつかないの。まだ、現実を受け入れきれない自分がいるの。だから、もう少し待ってくれないかな」
それが彼女の最大限の譲歩だったのだろう。なぜか、そんな気がした。だから、こちらもできる限り譲ってやりたかった。
「分かった。後悔ないようにじっくり考えろよ。ただし、加奈の病状も気になる。後どれくらい生きられるのかも検討がついてねぇ。だから、一週間だ。一週間の内に、答えを出してくれ」
「うん。分かった」
互いに納得できたようで安堵した。蘇芳は立ち上がる。
「待って。あと、もう一つ頼んでもいい?」
「なんだよ」
「このことはターカナには秘密にしてて欲しいの? 知らずに別れた方が、あの子にとっても幸せだと思うんんだ」
――別れる前提かよ。
彼女の健気さが胸を締め付ける。今回の件に関しては故意ではない以上、姑獲鳥に非はない。にもかかわらず加奈のためを思い、踏みとどまろうとする様は、見ていていたたまれない。
蘇芳はせめて少しでも彼女のためにと思い、二つ返事を返しておいた。
それ以降、姑獲鳥は朝になると何も言わずにどこかへ出かけていき、陽が沈むころにとぼとぼと帰ってくる。そんな日々が数日に渡り続いた。姑獲鳥は外から帰ってくるたびに、日に日に元気がなくなっていった。ついには、頷くことしかできなくなった彼女の変化は顕著なこと極まりない。
縁切りの件は、合理的に考えると切ってしまうに越したことはない。人が死ぬよりは縁が切れる方がいくらかましだ。でも、目の前にいる姑獲鳥のことを考えると、抵抗を感じないはずがなかった。
全てがうまくいくなんて思っていない。世の中、何かを切り捨てなければいけない場面は少なくない。けれど、どこか諦めきれず策を模索してしまう自分は、愚か者以外の何者でもないのかもしれない。
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