泡沫のゆりかご 三部 ~獣王の溺愛~

丹砂 (あかさ)

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本編

第44話 知られざる寵妃 3

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 レフラの側に仕えた者達にとっては、もうだいぶ見慣れたギガイの姿は、レフラから遠い者ほど馴染みはない。市場でしかギガイを見る機会がない、一般の民にすれば、ギガイのレフラへの対応はやはり信じられないのだろう。
 寵妃の存在が根付いて、視察の折に、その対応を目の当たりにする事はあっても、驚かずには居られなかったのか。店員の女性のみならず、責任者の男さえも、ギガイが書類を差し出しているにも関わらず、動かないまま固まっていた。

「おい」

 スッとギガイの顔から表情が消える。いつもの見慣れた冷酷な顔に、ようやく我に返った男が、慌ててギガイから書類を受け取った。

「それでは、今後はレフラ様が来店された際は、許可書等を確認せずに対応させて頂きます」

 素早く書面へ目を通して、ギガイへ恭しく頭を下げる。後を引き継ぐように、リュクトワスが前に出れば、用は済んだと再びギガイが預けていた書類を受け取った。

「あぁ、ひとまずはこの男と、側にいた2名の男を目印としろ。レフラ様が単独で動く事は、絶対にないため、印として十分役に立つはずだ」

 ギガイの代わりに指示を出したリュクトワスが、視線だけでリランを呼んだ。
 リランにしても、残りの2人にしても。入店時から注目されてしまうほど、この場所にそぐわない雰囲気だ。その上、殺伐とした空気感とでもいうのか、時折垣間見える雰囲気も、一般の民とは違っている。日頃からそんな者達ばかりに囲まれた、レフラは違和感を感じている様子はないが、そんな男達に囲まれたレフラの姿は、場所によっては浮いていた。

 真っ直ぐに男の顔を見ながら間を詰めれば、リランの圧に気圧されたのか。

「かしこまりました」

 そう言って頷く男の愛想笑いが、どことなく引き攣っているようだった。

「後はもう良いな?」

 リュクトワスが責任者の男とリランへ確認をした後に、ギガイの方へ足を向ける。書類から顔を上げたギガイが店をぐるっと見回せば、固唾を飲んでやり取りを見ていた客達が、慌てて視線を逸らしていた。

 いつも通りの状況を、特にギガイが気に止めるような様子はない。恐れと好奇が入り交じる視線の中で、リュクトワスを連れたって、ギガイはそのまま出て行った。それを見送り動き出せば、残ったリランへ対しても、周りは緊張したままのようだった。

(レフラ様には、気付かれないようにしないとな)

 心の中で独り言ち、リランは男からすっと視線を動かした。その先にいた、さっき対応していた店員が、リランと視線が重なった事で、ビクッと肩を震わせた。

 その反応に出来るだけ、穏やかそうな表情を浮かべる。さっきの件は、別にこの女性に非があった訳ではない。むしろレフラへの対応としては好ましかった。

「貴女にもう一度、この後の対応を、お願いできるだろうか?」
「わ、私でしょうか?」
「あぁ、正直なところ私達では、こういう事には疎いため、気が付かない事もあるはずだ。特別な事は必要ない。さっきのように、普通に対応してくれればいい」

 リランの言葉に驚いて、責任者の顔を見上げた女性に、男がコクコクと頷き返す。

「光栄な事です。お力になれるように、努めます」
「あぁ、よろしく頼む」

 少し待っていてくれ、と伝えてすぐに店を出る。

 ギガイから贈られた大切な髪紐と、同じように贈りたかった。そう言って、ひどく落ち込んでいたレフラなのだ。
 本当に購入出来るだろうか。ギガイの視察が終わるまでに、間に合わせる事は出来るだろうか。きっと心配しているはずだ。自然と、戻るリランの足は、速くなっていった。
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