泡沫のゆりかご 一部・番外編 ~獣王の溺愛~

丹砂 (あかさ)

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第一部

誤りを正して 6

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「…様子はどうだ?」

「早期の止血で失血量も抑えられておりますし、シワの向きに沿って鋭利に切れているのも幸いでございました。真皮縫合にて縫い合わせておりますので、痕は目立たないかと思います」

「そうか分かった…レフラ自身の体調はどうだ?」

「今は鎮痛剤と気が立っていらっしゃったようなので、鎮静剤を投与しております。そのため少しぼんやりとされていらっしゃるかもしれません」

「分かった。また何かあれば呼ぶ。今はもう下がれ」

診察と処置を施した医癒官が頭を下げて退室する。扉の閉まる音を確認して、ギガイがそっと寝台の垂れ幕の内に入り込んだ。

眠っているのか、首に痛々しく包帯を巻きつけたレフラの目は閉じられていた。寝台の横に腰掛けたギガイの重みでマットがわずかに沈む。浅い眠りだったのかその揺れに気が付いたレフラの目蓋がゆっくりと開かれ、視線がギガイの方へと向けられた。

身体も心もボロボロな状態なのだろう。向けられた顔はまだまだ青白く、疲労の色も濃かった。

「身体はどうだ?」

「大丈夫です、ちゃんと胎は無事です。ありがとうございました」

ぼんやりとしたまま安堵したように笑いながら告げたレフラの言葉は、飾ることも偽ることもなく零れ出た1番の本音なのだろう。

思いもしなかったまさかの返事に、ギガイの表情が固まった。

あの男達の状況から、胎が無事だとは分かっていた。
だがそうでなかったとしてもギガイが気遣うのは何よりもレフラ自身の無事だった。

番う者として迎えた以上、世継ぎとなる子を成すことは必要だった。だがそのためだけの存在ではないのだ。

想いが伝わらないまま、絡まっていく状況のどこを正すべきなのか。誤ったことを知りながら正す術が分からなかった。

「…違う、そうではない」

頬へ向かって伸ばしかけた指先が触れる前に停止する。何が正解か分からない今、情けないと思いながらも触れることが躊躇われた。数瞬の間さまよわせた指をギガイが強く握り込む。

「どうして…?」

いつの間にか身体を起こしたレフラが戸惑ったようにギガイの方を見つめていた。

「まだ寝ていろ」

「…どうして…そんな顔をしているんですか?」

「そんな顔?」

「どうして、触れてくれないのですか?」

「……」

「あの男達が触ったからですか?そうなれば、いくら胎が無事でもダメですか…?もう汚らわしい身体だから触れたくないのですか?」

「違う!そうではない!」

「だって触れてくれなかった!どうしてですか!だって、だって、ギガイ様だって差し出したでしょ?他の臣下の方へ。その方が触るのと何が違うんですか?」

「…他の臣下……」

何のことを言っているのかはすぐ分かった。だけどまさかそんな風に思われていたのだと、今の今まで思いもしなかったのだ。

あまりの状況に吐き気さえもこみ上げる。

「…違う……触らせてーー」

触らせてなどいない。そんなことを命じたりしていない。だけど告げたかった言葉はレフラの必死な声に上書きされる。

「それなら、やっぱり胎を疑っていらっしゃるんですか?でも、本当に胎は無事なんです!本当です!そ、そうだ。イグリアの種みたいに何かないですか?他の子種が入っていない事を調べるような!!」

「……そんな物は存在しない…」

「そんな…でも、本当なんです……」

伏せるように泣き出したレフラの身体をギガイが両腕で包み込む。腕の中に感じる震えが心を引き裂いていくようだった。

「大丈夫だ。疑っているわけじゃない。それにお前を汚らわしいなど思うはずがない」

大丈夫だ、汚くない。疑っていない、本当だ。
何度も何度も繰り返し、その身体を撫でていく。

それでも身体を震わせながら泣き続けるレフラの心にギガイの言葉は届かなかった。

ずっとずっと繰り返す中で、泣き疲れた身体は薬の効果にも抗えなくなったのだろう。

徐々にレフラの身体から力が抜けていく。ついには意識を手放したのか、腕の中の重みが増した。

その身体を包み直す。せめて夢の中へ伝えるようにギガイは変わらずささやき続けた。そのギガイの目から一筋の涙が零れていく。その涙は誰にも見られることなく消えていった。
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