きらめく水面に、思い出は棲む

卯月ゆう

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プロローグ

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 生まれくる子どもに真心を伝えましょう......。
 
 私たちはいつもきみの誕生を心待ちにしていた。
 父親と母親が作り上げるもの、それは結晶のような愛しい我が子。でも、私たちの家庭は、もう一人いることを忘れてはいけない。
 "お姉ちゃん"の存在がいるからこそ、きみの名前が世に華々しく出てくるんだよ。私たちは小さくつぶやくと、その生まれて間もない身体を抱きしめた。
「おめでとう、すい」
「ありがとう、みどり」

 ・・・

 わたしが交わしたもの。
 
 それは形がなくて、口だけで紡がれるからとてもふわふわとしていた。
 姿のひとつも見えないから、まるで空に浮かぶ雲のように何処へまでも行きそうだった。
 ひとつ間違うと、濁流の流れに乗って遠くへ行ってしまう。
 わたしが声を出したときにはもう遅かった。
 
 ここはどこなんだろう。
 あたりには人影は見えず、どこまでも透き通ったコバルトブルーが一面に広がっている。
 わたしは深く沈んでいくと思っていたのに、どうしたんだろうか。
 首をあっちに向けてもこっちに向けても同じ景色だ。なんだかわたしだけがポツンといるようで、孤独におちいる感覚になってしまいそう。
 
 "海のおきへ、遠く遠く出ていきますと、水の色は、いちばん美しいヤグルマソウの花びらのようにまっさおになり、きれいにすきとおったガラスのように、すみきっています。"
 
 ふとわたしの頭の中に浮かんだのがこの一説だった。
 ああ、そうだ。わたしの好きな絵本、「人魚姫」だ。
 
 もしかしたら、わたしの視界を染め上げているのも水の色なのかもしれない。
 ぷかぷかと浮かんでいる感覚も、抱かれている感じなのも、不思議と合点がいくみたい。
 誰に見せるまでもなく、わたしはふわりと微笑んだ。
 なんだか孤独が少しは安らいでくる。
 
 今まで一色だった視界に、視界の隅で差し色が添えられた。なんだろうとその方角に向けて首を上げてみると、なにかがきらめいていた。
「なにかなあ」
 そのきらめきに腕を伸ばしてみてもとうてい届かない。どこまで遠いんだろうか。
 もしかしたら、人魚姫にでてきた空を泳ぐ火の魚なのかもしれなかった。
 
 それは、花火と呼ばれるもの。
 人魚姫は花火に目を輝かせて、王子様に恋をした。
 
 わたしは花火が上がる日を心待ちにしていた。
 夜空に大輪の花が咲いたら、心に眠っている言葉を伝えよう。
 きみがずっと言えなかったことは、わたしと同じだから。
 
 ――約束。
 
 これが、きみと交わしたもの。
 生まれ変わるなら、新しい恋をしよう。新しい約束をしよう。
 その美しさはいつの時代も変わらない。
 
 もうすぐそれに触れられるはずだったんだ......。
 
 わたしはいつの間にか、このプールに姿を現すことができた。
 もしかしたら、過去と未来が、わたしをつないでくれたのかもしれない。生まれ変わるなら、命の限り旅をしよう。心に秘めた言葉を伝えに行こう。
 風になりたがったわたしは身体を泳がせて、水の上に上がっていく。
「さあ、出かけましょう」
 そうつぶやいたわたしは、誰にも見せない微笑みを作っていた。
 
 忘れられない経験をしたのは、去年の夏のこと。
 人生の中でとてもなくきれいな出来事は、恋のものがたり。
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