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第5章 夏の日の真実
19.海に行きたい
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「おはよう」
駅のホームで声をかけた僕はすいと一緒に電車に乗って高校まで登校する。
話すことがあっても何もなくても、ふたりで一緒に行動するのが僕たちの関係みたいなものだろう。
「昨日のテスト、なんとか赤点免れたよ」
「それはよかったね」
すいが話す話題に当たり障りのない返答をしつつも、心の中で安堵のため息を漏らした。
正直な話、自分のことよりも彼女の成績の方が気になってしょうがなかった。高校のまだ一年生とはいえ、授業の様子は中学生の頃とはだいぶ違う。とても難しくなっているのを実感しながら、すいの様子を見つめるしかなかった。普段の様子からどことなく不安な様子をうかがわせてしまう。
体調が悪いとか授業中に寝ている様子は見られないのになぜだろう。
見せてもらったノートはあんなにきれいに書けているのになぜだろう。
それなのに、色んな生徒に声をかけて周っていた。
愛嬌のある性格はクラスに馴染んでいるけれど、どことなく自分のことは後回しにしてしまっている。
おそらく自身の勉強が足りていないのも、自分では気づいていないだろう。
「これで夏休みの補習なくなるもん! そうしたら、たくさんお出かけできるなあ」
湊くん、どこ行きたい? 視線で質問されて思いついたことを即答で答えてみた。
「だいたいは村上の家だと思うけどね。ほら、アニメとかゲームとかあいつたくさん持ってるし」
自分の回答にすいは驚くような仕草をした。
「え、それだけなの。ずっとエアコンの中じゃん」
「いいんだよ、それでも。夏は暑いからあんまり出たくないの」
なんだかすいは頬を膨らませていた。
「なんだかもったいないじゃない。だったら、わたしのお出かけに付き合ってよ」
お出かけ、その言葉を頭の中で反芻する。すいと一緒だったら、別にデートじゃない気がしてしまう。そんな彼女は行きたい所をひとりで勝手に提案していた。
「お洋服欲しいでしょ、近所にかき氷のお店できたでしょ......」
もちろん悪いことじゃない。もちろん付き合うよ、と返そうと思っていると、すいが顔を上げた。そして自分が決して候補に出さないような驚きの場所を挙げてくる。
「......あとね、海に行きたい!!」
教室に登校すると、クラスメイトから一斉に声をかけられた。
「成瀬、ちょっと!」
「すいちゃんおはよう!」
僕たちは声をかけられた方向に向けて別れて行った。
村上は数名のクラスメイトと話をしていた。そこに混ざって、さっきから何の話をしてたのか質問してみた。
「成瀬さ、俺プロジェクター買おうと思ってて。良ければアニメに映画に、一日中フルコースでどうだい?」
「いいね、でも家族に迷惑じゃないかな」
あ、と一瞬真顔になった村上はそれでも笑って答えた。
「まあ、ちゃんと話しておくよ。そしたらオールだからな」
覚悟しとけよ、と村上が言うと周りにいる数人も含めて大きな笑いが起きた。
すると、ちらりと遠くの方からすいの視線を感じた。
あちらでは西原をはじめとした女子生徒たちが輪になって話しているようで、なんだか海とか水着というキーワードが聞こえてきた気もしなくはない。
「お前は女子の水着見たくないのか」
「見たくないなあ」
村上が肘でつついて茶化してくる。
すいは良いとしても、ほかの女子たちと一緒に海に行くなんて恥ずかしくて死にそうだ。
・・・
時間がゆっくりと流れている。
そんなことを考えながら、カウンター席に座っていた。
放課後の図書室はいつも教室の喧騒とは違う雰囲気を感じているけど、終業式の日はまた一段と違う気がした。
少しエアコンの効いている部屋ではうたた寝をしそうだ。そこに目覚まし時計のように扉が開く音がする。
図書室に入ってきたのは西原だった。
「......これ、今日中に返さないと」
彼女はバッグから小さな文庫本を取り出すと、こちらに差し出してくる。
僕は彼女の手から受け取り返却手続きをする。
「さすがだね、成瀬くん。やっぱり最初に図書委員をやりたいって言っただけはあるんだね」
なんだか褒められてしまってむずがゆい。
それでもまだ西原はこちらを向いたままだ。不思議と心配するように、眉をひそめていた。
「......ちょっと聞こえてたらごめんね。朝さ、女子たち何人かで海に行こうって話してたんだ。でもすいちゃんはずっときみのことを見ててさ、私たちは女の子たちとねって話していて、そんなつもり全くないんだけど......。やっぱり私たちと行くなんて迷惑だよね」
ここで彼女は頭を下げた。うつむいた表情はよく見えないけれど、困っている様子が伝わってくる。
何のことだろう、どうすればいいかわからない。
とりあえず落ち着いてほしい。そう声をかけて、何気なく彼女の肩に手を添えた。すると、西原はカウンターに両手をついて顔を上げた。
「お願いだから、ふたりでも海に行ってくれないかな」
ふたりで海に、そう言われて何のことだろうと頭を巡らす。ひとつ思い出したのは、朝、すいと交わした会話。
「......すいを、海に」
「そうだよ。もちろん私たちも行くんだけどさ、すいちゃんはきみと行きたがっているんだ」
どういうことだか分かった。すいは女の子たちに海に誘われているけど、自分とも行きたい。だから、自分から声をかけて連れて行ってあげてほしい。
でも、自分は泳げる訳ではないから、何もすることがない気がする。
西原は頷いてこちらに視線を合わせた。成瀬くんだから行きたいんだよ、そう言葉を添えて。
「すいちゃんの願いなんだよ、それを叶えてあげて」
今まで、僕とすいの関係に名前なんてなかった。いつも歩幅が一緒のふたり。
西原の力強い瞳に見つめられている。その視線は、自分たちの関係に気づいてほしいと言わんばかり。
ああ、そうだね。
僕たちは自然とふたりだけの間柄を作ってきた。けれども違う、こうなるように運命で結ばれていたんだと思う。
......そう。いつもきみの隣には僕が、僕の隣にはきみが居るんだ。
「えっ......」
小さな声を上げたのはすいだった。いつの間にかやってきた彼女はバッグを肩から落とすと、しばしばこちらに向けて顔を上げる。
そのままこちらを見つめていたと思ったが、彼女は勢いよく走りだした。
「すい!」
「待ってすいちゃん!」
自分たちの驚きをよそに、すいは走ってどこかに行ってしまった。
どうしようとつぶやく西原を手で制すると、僕は後を追いかけていった。
すいの様子がおかしかった。西原と僕は海についての話をしていただけなのに、おそらく彼女が見てしまったのは、顔を近づけたところだけ。それで動揺しているんだ。自分たちの関係に何かあるんじゃないと勘ぐってしまったのかもしれない。そんな姿は見たくない。......純粋なすいでいてほしい。
教室にはいない。そしたらあの場所に行ってみよう。
思った通り、すいは下駄箱のところにいた。彼女は体育座りに足を組んで、ひとり顔を伏せていた。
「すい......」
「湊くん......」
すいはここで顔を上げる。
瞳はまっすぐにこちらを見つめている。
その上目遣いの視線は何かを訴えているようで、少し光るものが夕日に混ざっている気がした。
「せっかく、きみと仲直りできたと思ったのに......。それだから一緒に帰りたくって。ずっときみのことを待っていたのに......。遅い、遅いよ」
思わずごめんと謝った。でも、こちらも図書委員の当番がある訳なんだけど。そうすいに説明したところで、お互いに水をかけてしまうだけだろう。
いつもは無言で待っていてくれていたのだから。
「ねえ、コーヒーおごってよ」
「きみってコーヒー飲めないじゃん」
「だ、だから、......カフェオレを飲みたいんだよ」
なぜかカフェオレのあたりから小声になっていた。思わず苦笑しそうになる。
別に誕生日でもないのにおごるのは気が引けたけど、彼女が落ち着くなら出してあげよう。だけども、カフェに行くまで、どちらからも話を口にできなかった。
「湊くんのミルクもちょうだい」
すいは僕のコーヒーについていたミルクも欲しがった。
こちらはブラックでかまわないからと差し出すと、すいはミルクと一緒にシロップも入れてしまった。
うわあ、あまそう。
そんなこともお構いなしに、一口飲んだすいはゆっくりと語りだした。
「ねえ、西原さんのこと、どう思っているの?」
あの顔を近づけたシーンだけを見られていたのだろう。
でも、どう答えたらよいのかもわからない。だからつい口ごもってしまう。
「......湊くん!」
すいは、ついとげがあるような言い方になる。
「別にどうってことないよ。だってただのクラスメイトだからさ」
そう説明しても、彼女の頬は膨らんだまましぼむ気配がない。
「......すい、よく聞いて。ちょっと夏休みの相談をしてただけだよ」
「夏休みの?」
ゆっくりと図書室での出来事を説明していった。すいに言い聞かせるようにするには、ひとつひとつ丁寧にするのが一番だ。
やっと頬の風船がしぼんだ。
すいは顔をうつむけると、ごめんなさいと謝った。耳をすまさないと聞こえてこない、鳥のさえずりみたいな声で。
「......だからさ、今度ふたりで海に行こうよ」
会話の内容は時にふと曲がっていく。ここに自分たちの関係に関係する交差点があったのかもしれない。ふたりの会話はふとした方向に進んでいってしまった。
「海は行きたいよ。でも、きみは泳げないじゃん」
「僕はビーチで見てるだけで楽しいよ」
......そりゃそうだけどさ。すいが小さくこぼした。
僕たちはケンカをしたことがなかった。
それなのに、はじめて見てしまったすいの表情。不満や不安を隠しきれない。それでいて、自分の思いをどう伝えればいいのか分からない。
一言でも口にしてくれたら僕は彼女に寄り添うことができる。けれども、考えが路頭に迷っている彼女はどんな言葉も出すことができない。
お互いに、自分たちが交わしている会話をひとつひとつ拾い上げて、会話をつなごうとした。でも、それは割れてしまったガラス球を修復しているように無理矢理で、形が合わない破片たちをかまわず積み上げていくだけだった。だから、次第に鋭利な縁に触れて怪我をしてしまっていた。
こんなすいは見たことがない。見たくもない。
「わたし思ったんだけどさ、もしかして夏休みに会わない方がいいのかも」
えっ。思わずすいの顔をまじまじと見つめる。
「だから、お互いに好きなことやってさ。それで満足したら、その時が来たんだなって......。わたしたちって言いたいことあるよね? そしたらまた会おうよ」
約束だよ! ここですいは立ち上がった。にこっと口角を上げて、形のよい微笑みを作る。
その表情は、痛いくらいに切なかった。
駅のホームで声をかけた僕はすいと一緒に電車に乗って高校まで登校する。
話すことがあっても何もなくても、ふたりで一緒に行動するのが僕たちの関係みたいなものだろう。
「昨日のテスト、なんとか赤点免れたよ」
「それはよかったね」
すいが話す話題に当たり障りのない返答をしつつも、心の中で安堵のため息を漏らした。
正直な話、自分のことよりも彼女の成績の方が気になってしょうがなかった。高校のまだ一年生とはいえ、授業の様子は中学生の頃とはだいぶ違う。とても難しくなっているのを実感しながら、すいの様子を見つめるしかなかった。普段の様子からどことなく不安な様子をうかがわせてしまう。
体調が悪いとか授業中に寝ている様子は見られないのになぜだろう。
見せてもらったノートはあんなにきれいに書けているのになぜだろう。
それなのに、色んな生徒に声をかけて周っていた。
愛嬌のある性格はクラスに馴染んでいるけれど、どことなく自分のことは後回しにしてしまっている。
おそらく自身の勉強が足りていないのも、自分では気づいていないだろう。
「これで夏休みの補習なくなるもん! そうしたら、たくさんお出かけできるなあ」
湊くん、どこ行きたい? 視線で質問されて思いついたことを即答で答えてみた。
「だいたいは村上の家だと思うけどね。ほら、アニメとかゲームとかあいつたくさん持ってるし」
自分の回答にすいは驚くような仕草をした。
「え、それだけなの。ずっとエアコンの中じゃん」
「いいんだよ、それでも。夏は暑いからあんまり出たくないの」
なんだかすいは頬を膨らませていた。
「なんだかもったいないじゃない。だったら、わたしのお出かけに付き合ってよ」
お出かけ、その言葉を頭の中で反芻する。すいと一緒だったら、別にデートじゃない気がしてしまう。そんな彼女は行きたい所をひとりで勝手に提案していた。
「お洋服欲しいでしょ、近所にかき氷のお店できたでしょ......」
もちろん悪いことじゃない。もちろん付き合うよ、と返そうと思っていると、すいが顔を上げた。そして自分が決して候補に出さないような驚きの場所を挙げてくる。
「......あとね、海に行きたい!!」
教室に登校すると、クラスメイトから一斉に声をかけられた。
「成瀬、ちょっと!」
「すいちゃんおはよう!」
僕たちは声をかけられた方向に向けて別れて行った。
村上は数名のクラスメイトと話をしていた。そこに混ざって、さっきから何の話をしてたのか質問してみた。
「成瀬さ、俺プロジェクター買おうと思ってて。良ければアニメに映画に、一日中フルコースでどうだい?」
「いいね、でも家族に迷惑じゃないかな」
あ、と一瞬真顔になった村上はそれでも笑って答えた。
「まあ、ちゃんと話しておくよ。そしたらオールだからな」
覚悟しとけよ、と村上が言うと周りにいる数人も含めて大きな笑いが起きた。
すると、ちらりと遠くの方からすいの視線を感じた。
あちらでは西原をはじめとした女子生徒たちが輪になって話しているようで、なんだか海とか水着というキーワードが聞こえてきた気もしなくはない。
「お前は女子の水着見たくないのか」
「見たくないなあ」
村上が肘でつついて茶化してくる。
すいは良いとしても、ほかの女子たちと一緒に海に行くなんて恥ずかしくて死にそうだ。
・・・
時間がゆっくりと流れている。
そんなことを考えながら、カウンター席に座っていた。
放課後の図書室はいつも教室の喧騒とは違う雰囲気を感じているけど、終業式の日はまた一段と違う気がした。
少しエアコンの効いている部屋ではうたた寝をしそうだ。そこに目覚まし時計のように扉が開く音がする。
図書室に入ってきたのは西原だった。
「......これ、今日中に返さないと」
彼女はバッグから小さな文庫本を取り出すと、こちらに差し出してくる。
僕は彼女の手から受け取り返却手続きをする。
「さすがだね、成瀬くん。やっぱり最初に図書委員をやりたいって言っただけはあるんだね」
なんだか褒められてしまってむずがゆい。
それでもまだ西原はこちらを向いたままだ。不思議と心配するように、眉をひそめていた。
「......ちょっと聞こえてたらごめんね。朝さ、女子たち何人かで海に行こうって話してたんだ。でもすいちゃんはずっときみのことを見ててさ、私たちは女の子たちとねって話していて、そんなつもり全くないんだけど......。やっぱり私たちと行くなんて迷惑だよね」
ここで彼女は頭を下げた。うつむいた表情はよく見えないけれど、困っている様子が伝わってくる。
何のことだろう、どうすればいいかわからない。
とりあえず落ち着いてほしい。そう声をかけて、何気なく彼女の肩に手を添えた。すると、西原はカウンターに両手をついて顔を上げた。
「お願いだから、ふたりでも海に行ってくれないかな」
ふたりで海に、そう言われて何のことだろうと頭を巡らす。ひとつ思い出したのは、朝、すいと交わした会話。
「......すいを、海に」
「そうだよ。もちろん私たちも行くんだけどさ、すいちゃんはきみと行きたがっているんだ」
どういうことだか分かった。すいは女の子たちに海に誘われているけど、自分とも行きたい。だから、自分から声をかけて連れて行ってあげてほしい。
でも、自分は泳げる訳ではないから、何もすることがない気がする。
西原は頷いてこちらに視線を合わせた。成瀬くんだから行きたいんだよ、そう言葉を添えて。
「すいちゃんの願いなんだよ、それを叶えてあげて」
今まで、僕とすいの関係に名前なんてなかった。いつも歩幅が一緒のふたり。
西原の力強い瞳に見つめられている。その視線は、自分たちの関係に気づいてほしいと言わんばかり。
ああ、そうだね。
僕たちは自然とふたりだけの間柄を作ってきた。けれども違う、こうなるように運命で結ばれていたんだと思う。
......そう。いつもきみの隣には僕が、僕の隣にはきみが居るんだ。
「えっ......」
小さな声を上げたのはすいだった。いつの間にかやってきた彼女はバッグを肩から落とすと、しばしばこちらに向けて顔を上げる。
そのままこちらを見つめていたと思ったが、彼女は勢いよく走りだした。
「すい!」
「待ってすいちゃん!」
自分たちの驚きをよそに、すいは走ってどこかに行ってしまった。
どうしようとつぶやく西原を手で制すると、僕は後を追いかけていった。
すいの様子がおかしかった。西原と僕は海についての話をしていただけなのに、おそらく彼女が見てしまったのは、顔を近づけたところだけ。それで動揺しているんだ。自分たちの関係に何かあるんじゃないと勘ぐってしまったのかもしれない。そんな姿は見たくない。......純粋なすいでいてほしい。
教室にはいない。そしたらあの場所に行ってみよう。
思った通り、すいは下駄箱のところにいた。彼女は体育座りに足を組んで、ひとり顔を伏せていた。
「すい......」
「湊くん......」
すいはここで顔を上げる。
瞳はまっすぐにこちらを見つめている。
その上目遣いの視線は何かを訴えているようで、少し光るものが夕日に混ざっている気がした。
「せっかく、きみと仲直りできたと思ったのに......。それだから一緒に帰りたくって。ずっときみのことを待っていたのに......。遅い、遅いよ」
思わずごめんと謝った。でも、こちらも図書委員の当番がある訳なんだけど。そうすいに説明したところで、お互いに水をかけてしまうだけだろう。
いつもは無言で待っていてくれていたのだから。
「ねえ、コーヒーおごってよ」
「きみってコーヒー飲めないじゃん」
「だ、だから、......カフェオレを飲みたいんだよ」
なぜかカフェオレのあたりから小声になっていた。思わず苦笑しそうになる。
別に誕生日でもないのにおごるのは気が引けたけど、彼女が落ち着くなら出してあげよう。だけども、カフェに行くまで、どちらからも話を口にできなかった。
「湊くんのミルクもちょうだい」
すいは僕のコーヒーについていたミルクも欲しがった。
こちらはブラックでかまわないからと差し出すと、すいはミルクと一緒にシロップも入れてしまった。
うわあ、あまそう。
そんなこともお構いなしに、一口飲んだすいはゆっくりと語りだした。
「ねえ、西原さんのこと、どう思っているの?」
あの顔を近づけたシーンだけを見られていたのだろう。
でも、どう答えたらよいのかもわからない。だからつい口ごもってしまう。
「......湊くん!」
すいは、ついとげがあるような言い方になる。
「別にどうってことないよ。だってただのクラスメイトだからさ」
そう説明しても、彼女の頬は膨らんだまましぼむ気配がない。
「......すい、よく聞いて。ちょっと夏休みの相談をしてただけだよ」
「夏休みの?」
ゆっくりと図書室での出来事を説明していった。すいに言い聞かせるようにするには、ひとつひとつ丁寧にするのが一番だ。
やっと頬の風船がしぼんだ。
すいは顔をうつむけると、ごめんなさいと謝った。耳をすまさないと聞こえてこない、鳥のさえずりみたいな声で。
「......だからさ、今度ふたりで海に行こうよ」
会話の内容は時にふと曲がっていく。ここに自分たちの関係に関係する交差点があったのかもしれない。ふたりの会話はふとした方向に進んでいってしまった。
「海は行きたいよ。でも、きみは泳げないじゃん」
「僕はビーチで見てるだけで楽しいよ」
......そりゃそうだけどさ。すいが小さくこぼした。
僕たちはケンカをしたことがなかった。
それなのに、はじめて見てしまったすいの表情。不満や不安を隠しきれない。それでいて、自分の思いをどう伝えればいいのか分からない。
一言でも口にしてくれたら僕は彼女に寄り添うことができる。けれども、考えが路頭に迷っている彼女はどんな言葉も出すことができない。
お互いに、自分たちが交わしている会話をひとつひとつ拾い上げて、会話をつなごうとした。でも、それは割れてしまったガラス球を修復しているように無理矢理で、形が合わない破片たちをかまわず積み上げていくだけだった。だから、次第に鋭利な縁に触れて怪我をしてしまっていた。
こんなすいは見たことがない。見たくもない。
「わたし思ったんだけどさ、もしかして夏休みに会わない方がいいのかも」
えっ。思わずすいの顔をまじまじと見つめる。
「だから、お互いに好きなことやってさ。それで満足したら、その時が来たんだなって......。わたしたちって言いたいことあるよね? そしたらまた会おうよ」
約束だよ! ここですいは立ち上がった。にこっと口角を上げて、形のよい微笑みを作る。
その表情は、痛いくらいに切なかった。
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