竜王様の専属お世話係になったら、過保護がすぎる件

第1章 壊れかけの心と異世界の竜

3:竜王の城

城の中は外観以上に豪華だった。大理石の床に美しい絨毯、壁には絵画や装飾品が飾られていた。響人は自分みたいな者がこんな場所にいていいのか不安になった。

「ヴァルト様、お帰りなさいませ」

廊下で会った侍女が深々と頭を下げる。しかし、その視線が響人に向けられた時、明らかに困惑の色を見せた。

「この、方は……？」

「俺の世話係だ。響人という」

ヴァルトの説明に、侍女の表情がさらに困惑する。

「世話係……人間を、ですか？」

「そうだ。何か問題でもあるか？」

ヴァルトの声に威圧感が込められると、侍女は慌てて首を振った。

「い、いえ！問題など、ございません！」

侍女は再び頭を下げて去っていく。しかし、その後ろ姿からも戸惑いが伝わってきた。

「気にするな」

ヴァルトが響人の肩に手を置いた。

「この城の者たちは人間に慣れていない。時間が経てば慣れる」

「はい……」

響人は小さく頷いたが、心の中では不安が膨らんでいた。やはり自分はここでも歓迎されない存在なのだろうか。

「お前の部屋はここだ」

案内された部屋は、響人のアパートよりもはるかに広く豪華だった。大きなベッドに立派な家具、窓からは美しい庭園が見えた。

「こんな立派な部屋……俺には勿体ないです」

「俺の世話係の部屋としては当然だ。遠慮するな」

ヴァルトはそう言って、響人の荷物を置く場所を指示してくれた。とはいっても、響人が持っているのは現世界から着ていた服だけ。

「明日から新しい服を用意させる。今日はゆっくり休め」

「ありがとうございます」

響人が頭を下げると、ヴァルトは少し表情を和らげた。

「夕食の時間になったら迎えに来る。それまで部屋で休んでいろ」

ヴァルトが去った後、響人は一人でベッドに腰を下ろした。本当に、これでいいのだろうか。

ふと、前にいた世界のことを思い出した。慎也は自分がいなくなったことに気づいているだろうか？それとも……あの、浮気相手と楽しく過ごしているのかもしれない。

会社の方は、無断欠勤ということで、すでに首になっているかもしれない。でも、もう関係ない。あの世界に帰る方法も分からないし、帰りたいとも思わない。

コンコン、とドアがノックされた。

「はい」

「失礼いたします」

入ってきたのは、先ほどの侍女とは違う年配の女性だった。

「私は城の料理長をしておりますエルザと申します。夕食の準備ができましたので、お呼びに参りました」

「あ、ありがとうございます」

響人は慌てて立ち上がった。エルザは丁寧だが、やはりどこか距離を置いているような感じがした。

案内された食堂は、これまた豪華だった。長いテーブルに美しい食器が並び、ヴァルトが既に席についている。

「遅かったな」

「すみません」

響人は慌ててヴァルトの向かい側の席に着いた。

「緊張するな。ただの食事だ」

そう言われても、こんな豪華な食事は初めてで、響人は緊張せずにはいられなかった。どれも見たことのないものばかりだった。でも、香りはとても良い。

「食べろ」

ヴァルトに促されて、響人は恐る恐く料理に手をつけた。

「……美味しい」

思わず声が出た。本当に美味しかったのだ。前の世界では、コンビニ弁当や簡単な食事ばかり食べていた響人にとって、こんな手の込んだ料理は久しぶりだった。

「気に入ったようだな」

ヴァルトが微笑む。その笑顔を見て、響人は少しだけ安心した。

「はい……とても美味しいです」

「明日からは三食きちんと食べろ。お前は……痩せすぎだ」

言われてみれば、確かに響人は痩せていた。不規則な生活と慢性的なストレスで、食欲もあまりなかった。

「はい……」

「それから、明日から俺の世話を頼む。朝は俺の部屋に来い」

「分かりました。具体的には、どのようなことを？」

「鱗の手入れ、部屋の掃除、身の回りの世話だ。難しいことではない」

ヴァルトは当然のように言ったが、響人は不安だった。竜王の世話なんて、失敗したらどうなるのだろうか……。

「心配するな。お前になら任せられる」

まるで心を読まれたようで、響人は驚いた。

「なぜ、そう思われるのですか？」

「お前の手を見れば分かる」

ヴァルトが響人の手を取った。突然のことで、響人は驚いた。

「優しい手だ。この手なら、俺に触れても不快ではない」

「え……」

「俺は他人に触れられるのが嫌いだ。だが、お前は違う」

ヴァルトの金色の瞳が響人を見つめる。その視線に、響人は胸がどきどきした。

――この人は、本当に俺を必要としてくれているのだろうか。

今まで誰からも「必要」とされたことがなかった。会社では便利な道具、慎也には都合の良い存在。でも、ヴァルトの瞳には、本当に自分を見てくれているような温かさがある。

初めて感じる、誰かに必要とされているという感覚。響人の心に、小さな希望の光が灯った。