竜王様の専属お世話係になったら、過保護がすぎる件

なの

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第4章 すれ違いと、初めての自分の意思

11:隣にいては、いけない気がする

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その日、響人は王城の温室で摘んだ薬草の束を大事に抱えて、村の施療院へと向かっていた。

王城から徒歩で十五分ほどの距離にある小さな村落。定期的に薬草や回復水を届けているのだが、今日は初めて響人がひとりでその任務を任されたのだった。

「……はあ、緊張するなあ」

不安と緊張に押し潰されそうになりながらも、響人は小さく呟いた。

でも、頑張らなきゃ。少しずつでも自分の足で前に進まなきゃ。

その一歩一歩が、過去から自分を引き離すことになる。そう信じていた。それなのに――。

「竜王様の愛人だって?」

「お世話係?名前だけでしょ。実際は寵愛されてるだけ」

「贄のくせに、ねぇ。元々は研究材料だったのに、今じゃ特別扱いだなんて笑えるわよね」

薬草を施療院に届けた帰り道、広場を通りかかったとき、村人たちのそんな声が耳に飛び込んできた。

名前は出ていなかった。けれど──誰のことを話しているのかは、すぐに分かった。

自分のことだ。

心臓が、凍るように冷たくなった。――ああ、やっぱり、そう思われてるんだ。

胸の奥に、じわじわと冷たい水が染みてくるような感覚。ざらりとした不快な感情が、喉元を這い上がってくる。

そうだ。自分は、ただの贄だと言われ、研究材料だって……それなのに、ヴァルトに守ってもらって──そのまま、ここにいるだけ。

何の力もない。誰の役にも立たない。ただ、過去の痛みを抱えて泣いて、慰められて、それだけ。

竜王の隣に立つには、何ひとつふさわしくない。

──それが、響人の胸の内に、決定的に突き刺さった。

***

「……どうした?顔色が悪いな」

その夜。夕食の席で、ヴァルトが心配そうに声をかけてきた。

響人は慌てて笑ってみせる。

「……ううん、なんでもないよ。ちょっと疲れただけ」

嘘だった。でも、言えなかった。本当のことを言ってしまえば、泣いてしまいそうで……だから目を逸らした。

「そうか……無理はするな」

ヴァルトはそっと手を伸ばし、響人の手を包み込んだ。指先が触れるたびに、胸の奥がきゅうっと痛む。

……優しい。あまりに優しすぎて、怖い。

この人は、いつも自分を肯定してくれる。でも、それが重荷に感じてしまう。だって自分は何も持っていない。ただ甘えて、頼って、守られてばかりで──

それなのに、こんなに優しくされていいのだろうか?
こんな自分が、ヴァルトの隣にいていいのだろうか?

心に湧いた問いは、否定の答えしか返してくれなかった。

その夜、響人はほとんど眠れなかった。

目を閉じれば、村人たちの言葉がよみがえる。人間のくせに、贄のくせに、研究材料なのに──それが、自分のすべてだと囁かれている気がした。

やがて空が白み始めた頃。響人はそっと寝室を抜け出した。

ヴァルトは政務のため、昨夜は書斎で徹夜しているはずだ。黙って姿を消すのが、今の響人にできる、唯一の選択だった。

***

朝靄がまだ残る森の中。誰もいない小道を、響人はゆっくりと歩いていた。

どこへ向かうつもりなのか、自分でも分からなかった。ただ、もうここにはいられない。あの城の中で、ヴァルトの傍で、「何かに守られて」いる自分が耐えられなかった。

「……どこまで行けば、消えるのかな」

ぽつりと、独り言のようにこぼれた言葉。

過去は消えない。傷も消えない。……でも、それより何より、今の自分が許せなかった。

何も持っていないのに、誰かに与えられてばかりの自分。

「……俺、逃げてきたんだな」

その事実が、誰よりも響人自身を傷つけていた。

立ち止まったその瞬間──空が大きく裂けるような音が響いた。

バサァッ……と、巨大な翼の風圧が木々を揺らす。見上げれば、そこには──

漆黒の翼を広げた、竜の姿。

「……ヴァルト……?」

呆然と名前を呟いた次の瞬間、竜の影が空から降り立ち大地に着地した。風が舞い地面がわずかに揺れる。

漆黒の竜が人の姿へと戻ると、そこには焦りと怒り、そして──深い悲しみをたたえたヴァルトが、まっすぐに響人を見つめてきた。その瞳は、すべてを知っているかのようで胸が詰まった。

「……どうして、ここが……」

声にならない声が漏れる。

するとヴァルトは、ただ一言、静かに言った。

「……お前がいないと、俺の心が壊れる」

その言葉に、響人の足が止まった。

逃げたかった。すべてから、誰かの優しさから、自分の無力さから。

でも、本当は──誰かに見つけてほしかった。見捨てないでほしかった。

目の奥が熱くなる。

「……バカだな、俺……」

ようやく絞り出した言葉は、それだけだった。

でも、涙の理由も、迷いの理由も、そのすべてをヴァルトは理解していた。

次の瞬間、何も言わずにヴァルトが響人をそっと抱き締めた。その胸のぬくもりに触れた瞬間、響人はようやく、泣いてもいい場所にたどり着いたのだと知った。

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