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第6章 未来の日々
18:それでも、あなたの隣がいい
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ヴァルトは、政務に追われる日が続いていた。
大陸東部で魔物の暴走が相次いで報告され、特に森の奥深くにある小さな村が襲撃を受けたという。近隣領主との緊急会議が連日開かれ、対策の協議が夜遅くまで続いているらしい。王城の空気もどこか張り詰めていて、侍女たちの足音も普段より慌ただしい。
響人は自然と自室に引きこもりがちになっていた。
──けれど、それでも。
ヴァルトは毎晩、必ず響人のもとへ帰ってくる。
「今日は遅くなった」
「……うん。おかえり」
軽く頭を撫でて、キスを落としてくれる。優しい。ちゃんと愛されてる。そうわかってるのに──胸の奥が、ぽつりと冷たかった。
響人は窓辺に座り、夜空を見上げた。星が美しく輝いているが、その光さえも今は遠く感じられる。
――以前は、こんな風に感じることはなかった。
ヴァルトと結ばれてから数週間。最初の頃は、ただ愛されているだけで幸せだった。でも今は、愛されていることを実感しながらも、心の奥に小さな穴が空いているような感覚がある。
***
「――それじゃ、庭の花は明日植え替えますね」
「響人様、最近お顔の色が優れませんが……ご無理はなさらず」
庭師のガルスが心配そうに声をかけてくれる。
「ありがとう、大丈夫だよ。ちょっと寝不足なだけだから」
心配させたくなくて笑った。ただ、心の中は、ずっと重たかった。
毎晩ヴァルトと同じ寝室で眠っていても、触れ合う時間は、ほんの少しだけになっていた。キスも、抱きしめる腕も、日に日に習慣のようになっていく。
「おかえりなさい」「ただいま」「愛してる」「俺も」
言葉は交わされるけれど、その奥にある想いを語り合う時間がない。
響人は花壇の土を触りながら思った。――寂しい。会いたい。声が聞きたい。
でも、そんなのはワガママだ。ヴァルトは国を守る立場なんだから。民を守るために必死に働いているのに、自分が寂しいなんて言えるはずがない。言っちゃいけない。
そう言い聞かせるたびに、心が擦り切れていくのを感じていた。
午後、響人は城の図書室で過ごした。本を読んでいても内容が全く頭に入ってこない。ページをめくる音だけが響いていた。
「響人様」
エルザが温かい紅茶を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
「何かお悩みでも?最近、元気がないように見えますが」
エルザの優しい言葉に、響人は少し心を開きそうになった。でも、結局は首を振る。
「大丈夫です。ヴァルトも忙しそうだけどね」
エルザは何も言わなかったが、その表情には理解と同情が浮かんでいた。
***
その夜も、ヴァルトは遅くに戻ってきた。
時計の針は既に午前零時を回っていた。響人はベッドで本を読みながら待っていた。
「すまない。会議が長引いてしまった」
疲れた様子のヴァルトが、いつものように響人に近づいてくる。
「……うん。おかえりなさい」
いつものように頭を撫でられて、キスを落とされる。
なのに、どうしてこんなに涙が出そうなんだろう。
「明日も早いから、すぐに休もう。……お前の温もりが、俺を癒してくれる」
そう言って、響人の肩を抱こうとしたヴァルトの手を、響人はそっと払いのけた。
「……ごめん。今日は、ひとりで寝る」
「……響人?」
驚いたように呼ばれる名前に、胸がちくりと痛んだ。
でも、もう我慢したくなかった。
「……俺、寂しかった。毎日ずっと、あんたを待ってた。……でも、会ってもすぐ寝ちゃうし、話せないし……」
声が震える。けれど、涙はこぼさない。それは響人の初めての正直な感情だった。
「俺、番って言ってもらえて本当に嬉しかったんだ。でも今、あんたが疲れてるのも、国のために働いてるのも分かってる。分かってるけど……でも、番になったら、こんなに我慢ばっかりしなきゃいけないの……?」
響人の声が詰まった。
「俺、もっと一緒にいたい。話したい。触れ合いたいって……それを望むことって、ダメなことなの……?」
ヴァルトの金色の瞳には驚きと、そして深い後悔の色が浮かんでいた。
「……すまない。お前の気持ちに気づいてやれていなかった。番になったことで、お前の心が満たされていると……安心していた。傲慢だった。俺は、お前を愛していると言いながら、お前の心の中を見ていなかった」
「……違うよ。あんたのせいじゃない。……俺が、ちゃんと、寂しいって言えなかった」
響人は初めて、自分の本当の気持ちを言葉にできた。
「俺、今まで誰かに甘えるのが怖くて……でも、ヴァルトになら甘えてもいいって、やっと思えるようになったんだ」
握られた手が震えている。
けれど今、ようやく心は少しだけ、軽くなっていた。
「……なあ、ヴァルト。俺、わがままかな?」
「いや──わがままじゃない。これから、ちゃんと言ってくれ。寂しいと怒ってくれ。そうでなければ、俺はきっとまた、お前の笑顔を見失ってしまう」
抱き寄せられる腕は、これまでよりも、ずっと強かった。
「今度からは、どんなに忙しくても必ず時間を作る。お前との時間こそが、俺にとって一番大切だ。政務も大事だが、お前を失うくらいなら、王位など捨ててもいい」
「そんな……」
「本気だ。お前は俺の全てだ」
ヴァルトの言葉に、響人の目に涙が浮かんだ。
「……ごめん。でも……ありがとう」
「寂しさも不安も、俺には全部ぶつけろ。お前はもう、一人で抱える必要なんてない。……お前の全部を受け止める。それが番だ」
響人の瞳から、こらえていた涙がひとつ、こぼれた。
「愛してる、ヴァルト」
「俺も愛している。お前だけを」
***
その夜は、抱きしめ合ったまま何も言わず、ただ静かに過ごした。
でも、心はたしかに重なっていた。
愛される。だけじゃなく、愛する側としても、自分の気持ちを言葉にできた。それが、響人にとって大きな一歩だった。
愛されることは、時に不安になる。けれど、愛されながら寂しいと言える関係こそが、本物の愛だと知った夜だった。
大陸東部で魔物の暴走が相次いで報告され、特に森の奥深くにある小さな村が襲撃を受けたという。近隣領主との緊急会議が連日開かれ、対策の協議が夜遅くまで続いているらしい。王城の空気もどこか張り詰めていて、侍女たちの足音も普段より慌ただしい。
響人は自然と自室に引きこもりがちになっていた。
──けれど、それでも。
ヴァルトは毎晩、必ず響人のもとへ帰ってくる。
「今日は遅くなった」
「……うん。おかえり」
軽く頭を撫でて、キスを落としてくれる。優しい。ちゃんと愛されてる。そうわかってるのに──胸の奥が、ぽつりと冷たかった。
響人は窓辺に座り、夜空を見上げた。星が美しく輝いているが、その光さえも今は遠く感じられる。
――以前は、こんな風に感じることはなかった。
ヴァルトと結ばれてから数週間。最初の頃は、ただ愛されているだけで幸せだった。でも今は、愛されていることを実感しながらも、心の奥に小さな穴が空いているような感覚がある。
***
「――それじゃ、庭の花は明日植え替えますね」
「響人様、最近お顔の色が優れませんが……ご無理はなさらず」
庭師のガルスが心配そうに声をかけてくれる。
「ありがとう、大丈夫だよ。ちょっと寝不足なだけだから」
心配させたくなくて笑った。ただ、心の中は、ずっと重たかった。
毎晩ヴァルトと同じ寝室で眠っていても、触れ合う時間は、ほんの少しだけになっていた。キスも、抱きしめる腕も、日に日に習慣のようになっていく。
「おかえりなさい」「ただいま」「愛してる」「俺も」
言葉は交わされるけれど、その奥にある想いを語り合う時間がない。
響人は花壇の土を触りながら思った。――寂しい。会いたい。声が聞きたい。
でも、そんなのはワガママだ。ヴァルトは国を守る立場なんだから。民を守るために必死に働いているのに、自分が寂しいなんて言えるはずがない。言っちゃいけない。
そう言い聞かせるたびに、心が擦り切れていくのを感じていた。
午後、響人は城の図書室で過ごした。本を読んでいても内容が全く頭に入ってこない。ページをめくる音だけが響いていた。
「響人様」
エルザが温かい紅茶を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
「何かお悩みでも?最近、元気がないように見えますが」
エルザの優しい言葉に、響人は少し心を開きそうになった。でも、結局は首を振る。
「大丈夫です。ヴァルトも忙しそうだけどね」
エルザは何も言わなかったが、その表情には理解と同情が浮かんでいた。
***
その夜も、ヴァルトは遅くに戻ってきた。
時計の針は既に午前零時を回っていた。響人はベッドで本を読みながら待っていた。
「すまない。会議が長引いてしまった」
疲れた様子のヴァルトが、いつものように響人に近づいてくる。
「……うん。おかえりなさい」
いつものように頭を撫でられて、キスを落とされる。
なのに、どうしてこんなに涙が出そうなんだろう。
「明日も早いから、すぐに休もう。……お前の温もりが、俺を癒してくれる」
そう言って、響人の肩を抱こうとしたヴァルトの手を、響人はそっと払いのけた。
「……ごめん。今日は、ひとりで寝る」
「……響人?」
驚いたように呼ばれる名前に、胸がちくりと痛んだ。
でも、もう我慢したくなかった。
「……俺、寂しかった。毎日ずっと、あんたを待ってた。……でも、会ってもすぐ寝ちゃうし、話せないし……」
声が震える。けれど、涙はこぼさない。それは響人の初めての正直な感情だった。
「俺、番って言ってもらえて本当に嬉しかったんだ。でも今、あんたが疲れてるのも、国のために働いてるのも分かってる。分かってるけど……でも、番になったら、こんなに我慢ばっかりしなきゃいけないの……?」
響人の声が詰まった。
「俺、もっと一緒にいたい。話したい。触れ合いたいって……それを望むことって、ダメなことなの……?」
ヴァルトの金色の瞳には驚きと、そして深い後悔の色が浮かんでいた。
「……すまない。お前の気持ちに気づいてやれていなかった。番になったことで、お前の心が満たされていると……安心していた。傲慢だった。俺は、お前を愛していると言いながら、お前の心の中を見ていなかった」
「……違うよ。あんたのせいじゃない。……俺が、ちゃんと、寂しいって言えなかった」
響人は初めて、自分の本当の気持ちを言葉にできた。
「俺、今まで誰かに甘えるのが怖くて……でも、ヴァルトになら甘えてもいいって、やっと思えるようになったんだ」
握られた手が震えている。
けれど今、ようやく心は少しだけ、軽くなっていた。
「……なあ、ヴァルト。俺、わがままかな?」
「いや──わがままじゃない。これから、ちゃんと言ってくれ。寂しいと怒ってくれ。そうでなければ、俺はきっとまた、お前の笑顔を見失ってしまう」
抱き寄せられる腕は、これまでよりも、ずっと強かった。
「今度からは、どんなに忙しくても必ず時間を作る。お前との時間こそが、俺にとって一番大切だ。政務も大事だが、お前を失うくらいなら、王位など捨ててもいい」
「そんな……」
「本気だ。お前は俺の全てだ」
ヴァルトの言葉に、響人の目に涙が浮かんだ。
「……ごめん。でも……ありがとう」
「寂しさも不安も、俺には全部ぶつけろ。お前はもう、一人で抱える必要なんてない。……お前の全部を受け止める。それが番だ」
響人の瞳から、こらえていた涙がひとつ、こぼれた。
「愛してる、ヴァルト」
「俺も愛している。お前だけを」
***
その夜は、抱きしめ合ったまま何も言わず、ただ静かに過ごした。
でも、心はたしかに重なっていた。
愛される。だけじゃなく、愛する側としても、自分の気持ちを言葉にできた。それが、響人にとって大きな一歩だった。
愛されることは、時に不安になる。けれど、愛されながら寂しいと言える関係こそが、本物の愛だと知った夜だった。
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