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第13話(最終話):そして、最高の日常へ
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プロジェクトの大成功から、数ヶ月が過ぎた。
俺と京平は、社内ですっかり「最強のコンビ」として定着していた。
営業成績では、相変わらず俺が2位で、京平が1位という定位置が続いているが、もはやそこに以前のような焦りや悔しさはない。むしろ、それが俺たちの心地よいリズムになっていた。
「また橘に負けたのか、相田!」
「くそー、あと一歩だったのに!」
そんなやり取りも、今では周囲を和ませるお決まりのコントだ。
そして、誰も知らないことだが、その夜、俺は決まって「罰ゲーム」と称して、京平の部屋で彼の好きなものを手料理で振る舞うのが習慣になっていた。
「今日のハンバーグは、まあまあだな。ソースにあと一工夫足りない」
「うるせえな!文句言うなら食うな!」
「だが、お前が俺のために作ってくれたという事実が、最高のスパイスになっている。美味いよ、春人」
そう言って、俺の手を取り、その甲にキスを落とす。そんな京平の振る舞いにも、俺はもうすっかり慣れてしまった。
俺たちの「秘密の恋人」としての生活は、驚くほど順調だった。
オフィスでは「犬猿の仲のライバル」一歩外に出れば「恋人」その二つの顔を使い分けるスリルは、いつしか「たまらなく甘美」な日常へと変わっていた。
ある日の金曜日の夜。
フロアには、珍しく俺と京平の二人だけが残っていた。
「……終わった」
最後の報告書を送信し、俺は大きく背伸びをする。隣で、京平もPCを閉じたところだった。
しんと静まり返ったオフィス。窓の外には、東京の夜景が広がっている。
「帰るか」
「ああ」
どちらからともなく立ち上がり、並んで歩き出す。
誰もいないのをいいことに、京平が、そっと俺の小指に自分の指を絡めてきた。そのさりげない仕草に、心臓が温かくなる。
エレベーターを待っていると、偶然、桜井と鉢合わせた。
彼はあの一件以来すっかりおとなしくなり、最近では俺たちに会うと、気まずそうに会釈をして通り過ぎるだけだった。
今日、彼はエレベーターの前で立ち尽くす俺たちを、少し離れた場所から見ていた。そして、絡められた指に気づくはずもないのに、俺たちの間に流れる穏やかな空気を察したのか、ふっと諦めたような、それでいてどこか納得したような笑みを浮かべると、何も言わずに踵を返して階段の方へ消えていった。
彼が、俺たちの強さの本当の理由に気づくことは、きっとないだろう。
エレベーターに乗り込み、二人きりになる。
京平は、俺の指を解くと、今度は大胆に、俺の手をしっかりと握りしめてきた。
「なあ、春人」
「何だ」
「来月、有給を取って、どこかへ行こう。温泉でもいい。お前が行きたいところなら、どこへでも」
その誘いに、俺は驚いて京平の顔を見た。
「いいのかよ。お前、仕事人間のくせに」
「お前と過ごす時間以上に、優先すべき仕事はない」
きっぱりと言い切る京平の瞳は、どこまでも真剣だった。
ああ、こいつは、本当に俺のことしか見えていないんだな、と改めて思う。
「……じゃあ、俺んちの実家に帰るのに、付き合ってくれよ」
「……は?」
今度は、京平が驚く番だった。
「いや、その……母さんが、最近うるさくてさ。『いい人いないのか』とか、『孫の顔が見たい』とか……。だから、その……最高のダチ、紹介するって言っちまって」
我ながら、むちゃくちゃな言い訳だ。だが、俺は、俺たちの関係を、次のステージに進めたかった。
この会社だけの秘密の関係から、もっと確かなものへ。
俺のしどろもどろな言葉を聞いて、京平は、最初こそ呆気に取られていたが、やがて、その口元に深い笑みを刻んだ。
「……なるほどな。最高のダチ、か」
彼は、握った俺の手に、さらに力を込める。
「いいだろう。お前の親御さんにも見せてやる。
お前の隣にいるのが、どれだけ優秀で、お前のことを誰よりも理解している、最高の男かということを」
その自信に満ちた宣言に、俺はもう笑うしかなかった。
こいつには、一生かなわない。
***
その週末、俺たちは、あの居酒屋『げんさん』のカウンターに並んで座っていた。
「よぉ、お二人さん!今日も仲良く喧嘩しに来たのかい?」と、大将が軽口を叩く。
「今日は違うよ、大将。こいつの、人生を賭けた大勝負の祝勝会」
「なんだそりゃ」
訳知り顔で言う京平を、俺は肘で小突く。
俺たちは、いつものように生ビールで乾杯し、他愛もない話をした。仕事のこと、チームのメンバーのこと、そして、来週の俺の実家への帰省のこと。
「お前の両親、手土産は何が喜ぶんだ?」
「うち、田舎だから、東京のもんだったら何でも喜ぶよ」
「そういう問題じゃない。最初の挨拶が肝心だ」
真剣な顔でスマホをいじる京平の横顔を見ながら、俺は、この上ない幸福感に包まれていた。
五年前、この男に出会った。
ライバルとして、がむしゃらにその背中を追いかけた。
いつしか、その存在は、俺の中でかけがえのないものになっていた。
そして、今。
俺の隣には、憎きライバルで、最高のパートナーで、そして、最愛の恋人だ。
「……京平」
「ん?」
「俺、お前に出会えて、本当によかった」
素直な気持ちが、口をついて出た。
京平は、少しだけ驚いた顔をして、そして、今まで見た中で一番優しい顔で、笑った。
「ああ。俺もだ、春人」
その笑顔だけで、俺の心は、温かい光で満たされていく。
俺たちの物語は、ここで一つの区切りを迎える。
だが、終わりじゃない。
明日からも、俺たちの「最高の日常」は続いていく。
ライバルとして、恋人として、そして、やがては人生のパートナーとして。
二人でなら、どんな未来だって、きっと乗り越えていける。
俺は、グラスに残ったビールを飲み干すと、隣にいる最愛の男に、そっと肩を寄せた。
店の喧騒が、心地よいBGMのように、俺たちを優しく包んでいた。
俺と京平は、社内ですっかり「最強のコンビ」として定着していた。
営業成績では、相変わらず俺が2位で、京平が1位という定位置が続いているが、もはやそこに以前のような焦りや悔しさはない。むしろ、それが俺たちの心地よいリズムになっていた。
「また橘に負けたのか、相田!」
「くそー、あと一歩だったのに!」
そんなやり取りも、今では周囲を和ませるお決まりのコントだ。
そして、誰も知らないことだが、その夜、俺は決まって「罰ゲーム」と称して、京平の部屋で彼の好きなものを手料理で振る舞うのが習慣になっていた。
「今日のハンバーグは、まあまあだな。ソースにあと一工夫足りない」
「うるせえな!文句言うなら食うな!」
「だが、お前が俺のために作ってくれたという事実が、最高のスパイスになっている。美味いよ、春人」
そう言って、俺の手を取り、その甲にキスを落とす。そんな京平の振る舞いにも、俺はもうすっかり慣れてしまった。
俺たちの「秘密の恋人」としての生活は、驚くほど順調だった。
オフィスでは「犬猿の仲のライバル」一歩外に出れば「恋人」その二つの顔を使い分けるスリルは、いつしか「たまらなく甘美」な日常へと変わっていた。
ある日の金曜日の夜。
フロアには、珍しく俺と京平の二人だけが残っていた。
「……終わった」
最後の報告書を送信し、俺は大きく背伸びをする。隣で、京平もPCを閉じたところだった。
しんと静まり返ったオフィス。窓の外には、東京の夜景が広がっている。
「帰るか」
「ああ」
どちらからともなく立ち上がり、並んで歩き出す。
誰もいないのをいいことに、京平が、そっと俺の小指に自分の指を絡めてきた。そのさりげない仕草に、心臓が温かくなる。
エレベーターを待っていると、偶然、桜井と鉢合わせた。
彼はあの一件以来すっかりおとなしくなり、最近では俺たちに会うと、気まずそうに会釈をして通り過ぎるだけだった。
今日、彼はエレベーターの前で立ち尽くす俺たちを、少し離れた場所から見ていた。そして、絡められた指に気づくはずもないのに、俺たちの間に流れる穏やかな空気を察したのか、ふっと諦めたような、それでいてどこか納得したような笑みを浮かべると、何も言わずに踵を返して階段の方へ消えていった。
彼が、俺たちの強さの本当の理由に気づくことは、きっとないだろう。
エレベーターに乗り込み、二人きりになる。
京平は、俺の指を解くと、今度は大胆に、俺の手をしっかりと握りしめてきた。
「なあ、春人」
「何だ」
「来月、有給を取って、どこかへ行こう。温泉でもいい。お前が行きたいところなら、どこへでも」
その誘いに、俺は驚いて京平の顔を見た。
「いいのかよ。お前、仕事人間のくせに」
「お前と過ごす時間以上に、優先すべき仕事はない」
きっぱりと言い切る京平の瞳は、どこまでも真剣だった。
ああ、こいつは、本当に俺のことしか見えていないんだな、と改めて思う。
「……じゃあ、俺んちの実家に帰るのに、付き合ってくれよ」
「……は?」
今度は、京平が驚く番だった。
「いや、その……母さんが、最近うるさくてさ。『いい人いないのか』とか、『孫の顔が見たい』とか……。だから、その……最高のダチ、紹介するって言っちまって」
我ながら、むちゃくちゃな言い訳だ。だが、俺は、俺たちの関係を、次のステージに進めたかった。
この会社だけの秘密の関係から、もっと確かなものへ。
俺のしどろもどろな言葉を聞いて、京平は、最初こそ呆気に取られていたが、やがて、その口元に深い笑みを刻んだ。
「……なるほどな。最高のダチ、か」
彼は、握った俺の手に、さらに力を込める。
「いいだろう。お前の親御さんにも見せてやる。
お前の隣にいるのが、どれだけ優秀で、お前のことを誰よりも理解している、最高の男かということを」
その自信に満ちた宣言に、俺はもう笑うしかなかった。
こいつには、一生かなわない。
***
その週末、俺たちは、あの居酒屋『げんさん』のカウンターに並んで座っていた。
「よぉ、お二人さん!今日も仲良く喧嘩しに来たのかい?」と、大将が軽口を叩く。
「今日は違うよ、大将。こいつの、人生を賭けた大勝負の祝勝会」
「なんだそりゃ」
訳知り顔で言う京平を、俺は肘で小突く。
俺たちは、いつものように生ビールで乾杯し、他愛もない話をした。仕事のこと、チームのメンバーのこと、そして、来週の俺の実家への帰省のこと。
「お前の両親、手土産は何が喜ぶんだ?」
「うち、田舎だから、東京のもんだったら何でも喜ぶよ」
「そういう問題じゃない。最初の挨拶が肝心だ」
真剣な顔でスマホをいじる京平の横顔を見ながら、俺は、この上ない幸福感に包まれていた。
五年前、この男に出会った。
ライバルとして、がむしゃらにその背中を追いかけた。
いつしか、その存在は、俺の中でかけがえのないものになっていた。
そして、今。
俺の隣には、憎きライバルで、最高のパートナーで、そして、最愛の恋人だ。
「……京平」
「ん?」
「俺、お前に出会えて、本当によかった」
素直な気持ちが、口をついて出た。
京平は、少しだけ驚いた顔をして、そして、今まで見た中で一番優しい顔で、笑った。
「ああ。俺もだ、春人」
その笑顔だけで、俺の心は、温かい光で満たされていく。
俺たちの物語は、ここで一つの区切りを迎える。
だが、終わりじゃない。
明日からも、俺たちの「最高の日常」は続いていく。
ライバルとして、恋人として、そして、やがては人生のパートナーとして。
二人でなら、どんな未来だって、きっと乗り越えていける。
俺は、グラスに残ったビールを飲み干すと、隣にいる最愛の男に、そっと肩を寄せた。
店の喧騒が、心地よいBGMのように、俺たちを優しく包んでいた。
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