妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。

第4章 噂の立ち上がり

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午後の陽射しが差し込むリステア邸の応接室。
磨かれた銀のティーセットが光を弾き、静かな音だけが響いていた。

リリィは姿勢正しく椅子に腰かけ、紅茶を注ぐ。
兄――アランは向かいのソファで、ややぐったりとした顔をしていた。

「……リリィ。最近、学園で妙な噂が出てる。」

「噂、ですか？」

「うん。俺と……シリウス殿下が、“妙に親しい”って。」

「まあ。」

その一言に、表情の乱れはない。
ただ、紅茶をかき混ぜるスプーンの音が、ほんの少しだけ長引いた。

「違うんだ。誤解なんだ。殿下がよく話しかけてくださるのはありがたいけど、
　俺としては、あくまで妹のためで――」

「お兄様。」

リリィはそっと笑った。
穏やかで、完璧な令嬢の笑み。
それは社交界で“理想の妹”と称されるものそのものだった。

「殿下がどのようなお気持ちであれ、
　お兄様が誠実にお付き合いなさっているなら、何の問題もございませんわ。」

「いや、誠実とかそういう方向じゃなくて……！」

「ご安心ください。殿下の信頼を得ることは、我が家にとっても名誉です。
　――むしろ、誇らしいことですわ。」

（……ああ、やっぱり兄と殿下が並ぶ姿は美しい。）

（殿下の冷静な瞳と、兄の不器用な真面目さ。
　あの一瞬に流れる沈黙は、言葉よりも雄弁で――）

（まるで絵画のように、心が震える。）

「リリィ？　聞いてる？」
「ええ、もちろんですわ。」

「だったら少しは否定してくれ！」
「否定する理由が見当たりませんもの。」

「あるだろ！？　誤解だよ！？」
「誤解というものは、時に心を近づけるきっかけになりますわ。」

「え、何その哲学！？　怖いよ！？」

リリィは、くすりと笑った。
その笑顔は優しくて、どこか達観している。

「お兄様。……殿下はお優しい方ですわね。」
「え？　まあ……そう、だな。そう思うけど。」
「ええ。だからこそ、どうか無理はなさらないで。
　お兄様は、自然体のままでよいのです。」

「……なんか、最近みんな同じこと言うなあ。」

リリィは紅茶を口に含み、穏やかに瞳を閉じた。
（兄はまだ気づいていない。
　誰かを守ろうとするその姿こそが、人の心を惹きつけているのだと。）

（……進展は、順調ですわね。）

「リリィ、なんか今、怖い顔してない？」
「いいえ。お兄様がお元気そうで安心いたしましたわ。」

微笑を浮かべたまま、リリィはそっと紅茶を置いた。
優雅に、完璧に――そして、誰よりも静かに燃えていた。