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第10章 騎士の誓い
10-4
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夜の野営地。
雨は上がり、焚き火の火がぱちぱちと音を立てていた。
殿下と俺は、他の騎士たちから少し離れた岩のそばに腰を下ろしている。
濡れた外套を乾かす火の粉が、夜気の中でふわりと舞った。
沈黙が、長い。
けれど、不思議と落ち着く静けさだった。
「……先ほどは、助けていただきありがとうございました。」
ようやく口を開いた俺に、殿下は軽く首を振った。
「礼など要らない。危険な状況だった、当然のことをしたまでだ。」
「いえ、殿下が身を挺されるなんて、とんでもありません!」
思わず前のめりになる。
「本来なら俺が、お守りする立場です!」
殿下の金の瞳が、火の粉の向こうで静かに揺れた。
そのまま、短く息を吐く。
「……君は、そう言うと思った。」
「当然です。臣下が主君をお守りするのは務めですから。」
「務め、か。」
殿下は小さく呟いたあと、視線を火に落とした。
焚き火の光がその横顔を照らす。
その影は、どこか寂しげにも見えた。
「だが――君は、誰のためにその務めを果たしている?」
「え?」
「王に仕えるからでも、家の名誉のためでもない。
君は……もっと別のものを守ろうとしているように見える。」
低く、穏やかな声だった。
けれど、その言葉の奥に熱がある。
(な、なんだろう……この距離感。)
胸がざわつく。
いやいやいや、これは尋問とか心理分析とか、そういうやつだ。
「そ、それは……妹です!」
思わず大きな声になった。
「妹を悲しませないためです! 俺が無茶をしたら、泣かせてしまいますから!」
殿下の瞳が、ほんの少しだけ揺れた。
「……妹を、悲しませないために。」
「はい! だから俺が守るんです!」
しばしの沈黙。
焚き火がぱち、と弾けた。
やがて殿下はゆっくりと微笑んだ。
それは、いつもの冷静な微笑ではなく――どこか、切なさを含んでいた。
「……そうか。妹を、か。」
「はい!」
「……そういうことにしておこう。」
その言葉は、焚き火の音に溶けるように静かだった。
けれど、どこか優しくて、胸の奥が少しだけ熱くなった。
(……あれ? なんだろう。なんか今の言い方、妙に穏やかだったな。)
殿下は火を見つめたまま動かない。
その横顔に、赤い光が淡く揺れていた。
風が吹いて、火の粉が二人の間を通り抜けた。
遠くで夜警の騎士が交代の声を上げる。
それでも、殿下の言葉だけが耳の奥に残った。
「……そういうことにしておこう。」
(……はい。
妹のためですよ。
そう――妹のため、ですから。)
そう自分に言い聞かせて、俺は小さく息を吐いた。
でも、胸の奥はどうにも落ち着かなかった。
雨は上がり、焚き火の火がぱちぱちと音を立てていた。
殿下と俺は、他の騎士たちから少し離れた岩のそばに腰を下ろしている。
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沈黙が、長い。
けれど、不思議と落ち着く静けさだった。
「……先ほどは、助けていただきありがとうございました。」
ようやく口を開いた俺に、殿下は軽く首を振った。
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「いえ、殿下が身を挺されるなんて、とんでもありません!」
思わず前のめりになる。
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殿下の金の瞳が、火の粉の向こうで静かに揺れた。
そのまま、短く息を吐く。
「……君は、そう言うと思った。」
「当然です。臣下が主君をお守りするのは務めですから。」
「務め、か。」
殿下は小さく呟いたあと、視線を火に落とした。
焚き火の光がその横顔を照らす。
その影は、どこか寂しげにも見えた。
「だが――君は、誰のためにその務めを果たしている?」
「え?」
「王に仕えるからでも、家の名誉のためでもない。
君は……もっと別のものを守ろうとしているように見える。」
低く、穏やかな声だった。
けれど、その言葉の奥に熱がある。
(な、なんだろう……この距離感。)
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いやいやいや、これは尋問とか心理分析とか、そういうやつだ。
「そ、それは……妹です!」
思わず大きな声になった。
「妹を悲しませないためです! 俺が無茶をしたら、泣かせてしまいますから!」
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「……妹を、悲しませないために。」
「はい! だから俺が守るんです!」
しばしの沈黙。
焚き火がぱち、と弾けた。
やがて殿下はゆっくりと微笑んだ。
それは、いつもの冷静な微笑ではなく――どこか、切なさを含んでいた。
「……そうか。妹を、か。」
「はい!」
「……そういうことにしておこう。」
その言葉は、焚き火の音に溶けるように静かだった。
けれど、どこか優しくて、胸の奥が少しだけ熱くなった。
(……あれ? なんだろう。なんか今の言い方、妙に穏やかだったな。)
殿下は火を見つめたまま動かない。
その横顔に、赤い光が淡く揺れていた。
風が吹いて、火の粉が二人の間を通り抜けた。
遠くで夜警の騎士が交代の声を上げる。
それでも、殿下の言葉だけが耳の奥に残った。
「……そういうことにしておこう。」
(……はい。
妹のためですよ。
そう――妹のため、ですから。)
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でも、胸の奥はどうにも落ち着かなかった。
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