とある田舎の恋物語

やらぎはら響

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 ピンポーンと鳴った音に、はーいと日向はパタパタと玄関に向かった。
 四人兄弟の祖父母からよく色々と物が届くらしく、今回もそれかと思った夾と優がはしゃぎながらついてくる。
 ちなみに上二人は昼食の準備中だ。

「おまたせしました」

 カラリと玄関の引き戸を開けると、そこに立っていたのは宅配の人間ではなく女性だった。
 見た事のない女性だ。
 こんな田舎には似つかわしくない、黒髪をゆるく巻いていて清楚で可愛いらしいが、口元のほくろが色気を出している。
二十代半ばほどの女だった。
 白いワンピースが白磁の肌をより繊細に見せている。
 手にキャリーケースを持っているのが、日向には気になった。
 日向の顔を見た女は、あからさまに眉根を寄せた。
 その視線の先が傷跡だと気づいて、サッと前髪を引っ張る。

「あなたが知臣の弟?」

 ドキリとした。

(知臣って……呼びすてた)

 それになんだかモヤモヤする。

「いえ、俺は違います」
「あらそ」

 それを聞くと興味がなくなったように、日向から視線を外して、その後ろにいた夾と優ににっこりと笑いかけた。

「君達が弟ね」

 声をかけられた夾はうさんくさいものを見るような目をして、優はそんな夾の後ろにぴゃっと隠れた
 その様子に、女が鼻白む。

「まあいいわ、知臣呼んでくれる」

 また呼び捨てにしたことに、日向の胸に何かが重く沈んだ。
 とりあえず頷いて後ろを振り返ると、夾が呼んできたらしい。
 そこには知臣と秋が立っていた。

「理恵……」

 目を丸くした知臣にその女、理恵は微笑んだ。

「久しぶりね」

 ほがらかに笑う理恵とは対照的に、知臣はすっと瞳を細めた。

「何でここがわかった」
「恋人に対して冷たいわね」
「もう別れただろう」

 その会話に、ざわりと日向の心が波立つ。

(恋人、いたんだ)

 別れたと知臣は言っているが、どう見ても理恵の態度はそんなふうに見えない。
 思わず日向は小さく俯いた。

「親戚の人が知臣のことを聞きに来て、事情を知ったの。だからおばあさまの家に場所を聞きに行ったわ、婚約者だって。安心してちょうだい、他の人には教えてないから」

 理恵の説明に、ますます知臣の視線が鋭くなった。

「誰が婚約者だよ。それに、勝手な事をするな、迷惑だ」

 聞いたことがないようなそっけない声の知臣に、しかし理恵は気にした風もない。

「それで?何しにきた」
「あら、言ったとおりよ。結婚しましょ」

 ひゅっと理恵の言葉に、日向の喉が鳴った。
 わけもなく胸に汚水を流し込まれたような息苦しさを感じる。

「お前、俺に言った言葉忘れたたのか?」
「弟を全員施設に入れろって言ったこと?」

 その言葉に日向は信じられないものを見るように、理恵を見た。
 少し近くにいれば、この兄弟がどれだけお互いを思い合っているかわかるだろうに。
ハッとして弟三人の方を見れば、秋と夾は息を飲んだように顔を青くしているし、優はわからないなりに眉を下げて不安そうに知臣を見上げている。

「やだ、あんなちょっとした喧嘩で急にいなくなったし、心配したのよ。それにお金の心配なくなったんでしょ?こんな田舎じゃなくて東京に戻りましょ。その方が弟さん達にもきっといいわ」

 勝手なことを言う理恵に、知臣の手がぎゅっと拳を握っている。

「とにかく帰れ」

 低い唸るような声に、しかし理恵はかけらも気にしていない雰囲気だった。

「何言ってるのよ。泊るに決まってるじゃない」
「勝手に来て勝手な事言うな。うちに泊める気はない」
「じゃあどこに泊ればいいのよ」
「隣町にホテルがある」

 そっけない知臣の言葉に、一瞬むっと眉根を寄せた理恵だったが。

「まあいいわ、車で来てるし。今日のところは帰る」

 じゃあねとヒールを鳴らして出ていった理恵の後ろ姿を目で追いかけたが、知臣がそれを遮るようにピシャリと玄関を閉めた。

「兄貴……」

 秋がぽつりと呼べば。

「あの人と結婚するの?」

 夾が呟いた。

「そんなわけないだろ。ほら、昼飯食おう」

 不安そうな優を抱き上げると、二人に笑いかけて知臣はぽんと日向の頭に手を置いて、家の奥へと行ってしまった。
 その日の食卓は、いつも賑やかなのにひどく静かだった。
 そんな日が二、三日続き、消沈している弟達を喜ばせるために、知臣がビニールプールを買ってきて庭で膨らませた。
 夾と優はプールにはしゃぎ、早々にばしゃばしゃと遊んでいる。
 そこに秋と日向が水鉄砲やホースで参戦していた。
 知臣はそんな四人を中庭に面した縁側に座って眺めている。

「ひなちゃん、たのしいねえ」
「ふふ、本当だね」

 きゃーと秋の水鉄砲から逃げて、プールの横にしゃがんでいた日向に優が抱き着いた。
おかげで白いTシャツはびしょ濡れだ。
ふいにそれまで水鉄砲をかまえていた秋と夾が、じっと日向を見ていた。
日向の顔というには目線が下で、なんだろうと自分を見下ろすと、白いシャツが透けて広範囲の傷跡がうっすらと見えていた。
顔は見慣れても、体はもっと酷い傷跡だ。
驚いたのだろうと思ったけれど、思わずパッと手で隠そうとした時だった。

「体冷えるからそろそろ上がれよ」

 バサリと知臣が羽織っていた薄手のパーカーが肩にかけられた。

「ほら、お前らもそろそろ終わるぞ。日向君、先に上がってチビ達の着替え出してくれるか?」
「う、うん」

 促されると、パーカーの前を手で合わせてパタパタと日向は家に上がった。
 着替えようとシャツを脱いだところで、傷跡が目に飛び込んでくる。
 見られたくないのを察してくれたんだろう。

「こんな時ばっかり気遣いして」

 あの夜のキスの意味がわからないのに、優しくされると嬉しい。
 それが壊れるのが嫌だから、知臣の真意を聞けないでいた。

「あの理恵って人も、知臣さんの優しさを好きになったのかな」

 ぽつりと零した言葉に、何故か胸がきゅうと締め付けられた。
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