とある田舎の恋物語

やらぎはら響

文字の大きさ
14 / 20

14

しおりを挟む
七月末のジワジワと暑い正午。
 知臣以外のメンバーで駄菓子屋に到着すると、いつものように各自好きなものを買ってベンチでまったりしていた。
 知臣は田畑さんの家に寄っているので、後から来る予定だ。

「こんにちは」

 鈴の鳴るような声にそちらを見ると、理恵が白い日傘をさしてそこに立っていた。
 途端、全員の顔がこわばった。
 けれど理恵は気にしたふうもなく四人の前へと歩いてきた。

「遊ぶ場所こんな所しかないのね。君達もっと美味しいお菓子とかおもちゃ買ってあげるから、お兄さんに」

 理恵の言葉を遮るように、日向が中川家の三人の前に立ち上がった。

「日向さん」

 秋の不安そうな声が背中から聞こえる。
 その行動に、理恵の顔があからさまに顰められた。

「何あなた。あなた兄弟じゃないんでしょ?私は知臣の弟に用があるの」
「知臣さんに話があるなら、この子達を使わずに直接話したらどうなんだ」

 あきらかに弟達を利用する気満々の理恵の態度に、日向はきっぱりと言い切った。
 それに理恵の眉がきりりと跳ね上がる。

「あんたに用はないのよ、どいてちょうだい。気持ち悪い顔してさ」

 吐き捨てるような言葉に、ぐっと日向は口を引き結んだ。
 事情は知らなくても、なんとなく弟達を使って理恵が知臣に取り入ろうとしているのはわかる。
 この家の兄弟は、今や日向にとってかけがえのない存在だ。
なんと言われようと、どく気はなかった。

「誰が気持ち悪いって?」

 ぐいと肩を抱かれて、驚いてそちらを見ると冷めた目をした知臣がいた。
 いつのまに到着したのだろうか。

「彼は大事なうちの客だ。失礼な事言うんじゃねーよ」

 焦げ茶色の瞳を細めた知臣にさすがにバツが悪いと思ったのか、理恵がうろたえたように一歩後ずさった。

「ちがっ、私はただあなたとその弟と話したくて」
「俺には何も話す気はないし、俺達はもう終わってる。お前のことは好きじゃない。わかったら東京に帰れ」

 にべもない知臣に、ぐっと声を詰まらせたあと。

「そんなこと言ってられるのも今だけよ」

ふんと鼻を鳴らしその場を去って行った。

「ありがとうな、こいつら庇ってくれて」

 知臣に顔を覗き込まれて、日向は思いのほか近い距離に。

「気にしないで」

 早口で返事をして距離を取った。
 そのさい肩に置かれていた手も離れていったけれど。
 そうして気づく。
 知臣に触れられるのが嬉しいだとかそんな感情があることに。
 それは日向にとっては驚きで、そして何かが胸で溢れそうだった。
 夜、みんなが寝静まった頃。
 日向はノウゼンカズラの咲く裏庭で、縁側から足をぶらぶら揺らしながら星を見ていた。
 小さく飴を転がすように歌を歌う。
 一人になりたい時に来るといいと言われたが、知臣に『ヒナ』だとバレている事がわかってから、たびたび日向はここで小さく歌を歌っていた。
 歌を歌っている時は、知臣はここには来ずそっとしておいてくれる。
けれど今日は違った。
板張りの上を進む足音にそちらを見ると、優を寝かしつけていた知臣がいた。
隣に座り、しばらく日向の歌を聞いて星を眺める。
 日向が歌い終わっても二人で黙って星を見上げていると。

「あのさ、あいつと付き合ってたの三ヶ月くらいなんだけど、趣味悪いって思うか?」

 知臣の方を見ると、心なしか眉を下げている。

「……そうだな、悪いっていうか意外、かな」

 優しい知臣が、失礼だが心無い発言をする理恵と付き合っていたことは、ショックもあったがそれ以上に意外だった。

「よく行ってたカフェの店員だったんだけどアプローチされてさ。特に断る理由もないから付き合った。両親が死んで弟養わなくちゃいけないって言った途端、振られたんだ。正直な話、あんまり好きとか考えてなかった」

 考えてなかったという言葉にどこかホッとしたような気持ちが沸いて、日向は内心動揺した。
 どうしてかあの女性のことを考えると、心がもやもやするのだ。

「今は真剣に好きだ」

 思わず膝にある手をぎゅっと握った。
 ドクドクと心臓が早鐘を打っているのがわかる。

「あの人を?」

 喉から出た声は、カラカラに乾いていた。

「違う、日向君を」

 形のいい唇が自分の名前を紡いだ事に、キョトンと目を丸くしたあと。

「お、おれ?」

 ぶわりと全身が熱くなった。
 知臣の顔は冗談を言っているようには見えず、真剣そのものだ。

「繊細そうなのに気が強くて。初めて会った時からどんどん笑うようになっていくのが見てて目が離せなくなったし、嬉しかった」
「ヒ、ヒナだから?」

 動揺して声が震えた。

「違う。ヒナだって気づく前から惹かれてた」

 囁くような甘い声に、耳が溶けそうだと日向は思った。
 きっと今自分は茹蛸のようになっていると思う。
 日向は右手で赤くなった顔を隠すと、ブンブンと左手を振った。

「いや、俺なんてこんな顔だし傷跡だらけで気持ち悪いし、何もない人間で」
「問題ねーよ。それに何もないなんてことない」
「そんなこというのずるい」

 左手をそっと握られ、穏やかに笑ってみせる知臣に、日向はますます赤くなった顔をうつむけさせた。

「ごめんな、日向君。急にこんなこと言っちまって。理恵のことで誤解されたくなくてさ。このあいだは思わずキスしちまったし」
「うあ」

 キスという単語に、ますます顔が赤くなり変な声が出た。
 知臣が眉を上げて驚いた顔をしたあと、唇に弧を描く。

「その反応は期待していいか?」
「き、きたい?」

 そりゃあ知臣は恩人と言えるし、いい人だと思うけれど。
 それでも何か言わなくちゃとしどろもどろで、今の自分の正直な気持ちを口にした。

「俺、従兄弟に触られるのは嫌だったけど知臣さんは平気だった。むしろ心地いい……と思う。あの女性が知臣さんの恋人だったんだって知ったとき、なんか胸がもやもやした」

 話しているうちに、あれ?と日向は思った。

「優しくされて嬉しかったし……キスも嫌じゃなかった」
「好きって言われてるみたいだ」

 小さく笑った知臣に、日向はその単語を言われて、胸にストンと落ちてきたものを感じた。
 自分の気持ちは知臣にばかり向いていて、最初の頃とは比べものにならなくて。
 理恵への気持ちは、きっと嫉妬だったと自覚する。
 キスも嫌だとか気持ち悪いとか一瞬も考えなかった。
 好き。
 それだけが胸に残った。

「うん……好きなんだ」

 ぽつりと呟くと、知臣が一瞬目を見開いて楽しそうに、そして嬉しそうに笑った。

「スッキリした顔してる」
「そう、かな。でも、うんもやもやしてた理由がわかったから」

 頬を熱くさせながらも小さく、すき、と口にする。
 目の前の霧が晴れたように、自覚すれば自分の気持ちを口にする事が出来た。
 知臣が好きだと言ってくれたから。
 嬉しそうに焦げ茶色の瞳を知臣がしならせると。

「二回目のキスしていい?」

 そっと囁いた。

「聞かないでよ、恥ずかしい」

 頬を染めて唇を尖らせた日向のそれに、笑みの形の唇が重なった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

処理中です...